第一話(転結)
“死”とは、世界の生きとし生けるもの、つまり誰でもいつかは来る、来てしまうものである。それがいつ来るものなのかは個体差、個人差があり、そして誰も正確には予期することはできない。その時代からして相応の天寿を全うすることもあれば、どんな時代からしても哀れな「非業」の最期を迎える者もいる。
だが、それがたとえ穏やかであろうとも突然であろうとも。“死”というのは残された生者の中に亡者に対しての悲しみや後悔、様々な感情が生まれる。そんな感情をどこかにぶつけたい。いや、ぶつけなければならない。
幽霊という存在は、なにも好奇心だけではない。“死”という存在が、幽霊という存在を助長しているのだ。
十月四日 ㏂9:05 Side 小谷沙織
「なん、で……?」
そのページに辿り着くのを待っていたかのように、彼女は口を開き始める。
「……やっぱり、そうだったんだ。小谷という苗字も沙織っていう名前はそんなに珍しい名前でもないけど、流石に二つとも同じだと、運命感じちゃうよね。」
知っていた、彼女は私を。
「コダニミサキさん、女性。享年二八歳。職業は……。」
知っている。知っていた。私はその故人を。
「……めろ……。」
私の微かな声は彼女に聞こえていただろう。だが彼女はやめない。
「家族構成は父親と母親、そして妹が一人。」
彼女は手帳の中身をそらんじてみせる。頼んでもないのに。
「やめて……。」
「死因は数か月前、交通事故で死亡……。」
「違う……。事故……、なんかじゃない。」
事故? そんな訳がない。
「……うん、そう言うと思った。」
彼女は全てを見透かしているような口調で言う。彼女は、いや間違いなく分かってこの取材を受けていのた。……もうこの状況ならば取材とは言えないけど。
小谷美咲。いつも笑みを絶やさない、私の姉。一年前自殺した、大好きだった姉。表向きは交通事故だ。だけど違う、お姉ちゃんは間違いなく、自殺だ。
「知って、いたんですね、私のこと。」
私の中にナニカが湧き上がる。
「えぇ、あなたのお姉さんに色々聞いていたから。けど私たちがこうして出会っているのは本当の偶然。運命を感じるを得ないね、全く。」
あぁ、そうか。姉は幽霊として、この世を彷徨っていたんだ。それ程までにこの世に未練があったんだ…。そうだ、そうに違いない…!
「自殺、ねぇ? それにしてはずいぶん晴れやかだったけれど?お姉さん。」
「嘘つかないで!」
声を荒げてしまう。が、気にしない。気にしてたまるもんか。
姉は追い込まれて、追い込まれて、自殺という凶行に及んだんだ…!
十二月十三日(一年前) ㏘10:23 Side 小谷沙織
卒業論文もクライマックスに差し掛かる初冬。最近あまり連絡してこなかった姉が、私の携帯を鳴らした。
「お姉ちゃん、どうしたの? 珍しいじゃん。」
『……あ~、うん。愛しい愛しい妹の声が聴きたくてね~?』
冗談交じりの返答に、私は仕方のないため息をついて答えた。
「はいはい、で、要件は何?」
『……あ~、ちょっと仕事が忙しくてね。』
「愚痴に付き合えってこと?」
『……流石は我が妹。分かってるぅ~。』
軽い口調。でもそこに以前のような勢いが無いのは嫌でも分かってしまった。
「……ねぇ、大丈夫? 元気なさげじゃん。」
『そりゃあストレスも溜まるわよ、ほんと嫌になるわ。』
無理そうな、明るい口調。こちらが嫌になりそうだった。
「……ねぇ、お姉ちゃん。」
『うん? 何、沙織。』
「……もう、辞めちゃったら? 押し付けられた家業なんて。」
『……なにいってんの。私達の代で途絶えるワケにはいかないでしょ?』
「そりゃそうかもだけどさぁ……。」
そうして姉はデザイナーという夢を断った。断たれたのだ。
私達の実家はとある片田舎でとある伝統産業を受け継ぐ創業何百年もの老舗。嫌になるくらいに、無言の圧力が、昔からあの家には存在した。
廃れた地元産業を復興させるため、なんて言ったら聞こえは良いが、実際はあまりお金にならない時代遅れの代物達。両親の圧力に負けて、姉は泣く泣く家業を引き継いだ、と思う。姉は良くも悪くもお人好しな性格だ。まるで貧乏くじの家業を、喜ぶように継いだ、継いでしまった、のだと思う。
伝統産業を守り後世に引き継いで行く……。ご立派な事だろうと私も思う。だがそれが。姉である必要が、それがただ血が繋がっただけの私達である必要があったのだろうか。
ずっと喉の奥につっかえるように気になって、考えて、結局面倒だからと答えを先延ばして。
もういいやと、諦めた筈なのに。
結論付けようとした時に、なんて神様は意地悪なのだろう。
十二月二十日(一年前) ㏘6:12 Side 小谷沙織
「自分から飛び出したって、運転手は言ってるみたい。」
母親の言葉は、ふざけるなと言っているみたいで。
……こっちが言いたいよ。
監視カメラが無く、人通りが少ない、昼ならば何の変哲もない駅前の道路にて。ドラレコは取り付けてなかったらしく、真相はあの夜の闇の中。ただ分かってるのは、姉が撥ねられて、即死したこと。ただただ残酷な事実だけ。
姉は、眠るように棺に納まっていた。そんな姉の亡骸に、無性に腹が立っていた。
通夜は粛々とそして残酷に過ぎていく。
「この頃、大分大変そうだったからね……。」
「ちょっとした……トラブルがあった……。」
「まずい……なぁ……。これからっていう時に……。」
憶測と噂まみれの夜。逃げ出すことは、出来ない。ただただ遺族席の椅子に、縛り付けられてしまっている。
なんとか受付をこなしていた母親、参列者に頭を下げ続ける父親。参列者はやむことはなかった。流石は老舗の社長。廃れているとはいえ人脈は出来る。こんな場所で、知りたくはなかったけど。
どうして。
どうしてこんなところで。
どうしてこんな時に。
なんで?
ただ私は、虚ろな心で、堂々巡りを続けるだけ。その拳は、原因不明の悔しさで、震えていた。
「……お店、どうすんの?」
当然の疑問。だがその疑問をぶつけたのは、結局全てが終わってからだった。全ての空気が入れ替わってしまったかのような実家の居間で、母は無気力そのものといえる声で答える。
「どうしよう、かな……。組合の皆さんも今回のことで大分意気消沈してるし……。」
意気消沈しているのは、あなたたちも同じだろう。
母親は魂が抜けていて、父親はノーコメントを貫き通す。
私の言葉が、何とも言えない雰囲気を作り出す。
──継げって、こと?
……ふざけないでよ。
そこでは何も言わず、そしてそれからも何も言わず、私は家を出た。それ以来、連絡は取っていない。馬鹿馬鹿しいけど携帯も変えてやった。
見えない束縛から、解放されたかった。ただそれだけ。私は後先何も考えず、社会に出てしまった。いつの間にか得た夢物語に憧れて。
甘い、駄目だ、何やってるんだと、自分でも痛いほど感じているのに。
分かってないのだ。自分自身が。
十月四日 ㏂9:09 Side 小谷沙織
「……目が怖いよ。まるで正体を現したみたいだね……。」
やめろ、私を化物みたいな扱いをするな。
そんな私をやはり見透かしているかの如く、彼女は言葉を発し続ける。
「死者に執着し過ぎじゃない? やめておいたほうがいいよ。虚しいだけだから。」
妙に、いや彼女だからこそ説得力がある言葉。──そんなこと、分かってる。
「うるさい! あなたに何が……。」
そして彼女は、スイッチを押すかのような言葉を放つ。
「分からないよ。あなたの心なんて。完璧に分かるわけ無いじゃない。私はエスパーじゃないし。私はただの幽霊が視えて聞こえて消せる高校生よ。」
……は? 何を言ってるんだ?
悟られているようで、さっきからイライラしていた。そんな彼女は、そんな台詞を口にするのか。……ふざけるな。ふざけないでよ。
「それとも何? 理解者が欲しい? なら他をあたって。私は専門外だし、まずそういうのには関わりたくない。」
ちがう。理解者なんて、欲しくない。
まくしたてるように彼女は続ける。
「いい? 私が取材を受けた理由は二つ。一つあなたがどんな人なのか気になったから。話を聞いている限り、馬鹿みたいに姉思いだと思ったけど、残念ながらそうでもないみたいだね。」
……あぁ、やめろ。
「そしてもう一つはあなたに何故をぶつけるため。あなた、何やってるの? なんでフリーライターなんてやってるの?ミサキさんの話を聞いた限り、あなたはそうやって生きていくつもりなんて全く無かった筈だよね?」
「……もういい、黙ってください。」
もう過ぎた話だ。
「どうやらあなたは口にしてなかったようだけど、お姉さん、気付いてたよ?」
─あぁ、やっぱり、気づいていたのか。そりゃまぁ、バレるよね。
「黙れ……。やめて……もう……。」
分かってる。もう何を言っても後の祭りなのに。
「あなたは大学で経済学部だった。そして専攻はマーケティング学科。」
なんなんだ、あなたは。
「家族には内緒、のつもりだったんだって? そんな経歴で、フリーライターで食べてくつもりだったの? そんなわけないでしょ。」
反論など、できる筈もなかった。なにしろ事実なのだから。
「あなたは、家業を手伝うつもりでいたんでしょ?」
もう過ぎたことに、何故彼女は口出ししてくるのだろうか。
ほとんど彼女の言う通りだ。私は姉を支えようとしていた。期待の目を向けられるのが嫌で、家族の目を欺くために一度入った大学の学部を転部してまで。だが家業を手伝うのではない。あくまでもただ姉を支えるつもりだった。家のせいでいばらの道に突っ込んだ姉の棘を払いのける為に。
姉は優しい。だからこそ駄目だった。大学で学んでいくうち、姉が全く商売に向いていないのが嫌でも分かった。理解した。
実際実家は右肩上がりでは無かった。だがそういうことには両親は期待してはおらず、ただ伝統という厄介者を次世代へと受け継がれて行けば良いとなんて思っていたようで、特に何も言わず、変わらない。変わらなかった。それじゃダメだ。商売にならない。
もちろん後継者争いなんてするつもりもなかった。ただサポートができれば。不器用で、いつも損をして、いつも何でも受け止めようとする姉を、支えることができるのなら。私の人生くらい、捧げるつもりだった。
うなだれる私に、彼女は呆れたように言った。
「まったく、お涙頂戴ものの姉妹愛ね。泣けるわ。けどね、今のあなたが、ミサキさんの願った姿なのかな?」
「……っうるさい!」
あんたに口出しされる筋合いは無い。
年下の女子高校生に怒鳴る大人げない女性という情けない構図になっている。だが彼女は私の怒鳴り声に顔色一つ変えない。
「ねぇ、年上にこんなことを言っちゃうのもなんだけど、いい加減、前を向いたら?」
「……ってる。分かってる!」
どれだけ後悔しようとも。どれだけいもしない相手を憎もうとも。元通りにはならない。だけども私の心に襲い掛かるのは、無念と虚無。
私の描いた未来は儚く幻想と消えて。
私の費やした4年間は無駄になり。
私はいったい、何をしてきたのだろう?
ハハッ、もう笑えてくる。
「……帰ります。情けないところをお見せしました。」
立ち上がる。もうこの空間にいることが辛い。
「ふぅん、そうやって逃げるんだ。まだ話は終わってないよ?」
逃げるんだ、その言葉で、私を縛りつけていた何かが弾け飛んだ。
「……そうよ、こうやって逃げるの! 私は! だってどうにもならないから! 何を言ってもお姉ちゃんが還ってくることはないし、私の時間が戻ることもない!」
「そうやって、言い訳を作ってあなたなこれからも現状維持のままでいるの?」
「……分かってる、分かってるよ!」
「……ううん、あなたは分かってない。」
私の言葉をきっぱりと否定した上で、仕方ないとばかりに彼女は懐から何かを取り出した。
無機質な白の封筒。宛名はない。彼女はそれを情けない顔になっている私に差し出した。
「これは……?」
当然湧き出る疑問。固まる私に、彼女が口を開く。
「多分、あなたが望んだモノだと思うけど?」
──アテがあるの、こういうのにね。
アテ? なんだそれは。
恐る恐る、封筒の封を開ける。
中には、一枚の手紙。
「何、これ……。」
ありきたりな、それでも、私が望み、そして思いもよらない彼女からの届け物。
沙織へ。
この手紙は恵ちゃんに頼んで書かせてもらってます。
あまり細かいことは気にしないで。恵ちゃんもその方がいいって言ってる。
まずは、ごめん。こんなところで死ぬなんて、人生何があるかなんて分からないものね。こうして幽霊として彷徨うことになることも含めてね。
運が悪かったとしか言いようがない。確かにあの時長い組合の会合で疲れていたし、ボーっとして周りが見えてなかった。気づいたら、私は死んでいて。そして幽霊になっていた、ということに気づいたのは暫く経ってから。不思議な感覚だった。そしてあなたたちの反応を間近で見せつけられて。必死に叫んでみたんだけどね、「私はここにいる」って。けどそこには私が冷たく横たわっている。そしてみんな悲しんでいる。本当に悪夢でも見てるんじゃないかって思った。
だけどそれは現実なの。いつまで経っても夢から醒めないし、私のお葬式が盛大に開かれてそれをまじまじと見せつけれらて。根も葉もない噂話も随分聞かされた。違うって否定しても誰も振り向かない。あなたたちも含めてね。
それからあなたに謝ることもできなくて。それが本当に、悔しくて堪らなかった。
隠れて私を手伝おうとしてくれてたの、気づいてたの。ごめん、本当にごめんなさい。
だけど、これだけは言わせて。私は別に自分から飛び出したんじゃない。死にたい、なんて思ったこともない。確かに店は大変だったし、売り上げも思うようには行かなかった。だけど。それでも少し楽しかったの。こうして伝統を受け継いでいくことに。そりゃあ始めは仕方なく夢を諦めて継いだ家業だったけど、これがやってみると案外楽しくて。勿論全部が楽しいわけじゃなかったれけど。組合とか色々顔を出さないといけなかったし、付き合いは大変だった。だけどそれ以上にお客さんの笑顔を見られるっていうのは、嬉しいものなんだって思えた。
それに継いだとき、私は行き詰っていたから。デザイナーなんて夢を見てそれまで生きてきたけど、私に才能なんてないんだって気付き初めてた。正直に言うと逃げたの、夢から。
だからあなたが思っているほど嫌でもなかったの、うちの家業。それどころか少し嬉しかった。あぁ、逃げ道ができたって。
そしてその逃げ込んだ道も、存外素敵なものだった。だから後悔はしてない。それに決して今までの経験が無駄ではなかったし。デザイナーの勉強が意外な場所で役に立ったこともあった。
後悔は、あるけど。夢から逃げ出したこと。それだけかな?
だから死んじゃった私が伝えたいことは、ただ一つ。夢を、諦めないで。その夢には、もう私はいないけれど。あなたはあなたの道を歩んで。あなたの納得する、楽しい道を歩んで。それじゃあ、もう会うことはないから、ゴメンね。バイバイ。
美咲より
姉はこんなことを言う人だっただろうか? ……いや……。
「……嘘だ。」
これは姉からの手紙なんかじゃない。嘘だ、嘘なんだ……!
「残念ながら嘘じゃないよ。それはミサキさんの本心。」
「違う!」
「違わない、だってその字、ミサキさんのものでしょ?」
「……っ!」
その通りだった、確かにこれはお姉ちゃんの字だ。だがそれがどうした、これはお姉ちゃんの本心じゃない。違う、そうであるはずがない。また自分を犠牲にして、こんなことを死んでからもいっているんだ。
口を開こうとした私に、彼女が牽制するように、言い放った。
「そろそろ自分勝手な世界に閉じこもるのはやめたら?」
自分勝手な、世界。その言葉は、私の心までも黙らせた。
「あなたね、ミサキさんが嫌々家業を継いでいたとでも? 確かにミサキさんは嫌だとあまり言えない性格だったと思う。そんなの接しているうちに分かったし、まず自分でも言ってたから。だけど、その全てが嫌だったとでも? あなたはミサキさんの全てを知っているつもりだったの?」
「……っ!?」
「あなたは多分ミサキさんを勘違いしている。そんな自己犠牲が激しい人物なんかじゃない。自由な人だった。あなたが思うほど縛られていた人でもないと私は思うけど?」
「うるさいっ! うるさい……! あんたに……、あんたになんかに何がわかる……!」
姉はそんな人物じゃない。お姉ちゃんは、そんな人じゃないんだ。
何もかもかグチャグチャになった私へ、彼女は言い放った。
「……わかんないよ、そんなの。だって、まずあなた自身がわかってないんだから。……そうでしょ?」
……そうだ。そうなんだ。そんなこと、わかってる。
……あれ? わかってる?
……あぁ、そうか。
私は、何もわかっていなかった。
姉の本心も、私自身の気持ちでさえも。
「お姉、ちゃん……。」
もはや、言葉が出ない。出すことが出来ない。
気づけば、私の体は崩れ落ちて。気づけば、私の目に涙が溢れていた。
呆れたような顔をしながら、初めて彼女は椅子から立ち上がり。
「……落ち着くまで、ここにいたら? それじゃあ。」
彼女はそう言って、自分の部屋にも関わらず部屋を私一人の空間にして、扉を閉めた。
そこからは、もう、覚えていない。ただ言えるのは、しばらくむせび泣いた。姉が死んでから流せなかった涙を、ただ流し続けた。とある豪邸の、一室で。
十月四日 ㏘2:15 Side 小谷沙織
ようやく落ち着いたものの、今日はもう取材などできそうにない。そう判断した私は、帰ることを彼女に伝えた。もうちょっとぐらいいてもいいのに。なんて言われたが、とてもその気にはなれなかった。人の家で一生分ぐらいの涙を流した後、ここに平然といる図太い精神など、私にはない。
篠崎邸の門前。わざわざ見送りにきた彼女たちに、気になったことがあった。それは今朝から。当然の疑問が、頭の片隅にあった。その疑問を二人に投げかける。
「あの……、篠崎さん、すみません。」
「ん? なにか忘れ物? ……あぁ、それと恵でいいよ。年上なんだし。」
今更が過ぎる。
「……いや忘れ物についてはさっき確認したので大丈夫なんですけど……。」
今更が過ぎるのでそのことは無視した。
「じゃあ何?」
「その人は、一体誰なんですか?」
この家でたった一人しかいないはずの使用人、葵さんは今朝から見当たらず、その代わりにいるのは、彼女と同じ黒髪の着崩したスーツに顔の整った……、男の人?
恵はあぁと思い出したように答える。
「これでも執事らしいよ? 本人がそのつもりらしいから。」
答えになっていない返答。すると当の本人が口を開いた。
「あんまりからかわないでくれよ、お嬢。……ったく、やっぱり執事っていう性じゃねぇって、俺は。」
その口調に似合わない女性の声。その声に似合わない男性の口調。
「だったら居候がいい?」
「……やっぱ執事でいいわ。納得いかねぇ。」
「居候でも一向に構わないんだけど? 私は。」
「いや……、結構金落としてくれてんだぜ……、この仕事。」
昨日とはトーンが明らかに違っていたものの、その声は確かに……。
「葵……さん……?」
自然に出てしまった私の言葉に、その人は明らかにバツが悪そうに。
「……ま、そうなるよな。これはだな……。」
どうやら地雷だった、と感づくのが少し遅かった。
「いいよ、葛城、。別に答えなくても。」
気まずい雰囲気を篠崎恵がシャットアウトする。その目は少し鋭く、切なさを帯びていて、
「あなたはあなた。それでいいじゃない。それでいいの。」
優しさがにじみ出ていた。
「お嬢……。」
「この人は葛城。この家の執事。……これ以上は別にいいんじゃない? あなたが知りたいこととは関係ないでしょ?」
明らかに何かが足りない紹介。……だがこれ以上踏み込むのはやめておこう。彼女の眼が、踏み込むなと暗に語っている。
なら、そうしよう。人には色々事情があるのだから。それに、私が知りたいのは今のところ幽霊という存在なのだから。
十月四日 ㏘2:24 Side 篠崎恵
「……なぁ、一体どうゆう仕組みなんだ? あの手紙。」
小谷沙織が帰った後、葛城が聞いてきた。
「言ったでじょ? アテがあるの。筆跡模写の、ね。」
それを聞いて彼は怪訝な納得する。
「いや、それ大丈夫か……? そういうのって褒められたヤツじゃないんじゃ……。」
「別に悪いことに利用した訳じゃないよ。これで誰かが不利益を被ったとか法を犯したとかなら駄目だと思うけど、今回、誰かが損して不幸になった?」
という屁理屈っぽい言い訳と微笑みで、うやむやにする。それに私だってあの手紙の製作を筆跡模写が出来るという伝手があるというそのアテに依頼しただけで、結局あの文字を書いてくれたのが誰かを知っている訳じゃない。
「ま、なるほどな。つまりあの客はまんまと騙されちまったってワケだ。」
「人聞きの悪い。内容までは騙してないし。」
まず私が騙す必要なんてある? こんなにも大サービスしてあげてるのに。
まぁ、確かに手紙の内容を編集したのは紛れもなく私だけど。あれは美咲さんの本心だ。色々溜まっていたらしく、延々と話され聞かされた。あぁ、これが愚痴と聞かされる苦しみなのだと、少し理解してしまった程くらいに、だ。
携帯が鳴った。画面の名前は、あぁ、アテである。ナイスタイミング過ぎてちょっと怖い。
「いい仕事するね。」
画面をタップしてすぐにそう言ってやった。
『……オイオイいきなりそれですか……。……あのね、まだ一言ならまだしもあんな短くない手紙をたった五日で仕上げろとか、それに資料は自分で何とかしろとか、正気の沙汰なんですかねぇ!? ああいうのは結構時間かかるし大変なんですよ? お陰で依頼先にもネチネチ言われちゃいましたよ……? それに私個人としてはあまりあそことは関わりたくないんですけども……。』
「そう言いながらきちんとやってくれたじゃない。大丈夫、ちゃんと騙せていたから。すごいね、あなたの伝手。」
正直、手紙を渡すまでドキドキものだったけど、小谷沙織の涙を見て安堵した。まぁ、その手の業者は騙すことが商売だから、当然と言えば当然だろうけど。
『……騙すって……。ほんと、犯罪関係でなきゃほんと断ってますからね? 俺のキャリアを知らないわけじゃないでしょう? なにせ……。』
おっとっと、どうやら自慢が始まりそうだ。
「調子に乗らないでくれる? 中年真っ盛りの便利屋さん。」
『いや便利屋じゃなくて私立探偵ですってば!? ……はぁ、いつも思うんですけど、嬢ちゃんって何だか本当に私の扱い酷くありません?』
「うるさい。債務者が口答えしない。」
『まったく……、それを引き合いに出されたら結局私はもう何も言えなくなるでしょうが……。』
「事実で現実なんだから受け入れたら? じゃ、今回も報酬は借金から棒引きってことで。」
『……ハハッ。やっぱりいいように扱われてるなぁ……。トホホ……。』
中年男性の嘆きを聞いてから通話を切った。聞きたくもない嘆きだったが。
……特に何もしていないのに疲れた。一仕事終えるとこれである。駄目な身体だ、全く。
「葛城~。お風呂沸かして。」
まだ日中だけど、まぁいいか。脱力感溢れる台詞に、我ながら情けなくなる。
「ヘイヘイ。仰せのままに、っと。……あぁ、それとお嬢。」
「何?」
「その……、ありがとよ。」
「何よそれ、気持ち悪い。」
……気にしなくていい。人には色々あるでしょう?
さて、彼女は今頃帰りの電車の中だろうが……。今夜は眠れるだろうか。眠れることを祈ろう。そして次の朝には、目の下を厚化粧で塗りつぶすことがないように、祈ろう。
十月十一日 ㏂10:21 Side 篠崎恵
「……で、なんでまた来たの。」
「取材です。まだまだ記事にするには情報が足りないんで。」
彼女が取材を再開させてほしいと電話をかけてきたのは、あれから数日後のことだった。断ることはできたけれど、どうにも、そんな気分にはなれなくて。
「私が取材拒否するって可能性は考えてないの?」
「それはそれで、何度でも来ますよ。鬱陶しいくらいに。」
「……それはただただ、お金のため?」
「いいえ。ただただ、興味本位です。」
──知りたいんです、ただそれだけ。
彼女の顔から邪魔なものは消え去り、ミサキさんの見たかったであろう顔がそこにはあった。
……ますます気に入った。
「いいよ、受けてあげる、取材。」
──あなた以外なら断ってるからね?
……全く、私も絆されたものだ、ミサキさんに。
二月二十六日(八ヶ月前)㏘9:42 Side 篠崎恵
彼女を消す間際のことだった。美咲さんは私の表情に気づいたようで。
『うん? どうしたの? 恵ちゃん。』
あるいはなかなか指を構えなかったからか。
「……あぁいや、あなたのような方は、久しぶりですから。」
『ん、何が?』
「その、あっけらかんとしているあなたみたいな幽霊は、そうそういないんですよ。死んでまだ間もない方ならともかく、まだ自我のある人は、私が自分を消してくれる存在だと知ると、みんな悲壮感を纏わせて必死に、早く消してくれと私に言い寄って来るんで。」
全て事実だった。すると彼女は意外な言葉を口にする。
『あぁ、うん。だったら良かったのかも。』
「……どういうことですか?」
『こう見えてもね、結構ヤバかったから。ちょっと寂しくて……。ほんと寂しくて、辛くて、あとちょっとで……、心が折れそうだったの。』
「……ならあなたは、本当に強い人ですね。」
これはお世辞ではない、素直な本心だ。
『そんなことない。私は普通だよ? ……いや、やっぱり普通じゃないのかも。なかったのかも。私さ、悲しくても、寂しくても、悔しくても、そんな負の感情を表に出すことがあんまり出来なかったから。自分の中では嫌だ、やりたくない、面倒だなぁなんて思っても、なんなら実際に口に出しても、顔がついて来なかったから。』
謙遜では……、なかった。彼女の表情には、何処か陰りが見える。……随分と無理をしていたのだろう。そしてそんな彼女に誰も気付くことがなかったのだろう。
「そう、ですか……。」
『そのおかげでみんなから勘違いされ続けて、みんなから変だななんて見られたくないのに必死で、気が付けば周りの顔色を窺ってばかりのイエスマンになっちゃってた。』
「…………。」
『だけど、妹は……、沙織は違っていたかな。ちょっと私のことに気づいていたかも。』
ミサキさんはしきりに妹の名前を口にしていた。だからこそ気になる。
「……妹さんは、もういいんですか?」
『大丈夫。あの子にはこれから色々あるだろうけど、死んじゃった私が、出しゃばるのは沙織にとっていいことにはならない。そう思うから。それに親には家業継ぐ前に取り付けてあるし。』
──沙織には好きなことをやらせてあげてって。
大丈夫ではない。嘘、だ。あるでしょ? 妹に一言ぐらい。
だけど口には出すことはない、できない。本人が消えたがっているのだ、ならば私はそれを尊重する。それ以上はただのお節介でしかない。
「わかりました。 ……それでは。」
『最後に、ありがと。あなたに会うことができて、良かった。』
「……はい。」
──さようなら、お疲れ様でした。
……少し感慨に浸ってしまうとは、私らしくない。
「言っとくけど、あくまでも特別だからね?」
「特別? 何がですか?」
「……それは企業秘密。」
「何ですかソレ。」
何故って、あなたは妹なのだから。
私の中の幽霊という概念を、少しばかり変えてしまった女性の妹なのだから。
"消せる"女子高生 終




