初恋
こうして無事にクリストフが私の旦那様になることはお父様公認となった。色々と驚くことばかりだが、それよりも私は自分の出自についてこの際だから聞きたい。
「お父様、一つ教えてほしいのですが……」
「なんだいソフィー。なんでも聞いてくれ」
「私のお母様も魔女だったのですか?」
お父様は深く目を閉じた。そして目を開いたときには遠い目をする。それはどこか悲壮な雰囲気を感じた。
「ああ。私がまだ若い頃に森に遭難して、彼女と出会った。看病してくれる彼女としばらく供にするうちにどんどん惹かれ、私は彼女を森から連れ出したのだ」
初めて聞く両親の出会い。だが一つだけおかしな点があった。お母様は爵位を持っていたはずだ。
「お母様はお金のない貧乏貴族では無かったのですか?」
「それは嘘だ。てきとうにお金がない貴族から爵位を買って、戸籍を偽装しただけに過ぎない」
ほとんど犯罪に近いが、そこまでしてお母様と結婚するのは愛していた証拠だろう。二人は仲が良かったと使用人達も言っていた。ほとんど記憶にないお母様の写真はいつも私を抱いて微笑んでいた。
一番気になるのはお母様は魔女の力に飲まれたかどうか。
「お母様は魔女の破壊の衝動に襲われなかったのですか?」
「襲われたよ」
私はその言葉を聞いてゾッと背中が震えた。クリストフが私を抱きしめなければ倒れてしまっていたであろう。その顛末を予想してしまった。
「ならお母様が亡くなったのは……」
「ああ。私が殺した」
お父様の口から聞いて私は自分の気持ちが抑えられなくなった。二人がもし愛し合っていたのならどれほど残酷なのだ。
涙が溢れてきて、お父様にそれを聞いた馬鹿な私を恨んだ。
「ごめんなさい……お父様にそのようなことを聞いてしまって……私……」
「お前が気にすることではない。これは私達が最初から決めていたことだ。だがソフィーが同じになるか分からない」
私は涙を拭きながらお父様を見た。
「お前の刻印は本来は腕に出るはずなのにそれが無かった。もしかすると未来で破壊の衝動が出なかったのも、お前が特別だったからかもしれない」
自分の胸の下に手を当てる。これは何か特別な意味があるというのだろうか。だけどそれでもいつか私もお母様と同じ末路になるかもしれない。
すると私を抱きしめてくれたクリストフが囁く。
「俺がいる限りそんなことにはさせない。ずっと俺が神聖術を掛け続けたら発症しないはずだ」
私は言い掛けた言葉を喉元で止めた。別の言葉を言う。
「そうだよね……クリスがいれば大丈夫だよね」
でも私の子供が生まれたら、その子はどうなるのだろう。また魔女の血を受け継ぎ、誰かが殺さないといけないのだろうか。
お父様も私が泣き止んだことにホッとしていた。
「色々と魔女についての話はしないとな。だが今のお前では身が保たなさそうだ。明日、また続きを話そう」
お父様は席を立つ。もっと話を聞きたかったが、これ以上は教えてくれる気もないようだ。
部屋からお父様は出て行ったため、残ったのは私達だけだ。
まだ一つだけ懸念があったのは、私がもし王族と結婚したら王族の中から魔女の血縁者が出るはずだ。
色々と考えがまとまらずにいると、私を抱きしめてくれるクリストフが心配そうな声を出す。
「ソフィー、もう大丈夫か?」
「ええ、ごめんなさい。心配を掛けましたよね」
「其方にとって衝撃的な話だったはずだから仕方が無い。今日はもう休むか?」
そうしたかったが、まだ来たばかりの彼に家を案内していない。
「クリスの案内は私がしたかったから一緒に回ろ」
彼と供に一緒に家を回る。とりあえず簡単に案内だけ済ませた。といってもうちの騎士達に彼を紹介して、またもや試合が始まったため、時間が掛かってしまった。
アベルの時とは違い、全員がクリストフの動きに見惚れており、私も思わずきゃあきゃあと騒いでしまった。
一緒に夕食を食べながら、その時のことを話す。
「クリス、一瞬でうちの子達に認められましたね」
「ああ。優しい者達で助かった。いきなり来た新参者でも指導を受けにくるとは向上心があって感心する」
クリストフの場合は圧倒的すぎて、誰も敵わないと思ったからに違いない。彼の剣を受けた者達全員が、腕を痺れさせていたのだから。
圧倒的強者には誰だって服従したくなるものだ。
クリストフはお父様へ話しかける。
「明日からの訓練は私も参加したいのですが、許可を頂けますでしょうか」
「構わない。クリストフ君の噂はかねがね聞く。ぜひ鍛えてやってくれ」
私ではなく団長であるお父様へ尋ね、特に断る理由もないためお父様も許可をすんなりと出してくれた。お父様はワインを飲みながら昔を思い出すようにフッと笑っていた。
「まさかあの時の少年がこれほど立派な青年になるとはな」
お父様はクリストフの領地が爆発によって危険なときに援助しに行った。おそらくはその時の彼と比較しているのだろう。
クリストフも感謝するように頭を下げた。
「あの時は本当にありがとうございます。あの援助のおかげでどうにか復興できたのですから」
「困っている者を助けるのは我が家の家訓だ。当然のことをしたまで。だがあの時の二人がこれほど大きくなったのだから、私も歳を取るわけだ」
どういう意味だろう。私は首を傾げているとお父様が「覚えていないか?」と尋ねてきた。
私は首を縦に振った。
「ソフィーがどうしてもとわがままを言って付いてきたのだ。そしてクリストフ君の看護をしたのだよ。まだ小さかったから忘れてしまったのかもしれんな」
「そんなことが……」
全く接点がないと思っていた彼と、思わぬところで繋がりがあった。
彼は覚えているのか知りたくて彼の顔をちらりと見る。
すると急に狼狽えていた。
「お義父さん、そのお話はここまでにしましょう」
「おや、もしやそれが初恋だったのか? やはりあの時、連れて行くのは嫌な予感がしたのだ。ソフィーが結婚を……ぐすっ」
お父様が突然泣き出し、声を押し殺すため腕で口を塞ぐ。お酒を飲むと急に気分がころころと変わるのはいつものことだ。
こういうところは恥ずかしいのであまり他人に見せたくないところだ。
「クリス、こうなったお父様は面倒なのでお部屋に戻りましょう」
「そ、そうなのか? ではお義父さん今日はお先に失礼いたします」
彼はこんな父にも礼儀正しく挨拶していた。真面目すぎるが、いずれ慣れたらそれも省略していくだろう。
そういえばお父様の言葉で一つだけ聞きたいことがあった。
歩きながら聞いてみよう。
「クリス、ちょっといい?」
「どうしたのだ?」
「もしかして初恋の人って私だったの?」
「ん……」
急に彼は押し黙った。口をへの字にしてだが顔は赤くなっており、口下手な彼らしい可愛い顔になった。私は彼の腕に掴まるとさらに動揺する。
「これ、家の中とはいえはしたないぞ」
「いいじゃないですか、もう夫婦なのですから」
「だからといって……ソフィー、少し性格が悪いな」
彼は諦めたのかそのまま姿勢で歩く。
「今日は神聖術を施すから夜に部屋に来るといい。眠くなるだろうから、そのまま俺の部屋で寝てもらうぞ」
「それなら私の部屋がいいのではありませんか? 私が寝た後に自分の部屋に帰れますよね?」
「そういう口実を作りたくないから其方を呼ぶのだ」
彼の言葉をすぐには理解できず、少し遅れて理解が追いついた。
「い、いくらクリスでも寝ている時に襲うのはダメですからね!」
「分かっている。だが悪い子にはお仕置きも必要だ。では後ほど部屋で待っているぞ」
ちょうど分かれ道になって私と彼の行く道が分かれた。仕方なく私は自分の部屋の方へ向かい、入浴など寝る準備だけしてからまた彼の部屋に向かった。
「もしかして今日が初夜になるのかな……」
彼が襲わないのは神聖術を施した時だけだ。それまでに色々とされる可能性がある。
後ろを付いてくる侍従のリタへ聞いてみる。
「もっと綺麗にして行った方がいいかな?」
「ソフィアお嬢様は十分お綺麗ですのでそのままがいいかと。それよりも前と比べてずいぶん打ち解けていましたね」
そういえばリタが私達が仲良くしている姿をあまり見ていなかった。最初の偽装結婚前は不満を言っていたくらいだ。
「前のリオネス様と一緒だったときよりも笑顔が増えて嬉しい限りです」
「リタ……」
「ただ体つきから見てもかなり立派なモノを持っていそうですので、ソフィアお嬢様が耐えられるかだけ心配です」
リタの言葉で一気に現実に戻された。クリストフは私より頭一つ分以上大きい。私が小柄ということもあるが、それでも大きな身長差があった。
途端に急に恐くなってきた。
「ではソフィアお嬢様、後は頑張ってください」
気付けばもうすでに彼の部屋の前に来てしまっていた。
脅すだけ脅して彼女はそそくさと私を置いて帰っていく。
もう覚悟を決めるしかないので私がノックすると中から返事が聞こえてきた。
「入っていいぞ」
「失礼します……」
私は恐る恐るドアを開けた。すると彼もすでに入浴は済ませているので、薄着の服を着ていた。
部屋に入ってもたもたとしている私へ彼が声を掛ける。
「そう緊張するな。其方の父君からも子供が出来た時の覚悟が決まるまで、体に傷を付けるなときつく言われている」
「そうなのですか!?」
どうやら今日は初夜になりそうになかった。それなら安心というわけでもないが、そうなると私達の初めてはしばらくはお預けということだ。
クリストフはベッドを手でぽんぽんと叩く。
「ほら神聖術を掛けるから横になるといい」
彼がベッドに横になったので、私は反対側に回って彼の横に寝た。
一応はブランケットを掛けて私の肌が直接見えないように配慮してくれる。
「ではいくぞ」
「待って!」
彼の手が私の服をまさぐろうとしたのを手で止めた。
「どうかしたのか? もし俺に触れられるのが嫌になったとしても、これだけは我慢してもらうしかないぞ」
「別にそれは嫌ではありませんが……寝る前にもっと二人でおしゃべりがしたかったので……ダメですか?」
やはり何度一緒に寝てもまだ緊張が残る。といっても意識して寝たのは一回だけなので、ただ慣れていないということもあるだろう。
新婚だからこそ彼ともっと話をしたいのだ。
すると彼も私の気持ちを理解してくれたのか優しく抱きしめくれた。
「ダメなわけなかろう。俺も其方の話をもっと聞きたいくらいだったのだ」
「じゃあ、初恋の話を……」
「……君は本当に意地悪だな」
「そういう意味じゃないよ! ただクリスが私のどんなところを好きになってくれたのか知りたくて……」
恥ずかしくて俯いてしまい彼の顔が見えなかった。彼もなかなか答えてくれず、ゆっくりと顔を上げると、彼は私の唇を奪った。長くとろける時間が来た。ゆっくりと話すと彼は愛おしそうな顔をする。
「それならいくらでもある。少しだけ夜更かしをしてもらうぞ」
「う、うん……」
彼から語られる話は幼少期から、貴族院時代まで長い期間のお話だった。
特に貴族院と神官の学校は国境沿いにあったので、それで顔を見る機会があったのだ。
些細なことばかりで、本を読んで表情豊かだったとか、たまに友人と話をしていてコロコロと笑う姿が良かったなどそんなことばかりだ。
だけどそんな話しでも、どうしてか楽しく感じられた。




