懺悔
夜も更けたので、クリストフに抱かれて大聖堂の敷地に飛んで入る。彼だけなら真正面から入っても何も気にされないだろうが私は別だ。
裏口から入るように聖女様から言われているため、彼が先にドアを開けて中を見渡し、そして手で合図を送ってきた。そのまま彼は前進するので、私も後を追いかける。
廊下を進むと、祭壇がある部屋に着く。ここは一般の者達が、神の像へ祈る部屋だ。
すると部屋の隅の壁に二つのドアが付いていた。
あそこが懺悔室であろう。罪を犯した者が匿名で神官に懺悔をする部屋だ。
中は薄い壁になっているため、懺悔をする者の声が聞こえるようになっているのだ。
懺悔する側の部屋の中に入った。そして彼はすぐに小さい声で壁の向こうへ話をする。
「クリストフでございます」
するとあちらから返事が返ってくる。
「これより声を出すのを禁じます。返事は壁を叩きなさい。一回ははい、二回はいいえ、よろしいですね?」
セリーヌの声が聞こえてくる。ここは従った方がよさそうだ。
彼が一回だけ壁をノックした。返事は全部彼に任せよう。
「貴方達は国に害をもたらす者ですか?」
いいえと伝えるため、二回ノックの音を出す。
「クリストフ司祭、貴方は私達の味方で間違いないですか?」
はいのため一回ノックをする。
「よろしい。では貴方達には二つの道があります。一つは三日後に行われる異端審問で魔女で無いことを証明すること」
思った以上にすぐに調べる予定だったようだ。
しかしそれに関しては私と彼の間で結論が出ている。しかしもう一つの道はなんだろう。
「二つ目、もし仮に魔女でしたら、魔女の始祖を殺せば全ての魔女の呪いが解けます。三日以内に始祖を殺しなさい」
私と彼は顔を見合わせた。突然、知りたかった情報を手に入れて、喜びよりも驚きが優った。まさか魔女の血から解放される方法があったなんて。
「古文書を解読してこの記述を見つけました。そしておそらくクリストフ司祭、ヒューゴ司祭の領地を焼き払うほど強い力を持つ者こそ、始祖である可能性が高いと見ております」
セリーヌの言葉にクリストフは目を見開く。そして目が細まり、静かな殺気が体を包んでいた。
「では三日後を楽しみにしております。何か質問があれば、一度だけ答えます」
私は特に質問はないが彼は違った。
「その始祖に見当が付いているのですか?」
「はい。私達の国を荒らす謎の組織のボスと呼ばれている者です」
思わず胃がきゅっと締まった。ここで組織がまた関係してくることに驚いた。
私が入っていた組織がまさか彼の人生を狂わせた張本人であり、そして私が運命から逃れるために立ち向かわなければならない相手だったなんて。
彼も動揺しているのか、私の手をぎゅっと強く握ってくる。
「たびたび報告される力は私達の持つ神聖術とは大きく異なります。そして魔女の力と類似しており、またその巨大な力から始祖と断定しました。時間ですね、回答はここまでにします」
彼はノックをせずに固まっている。私が代わりに壁へ一回ノックをした。
「ではそのままお帰りください。貴方たちに神のご加護があらんことを」
聖女の言葉が終わり、動かない彼を揺すった。
するとやっとこちらへ意識が向く。
「帰りましょう」
「ああ……そうだな」
先ほどの殺気は消え去り、またいつもの彼に戻った。色々と聞きたいことも多いが、いつ誰と出会うか気が気でない。また裏口から出るが、誰にも見つかることなく、無事に敷地からも出られた。夜も遅いので格式高いホテルへと泊まることになった。
二人でベッドに座ってさっきのことで話し合う。
「どうして聖女様はあのような方法で接触を試みたのでしょうね」
「聖女セリーヌ様は嘘を吐けないように術が施されている。だからこそ俺たちの口から、魔女と関わりがあることを聞かないようにしたのだろう」
疑惑があるだけならいいが、もし自分で魔女であると認めたら、嘘が吐けない彼女では庇いきれないということだろう。
普通はヒューゴのように問答無用で殺されてもおかしくないのに、私たちへ慈悲をくれるなんて。
「本当にお優しいですよね」
「そうだな。その正直さは上からは厄介がられているが、その力と人望は歴代でもトップであろうから、彼女を蔑ろにできないであろう」
聖女が行ってきた善行は数知れず。宗教大国家では、日照りの続く土地に雨を降らせ、努力で身につけた知恵は多くの土地に解決策を教えていた。
悪人であろうとも長時間の説得の末、改心させるなどいくつでも逸話があった。
「それよりもまさか組織のボスがソフィーの呪いを解く鍵だったとはな。これで俺のやるべきことも決まった」
彼の手が私の頬を撫でる。
「もう少し辛抱せよ。俺が必ずあの男の尻尾を掴んでみせる。だから其方は家で大人しくしておけばいい」
私が囮になるという作戦はおそらく賛成してはくれないだろう。それに私ではボスには勝てないので、彼にどうにかしてもらうしかない。
「分かりました。私の方でもお茶会などで情報を集めますね」
令嬢の情報網は侮りがたいものだ。少しでも怪しいことが分かれば、すぐに彼に伝えればいい。
「でもクリスが私の魔女の力を弱めていることってバレないですか?」
「それは心配いらん。いくつもの古文書を調べてやっとたどり着いたのだ。そこまで熱心に読むのは俺しかいない。学者といえども権限が無ければ読めないのだからな」
てっきり司祭クラスなら知っているものだと思っていたが、そのようなことはないようだ。
三日後の異端審問の件もどうにかなりそうなので、夜も遅いこともありそのまま眠るのだった。
朝になって屋敷へ帰ると、出迎えたのはいつもとは違うリタと同い年のメイドだった。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま。リタは休みでしたっけ?」
リタは合間合間に休むことはせず、一気に休みを取ることが多い。だが彼女からそのような話は聞いておらず、また一日休むとしても私へ必ず言うはずだ。
するとメイドは言いづらそうにする。嫌な予感がした。
「それが……急にリタが倒れてしまいまして」
「えっ……」
病気知らずの彼女が倒れたというのを信じられなかった。その時、未来で彼女が亡くなったことが頭をよぎった。
「リタっ! 早く案内してください!」
「は、はい!」
すぐさま彼女の部屋へと向かい、部屋をノックせずに入った。
急に入ったため。部屋の中にいるリタの同室の子がビクッと体を震わせ、すぐさま立ってお辞儀をする。
「お嬢様! 申し訳ございません、リタが倒れたのでお出迎えできずに――」
「そんなことはいいわ! リタは大丈夫なの!」
同室の子は体をずらして彼女の顔が見えるようにする。するといつも表情が乏しい彼女に似つかわしくない苦しそうな顔でうなされていた。
「リタ!」
私は駆け寄ろうとしたが、クリストフに肩を掴まれた。
「待て! 俺が一度診る」
慌てることしか出来ない私だが、彼には神聖術という素晴らしい治療の技があるのだ。
彼は手を彼女に掲げた。淡い光がリタの体を包み込む。だが一向に彼女は楽にならない。
「どういうことだ……」
頼みの綱だったクリストフは予想していなかったような声を出すのだった。




