二人で運動
目を覚ましたら、不機嫌そうな顔をしたクリストフと目が合った。
何だか頬に人肌を感じると思っていたら、私は人の腕に掴んでいるようだった。
つまりこの掴んでいる腕は――。
私の脳は一気に覚醒して、ガバッと退いた。
「わ、私ったらはしたない! ごめんなさい!」
飛び退いた拍子にブランケットが落ちかけたので、慌てて引っ張り素肌が見えないようにした。
そこで私は思い出す。
昨日の夜に彼から神聖術で魔女の刻印が覚醒するのを緩和してもらったのだ。
すると強烈な眠気に襲われて眠ってしまったが、まさか彼の腕を掴んでいるとは思っていなかった。
さらにクリストフの目の下に隈が出来ていた。
「もしかして眠っておられないのですか?」
これが余計な質問だった。彼は不機嫌そうな顔のままため息を吐いた。
「眠れるわけないだろ。其方が一向に手を離さないからそのまま朝を迎えたんだぞ」
まさか欲情するどころか不快感を増す結果になってしまうなんて。
もしかするとよだれとか腕に付いていなかっただろうか。
「本当にごめんなさい! 私だけ気持ちよく眠ってしまって……」
偽装結婚の一日目から彼の心証をさらに悪くしてしまった。
怯える私はあたふたしていると、彼の手が私の頭に乗っけられた。
「其方がよく眠れたのなら許そう。それに一日くらい眠らずとも俺は問題ない。修業時代はこれくらい当たり前だからな」
――あれ、そんなに怒っていない?
もっと怒鳴られるかと思ったが、彼の機嫌が戻っていた。
彼の機嫌の変化が掴めないが、これ以上怒られない事にホッとした。
「さて其方が起きたのなら俺も着替える。あちらを向いておけ」
クリストフはその場で着替えようとするので、私は慌てて後ろを向いた。
しかし私もやはり年頃ということもあり、彼の体に興味が無いわけでは無い。
――夫婦だからちょっとはいいよね? 私も薄暗いとはいえ、見られたんだし。
言い訳をしながら、首だけちらっと向けると、彼はすでにズボンを穿いていた。しかし上半身はまだ裸のままでかなり引き締まった体だった。
だがその背中には大きな火傷の痕が痛々しく残っていた。
――あの傷は……!
なんだか見てはいけないものを見た気がしたので私は首を前に戻して見なかったことにした。
その傷を見て私は彼の有名な過去の話を思い出す。
彼が私を絶対に好きにならない大きな理由があるのだ。
「ソフィア嬢も暇なら少しどうだ?」
彼は着替え終わり、簡素な服を着ていた。私は当然時間が余っているので、彼の家にいる間は特にやることもないため、誘ってくれるのはありがたい。
「何をするのですか?」
「一緒に汗を流すだけだ。二人の方が激しくできるからな」
「なっ!」
ロマンス小説でその言葉は聞いたことがある。男女の営みを別の言葉で表すときに良く使われていた。
私は近くある枕を彼へと投げつけたが彼は上手くキャッチしていた。
「何をする!」
「そっちこそやっぱり私を襲う気なんですね!」
「ち、違う! 誤解だ!」
「昨日はひどいことをしないって言ったのに嘘つき!」
いくら司祭でも煩悩にまみれている。私は裏切られた気持ちになった。クリストフはどんどんこちらへ近づいてくるので逃げようとした。
「待て! 訓練のことだ! 其方と剣の稽古をしようと言っただけだ!」
「ふえ……」
私は彼を見ると頭をかきむしって、苛立っていた。
「全く、其方は俺を狼か何かと勘違いしていないか」
「黒獅子って異名もありますよね」
「それは面白がって付けられただけだ。ほらこれを着ろ」
彼は一枚のコートを私へと渡して体を後ろへ向けてくれた。どうやらそれを着て肌を隠せと言いたいらしい。
私はブランケットを脱いでコートをまとって彼に振り返っていいと伝えた。
「それで肌は隠せるだろ」
「はい……」
「運動したいなら着替えてから中庭に来るといい」
そう言って彼は部屋から出て行こうとする。
だが部屋から出る前にドアノブを握って止まった。
「言っておくが、いくら君が魅力的であろうとも、許可がなければ手を出すつもりはない。だから安心しろ」
「……かしこまりました」
彼はそれだけ言って部屋から出て行った。ただ彼の言葉が耳に残っていた。
「それって私が受け入れたら本当の夫婦になってもいいってことかしら」
いいや、それこそまさかだ。彼が本当に私が好きなら偽装結婚なんて言わなかったはずだ。
それに彼の力で魔女の進行を止められるのなら、ずっと彼の側にいればいいだけだ。
だけど彼は私との生活を早く終わらせるためにも、魔女の刻印を無くそうとしていた。
魔女の刻印が無くなれば彼との偽装結婚も終わるため、結局は私と彼は赤の他人に戻る。
それに彼は絶対に私を好きにならない理由もある。
だって彼は数年前に、魔女の力で領地を滅ぼされているのだから。




