異端審問①
なるべく心証がよい礼服に着替えて、大聖堂へと向かう。
呼び出し状を見ると、一階の祭壇の前で告白するらしい。
もし私が認めなければ、そのまま聖女セリーヌが直に触って真偽を確かめることになっていた。
馬車の中で何度も深呼吸をした。
「本当にバレないですよね?」
もし魔女だとバレたらまた捕まって、火あぶりに遭うかもしれない。だけど彼は慌てることなく答えた。
「心配するな。眠った後に神聖術を掛けておる。刻印も完全に見えなくなっていたはずだ」
朝の入浴の際に確認したが、たしかに見えなくなっていた。だけど刻印が消えたからといって、本当に魔女だと判別されないのだろうか。
「俺は大聖堂へ入れないが、もしもの時は任せるといい」
その任せるというのは、仲間を裏切ってでも私を助けるという意味だろう。
だけど彼が不幸になるのは望んでいない。
出来るなら無事に今日が過ぎ去るのを祈るばかりだ。
大聖堂の入り口に馬車を止めた。すると神官達が出迎える。
その代表としてか、彼の友人であるアベルが前に出た。
「ソフィア・ベアグルント様、本日はご足労お掛けしております」
「いいえ。いわれのない噂とはいえ、わたくしも疑われたままではいたくありませんもの」
アベルの目がチラッとクリストフへ向いた。
おそらくは本当に大丈夫なのか、と聞きたいのだろう。
「アベルよ、ソフィーを頼む。彼女はずっと心無い噂によって深く傷付いている。今回の異端審問は受けるが、魔女だと証明されるまでは彼女に危害を加えることは許さん」
彼のすごみが伝わったのか、アベルの後ろの神官達が一歩後ずさった。
――分かるよ、みんな。私も恐かったから!
アベルも冷や汗を出しながら頭を下げる。
「かしこまりました、クリストフ司祭。今回の件は、セラフィン大司教がその地位を利用して、彼女を不当に貶めようとしたことと聞いております。こちらとしても、あくまで噂を払拭するためと考えております」
あの変態男が聖女殺しをさせて、私に罪を着させようとしたことは、嘘が吐けないセリーヌによって暴露されたのだろう。
あとは彼女から魔女だと認定されなければ、全てが丸く収まるはずだ。
「さあ、立ち話もなんですので、中へお入りください」
私だけ中へと通された。未来でのことがあったので、神官は苦手だ。いつもなら彼が側に居てくれたが、今は独りで心細くなる。
異端審問が始まるまでは客間で過ごしていいらしいので、アベルに案内された部屋で一休みする。
「始まる前にまた迎えに行きます」
「ありがとう存じます」
「あっ! それと……」
アベルは小さな声でささやいた。
「あいつがあれだけ自信満々だったから大丈夫だ。そんなに緊張しないようにな」
にかっと笑って、私を安心させようとしているのだ。
「ええ。わたくしも信じています」
アベルは「困ったらまた言ってな」と部屋から出て行った。ソファーに座って時が経つのをただじっと待っていた。
「大丈夫よね……ううん、信じるって決めたんだから」
彼が言うのだから間違いない。だけどやはり独りでいるせいか不安ばかりがつのってくる。
すると部屋をコンコンとノックする音が聞こえた。
アベルが帰ってきたのかな。
「入室してもいいかな?」
ぞくっと背中が寒くなった。独りもいやだが、この人にも会いたくはなかった。
しかし無視も出来ないので「どうぞ」と言葉を絞り出す。
入ってきたのは、私を魔女と噂を広めた元婚約者のリオネス王太子だった。
「この前以来だねソフィア」
「何のご用事で来られたのですか? 貴方のせいでこちらは酷い目に遭ったというの……」
「勘違いしないでくれ。君の侍従の子を苦しめたのは、セラフィン元大司教だ。僕はただそれを利用して君をおびき寄せただけに過ぎない」
まるで自分は悪くないと言いたげだ。傷は綺麗に消えたが、それでもあの日の一件は心に強く残った。
「君は監禁されているはずだったのに、どうしてか帰宅を許されている。まあいい。ほら、行こう」
リオネスから手を差し出された。
「どこに……でしょうか?」
彼は何を当たり前のことと言いたげな顔でため息を吐かれた。
「こんな茶番するまでもないだろ。今すぐみんなの前でお詫びをしてくるといい」
「お詫び……って、わたくしが何かしたと言うのですか?」
「魔女なんて生きているだけでダメに決まっているだろ。王家でも魔女の血が入って……いいや、君はもう僕の元を離れたから、王族とは関係が無いな。いいから、早く来るんだ!」
無理矢理に腕を引っ張られた。
「離してください!」
いくら言ってもこちらを振り向くこともしない。
だけど女の私よりあちらの方が何倍も力が強かった。だがその時、部屋の外から影が見えた。
白い法衣が見えたので、クリストフがまた助けに来てくれたかと思ったが、入ってきた男は不機嫌そうな顔を常にするヒューゴ司祭だった。
「おやおや……賑やかだと思いましたが来客でしたか」
一昨日に私を捕まえに来た二人が揃った。嫌な記憶が蘇り、なんとしてでも逃げようともがく。
「おい、あまり暴れるな! 大人しくしろ!」
リオネスがとうとう腕を振り上げた。ぶたれると思って目を背けたが、なかなか痛みが来なかった。
恐る恐る目を向けると、腕を止めているヒューゴの姿があった。
「大聖堂内でこれ以上の騒ぎは勘弁いただきたいですね」
「何を言うか! 貴殿らがしっかりしていないから取り逃がしているのだろ! そもそも大司教も魔女に連なる者らしいではないか! 実は保護するために呼び出したのではないだろうな!」
まさか仲間割れが起きた。お互いににらみ合うが、ヒューゴはやれやれと首を横に振る。
「では貴方様もご出席なさればよろしい。聖女様がお触れになれば全てが分かること」
「だからその聖女がグルになって――ぐっ!」
リオネスの言葉を封じるように、ヒューゴの手が彼の口を塞いだ。
「たかが小国の王子が口にしていい言葉には、限度がありますよ。我が国の聖女は決して安い肩書きではない」
ヒューゴの力があまりにも強いのかリオネスは私から手を離して苦しんでいた。
いくらリオネスがじたばたしても全く意に介さない。そしてようやくヒューゴは手を離すと、リオネスは膝を突いて睨んでいた。
だがヒューゴは似合わない笑顔を作った。
「失敬……不法侵入をされていましたので、少しだけお仕置きをさせていただきました。異端審問を見たいのでしたら、傍聴席でご覧ください」
リオネスは立ち上がり、私とヒューゴをひと睨みずつしてから、強く足踏みしながら出て行く。
そして二人っきりになったタイミングで、ヒューゴは話を切り出した。
「さて、異端審問の前にお話があったのですよ」
急に緊張が戻ってきた。次は何をされるのか。この男は手段を選ばない。
すると先ほどから持っていたであろう、紙の小箱を持ち上げた。
「貴女から勧められたクレープを買ってきましたのでお裾分けにきました」
「は……?」
頬を引きつらせて何か企んでいそうな顔をしているが、笑顔のつもりなのだろうか。




