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死に戻って王太子に婚約破棄をしたら、ドSな司祭に婚約されました〜どうして未来で敵だった彼がこんなに甘やかしてくるのでしょうか〜  作者: まさかの


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はじめてのキス

 私は自室へ戻ろうとしたときにベルメールがちょうどやってきた。

 彼女は私へ羽織り物を持ってきたのだろうが、すでにクリストフから借りていたので特に必要なかった。

 彼女は少しだけソワソワしており、昨日の夜のことが気になっているのが丸わかりだ。



「ソフィア様、昨日は旦那様と一緒に眠られたのですね?」

「はい。私はぐっすりと眠れたのですが、クリストフ様はあまり眠れなかったみたいで、少し申し訳ないことをしてしまいました」


 彼に嫌われている私が腕にずっとしがみついてしまったらしく、大変申し訳ないことをした。

 これからの朝の稽古はもしかするとその仕返しをされるのではないかと不安になった。

 するとベルメールは喜ばしそうな顔で口元を手で返した。


「まあ……流石はソフィア様。あの方がそれほどまで興奮されるなんて。結構、結構」


 どうやら一緒に寝たことを情事と早とちりしているようだった。

 私と彼は偽装結婚をしているので、そんな関係にはならないだろう。

 だが私は特に否定しない。

 彼も結婚を周りから急かされるのを嫌がっていたので、こういう勘違いは彼にとってもいいのだろう。


「旦那様は朝の稽古に行かれたのですか?」

「ええ」

「全くあの方は……初夜を迎えた奥方を置いていくなんて何を考えているのかしら」


 ベルメールはため息を吐く。だけど私も呼ばれているので、完全に放置している訳ではなかった。

 彼女へ着替えの手伝いをお願いしないといけない。


「わたくしもクリストフ様に呼ばれておりますので、何か動きやすい服に着替えさせてもらっていいでしょうか」

「ソフィア様がですか?」



 ベルメールは目を丸くした。そして私の体を上から下まで眺めて、不安そうな顔になった。


「失礼ですが、昨日の入浴でお身体を見たところ、運動されている方の肉付きではありませんでした。女性的で魅力はあると思いますが、あの方との稽古はかなり大変ですよ?」


 クリストフの身体能力は私の比ではない。

 彼と渡り合える人物に出会ったことがないので、彼女が稽古に付いていけるか心配する気持ちも分かる。


「おそらくあの方も分かっていらっしゃると思います。わたくしも久々に運動をしたいので、きつくなったら木陰で休んでおきますわ」


 ベルメールは「止めましたからね」と不穏な言葉を残して、服を取りに行くと出ていった。

 その間に暇な私は彼のベッドに座って待つことにした。


「まさかクリストフ様と形だけとはいえ結婚するなんて夢にも思わなかったな。過去に戻ってきたこと自体が夢のような話だけども」


 私は自分の胸の下にある魔女の刻印を手で触る。痣のようになっている部分が、昨日よりも薄くなっている気がした。


「本当に神聖術で進行を止められるんだ。でもどうしてこんなに早く発現したんだろう」


 本来、この痣が出現するのはもっと後のはずだった。それからまもなくして、私は変な術が使えるようになって、組織で役立てたのだ。


「やっぱり未来が変わったせいかな」


 クリストフが言うには、この魔女の刻印が六芒星になると理性が無くなると言っていた。

 そうなれば私は彼に殺されてしまう。彼もこの魔女化を止める方法を探してくれるらしいが、見つからなければ彼と一生を供にすることになる。


「それは彼の気が変わらなければよね」


 憎き魔女の血が流れる私を、彼は疎ましく思っているに違いない。正義感は強い方なので、少しだけ猶予期間をくれているだけと思う。

 いつか殺されてしまう可能性がある以上は、やはり魔女であることをやめるしかなかった。

 暗い気持ちになってきたので、私は頭を振って気持ちを切り替える。


「やめやめ! どうせ今は考えたってしょうがないんだから後で考えよう!」


 暗い気分のままでは心が滅入る。そこで気分転換にいいことを思いついた。


「そういえば殿方はベッドの下に隠し物をするって聞いたことがありましたけど、クリストフ様もあったりして……」


 ベッドの下をそろっとのぞいてみた。

 すると一冊のノートがあった。


「本当にあった!」


 私はもしかすると、片思いの恋日記だったりしないかと、少し悪戯心が出てきて、それを手に取った。

 私は周りを見渡して誰もいないことを確認してから、その一冊を開いてみた。

 だけどそれはそんな生やさしいものではなかった、

 1ページまるまる、自領を滅ぼした魔女に対しての怨嗟の言葉が連なっていた。

 その時、声が聞こえてきた。


「ソフィア様、大変お待たせしました!」



 慌ててノートをベッドの下に戻して何事もなかったように振る舞う、

 ベルメールが運動用の服を持って入ってきた。


「あら、なんだか顔が少し青いですがご気分が悪いのですか?」

「い、いいえ。私も少しだけ寝不足だったみたいです」

「それならお休みになられた方がよろしいのではありませんか」

「ううん。せっかく誘ってくださったのに私が行かないわけにはいきませんから」


 作り笑いを浮かべてやり過ごす。そして着替えが終わってから私は中庭へ向かうと、流れるような動きで舞っているクリストフを見つけた。

 もうすでに大量の汗を流しており、寝不足とは思えないほど激しい運動をしていた。

 すると彼も私へ気付き、動きを止めてタオルで汗を拭った。


「木刀はそこに置いてあるから使っていいぞ」


 木刀が壁に立てかけてあったので、私はそれを手に取った。

 クリストフはタオルを投げ捨て、手でこっちへ来いと合図をする。


「好きに振っていい。俺が稽古相手として……どうかしたのか?」


 クリストフは私の顔を見て心配そうな顔をする。先ほどのノートを見た罪悪感がまた押し寄せてきて、私は頭を下げた。


「実は……ベッドの下にあったノートを見てしまいました。ごめんなさい!」


 クリストフが息を呑むのが分かった。そして彼は口を開く。


「あれを最後まで読んだのか?」

「いいえ。最初のページだけ。魔女を殺したいと書き殴っていたページだけです」


 最初のページ以上は読むことができなかった。叱られると思って頭を上げられずにいたが、彼から罵声の言葉が振ってこない。

 私は顔を上げてみると、彼は少しだけホッとした顔をしていた。



「それならいい。勝手に読んだことは感心しないが、其方が関与したわけではあるまい。まだ幼子だった其方が責任を持つことも無い」

「ですが……」


 やはり遠因とはいえ私にも関することだ。彼は心の底から魔女を恨んでいる。

 私は申し訳なさでいっぱいになっていると、彼の手が私の頭に乗っかった。


「もうあのノートは読むな」


 私は頭に手が乗っかったまま頷いた。


「もちろんです! 絶対に読みません」

「そうしてくれ。あれは俺が若かりし頃の叶わないと思っていた恋心の詩が入っているんだ」

「へっ……」


 クリストフは少し顔を赤くしていた。想像していた答えとは違い戸惑った。まさか彼にもそんな時期があったとは驚きだ。

 しかし叶わない恋ということはすでに結婚してしまったとかだろうか。


「あのページが読まれていないのなら気にしていない。だから絶対に読むなよ!」

「分かりました!」


 大きな声で返事した。彼もそれで満足したのか「構えろ」と言う。

 私は慌てて剣を構えると彼は剣を振った。

 お互いの木刀がぶつかる。さっきまでの憂鬱な気分が無くなったのは、彼がわざわざ秘密を暴露して和ませてくれたからだ。



「やはり動きは未来とさほど変わらないな」


 クリストフは少しだけ楽しそうな顔をしていた。私は生き残るために、未来では剣の練習を欠かさず行っていた。

 そのため体を鍛えてなくとも、心がその動きを覚えているのだ。

 しかしその理由が打倒クリストフとは言えない。


「ぜえぜえ……」



 未来の経験があるとはいえ、この体は十七歳のままだ。父から甘やかされていた私は稽古をよくサボっていたため、訓練を長時間行う体力が無かった。


「今日はこれくらいにしておこう」


 クリストフは息一つ乱さずに言う。私は大量の酸素を吸って息がやっと整ってきた。


「ありが……とう……ございました。ちょっとあちらで休憩しますね」


 その場に倒れたかったが、服を泥で汚したくなかったので、ふらふらと木陰へ移動する。

 すると急に体が浮いた。


「わわ!」


 何事と思っていたら、またもやクリストフの腕に抱きかかえられていた。


「俺もちょうど休憩するところだったからな。それのついでだ」


 クリストフはそう言っているが、まだ疲れた様子を見せていなかった。

 私を気遣ってくれているのだろう。お言葉に甘えて私は彼の腕に抱かれたまま木陰に向かった。

 今日は暖かいので、木陰がちょうどよい気温に感じた。

 私を降ろして、彼も横に座った。すると彼はそのまま仰向けで寝た。


「少しだけ仮眠を取る。体力が戻ったら先に戻るといい」

「分かりました」


 そうは言っても、なんだか彼だけ残していくのも抵抗があったので、起きるまでこのまま休憩しようと思う。

 どうせやることもないので、私は心地よい風を感じながら横目で彼をチラッと見た。

 閉じた目からこぼれる長いまつげと整った顔。日焼けしても綺麗な肌に嫉妬しつつ、少しはだけた胸板に思わず釘付けになった。


「これは噂になるわけよね」


 彼は令嬢達から人気だ。その地位もあるが、彼自体に男性としての魅力がありすぎるのだ。

 私は邪念が出てきたので、頭からそれを追い出そうと必死になった。


「私も眠くなってきた……」


 心地よい気温のせいで自然と眠気が誘発される。

 私も彼の横で眠ることにした。だけどいざ寝ようとすると眠れずにいた。

 そのままの体勢でいると、隣にいる彼が動く音が聞こえた。


「寝たのか?」


 彼の声が聞こえたが、どうも尋ねるというより確認のような気がした。

 まだ少ししか時間も経っていないので、彼も休めるようにと私は寝たふりをした。


「結婚したんだからこれくらいは許してくれよ」


 何やら独り言を呟いた後に、彼が近づいてくるのが分かった。

 何をされるのかドキドキしていると、唇に何かが重なった気がした。

 それは柔らかく包まれるような包容力があり、その弾力は心地よさすら感じた。


 ――これって、もしかして!?


 目を閉じているので何が起きているのか分からないが、いわゆるキスをされているのではなかろうか。

 まさかそんなはずはない。

 そしてゆっくりと唇が解放された。


「もう少し寝るか」


 彼はまた横になったようだ。私は寝たふりを続けたまま、ずっと彼が行った行動について頭の中で考えた。

 憎い私のことをもしかしたら好きなのではないかという甘い考えと、もしかすると魔女になるのを防ぐために、何か調べていたのかもしれないという事務的なことを考えていた。


 少しだけ時間が経って私は今起きたかのように、両腕を上に仰いで、気持ちよく寝た風を装った。

 すると彼もそれに気付いたのか同じく起き上がった。


「起きたのなら戻るぞ。部屋まで送ろう」


 彼は立ち上がって私に手を差し伸べた。いつもと変わらない表情のままで、私に恋をしているとは思えない顔だった。さっきのは気のせいだったと思うことにしよう。


「ありがとう存じます」


 私は彼の手を取り、立ち上がって一緒に歩く。

 わざわざ手を繋ぐ必要はないのではないかと思ったが、どうせ偽装結婚だからバレないようにしろと言われるに違いないため、そのまま歩く。

 すると彼の顔がふいにこちらへ向いた。


「どうした? 少し顔が赤いが体調が悪いのではないだろうな」

「い、いいえ! 久々に運動したからですよ」


 私は笑って誤魔化した。どうしても先ほどのキスを意識してしまっていた。

 彼は「気分が悪ければ言え」とまた顔を前に戻す。

 その横顔の少し日焼けした頬にほんのりと赤みが増している気がした。

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