パーティ前の襲撃
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俺の名前はアベル。幼なじみ兼上官であるクリストフの命令で、奥方であるソフィアちゃんを護衛している。理由は知らないが、裏の世界を牛耳る謎の組織のボスに惚れられてしまったらしい。
たしかに可愛い方とは思うが、クリストフといい、組織のボスといい、どうしてあの子をそれほど気に掛けているのだ。
好奇心は猫をも殺すというが、やはり気になる。
先日の模擬戦でもどうにも腑に落ちない。運が良く彼女が勝ったとは思えなかったからだ。
少しずつ彼女の屋敷の者達と仲良くなってきたので情報を集めてみた。
すると誰もが急に性格が変わったと口を揃えて言っていた。前は手の付けられないお転婆娘で、貴族特有の贅沢しか知らない箱入り娘らしかった。
どんな理由で変化しようともその人の根本までは変わらない。
それこそ価値観が変わるほどの大きな体験をしなければだ。
いくら友の妻といえども、俺は疑う立場にいないといけない。
あいつをよく知る俺が、あれほど顔を緩ませているところなんて見たことがないのだから。
女を初めて知って浮かれているのなら可愛いが、相手が元王太子の婚約者でかつすぐに結婚というのが不安すぎる。
彼女がもし、俺の親友を誑かせた悪女であるのなら、俺が目を覚まさせてあげないといけない。
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屋敷に帰ってもう三日も経ち、やっと私の旦那様からお手紙が伝書鳩によって運ばれてきた。
私はどんなことが書かれているのかと思って、その手紙を開くと、簡単に書かれていた。
――すぐに帰ります。
ただ短くその一文だけ書かれていた。少しばかり期待していた私は、この短い文にため息がでた。
「もっと書くことあるでしょ……どれだけ心配したと思っているのよ」
ドラゴンの巣を討伐しに行くと言っていたので、とても心配していたのだ。
それなのにこれだけで済ませるなんて、彼も少しは人の身になってほしい。
「そう言う割には嬉しそうですよ」
リタが紅茶を淹れながら、私の照れ隠しを指摘する。
「そうだけど……私の手紙もちゃんと読んでくれたのかな」
「もしかすると読んだからこそ、そのように短い文ではないのですか?」
「どういうこと?」
「今日のパーティーに出席するつもりかもしれないということです」
今日は王城でパーティーがある。元婚約者リオネスと別れる前に出席の返信をしてしまったため、今さら断ることが出来なかった。
そして本来はパートナーと出席しないといけないのが、暗黙の了解であるため、彼がいない今日は一人で参加しないといけなかった。
「無理よ、遠征先からどれくらい距離が離れていると思っているのよ。どんなに馬を夜通し走らせても二日は掛かるわよ」
それに馬の移動は大変と聞くため、長時間乗り続けるのは流石のクリストフでも――ふと、これまでの彼の超人を考えるといけそうな気がしてきた。
だけど流石に一日で帰ってくるのは物理的に不可能だ。
「まあ、可能性のお話ですよ。それよりもアベル大神官様の件ですが、自由に歩き回させてよろしいのですか?」
「アベル? 別に構いませんよ。護衛と言ってもお客様に近いのですからね」
リタは納得していない。だけど私は彼女にも自分の秘密を打ち明けていない。だからこんな答えしか言えないのだ。
「それでも、何やらソフィアお嬢様のことを聞いて回っているそうですよ。叩けばほこりがたくさん出てきてしまいます」
「私ってそんなに評価低いの!?」
リタは答えずに憐れむように手で口を押さえた。こういうときだけ彼女は表情豊かになる。
「いいの、いいの」
私は温かい紅茶を口に含む。ミルクティーにレモンを入れたので、とてもマイルドな味わいだった。
こうやって今の幸せを堪能するだけでいい。
それに私がバレてはいけないのは、魔女であるという一点だけだ。
裸を見られない限りは、それは気にする必要が無い。
「ん……何か忘れているような……!」
クリストフが帰ってくるということで一つ思い出した。
彼との最後の夜に言われたのだ。
――我慢するのは今日だけだぞ。
一緒に抱き合って寝た時を思い出すだけで、すぐに火照りが来る。
先延ばしにしてきたが、もしかするとすぐに彼は私の体を求めてくるかもしれない。
「ソフィアお嬢様、急に顔が赤くなっておりますが、風邪ですか?」
「ううん! 何でもないよ! あはは……」
上手くできるか分からないため、パーティーが終わった後に本で予習をしておかないと。
がっかりされたらどうしようとまた新たな悩みが生まれてしまった。
パーティーのため支度を済まし、自身が着ている黄色のドレスを鏡で見た。
昔の私ご選んだドレスは、今の私からすると少し子供っぽい気がするが、どうせクリストフに見られるわけではないので、そんな気にする必要もないだろう。
「って、別に彼がどう思おうとも関係ないけど!」
いてもいなくても彼が気になってしまう。早く帰ってきてほしいが、まずは今日を乗り越えなければならない。
私は婚約破棄をした女だ。公爵令嬢の私は、父不在のため必ず出席しないといけない。周りからの影口も多いだろうが、これは自分の仕事だ。
玄関の前にすでに馬車を到着しているため、私はそれに乗った。
遅れて護衛のアベルが相乗りする。今日は彼だけが一緒に同伴することになっていた。
いつものように彼はにこやかに私のドレスを褒めてくれる。
「今日もお綺麗ですね、ソフィアちゃん。俺がパートナーとして一緒に行きたかったくらいですよ」
「褒め言葉としてだけもらっておきますわ」
「これは手強い」
アベルの褒め言葉は話半分に聞いた方が良いだろう。御者が馬車を出す。私の領地から王都まですぐ近くのため、舗装された何もない道を進む。
今なら誰にも邪魔されないだろう。
「ところでアベルの方は収穫がありましたか? わたくしのことを調べているみたいですが」
「調べるとは人聞きの悪い。ただソフィアちゃんは周りからどう思われているか知りたかっただけですよ」
アベルは飄々とした態度でかわす。そして彼は懐から一枚の紙を出した。
「まあ、ソフィアちゃんだから俺も正直に言いますが、実は俺も本国から問い合わせを受けているのですよ」
どうして私達の結婚を隣国が気にするのだ。もしかすると魔女であるとバレたのか。
いいや、そんなはずはない。私は動揺を隠して彼から情報を得ないといけない。
「ソフィアちゃんは元王太子殿下の婚約者ですからね。上も外交で何か問題が起きないか心配しているってわけ」
「そうしますと、貴方も私とクリスは別れろって言いたいわけですか?」
「全然」
「えっ?」
アベルは紙を懐に戻して、体を背もたれに預けて楽な姿勢になる。
「だってあいつがあんなに幸せな顔をするんだから、俺だって祝福したい。だけど流石に報告なしでは、上も納得しないわけよ。だから適当にお互いに愛しあっていますって伝えて終わり」
アベルはウィンクして、この件は解決と言いたいようだった。
「貴方はいいの? 正直、あまり私の良い噂は聞かなかったのではないですか?」
「まあ、たしかにね。でも今のソフィアちゃんは結構、好評だったよ。なんだか人が変わったみたいって。それならそれでいいんじゃないかな」
アベルは元々、まじめに調査するつもりは無かったのだろう。
未来の私はそれこそ根本から価値観が変わったので、同じはずがない。
これまでの行動が少しでも良い方向へ動いているのならよかった。
「だから安心して、うわっ!」
急に馬車が急停止した。その反動で椅子から落ちそうになったが、アベルが私を支えてくれた。
「ありがとう存じます……」
「いいって。だけどこれはやばいかもな」
何を、と聞く前に外を見てそれに気付いた。
黒いフードを被った者達が十人ほど私達を取り囲んでいた。
リーダー格らしき者が私の名前を呼ぶ。
「ソフィア・ベアグルント。あのお方がお待ちだ。大人しく従え」
またもや組織が私と関わりを持とうとする。
だけどもう私は戻るつもりはない。
私は護身用の剣を掴む。
おそらくは私の魔女の刻印を見たボスの命令であろう。
もうすでに御者は殺されてしまい、抵抗しなければアベルもそうなってしまう。
「ソフィアちゃん、中は危険だから外へ出るよ!」
「わかりました!」
二人ですぐに外へ出る。ドレスのせいで動きづらく、こんな時にどうして襲ってくるのかと文句を言いたくなった。
取り囲まれているため、まずは数を減らさないといけない。
「クリストフがいない時を狙ってくるのがいやらしいな」
「本当にそう思いますわ」
アベルは建物を背にして、私の前に立った。周りでも騒ぎになっているので、しばらくすれば助けがきてくれるはずだ。
「おりゃああ!」
一人、アベルへ剣で斬りかかってくる。だがアベルは簡単に受け流して、逆に斬り返した。
しかし血を流して倒れていく仲間を見ても相手は怯まなかった。
「一斉に掛かれ! 女を守って満足な動きはできないはずだ」
ローブを被った男達が一斉に襲いかかろうと、じりじりと円を組んで近づいてくる。
多勢に無勢のため、私もアベルの隣に立った。
そして敵も一斉に剣を振りかぶった。
「ソフィアちゃん、危ない!」
アベルの言葉を無視して、私は襲い来る男達、一人、また一人と突きで無効化する。
「自分の身は自分で守れます! アベルはそちらをお願いします!」
アベルも私が対応できない方をどんどん切り捨てていった。
「ソフィアちゃん、その動きは……」
先日の模擬戦とは違い、私も本気で動く。そうしなればやられるのはこっちだ。
アベルも何か聞きたそうな顔をするが、まずは今の状況を打破することに集中してくれた。
だがやはりこのドレスでの戦いは大きなハンデになってしまった。
裾を踏んでしまい、私はバランスを崩して後ろに倒れそうになった。
「ラッキー!」
相手も私の隙を逃さずに、剣を弾き飛ばしてくる。
そして無防備になった私を押さえ込もうと飛びついてきた。
「いやっ!」
目を閉じて衝撃に備えたが、急に背中に壁が出来たかのように支えがあった。
背中から底冷えする声が聞こえてきた。
「俺の女に何をするつもりだ!」
目を開けると誰かの手が、組織の男の顔をわしづかみしていた。
強力そうな握力で掴まれている男は、必死にもがいていた。
私は恐る恐る後ろを振り返ると、まるで鬼のように怒り狂っているクリストフがいた。
「きゃああ!」
味方のはずなのに、未来でよく見せる怒った姿を思い出して、思わず組織側の視点から彼を見てしまった。
「なぜ、其方が俺を見て叫ぶのだ」
クリストフはため息を吐きながら、軽々と大の大人を片手で投げ飛ばしたのだった。




