【イケメンイラスト付】 婚約者が浮気していたので流れで仕返ししたら、なんだか新恋人ができました
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1.
今日は王宮の舞踏会。豪華絢爛な大広間には、たくさんの着飾った男女がひしめき合っている。
大声で談笑する女性グループもあれば、手を取って目を見つめ合う男女もいる。その中で一際目を引く、ダンスの上手い男女がいた。
いつものように壁際で佇んでいたセレスは、エレナに肘で突かれた。
「ちょっと、あんた、あれアリなの? さっきから、あんたの婚約者、サリアナ嬢とずーっとダンスしてるじゃない」
エレナは、その息のあったダンスを見せる男女を指差しながら、言った。
「ダンスだけじゃないわよ、休憩時間もずっと一緒よ。ピッタリくっついて離れないの」
セレスは返した。
「あら、婚約者公認の仲なんだ!?」
エレナが意地悪そうにセレスを見る。
「公認も何も。あんなにうっとりと仲睦まじそうにしてたら、ねえ」
セレスはため息をついた。
私はセレス・グリフィン伯爵令嬢。ディラン・アンダーソン公爵令息と5年前から婚約している。5年間! 婚約時でももうセレスはいい歳だったから、いつ結婚してもいいと思っていたけど、この5年間、婚約は婚約のままで、少しも話が進展しなかった。
そして婚約者のディランは今、サリアナ・クレメンソン男爵令嬢と目下ラブラブ浮気中らしい。
親友のエレナ・コリンズ伯爵令嬢が見咎めて、凄く心配してくれている。エレナはエレナで……その話は後にしよう。とにかく今は、眼前に広がる婚約者の堂々とした浮気現場を見せつけられ、セレスは気が落ち込んでいた。
「ホント、こんなん見せられるくらいなら、全然婚約辞めてもらっていいんだけど……」
セレスはため息をついた。
「じゃ、言ってくれば? 婚約辞めてあげるわよって」
エレナは腕を組みながら顎でディランを指す。
セレスは首を横に振った。
「いや。向こうは名門公爵家、うちは成り上がり伯爵家。うちのが断然格下だから、うちから婚約破棄はムリ。流石に言い出せない」
「そ? じゃーどーすんのよ」
「婚約辞めるって言ってもらうまで、待つ感じかなぁ」
セレスは遠い目をした。
エレナはキッとセレスを睨んだ。
「何年待ってんのよ、あんたは! あいつの浮気、初めてじゃないじゃん。別れては戻ってきて、また浮気してって、本当性質悪い」
「いや別に、戻って来てもないから。私、空気みたいなものだから」
「じゃあなんで婚約続けてるのよ! わけ分からない!」
「私も分からない……」
セレスはまたため息をついた。
エレナはハッとしてセレスの顔を見た。
「あんたまさか、あの男と結婚したいわけじゃないでしょうね?」
「まさか! もうこんなのばっかり見せられて、愛情の欠片でも残ってる方がおかしいでしょうが」
セレスは渇いた笑いを見せた。
エレナが目を鋭くさせる。
「でもさあ、このままあっちが婚約破棄を言ってこなければ、あんたあの男と結婚することになるんでしょう?」
「うええ、死にそう……」
セレスはあの婚約者と結婚することになった自分を想像して、ゲェっと思った。
このまま父親のお商売手伝ってる方が断然楽しい……。
エレナはセレスの肩をさする。
「あんたのお父様は知ってんの?」
「さあ? この件について面と向かって話したことはないかな。あの婚約者の話題は我が家のタブー的な……」
「……それ、しっかりバレてんじゃん」
「あ、そっか?」
セレスは頭を掻いた。
エレナはふうーっと息を吐いた。
「でも、あんたのお父様は動く気なし、と」
「まあ、格下からお願いした縁談だしねえ。うち、お商売はうまくいってるから、お金で縁談を買ったようなもん」
「で、それが分かってて向こうも図に乗ってる、と」
「そだよ。あーもー最悪。あんな男、絶対、嫌……」
セレスもおでこを押さえた。
そのセレスの顔を見て、エレナが急に心配そうな口調になった。
「あれ! あんた、ちょっと顔色悪くなってるじゃん。ごめん。ちょっと、なんか飲んだら」
セレスは「え?」と顔を上げた。
「顔色悪い? あー、なんか心労かな」
「うん。飲み物とってくるわ。待っててね」
エレナはすっと歩き出した。本当にキビキビした女だ。
「ありがとう」
セレスはエレナの背中越しに言った。
エレナが飲み物取りに行ったので、セレスは一人壁にもたれかかった。大広間の音楽や人々の賑やかな話し声が、なんだか遠くに聞こえ、セレスは舞踏会の喧騒から解き放たれた気がした。そう、視野の隅っこに映る婚約者の浮気現場も、なんだか他人事のようだ。
そのとき急に、
「何? あんた、婚約者に浮気されたの?」
と隣の男が話しかけてきた。
セレスは驚いてばっと振り返った。
若いイケメンだ。金髪で青い目を持ち、背が高い。身なりもびしっと整っていた。そして、その柔らかくて親しみやすい仕草から、女慣れしてそうなことが見て取れた。
セレスはふっと笑った。
「そうそう。あれよ」
セレスは、例の男女を指差した。
「あー」
男は納得の声を出した。
「あーあの男、恋に落ちてるって顔だね」
「やっぱり?」
セレスは苦笑した。
男は呆れた顔をする。
「彼、あんたのことなんか、1ミリも頭にないだろうね」
「そうでしょうね。ていうか、普段からも自分に婚約者がいるなんて、覚えてないんじゃないですかね」
セレスが自虐的に言う。
男はセレスの顔を見た。
「じゃあ、婚約やめれば?」
「やめたいんだけど。やめ方がわからない」
「へえ」
男はニヤリと笑った。
「じゃあさ、俺と浮気しようよ。そしたらさぁ、晴れて向こうから婚約破棄って言ってくれるんじゃないの」
セレスは大きなため息をついた。
「あら、こんな惨めな女にそんなこと言ってくれてありがとう。でもこっちが浮気して婚約破棄なんかされたら、その後の縁談が全くなくなるから、パス。それともあなたが責任とってくれる?」
「え? 責任? あなたと結婚てこと? そんなの急に言われたら俺も困るなあ」
男は大口を開けて笑った。
「でしょ」
セレスも笑った。
「でもありがとね。あの男が他の女と楽しくやってる時に、こっちも冗談でもそんなこと言ってくれる人がいて、嬉しかったわ」
「あはは。少しは気分が明るくなったんならいいよ〜。よかったね」
男は笑った。子犬のような笑顔だった。
はは、可愛い、と、セレスは思った。
「そうだ、これあげるよ。身に付けとくといいことあるかも」
男は自分が付けていたブローチを外すと、セレスに手渡した。何か宝石に紋章が付いている。
「何これ」
「お守りみたいなもん。君にいいことありますように」
男はウインクした。
「どうも……ありがと」
セレスはよく分かっていなかったが、言われるまま受け取り、口先でお礼を言った。
そこへ、
「セレス〜、飲み物持ってきたよ〜」
とエレナが帰ってきた。
「友達帰ってきた。じゃあまたね」
セレスはニコッとして、軽く男に会釈した。
男もニコッとすると、何もなかったように別の方を向いた。
「セレス、とりあえずコレ飲んで……って、うん? 何か喋ってたの?」
とエレナが小声でセレスに聞く。
セレスは笑って、こそっと耳打ちした。
「危なかったよ。女たらしに遊ばれるところだった!」
「ええ! どの男?」
エレナが興味深そうな顔をして、さっきの男の横顔をそーっと盗み見た。
そして、
「あーモテそうな顔してるわ。挨拶みたいに口説きそう。誰だっけ?」
と呟いた。
「知らないよ、イケメンに知り合いはいないもん。でもあんなんでも、イケメンに話しかけてもらったら嬉しいものだね」
とセレスは笑った。
「何言ってんだか。でも、そのおかげか顔色戻ってるね、良かったわ」
エレナは軽く笑った。
しかし、エレナはまたため息をつくと、
「でも、今の問題は、あの婚約者ね」
と心配そうにセレスの顔を見た。
2.
あの舞踏会からしばらくしたある日、セレスが自分の屋敷でお茶をしていると、来客の知らせがあった。そして、急に外が騒がしくなったかと思うと、エレナが大急ぎでセレスの部屋に入って来た。
「ちょっとーー! セレス、あんたの婚約者、あの浮気相手と旅行ですってよ!」
エレナがどこから聞きつけたのか、早口で教えてくれる。
セレスは人差し指を立て「しー」っと言った。
「ちょっと大声やめてよ! お父様に聞こえるから」
「聞かせた方が良い内容だと思うけど」
「いや、やめて」
セレスは手でエレナを制した。
「知ったところで、うちには何もできないんだから、知らない方がマシなのよ」
それから、セレスは少し興奮しているエレナを落ち着かせて、
「旅行はもう今更だから。別にいいわよ、もう」
と穏やかに言った。
「よくないでしょう! 旅行なんか行っちゃったら、やることやるに決まってんじゃん!」
「やること? あー、それはもう遅かれ早かれ……ていうかもう、前の浮気相手と多分、とっくに……」
セレスは苦笑した。
エレナは目を釣り上げた。
「あんた、それでいいの!?」
「良くないけど、仕方ないじゃん」
「追いかけて止めようよ!」
「ええ? 今更? エレナ、なんでそんなこと急に言い出すの? こないだの舞踏会の時は止めなかったのに……」
セレスは驚いた。
しかも舞踏会で、『婚約破棄してもらいたい』って私言ったような。別に旅行とか止めなくていいんだけど?
しかし、エレナは拳を握った。
「状況が少し変わったの! あと、気づいちゃったの。私たちもう19歳過ぎてんのよ!」
「その話題は、なし!」
とセレスは声を上げた。年齢の話はやめようねって、約束してたじゃない!
19歳。その数字を出されると、セレスはガンっと頭を殴られたような気分になる。この国の貴族の令嬢なら、19歳といえばとっくに結婚している。結婚していなければ、すっかり嫁き遅れと言われても仕方ない……。
エレナはずいっと身を乗り出した。
「セレスがさ、あの婚約者と結婚するなら、よ? この浮気相手で最後にしてもらわなきゃ、年齢的にキツいじゃない! やることやられたらズルズルいくわよ。止めるわよ!」
セレスは後退りする。
「別にいいのよ、私は婚約を破棄してもらえれば。あの二人がどうなろうと。だって今更あの男気持ち悪いし……」
エレナはセレスの腕をぐいと引いた。
「もういらないの!? じゃあ婚約破棄してもらわなきゃ! 『浮気バレてるわよ』って見せつけてやりましょ」
なんだかセレスは、エレナの態度に小さな違和感を感じた。今日のエレナの心の中には、何か強いモノがあるようだった。
セレスは乗り気でなかったが、仕方なくエレナに従うことにした。
エレナは、セレスの屋敷の執事やら侍女やらにテキパキと指示を与えて、すぐに出かける準備を整えさせた。本当、キビキビした女……。
「さあ、いくわよ!」
エレナはしぶしぶな感じのセレスを馬車に押し込むと、自分も乗り込んだ。
セレスはチラリとエレナを見た。エレナはただ窓から外の景色を眺めている。
一体エレナはなぜ急に『19歳』なんて言い出したのだろう? 19歳なんて、誕生日がきた時から分かってるじゃないの? 私たちはとっくに嫁き遅れていて、現実からずっと目を背けていたことも。
馬車は無言な二人を乗せて、できる限りのスピードを上げて走った。そして小一時間ほどして、エレナの指示通り、とある湖沼地帯に着いた。
「この湖畔でって聞いたけど。人気の貸別荘があるのよね」
とエレナは言った。
そう、この湖は、この湖沼地帯の中でも一番水が美しく、周囲の丘の緑と対をなして絶景の極みを見せている。知る人ぞ知る観光地で、何軒か豪華な貸別荘が立っていた。
エレナは湖の側で馬車を止めさせると、そそくさと馬車を降り、キョロキョロと湖を見渡した。
そして、甲高い声を上げた。
「あ、いたいた。わっかりやすっ! ボート乗ってんじゃん、あの二人!」
エレナが指し示す。
セレスも馬車から降り、気乗りしないまま目をやると、たしかに湖に一艘のボートが浮かび、二つの人影が寄り添っていた。
はあ。セレスの心が重くなった。
エレナは、
「まだ押し倒してはいないみたいよ」
と呟いた。
「いや、外じゃやらんでしょ、流石に」
「分かんないわよ、二人の世界に入ってたら!」
エレナはセレスの肩を叩く。
セレスはぼーっとその二つの人影が波に揺れているのを見ていた。
まさか私たちに見られているとは知らずに、甘い言葉でも囁き合っているんだろう。手を握ちゃったりして、キスなんかしちゃったりして。
あーもう最悪。私はこんなもの見たくないのに。
「ネス湖のネッシーさんが、ボートの下からざばぁっと出てきて、転覆すればいいのに」
とエレナが言った。
「いやいや、溺れかかった女を男が助けて、『生きててくれて良かった』『助けてくれてありがとう』って愛が深まるだけよ」
と、セレスはポツンと呟いた。
エレナは「あー」と肯いた。
セレスはぼんやりとボートの影を眺めながら、
「でさあ、エレナ。あれ、どーすんのよ。まさかうちらもボート乗って追いかけるわけじゃないでしょうね?」
と聞いた。
エレナはぱっとセレスの方を向いた。
「でも、止めなきゃ! やること始めちゃう! 湖の上で!」
「なんで湖にこだわるのよ。やらないでしょ、流石に湖じゃさあ。揺れるじゃん」
セレスは呆れた。
エレナはちょっと考えてからポンと手を打った。
「ちょっと、セレス、溺れたフリしなよ。きっと助けに来るよ。それで『あれ、君だったんだあ』『あらやだ、あなたが助けてくれたの、惚れ直しちゃう』みたいな流れでさ」
セレスは首を横に振る。
「それ、サリアナ嬢はどんな顔で見てんのよ」
「あーそっか、あの女いたわ。邪魔くさいわね、あの女!」
「いや、この状況、邪魔しようとしてんのはこっちだから」
セレスは突っ込んだ。
「てゆか今の二人は、溺れた人間がいたとしても、目に入らないと思う」
エレナは「えー」と不満の顔をした。
「でも、浮気バレてること気づかせなきゃ」
「私、パーティーでとっくに気付いてるけど」
「でも、あんた『この泥棒猫!』みたいなやり取りやってないじゃん」
「あ、ああ、それ、やんなきゃダメだったんだ?」
「そだよ!」
とエレナは強く言った。
「でもさ、サリアナ嬢に『泥棒猫』なんて言ってもさ? 『それが何か?』って返されて終わりじゃない?」
とセレスは諦めたような声を出した。
その時、エレナは急に息を呑んで黙ってしまった。
セレスは何やら不穏な空気を感じた。
「……どした?」
セレスはそっとエレナに聞いてみる。
エレナは俯いた。
「ちょっ、エレナ、本当、急にどうしたの?」
セレスは焦った。
エレナは顔を上げてセレスを見た。迷った目をしていた。
しかし、エレナはぐっと唇を引き締めて言った。
「あたし、結婚決まったんだ……」
「ええ!? それ今言う? いや、おめでとうなんだけどさ! あんた、もしかして、その告白するために郊外に私を連れ出したんじゃないでしょうね!?」
セレスは驚いて思わず声を上げた。
エレナは悲しそうにふふっと笑った。
「半分はそう。で、もう半分はあんたの為」
「いや、おめでとう。とりあえず、あんな浮気男のことはどーでもいいから、あんたの話を聞かせなさいよ!」
セレスはエレナの腕を取った。
エレナはそっと腕を振り払う。
「それが、あんま話すことないんだよね。正直冴えなさそうな男だった。話がきたのもびっくりだったけど、とりあえず、親が決めた。それに私は従う。それだけ。もう19歳だし。たいして期待できない結婚だけど」
「エレナ……」
「だから、セレスも、もういい加減、どうにかなんなきゃって思った。あの浮気男と別れるにしろ、浮気に目を瞑って結婚するにしろ、何でもいいから、そろそろ決めなくちゃいけないと」
とエレナは言った。
そういうことか、とセレスは思った。それで、私に、こんな訳もわからず浮気男を追いかけるような真似をさせたのだ。
エレナは……昔、王太子妃候補だった……。エレナは名門の出で、王太子のことが大好きで、王妃教育も頑張っていた。それなのに、急に王太子は別の女性を選んだ。エレナの実家が総出で文句を言ったらしいが、なんやかんやとなし崩しになったらしい。エレナは静かに身を引いたが、男性不審に陥った。それで、男運の悪い私と気が合ったのだ。
「エレナ、ごめん……」
セレスは呟いた。
「うん」
エレナは頷いた。
セレスはエレナの不器用な顔を見た。
エレナはあの日、王太子が別の女を選んだ日、『泥棒猫』なんて言わなかった。本当は言いたかったのかもしれない。
「私、言うわよ、『泥棒猫』って」
3.
その時、急に近くで物音がしたので振り返ってみると、一台のしつらえの良い馬車がやって来るところだった。
「誰?」
セレスとエレナが身構えていると、馬車が停まり、中から一人の男が降りてきた。
「おや、こんなところにお嬢さん方が」
と男は飄々と言った。
「あ、あの時の、ブローチイケメン!」
セレスが思わず口に出す。
「ブローチイケメン?」
エレナが訝しげな顔をした。
セレスが慌てて説明する。
「ほら、あの時の。舞踏会で私を口説こうとした……」
「ああ!」
エレナは思い出したようだった。
「あーそういや口説いたっけね」
男は屈託なく笑った。
「あのブローチ持ってる?」
「あ、え? ああ、身に着けてはいないけど……持っとけって言われたから……」
セレスはハンカチにくるんでいたブローチを取り出して見せた。
男はニコッとするとそのブローチを摘んで、セレスの胸元の目立つところに着けようとした。
「何してんの!?」
セレスが驚いて抵抗しようとした。
「今日だけは着けときなよ」
と男は言った。
「っていうか、あなた誰、なんでこんなところに」
エレナが怪訝そうな顔で聞いた。
男は「ああそう言えば」といった顔をした。
「申し遅れました。俺はスタンリー・ハンフリーズです」
エレナはごくりと喉を鳴らした。
「ハンフリーズって、あの王家と縁戚のあるハンフリーズ公爵家?」
「あ、うん、そうそう」
スタンリーは苦笑しながら答えた。
「え……」
セレスも驚いてまともに声が出なかった。
あの舞踏会……あんなに気さくに話しかけられたから、ついついみっともない話しちゃったじゃない。
っていうか、なんで、そんな人がここにいるのよ!?
セレスは上擦った声を出した。
「あの、なぜ貴方のような方がここにいらっしゃるんですか?」
「おいおい、急に言葉遣い変わったじゃん。いいよ、普通で。友達だろ」
スタンリーは笑った。
「え? いつ友達になったっけ?」
セレスは首を顔を顰める。
人類みんな友達とか言っちゃうタイプ?
スタンリーは笑った。
「呼びだされたのさ、あの令嬢に」
スタンリーはボートを顎で示した。
「はあ?」
セレスとエレナはわけわからんといった顔をした。
「本当、君らは感情に素直だね。新鮮だよ。俺が恋愛圏外だからって、もう全然気ぃ遣わねーのな」
スタンリーは楽しそうに笑った。
「あいにく私たちは男運が悪いもので!」
またセレスとエレナは同時に声を上げた。
スタンリーは楽しそうに笑った。
「サリアナ嬢はどうやら俺が好きらしいよ。あの男は当てつけだな。俺に他の男と仲良くしてるのを見せつけて、嫉妬煽ろうとか思ったんじゃね?」
「は?」
セレスは変なところから声が出た。
「はあ〜?」
それからゆっくりと、セレスは腹が立ってきた。
あの女、そんなつまらんことのために人の婚約者を誑かしたんかい!?
あ、ディランの女にだらしないところは別に今に始まったことじゃないか……。
スタンリーはセレスの呆れた顔を見て、少し気の毒に思ったらしく、
「こんなん見せられたら、引くだけなのにな」
と呟いた。
「そりゃそーだ」
とエレナは大きく頷いた。
スタンリーはまだ頭が追いついていないセレスの方を向いて、元気付けるように、
「だからあの時さ、あんた、おれと浮気しといたら良かったんだよ。あんたが俺と寝たって聞いたら、サリアナ嬢、半狂乱になって怒るんじゃね? あんたにとったら、いい仕返しになったのに」
と言った。
「あーいい案じゃないの! さっそく寝たら、あんたたち」
とエレナがあっけらかんと言う。
「エレナ!」
セレスは思わず声を上げた。
「いや、今更だよ〜もうそんな気分じゃないし」
スタンリーも苦笑する。
「気分で寝るんかい!」
エレナは突っ込んだ。
セレスはスタンリーの顔を見た。
「スタンリー様、あの舞踏会のときに、サリアナ嬢の本音、分かってたんでしょ? なんであの時に教えてくれなかったのよ」
「そうだね〜なんでだろ。本当はもう関わり合いたくないからかな。軽々しく口説いちゃったら重い女でさ」
スタンリーはため息をついた。
「じゃあ、今回のディラン様の浮気騒動は、スタンリー様のせいってことだったの」
とエレナが口を挟む。
セレスはスタンリーには詰め寄った。
「関わり合いたくないのなら、なんで今日はサリアナ嬢に呼び出されてここまで来てるの。変じゃない」
「それは、あんたの婚約者と一緒だって聞いたからだよ。あんたの婚約者は気の毒だろ」
「それこそ、あなたには関係ないじゃない。私の婚約者が誰に誑かされようが」
「でも、あんたが悲しんでると思ったからさ」
スタンリーはぽつんと言った。
「え? ちょっとあんた、何を急に……」
セレスは思いがけない言葉に驚いた。
「へえ?」
エレナは呟いた。
「でも、私は別に悲しんでません。もう婚約辞めたいだけなの」
とセレスは言い切った。
「あーそれ、あの時も言ってたね。じゃあ、もう、今日ここで婚約辞めな」
とスタンリーはずいっとセレスに近寄った。
「う……そんな急に」
セレスは戸惑う。
「でも、さっき『泥棒猫』って言うって言ってたよね」
とエレナはセレスの背中を押す。
「あ、言ったね……言っちゃったわ……うー私の立場」
セレスは頭を抱えた。
それからポツンと言った。
「……決死の覚悟だわね」
「ああ、潔く死んでこいよ。骨くらい拾ってやるから」
スタンリーは微笑んだ。
エレナもぐっと拳を握ってファイトポーズを取って見せた。
セレスはぐっと詰まる。
それからふーっと大きく息を吐いた。
「やんなきゃいけない雰囲気じゃんか……。……エレナも結婚決めちゃったとか言うし。でも、なんで大して知り合いでもないスタンリー様にそこまで言われなきゃなんないのかは分からないけど」
「おう、そうか」
スタンリーは面白そうに目を細めた。
「あ、この男楽しんでる」
とエレナは呟いた。
セレスは首を振った。
「仕方ない! 骨拾ったら、この湖にまいてちょうだい。惨めな女がブチ切れたなんて、みっともなくて社交界にはもう帰れないわ!」
「あらいいわね、セレス、マジギレ」
エレナも軽口を叩く。
セレスは大きく頷いた。
「そうね! 白状すると、この湖に来た時、一個物凄い違和感があったの。だって、ここの貸別荘たち、うちの家が出資してるのよ? そんなとこ浮気場所に選ぶなんて!」
セレスはぐっと手を握った。
「あー」
とエレナは渇いた声を出した。
「さすがお商売人のムスメね……でも、ディラン様を擁護するわけじゃないけど、浮気すんのに普通、貸別荘のオーナーまで調べないわよ……」
エレナがこめかみを押さえた。
スタンリーは腹抱えて笑っている。
「地雷そこ!?」
「そこですよ、悪い?」
セレスは、エレナとスタンリーを睨んだ。
この二人の手前、引くに引けなくなったセレスは、これからディランに、何か言ってやらなければならなくなった。
それでとりあえず、ボートでいちゃつく二人を放って、貸別荘に乗り込むことにした。
エレナもスタンリーも興味津々について来る。
「ちょっと、あんたまでついて来なくていいんだけど」
セレスはスタンリーを振り返って言った。
「いいじゃん、俺、こんなとこまで足伸ばしたんだぜ。せっかくだし楽しませてよ」
スタンリーは笑顔だ。
セレスはぐぬぬ……と思ったが、無視することにした。
貸別荘のエントランスで名前を告げると、支配人が転がるように飛んできた。
「これはこれは、セレスお嬢様! こんなところまでご足労いただきまして! 言ってくだされば、お屋敷の方までお迎えに上がりましたのに!」
「いや、いいのよ。たまたま用事でそばまで来ただけだから」
とセレスは言った。
支配人は汗をかいている。
「そうですか! セレス様やお父様には本当はお世話になって……」
「そうよね。経営の方は上手いこといってる?」
「はい、それはもう!」
「そう。それは良かったわ。じゃあ、頼みたいことがあるの。嫌なことだと思うんだけど、今後の投資だと思って付き合ってくださらない?」
セレスは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、一応丁寧に頼んだ。
支配人は何事かとドキッとした。こんなセレス様の顔。しかし、今後の投資だと言われては……!
「はい、お嬢様。できるかぎりご要望に添えるよう努力いたします!」
4. (浮気相手サリアナ視点)
サリアナはボートの上で、少しイライラしていた。
岸辺には合計2台の馬車が停まった。どちらの馬車からも人影が降りてくるのを確認し、きっとそのどれかはスタンリーなのだろうと思ってときめいた。しかし、なぜかその複数の人影は合流して、サリアナのボートを見て何かを話しているようだった。
誰なのだろう? そして、どういうことだろう? サリアナは思った。
やがてその複数の人影は、最後にボートに一瞥をくれると、連れ立って立ち去ってしまった。
サリアナは歯軋りをした。
思った展開にならない。
サリアナは、スタンリーに慌てふためいて縋り付いて欲しかったのだ。サリアナがボートに乗っているなら、スタンリーもボートに乗って追いかけてきてほしかった。
事の初めは、スタンリーの方から口説いて来たことだった。サリアナはモテる自負から、勿体ぶって軽く一度躱して見せた。本気かどうか見てやろうと思って。
スタンリーはその時、「あれ? 思ったのと違ったかな?」と笑顔で呟いて、「ごめん、邪魔したね」と去っていった。
私相手にそんな態度とった男は初めてよ。サリアナは侮辱されたと思った。私はモテてきたのに。なんでこんな扱いを受けなくちゃいけないの! あの男、スタンリー様と言ったわね、絶対振り向かせてやるんだから!
それでサリアナは、舞踏会でわざとスタンリーの前でディランと仲良さそうに踊って見せた。
しかし、スタンリーは話しかけてさえこなかった。なんなら、ディランの婚約者とやらと楽しそうに話している始末。舞踏会では色々な男性と踊ることはよくあるから、そのうちの一人だと思ったのね、とサリアナは解釈した。
だから、スタンリーをディランとの旅行先に呼び出してみた。男と二人で旅行していたら、それはデートに見えるでしょう? スタンリー様も嫉妬するはずだわ。
しかし、スタンリーと思わしき人影は慌てた様子もない。
何なの、スタンリー様? わざわざここまで来てくれたと思ったのに、どういう事?
目の前には、完全に誤解して鼻の下を伸ばしているディランがいる。名門の貴族だけど、お金に困っている噂があるし、スタンリーの家柄と比べると、どうしても劣るディラン。
ディラン様の顔立ちも悪くないけど、スタンリー様の方が整っているし、王子様みたいだもの。どうしてもスタンリー様の方がいいわ。
岸辺の人影が立ち去ってしまったので、もうボートはお終いでいい、とサリアナは思った。
「ねえ、ディラン様? 少し冷えてきましたから、貸別荘に戻りませんこと?」
とサリアナは上目遣いをした。
「そうかい。気づかなくて悪かったね」
ディランはそう言うと、舟を旋回させ、桟橋を目掛けて巧みにボートを操った。
しかし、サリアナは遠目に、数人の男たちが桟橋に集まって来たのを見た。
何事かしら? 舟の管理人もいないわね? とサリアナは訝しんだ。
すると、男たちはその桟橋の上で何やらかがみ込むと、ガンガン、ゴンゴンやり始めた。
何!? サリアナは嫌な予感がした。
そうして男たちは、舟をつける杭などを取り外してしまった。
えっ!? サリアナは驚いてしまった。
さらに男たちは、ガンガン、バキバキと続け、その浮桟橋のアンカーを取り外し、床板を蹴って漂流させてしまった。
サリアナは開いた口が塞がらなかった。
これでは舟をつけられないし、付けても桟橋を渡って岸辺まで行くことができない。
何をしてくれてるの、あの男たちは!
ディランも気付いたらしい。
「おおい! おおい! 舟が出ているのに、何なんだ、おまえたちは!?」
ディランは叫んだが、男たちは聞こえないふりをして、浮桟橋を解体すると、仕事が終わったとばかり口笛を吹きながら帰ってしまった。
「ちょっと、ディラン様、どうするの!?」
サリアナが怯えた声を出した。
サリアナとディランは困った。もうあの桟橋は使えまい。
ディランは迷っていたように見えたが、他に手段はなさそうだと思うと、浅瀬に直接舟を乗り入れようとした。しかし、途中で船底が砂地にめり込み、それ以上は岸に寄れない。
ディランは舟から身を乗り出し、水の中を確認すると、意を決してざぶっと水の中に足を入れた。幸い膝くらいの水深だった。
そんなに深くなかったので、サリアナは少しほっとした。
「どうぞ、サリアナ様。私が岸まで抱えて参りますから」
ディランは、サリアナが濡れないように抱き上げると、そのまま浜まで歩いた。
ディランは膝下がびしょ濡れになったが、幸いサリアナは濡れずに済んだ。ディランのおかげね、とサリアナは少しディランに感謝した。
しかし、なんだったのかしら、あの男たちは。桟橋を解体するような真似をして。
しかし、とにかく、今はこの汚れて惨めな状況をなんとかしたい。
ディランが、
「サリアナ様、急いで貸別荘まで戻りましょう」
とサリアナを促した。
サリアナは頷き、二人は寄り添うようにして貸別荘へと急いだ。
貸別荘に入ると支配人が駆け寄ってきた。
「どうなさいましたか」
支配人は、ディランのずぶ濡れの膝下を見て驚いた顔をした。
「男たちが来て桟橋を急に解体したのだ。どういうことなんだね?」
とディランは聞いた。
「なんと。すぐに人をやりましょう」
支配人は答えた。
「すぐに部屋に案内してもらいたいのだが。荷物は解いてあるだろうね?」
ディランは、サリアナの背に手を回しながら確認した。
「はい」
と支配人は恭しく答えた。
しかし、支配人はサリアナの顔を見ると、
「申し訳ありませんが、サリアナ・クレメンソン様にはサービスを提供することができません」
と言った。
サリアナは顔色を変えた。
「どういうこと!?」
ディランも驚いた。
「何を言っているのだ?」
しかし、支配人は表情一つ変えずに澄ましたまま、
「そのままでございます。クレメンソン様にはお引き取りいただきたいと思っております」
と、言葉の内容とは裏腹に丁寧に言った。
「なぜなの?」
「なぜだ!」
サリアナとディランが声を荒げる。
「私どもはオーナーの家族を貶める方をもてなすわけには参りません」
と支配人はゆっくりと言った。
ディランは顔色を変えた。
「もしや!」
「はい。このお屋敷は、グリフィン伯爵家に出資していただいております」
支配人は丁寧にお辞儀した。
「う……」
思わずディランは呻いた。
サリアナは目を剥いた。
えっ!? ここってグリフィン伯爵家の系列なの!? グリフィン伯爵家って、ディラン様の婚約者のご実家……。それで、私にこんな仕打ちをするのね。
しかし、サリアナも何か言ってやらずには気が済まなかった。
「でも客を追い出すなんて酷いじゃないの! ここでこんな扱いを受けたって、王宮で言いふらしてやるから!」
しかし、支配人は少しも驚かず、
「では、私どもも、クレメンソン様がどういった状況で、どなたとご利用されようとなさっていたか、説明しなければなりませんね」
と淡々と言った。
「まあっ」
サリアナは顔を青くした。
「脅すの!?」
「いえ、決して脅すつもりなどございません」
支配人は心外といった顔をした。
サリアナはぷいっと顔を背けた。
「じゃあもういいわ! ではディラン様、もう帰りましょう! 旅行は取りやめよ」
ディランはおろおろした顔をしていたが、サリアナの言葉を聞くと少しホッとしたように、
「仕方ありませんね」
と答えた。
「支配人、せっかく解いてくれた荷だが、また片付けてくれますか」
「かしこまりました」
支配人は丁寧にお辞儀をした。
そしてディランはそっと支配人に寄り、
「これは、セレス様の仕業でしょうか?」
と耳元で小声で聞いた。
「さあ?どうでしょうね?」
と支配人は惚けた。
「私が別の女性と訪れたことを気付いておられるのですね」
ディランはもう一度問いかけた。
「私からは何も申し上げられません」
と支配人はまた答えた。
そこへ楽しそうな笑い声が聞こえた。
ディランとサリアナが振り返ると、優雅な物腰の男女が姿を現した。もちろん、セレスとエレナ、スタンリーである。
サリアナは目を見張った。
誰!? あ、ディラン様の婚約者のセレス様!
え? なぜスタンリー様がこの女たちと仲良さそうにしているの!?
ディランもセレスの顔を見て、息を呑んで固まった。
エレナは顔を顰めて、ぴたりと足を止めた。
「あら、ディラン様、裾がずぶ濡れですわよ。お連れ様も砂やらなんやら、お召し物が汚れてますわね。早くお着替えなさいまし」
「いえ、私たちはすぐにここを出ますので」
ディランはセレスの顔を見て一気に狼狽え、消え入りそうな声で言うと、すぐに立ち去ろうとした。
しかしサリアナは、スタンリーから目が離せず佇んでいた。
顔が悔しそうに真っ赤になった。ちょっと妬かせてやろうと思っただけなのに、なんだか私が惨めな立場になってる。
「スタンリー様、違うのよ、私、この方とは恋人でも何でもありませんのよ!」
サリアナが叫ぶ。
「へえ」
スタンリーは薄ら笑いを浮かべたままだ。
サリアナは、スタンリーのその顔に、泣きそうになった。この人は……私の方なんて……。
「え?」
ディランは目を見開いて、サリアナを振り返った。
「サリアナ、どういうことだ?」
「……そういうことですって、ディラン様」
ゆっくりとセレスは繰り返した。
セレスはうんざりした顔をした。
「ちなみに私ももううんざりですわよ、ディラン様。こんなの見せつけられて。何回目ですの? それに、さすがにうちの出資する貸別荘に浮気女を連れ込むなんて、あり得ませんわ」
「あ……」
ディランは言葉なく俯く。
「あなたもね、泥棒猫さん。あなたは戯れだったのかもしれないけど、私はね、ずいぶん不快だったの」
セレスは今度はサリアナに向かって言った。
泥棒猫……。面と向かって言われたのは初めてだ。
しかしサリアナは、セレスやスタンリーの態度が悔しくて、何も言葉を発することができなかった。
こんな、こんな仕打ちを受けるなんて……。スタンリー様を振り向かせたかっただけなのに……。
「ディラン様、なかなか壮絶な場面ですね」
とスタンリーが楽しそうに言う。
「サリアナ様も、婚約者がいる男性を誑かしちゃダメじゃないですか。大方、ディラン様がこの茶番にはお手頃だったんでしょうけど」
サリアナは顔面蒼白だ。
サリアナは言葉を喉から振り絞った。
「あ、あなたがそんなこと言うの!? 私はあなたを振り向かせたかったの! そもそも、あなたから私に声を掛けたんじゃないですか!」
「声ならみんなにかけてますよ、ね、セレス様」
とスタンリーは笑った。
「そうね、冗談でも嬉しかったわ〜」
とセレスは調子を合わせて笑った。
「え?」
サリアナ嬢は泣きそうな顔をした。
「この女にも声を?」
その時サリアナは、セレスの胸元にあるブローチが目に入った。ハンフリーズ家の紋章入り。
「も、紋章入りのブローチを差し上げるほど親しくしていらっしゃるの……」
サリアナの掠れた声。
「おい! セレス様、どういうことだ! あなたも浮気してたのか!?」
ディランは大声を上げた。
「浮気? するわけないでしょ。くっだらない! いつまで恋愛ごっこを楽しんでるつもり?」
セレスは言ってやった。
「うちがあなたの家より格下なのは分かってる。でももう、言わせてよ。婚約破棄してちょうだい。あなたの浮気だもの、あなたのせいよ。言い逃れはできないからね、ここの支配人も私の友達も皆見てる。もううんざりなのよ」
セレスは、ディランの目を真っ直ぐに見て言った。
ディランは青ざめた。
「そ、それでは、うちが困るのだ!」
「知りませんよ!」
セレスはピシャリと言った。
サリアナはショックで呆けていた。
別に好きでもないディランが、サリアナを唯一支えてくれている。
大失態、だわ……。
こうして婚約破棄騒動は、郊外の貸別荘でこっそり終わった。
その晩セレスは父親に報告し、父親は無言で頷いた。
翌日にはディランの実家、アンダーソン公爵家から長い手紙が来た。しかし、セレスの父親は何やら短い手紙を書いて送り、この件は終いにしたようだ。
「まあ、アンダーソン家は、うちでなくても、金さえある家ならば、どこでもよいのだろうしな」
とセレスの父親は呟いた。
5.
しばらくして、セレスの元に、エレナが正式に婚約したと手紙が来た。婚約者を紹介したいから遊びに来てくれとのことだった。
もう、嫁き遅れ女同盟もお終いかあ、とセレスは嬉しいような寂しいような気分に浸った。
しかし、これはエレナにとっての素晴らしい門出になるべきだ。
セレスはとびきりのお洒落をして、エレナの屋敷に遊びに行った。
セレスの馬車が屋敷に着くと、エレナはなんと自らエントランスまで迎えに来てくれた。セレスは馬車を降りると、すぐにエレナを抱きしめる。
「お招きいただきありがとう、エレナ。あんたのこと大好きよ。幸せになって」
とセレスは言った。
「ありがとう、セレス」
とエレナも微笑んで言った。
「さ、私が手を打った婚約者とやらを見ていってちょうだいよ」
「楽しみね」
セレスも笑った。
客間に入ると、地味だけど優しそうな男性が、二人を待ち受けていた。
セレスは見覚えのある顔に驚いた。
「ちょっと、エレナ!? これって、ブライアン・セロー伯爵じゃないの!」
「こら、セレス。『これ』呼ばわりするのやめてくれない?」
とエレナは窘めた。
「ってゆーか、知り合い?」
「知り合い!」
「はい!」
セレスとブライアンは同時に声を上げた。
「セレス様は若いのにお商売の基礎がよく分かっていると言うか。きちんと物事を調べて取引なさる堅実なタイプで……」
「ブライアン様は凄いのよ、一か八かの大物取引を見事に当てていくの! お店も拡大なさってるんだけど、支店の展開が絶妙! もう目が離せませんもの!」
セレスとブライアンは同時に相手を褒め出した。
「ちょっと、ちょっと、同時に喋っちゃ聞こえないわよ」
とエレナは苦笑した。
「まさかブライアン様が独身だとは知らなかったわ〜」
とセレスは驚きの目を向けた。
「ついつい仕事に夢中になりすぎてね、婚期が遅れました。でも、エレナ様がまさかセレス様のお友達だとは思わなかったな。こりゃーいいご縁だ!」
ブライアンは地味な顔立ちに似合わず、大口を開けて笑った。
いい笑顔じゃないの、とセレスは思った。
セレスはエレナに駆け寄って、耳元でこそっと言った。
「エレナ、あんたコレ、親が決めたとか言ってたけど、大当たりよ!」
「そんなにセレスが喜ぶとは思わなかったわ」
エレナは苦笑した。
「冴えない男って言ってたけど、そりゃ、あんたの目が節穴よ! そりゃ、見た目は地味だけど」
セレスは熱っぽく言った。
「分かった分かった、そんなに興奮しないで」
エレナはセレスを窘めた。
「でも、男の好みって人それぞれじゃない? あんたは好きでも……」
「えっ! エレナはこういう人タイプじゃないの!?」
セレスは驚いた顔をした。
エレナはその無邪気さに笑った。
「……タイプよ。恥ずかしいからわざと『冴えない』って言ったの」
セレスはもう嬉しくて、顔がくしゃくしゃになるまで笑った。
「エレナの王子様、きたー!」
セレスとエレナは、がしっと手を組んだ。
「ちょっと、何二人で内緒話してるの」
ブライアンが苦笑する。
「ブライアン様! 絶対エレナを幸せにしてくださいね! 浮気なんかしようものなら、私が今度こそ本気で仕返しいたしますから!」
セレスは力強く言った。
その時、
「女子、はしゃぎ過ぎ」
と久しぶりの声がした。
「あれ、この声?」
セレスは思わず振り返った。
スタンリーだった。
セレスはエレナを見る。なんでこいつがここに?
エレナは苦笑した。
そして躊躇いがちに言った。
「ブライアン様の親友なんだって……」
「は? やめてよ、あんたみたいなのがブライアン様の友達とか! ブライアン様に女たらし菌が感染ったらどうしてくれるの!」
セレスはスタンリーに噛み付いた。
「こないだの件が楽しかったからさ、お礼を言わなきゃと思って」
スタンリーはニコニコと言った。
セレスはスタンリーを睨みつける。
「それはそれは! 楽しんでいただけて光栄ですわ!」
「ちょっとそんなに怒るなよ。俺、あんたには悪いことしてないだろ?」
スタンリーは大袈裟に腕を広げてみせた。
見かねてエレナはセレスに耳打ちした。
「セレス、スタンリー様はあんたに交際を申し込みに来たのよ。あんたをここに呼んだのはそれもあって、なの」
「は?」
セレスがぽかんとする。
「そ。俺、あんたが気に入ったから」
あっけらかんとスタンリーが言う。
セレスはこめかみを押さえた。
「無理〜もう歳なんで、遊ばれてポイされるわけにはいかないの」
「遊びじゃないって。本気なのに。俺の前でブライアンのこと褒めるなよ」
スタンリーはムッとして言う。
「気分で女と寝る男が?」
セレスもムッとして言う。
慌ててブライアンが助け船を出した。
「スタンリーはあれ以来、好きな人ができたからって、全部の女の人と別れたんだよ!」
「全部って、どんだけ女おったんかい!」
セレスは眩暈がした。
「彼にとっては凄いことなんだよ!」
とブライアンは力説する。
「全然その凄さが分からないけど?」
セレスは突っ込んだ。
「信じてないね。じゃあ、俺と付き合ってくれたら、うちが請け負ってる天領の木材、おたくに卸してもいいよって言ったら?」
スタンリーはむすっとしながら言った。
「えっ」
セレスは固まった。
「天領の!? あの広大な!? さっすが王家縁戚!」
セレスは身を乗り出した。
「で、どーすんの。俺と付き合うの、付き合わないの?」
スタンリーは腕組みして口をとんがらせる。
「付き合う、付き合う、今後ともよろしくね」
セレスは揉み手をした。
遊んで捨てられても、木材は、残る!
「ちょっと、スタンリー、うちにも一枚噛ませてよ」
とブライアンも真面目な顔をして口を挟む。
スタンリーは怒りで顔を赤くして、拳を握った。
そんなスタンリーをエレナが必死で宥めた。
セレスが嫁き遅れたのは、絶対ディランのせいだけでは、ない。
しかし、それはセレスには言わなかった。
最後までお付き合いいただきまして、どうもありがとうございます!
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