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第9話 好きで勝手に

 白猫と黒狐はスラムの市民に平伏されて取り囲まれている。自由を求める彼らに助けを懇願されているのだ。


「もう奴隷生活にはうんざりなんです。虐げられ続けて限界なんです」


「家族に会いたいよ。パパとママに」


「ワシも最後に故郷を一目だけでも見たい」


 スラムに住む市民の全ては他所から拉致されてきた人間である。その殆どが幼少期から厳しい教育という名の虐待を受けて立場を教えられる。その後、商品として売りに出されて買われたらその者の家に招かれる。しかし、何年と売れ残った人間や買われた人間も簡単に捨てられる。そうなった者が集まって暮らすのがスラムの街。食糧も水もままならず、この街の管理者とその部下からも酷い仕打ちを受け時には理不尽に殺される時もあった。


 白猫と黒狐も何となく彼らの実情には気付いていたが、特に感慨を見せる気配はない。


「だったら逃げたらいいじゃん」


 白猫の無情な一言を放つ。それには皆が俯いた。


「無理です。この地は広い荒野の山奥に位置します。水もなく街がどこにあるかさえ分かりません。おまけにこの地を管理する『正義』には広い人脈があり、常にどこからか監視されています」


 青年が代表して説明するがそれを聞いても2人の表情は変わらない。寧ろ冷めていた。


「全部、あなた達の都合じゃない。仮にそれを成し遂げた所で私達に何のメリットもないわ」


 黒狐の突き放す発言にその場の全員が絶望して青ざめる。唯一の希望が閉ざされた瞬間だった。彼女は彼らに一瞥もせずに背を向けて街の奥へと歩き出す。その背を追いかけるのは白猫だけだった。


「引き返さずに奥へ進むんだね」


「荒野には特務機関が徘徊してるかもしれない。こちらの方が安全よ」


「ふぅん?」


「何だその目は?」


「別に。お姉ちゃんも素直じゃないなーって思って」


「彼らの目を見ていると嫌な記憶を思い出す。自分だけでは何も出来ず、震えながら相手が怒らないのを祈るだけの日々。助けを願っても誰も手を差し伸べてくれず、にやにや笑う芸術家気取りの・・・」


 その先を言わせまいと白猫が彼女の手を掴んで首を振る。黒狐は知らずに拳を握って爪が掌に食い込んで血が出ているのに気付いた。


「あんなの遠い過去だよ。それにお姉ちゃんが助けてくれた。いつだってお姉ちゃんはわたしのヒーローだよ。そんなお姉ちゃんがわたしは大好きだもん」


 白猫が首を横にして耳を軽快に動かす。それが本心なのは黒狐も承知で、返答するかわりに白猫の頭をワシャワシャと乱雑に撫でた。

 手を離されると白猫は髪を整えて頬を膨らませる。


「もう! わたしの髪はデリケートなんだよ!」


「はいはい。じゃあ行こうか」


 2人は先へと進んだ。スラムと呼ばれる区画はほんの一部で残りは危険度4のフォーが管理する居住区が並ぶ。派手さはなく黒い建造物が多いのは、そこに住む人間もまたまともでないからだ。


 街の整備や清掃、住居の手入れは全て奴隷に任される。せっせと働く痩せた人間が数多くいて、近くには大抵柄の悪い男もいる。少しでも彼らの機嫌を損ねれば給料はなくなる。もっとも1日働いた所でもその額は殆ど雀の涙でしかない。それでも彼らに抗うすべはない。いいや、もう諦めているというのが顔に表れている。


「おい、手ぇ抜くんじゃねーよ! ここ綺麗になってねーだろ!」


 柄の悪い男が家の外装をボロ雑巾で拭いていた少年に怒る。少年の格好は裸に近くガタガタ震えていた。決して手を抜いてる様子はない。仮にそうだったとしても満足な栄養も得られない状況下で完璧な仕事をこなすなど不可能極まりない。


 男は少年の髪を掴んでそのまま壁に顔をぶつけた。鼻が潰れ赤い血が付着する。


「おいおい、汚れ増やすんじゃねーぞ! ほらさっさと綺麗にしろ!」


 意識も思考も半ばの少年はただ重い足取りで雑巾を握るしかできない。

 そんな光景はこの街中ではどこでも行われている。だから彼らにとっては日常となっている。


 そんな様子を白猫と黒狐はジッと見ていた。


「おい、何見てんだ。つーか、どっこから来やがった? ここはガキの遊び場じゃねーんだぞ」


 その台詞を聞いて白猫が首を傾げた。


「さっき逃げた人間から聞いてないのかな?」


「組織社会というのはね、まずトップに報告するのが筋なのよ。そこから順に下へと伝達される」


「なるほどね。無駄な手間を好む人間らしいや」


 無視された男は腹を立て迷わずホルダーから拳銃を取り出して乱射した。発砲したのは6発で命中したのは4発。いずれも黒狐の腹部を抉っている。彼女は大して痛そうにもせずに立っている。男は顔を青くしてその場から逃走する。


「待て」


 黒狐が指を払えば男の両足が綺麗になくなった。前のめりに倒れた男は思い切り頭をぶつけて混乱している。


 血で汚れた黒狐は彼に近付いて見下ろした。


「私言ったよな? 弱い奴にだけ手を出して、強い奴に手を出さない奴が大嫌いだって」


 当然男はそんな話を聞いた覚えもないし、彼女と会ったのも初対面。しかし、有無を言わさぬ迫力と形相、更に太腿から走る痛みに歯を震わせるだけだった。


 黒狐は男が落とした拳銃を拾って、男のコートを漁る。中からは替えの弾が入っていたので全弾装填してから男の右手に握らせた。


「ほら、撃ちなよ。あの子供にしたように私にもそうすればいい。簡単な話だ」


 目の前で腹から血を大量に流しているのに平然と歩き見下してくる彼女に男の両手は震えを増す。


 恐怖。


 ただそれだけが思考を飲み込む。自分がしたように、それが返って来た。黒狐は一切その場から動かず男を見るだけ。男にとってそれが何よりも怖く、そして。


 パン。


 気付けば自分の頭を撃っていた。恐怖と痛みから解放されたい為に。

 黒狐はつまらなそうにして顔を上げた。傷は白猫が一瞬で治療する。


 その様子を見ていた市街の連中は全員が一斉に銃を向けていた。だが誰も発砲しようとしない。それでどうにかなるのか確証がないからだ。


「好きなだけ撃てば? 1分もしたら飽きるよ」


 その言葉を合図にして彼らは正直に発砲を繰り返した。白猫も巻き込んだ銃弾の雨は彼女の宣告よりも早く止む。


 それは弾が尽きたからではなく、不可解で不気味で思考が停止したからだ。

 彼女達はどんなに銃弾を受けても倒れず立っている。血を流して、時には贓物も見えていた。それでも2人の膝を折ることすら叶わない。


「な、なんで死なないんだよ!」


 下っ端の誰かが叫んだ。誰もが抱く疑問に黒狐が溜息を吐く。


「熊が魚に食われたのを見たことある? 鷹が芋虫に追い払われたのを見たことある? お前達は、豚や鶏に恐怖を感じたことはあるか?」


 彼女の質問の意味に誰もが沈黙を守り、それを破ったのは白猫だった。


「狩る側と狩られる側。それは絶対なる自然の理。わたし達と人間ってそういう関係。殺せる殺せないっていう次元の話じゃないんだよ」


「窮鼠猫を噛むっていうけれど、あんなのは実力が拮抗した場合にしか起きないよ。本当に強さが離れていれば狩られる側は逃げるしか選択しない」


 化物。


 その場に居た連中全員は脳内でそんな思考を巡らせた。だからこそ、彼女達の言った通り逃げるという選択を選んだ。

 しかし、黒狐は言った。


 強い奴に手を出さない奴は嫌いと。


 なれば、逃げる者に待っていたのは平等なる死。一斉に全員が呻きを漏らして苦しそうに倒れ息絶えた。戦って死ぬか逃げて死ぬか、彼らには元よりその二択しかなかった。


 そんな彼女達の様子を奴隷達はポカンと見ていたが2人が気にする様子はない。助けたつもりも義理もなく、何より興味がなかった。だから何事もなかったように勝手に歩き出す。


 その後も彼女達を襲う連中は多かった。銃弾を撃ち、屋根の上から鉄の塊を落とし、刀を持って襲い掛かる者もいた。いずれもそれで功績を残せた者は皆無で残った人間も皆無。

 そんな状況が続けばいよいよ誰も近寄らなくなってしまう。


 攻撃すれば殺される。近付けば殺される。見つかれば殺される。


 そんな防衛本能を呼び覚まして一目散に立ち去った。だから今の市街には奴隷しかいない静かな場所となっている。のんびりと歩いていた2人なのだが問題があった。


 それは予想以上に市街が広かったのである。進めど進めど似たような建物ばかり見る。

 気分で曲がっていた道も何度目かで同じ場所を目にした時は流石に2人も焦った。

 陽も暮れて夜になった空に、どうしようと目を合わせる。


「夜は暗いし寒いし、明日に出発しよう」


「さんせーい。お腹も空いたなぁ」


 度重なる襲撃ばかりで最後に口にした固形物はクレープのみ。とはいえ、この街に屋台などあるはずもなく、露店もない。残された道はただ1つ。黒狐は近くのドアのない家へと入ろうとする。


「お姉ちゃん、それ不法侵入だよ」


「問題ない。ここには法がないから只の侵入だ」


「窃盗に関しては?」


「遺憾ながら飢え死にしそうなので食べ物を拝借致しますと書置きを残す」


「畜生に成り下がる気分は?」


「気持ちの問題よ」


「ものは言いようだねぇ」


 そう言いながらも白猫も後に続いて暖簾を潜った。すると暖簾が揺れた拍子か、チリンチリンという音が鳴る。その音がするとパタパタと走って、ボロ切れを着たみすぼらしい女の子が息を切らしながら出迎えてくれた。腕や足は木の枝かと思う程細く、顔色も悪い。

 肌もいように青白く今にも倒れそうだった。


「へぇ。ここでは一般人は皆侍女を雇ってるんだね」


「給仕服を着ていない。減点だな」


 それは彼女達にとって何一つ変わらない会話だった。しかし、目の前の女の子は「減点」という言葉に酷く怯えて胸を押さえてカタカタ震えてしまう。


「忘れてた。ここでは子供に体罰を加える大人が多いんだった」


「お姉ちゃんは目付きも悪いんだから子供にはもっと愛想よく接してよね」


「私は差別をしない主義なんでね」


「区別の間違いじゃん」


 暢気な会話を他所に未だに女の子は棒立ちして震える。こんな光景を以前にも目にしたことがあった2人だが、今回は事情を理解してるだけに困り果てる。


「えっと~。わたし達は悪い魔女じゃないからお家に上がらせてもらっていいかな?」


 白猫は腰を低くして女の子に目線を合わせたが、彼女は首を小さく振った。


「主人が、許しません、から」


 小さな言葉で意思を伝える。


「主人ってメイドごっこか?」


「これは主人の趣味が露呈しましたね~。どうせ死んでるだろうけど」


 死んでるという言葉に女の子が一瞬だけ反応を示した。それに続けて黒狐も言う。


「あんたの主人だけじゃない。その知人も知人の知人も死んだ」


「《正義》って奴は生きてるけどね」


 女の子は彼女達が何を言っているのか理解できなかった。確かに日中に多くの銃声が聞こえたが、それはこの街では日常茶飯事だったので特に気にも留めなかった。

 思えば、今日は主の帰りが遅いと今更ながら思い出す。


「もしも怖い主人が帰ってきたらこう言うんだ。新しい主人を迎えたのでお帰りくださいってね」


「お姉ちゃん。流石にわたしでもその発言は引くよ」


「だったら『ご主人様、死んでくださいませ』って言って刺せばいいぞ」


「なんでもいいけど。で、そろそろ上がらせてくれない? 別に悪いようにしないから。ちょっとご飯を恵んでくれて、寝床も貸してくれたら嬉しいかなー。やっぱり駄目?」


 女の子は考える。目の前の客は今までの客とはどうも違った。いつも合うのは乱暴な人か、すぐに触ってくる人かの2択だった。そのどちらでもない2人に良く分からない感情を持つ。


「あの、その。ど、どうぞお入りください」


 女の子は主人に逆らってしまったと思いながらも、彼女達を招き入れた。2人はにこにこしながら彼女の頭をぽんと叩いて上がる。女の子は不思議な感覚に囚われながらも居間へと連れる。


 部屋は綺麗でタンスに小さな丸机。棚には火薬や弾薬などが置かれているが肝心の銃はない。端の方にキッチンがあり、近くの木箱には野菜が乱雑に入れられている。常温で放置されているせいか、殆どは腐って傷んでいる。


「これって食べられるの?」


 白猫は素朴な疑問を投げかけた。それに女の子が微かに頷く。


「私の1月分の食糧ですから」


「こんな状態だとまともに食べられないと思うぞ」


 黒狐は柔らかくなったトマトやふにゃふにゃのナス、茶色くておぞましいキャベツ、芽が伸びているタマネギ等々を指差していく。


「一応、食べられます」


「じゃあさ、わたし達の分も作ってもらっていい?」


「は、はい」


 女の子少し戸惑って条件反射で頷いた。それから包丁を片手に木箱の中にある野菜の殆どを千切りにしていた。唯一トマトだけは輪切りで、他を油の乗ったフライパンに豪快にぶちまけた。


 ジューと音がなりながらフライパンを振って具材を混ぜる。混ぜる、混ぜ続けている。

 殆ど焦げている状態になってようやくトマトを入れた。その後もかなり混ぜて、結局大皿に移された時はほぼ黒い物体となっている。


 2人はこの時に女の子が言った「一応」というのは謙遜でもなんでもなく、本心からの言葉なのだと理解する。スプーンを置いて、コップと水の入ったボトルも用意される。


「これって食べられるの?」


 白猫は最初と同じ質問をもう一度した。女の子は黙ってスプーンですくうと口に運ぶ。無表情に咀嚼するので美味しいのか不味いのかも分からない。


「せっかく作ってくれた料理だ。有り難く頂こう」


「はーい。頂きます」


 黒狐と白猫もスプーンですくって焦げ野菜の山と赤い液体の混ざったそれを口にする。

 2人共ほぼ反応は同じで顔を歪ませて噛みながらゆっくり飲み込む。


 想像通り不味かった。

 焦げ腐った奇妙な味が口全体に広がり、トマトのドロッとした後味が何とも言えない風味を出している。


 それでも2人はそれを口にはせずに女の子に倣って黙々と食べている。不味くても料理は料理。何も食わないよりはマシで、何より女の子が自分達の為に作ってくれた品を無碍にできるほど愚かでもない。


「うん、食感はいい」


「そうだな。食感は素晴らしい」


 コリコリと音を立てながら逆に良い部分を探そうと躍起になる。それからも「世界で2つとない料理」だの「2度と食べられない味」と評しては堪能した。

 彼女達の評価を下しても女の子は何一つものも言わずに黙って食べていた。


「はい、ご馳走様。わざわざ作ってくれてありがとね」


「そうだ、ご飯を作ってくれたお礼に何か願いを聞いてあげようか?」


 食事を終えてお腹一杯になった2人が女の子に話しかける。黒狐の言葉に女の子が顔を上げた。


「なんでも・・・?」


 女の子は半分ほど口を開けて何かを言おうとしたがまた閉ざしてしまう。


「やっぱり、大丈夫です。私は、平気です」


「信用の問題だな。妹」


「仕方ないなー」


 白猫は立ち上がるとキッチンにあった包丁を掴み戻って来ると、立ったまま包丁を振って右手の小指を真っ二つにしてしまった。切れた小指が皿の上に乗って女の子は驚きのあまり口を押さえていた。


 白猫の手から血がながれ滴るも、次の瞬間には元通りになった。全く新しい小指が生え変わって女の子はどう反応すればいいのか分からず見ているだけだった。


「こんな風に私達は普通じゃないんだ。そもそも、こんな所に無防備な女子2人が来ると思うか? あなたが思う以上に私達は人間じゃない。昼間の断末魔が私達の仕業だって言ったら信じるかい?」


 どこまでが嘘でどこから真実かは女の子には分からない。分からないからこそ信じられる気がした。けれど、自分の願いはあまりに遠かった。


 結局、女の子は何も言わなかった。彼女自身が現状維持を選んだのだ。

 そうなっては2人も追求はできない。精々、タダ飯にありつけたくらいだ。


「君はもっと傲慢に生きた方がいいよ。望みを叶えたいなら他者を利用するくらいじゃないと生き残れない」


 それでも女の子は俯いたまま言葉を閉ざす。正座した足の上に涙が零れ落ちる。もう無理だと思っていた。助けなんてないと思っていた。ここで死ぬのが運命なのだと諦めていた。


 もしも、希望があるなら。


「助けてください。この街を・・・壊してください」


「お安い御用で」


「望みのままに」


 慇懃な輩の頼みは聞かないが、飯の恩を返すのが姉妹の流儀。

 最悪の姉妹が人の為に動き出す。

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