銀髪の乙女
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お茶会の日から数日が経ち、噂が鎮まるのを待っていたが、日を追うごとにどんどん膨れ上がっていく。教会内で聖書を読むときも、聞きに来る者達は話よりも、彼女の真偽について知りたい様子だった。
たまに市井に出向くがそこでも好奇の対象として見られとても不快な気持ちだ。
あれからソフィーは家を出るのを少しずつ怖がっていた。家の者達には色々と理由を付けていたが、やはり噂を気にしているとバレている。
おでかけも俺に迷惑が掛かると、にべもなく断られ続けていた。
一番の問題は彼女の精神の状態によって、魔女の刻印の進行が早くなることだ。
前は一週間に一度だけ神聖術をかければよかったのに、毎日しなければ間に合わないほどになっていた。
だから俺も急遽予定を変更して、家具がそろう前に彼女の家に住まいを移して、そこから大聖堂に通っている。
だがそんなことが続けば彼女の体に負担も大きくなるので、どこかで頻度を落とさねば後遺症を残してしまう。
あくまでも魔女の破壊衝動を別の衝動に変えているだけのため、麻薬のように依存してしまう恐れがあるのだ。
俺は部屋で対策を考えていると、アベルが部屋へとやってきた。
「おい、クリストフ、ちょっと時間くれ」
忙しいが、アベルの話はおそらくソフィーの件であろうから無視はできない。
「上の方でどうやら聖女を動かすことが決定したらしい」
「結局そうなったか」
これではまた未来の再来だ。聖女は魔女に触るだけで正体を看破できる。国でも特別な素養を持つ用心であるため、おそらくは面倒な者達も付いてくるだろう。
一応は聖女にもバレない方法があるが、これを口実に彼女を全てモノにするのは抵抗があった。
だけどもうその段階を越えつつあった。
「どうするんだ? このままだとソフィアちゃんが辛い目に遭うぞ」
「分かっておる。魔女の刻印の対策はしっかりとある」
「そういうことじゃねえよ。お前も分かっているだろ? 一度流れた噂はなかなか消えない。特にお前は魔女の力で誘惑された可哀想な被害者という立ち位置で、神官達も変な正義感を出そうとしているぞ」
頭の痛い話がまた増えた。調べたところ、この噂の出所はやはりリオネス王太子だった。
どこかで魔女の話を聞かれてしまったのだろう。お義父さんは帰り道に、何者かによって襲われ、未だ意識を取り戻さず。それがさらにソフィーの罪悪感を増やしていた。
俺はテーブルの資料を揃えて置いた。
「アベル、其方には悪いが後の案件をお願いしたい」
「あいよ。日程を考えても、今日があの子が気兼ねなく出歩ける日になるだろうしな」
全てを察してくれる男は、発破を掛けるように俺の背中を強く叩いた。
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私が魔女であるという噂が流れ、悪目立ちするのを避けるため、家に閉じこもっていた。
だけどそれが良くない方向に働き、お父様にまで魔の手が迫った。
大勢によって袋たたきにあったみたいで、護衛も最小限だったため、なすすべも無くやられてしまったのだ。
お父様も怪我で意識が戻らなかったが、ようやく今日目を覚ました。
首を痛めているため、話すのは難しいが、それでもまた意識が戻っただけでも嬉しい。
私はいつの間にか不安から怒りへと変わっていった。
私を狙うならまだしもその他を狙うのが許せない。
ただ私は未だ自由に動くには色々と制約が多い。
どうしたものかと悩んでいると、リタが私を呼びに来た。
「ソフィアお嬢様、クリストフ様がご帰宅されました」
「もう!?」
彼は今は私の家から大聖堂に通っていたが、帰りはいつも日が暮れた後だ。何かあったのかと思って、玄関まで彼を出迎えに行った。
「おかえりなさい、クリス」
「ただいま。今日はいつもより顔色が良いな」
「お父様が目を覚ましたからしれませんね」
「本当か! それは良かった……」
彼もお父様の目覚めを喜んでくれる。だがまだ安静にしないといけないため、当分は会えるのは自分だけだろう。
「それほど元気なら今日は久々にデートでもどうだ。今日を逃すとしばらくは家を出られなくなりそうだからな」
「何かあったのですか? もしかして私のせいで……」
もう噂が貴族に留まらずに国中へ広がりつつある。そうなると正教会でも何かしら動きがあったのかもしれない。だがクリストフは首を振った。
「それほど悲観するな。ただ祭事が増えてくると俺もおいそれと外出が出来なくなるだけだ。其方のせいではない」
彼が誤魔化しているのはすぐに気付いた。彼はそこまで嘘が上手くは無い。真面目な人間の唯一の弱点とも言えるだろう。だからこそ私はそれに気付かないふりをした。
「そうでしたか。なら今日だけは甘えさせてもらいますね」
彼と共に市場へ向かう。
彼と腕を組んで一緒に市場を回る。美味しい物を食べながら旅芸人達の芸を見たりする。
するとちょうど紙芝居をしていた。
「あるところに小国の王子様がおりました。だけど悪い魔女に襲われてしまい、その身は危険に晒されてしまいます!」
急に耳をクリストフの手が覆ってきた。まだ始まりの部分だが、彼は首を振って次へ行こうとする。
声が聞こえなくなるくらい離れたところで、彼は申し訳なさそうな顔をする。
「すまない。其方の気分を紛らわせるためのお出かけなのに……」
「そんなに気にしないでくださいませ。あんなの未来ではたくさんあったではありませんか」
私は気にしていないと告げたが、それでも彼の顔は晴れない。
「それよりもあっちのお店なんでしょう? また美味しい物かもしれませんよ」
私が指差した方の屋台を彼も見る。かなり人が並んでいるため人気のお店かもしれない。
すると彼が「其方はそこのベンチで休んでおくといい。その間に俺が買ってこよう」と止める暇も無く一人で買いに行く。
仕方ないので座って待つことにした。どこも人が賑わっているのは、王都ならではであろう。
その時、急に声を掛けられる。
「失敬、席が無かったものでお隣に座ってもよろしいかな?」
「えっ、はい!」
いつの間にか目の前に、頬が痩けた中年の男性が立っており、気配が薄くて気付かなかった。
クリストフと同じく白い法衣を着ているので、正教会の人であろう。
私は横にずれると、男性は横に座った。顔に似合わずに甘そうなクレープを味わっていた。
「私のような者がこんな甘い物を食べていておかしいであろう?」
「い、いいえ! とんでもないです! 失礼しました!」
神官ということで知らずに視界に入れてしまっていた。私は謝ってまた前を向く。
「こうやってたまに市場に行くと知らぬ間に新しい店が出来る。それが私の楽しみなのだ」
どうやら私へ話をしているようだ。だけど今の私にはその気持ちが痛いほどわかる。
「とても素敵だと思いますよ。もしよかったら、クレープなら第二通りにあるお店がとても美味しいですよ。クリームが濃厚でほっぺたが落っこちそうになります」
美味しいお店は共有してあげたい。男性も興味がありそうな顔をする。
「ほう。それは有益な情報です。お礼を言わせていただきます。ソフィア・ベアグルント殿」
初対面のはずなのに私の名前を言う。彼の顔から確信を持っているように感じた。
「あれ? 名乗りましたっけ?」
「先ほどクリストフ司祭と一緒にいるところを見たからもしやと思ったのですよ。あの男も綺麗な奥さんを見つけて羨ましい。魔女と噂がなければね」
ギロッと彼の目が向く。
魔女の言葉と供に目の前の男の威圧が増した気がした。私を恨んでいるような黒く沈んだ目をする。
「ソフィー、すまない。なかなか列が進まず遅くなった」
クリストフがタイミング良く屋台で買った容器を持ってこちらへとやってくる。
私と話をしている男性に彼も気づき、一瞬で目の色が変わった。
「ヒューゴ司祭……なぜ其方がいる……」
私は思わず目の前の男を見た。クリストフと同じ司祭を冠するのなら、彼と同じくらい偉い人だ。
ヒューゴは呆れた様子になった。
「何をくだらんことを言っている。私は異端審問が仕事。目の前にその対象がいるのだから来ないわけにはいくまい」
私の背中から冷や汗を感じた。明らかにこの距離はまずい。だけど逃げてもこれほど近距離ではすぐに捕まる。
「これまで真面目で仕事に生きていた男が急に一人の女に夢中になったと耳を疑ったが、どうやら本当のことのようだな。魔女に誑かされるとは気の毒な男だ」
ヒューゴの手が私に迫ってくる。触れたら危ないのに、睨まれたことで体が動かない。
だがクリストフはそんなものに臆すること無く、彼の腕を掴んだ。
「俺の妻に何をしようとした」
彼の口から恐ろしいほど冷徹な声が出る。だけどヒューゴは不敵な笑いを浮かべた。
「何もしない。聖女様からお許しをもらうまではな」
ヒューゴはちらっとクリストフの後ろを見た。すると銀色の髪を持っている女性が、何やら食べ物を持ちながら走ってきた。
「ヒューゴ、消えたと思ったらここにいましたの」
おっとりとした雰囲気だが私は彼女を知っている。そしてクリストフも彼女を見て、狼狽した顔になった。
彼女もクリストフを見て、驚いた顔をする。
「あら、貴方はクリストフ司祭ね。ご無沙汰しております。覚えていますか? セリーヌですよ」
彼女こそ聖女という肩書きを持つ、銀髪の乙女だ。そして私を魔女だと看破できる方でもあった。




