最終話 名前
ここは北東の大海にある無人島。無数の木々が生い茂るジャングルとなっており、人は誰も住んでいない。そう先日前までは。
「おーい。この資材はどこに運べばいいんだー?」
「その木材は置いといて。まだ使わない」
《運命の輪》が洋紙を片手に黒狐に指示をする。黒狐は木材をその場に落として額の汗を袖で拭う。
「大分順調だな」
「そうだね」
目の前には木材で造られた建築途中の家が建とうとしている。高さは2階ほどでベランダや玄関もしっかりとある本格的な家。大勢が住む為に広さも十分確保している。
研究施設を出て黒竜ギルガネスに頼み7人の少女達は未踏の無人島に腰を下ろしたのだった。能力を失っても指名手配されている現状は変わらない。だから全員で協力してひっそり暮らそうと決めたのだ。
因みに海岸の方ではギルガネスも暮らしている。黒竜も人の多い場所にいると駆除される危険性があるとして彼女達と共にいることになった。
ギルガネスは海を低く滑空して海面に姿を見せていた鯨を見つけては豪快に潜って口で捕獲し岸辺で食べている。黒竜の存在は見張り番にもなるので彼女達にとっても助かった。
「サボってないで手伝えー」
《力》が巨大な丸太を軽々と肩に乗せて運び黒狐に言った。そんな《力》の横を灰狼が木材を持ってせっせと家まで運んでいる。
「あの狼はあんなに頑張ってるのにだらしないぞ」
「私は肉体派じゃなくて頭脳派なんでね」
「ほーん? じゃあお前にその図面を作れるのか?」
《力》が《運命の輪》が持ってる紙を指差す。そこには事細かに記された家の設計図が書かれている。話によれば《運命の輪》は飛び級するほどの知能の持ち主だったらしく、そうした知識も持ち合わせていたようである。
黒狐が肩をすくめたが、視界にもう1人の妹が目に入る。彼女は《恋人》と共に焚き火の前に座って料理をしている。正確には料理は《恋人》がしているのでそれを見ているというのが正しい。
「おい、妹。サボるな」
「サボリじゃないもーん。味見役という立派な役目があるもーん」
「私なんかより余程肉体派だろうに」
「えー、力奪われたから筋肉ないもーん」
「おまえなぁ」
いい加減怒ろうとすると《恋人》が口を開く。
「まぁまぁ。白猫さんの味覚は勉強になりますし、後で手伝うとも言ってましたし」
「ほら聖女さんもこう言ってる! 大好きー!」
白猫が聖女にハグするので黒狐が羨ましそうに拳を握る。《力》が首を振って肩を叩くので黒狐は諦めて仕事手伝いに熱を出す。
「おーい。こんなもんでいいさねー?」
《魔術師》が悠々と戻って来ると彼女の後ろには無数の木が倒れている。何れも無駄な枝や根、葉を剃り落として綺麗な丸太となっている。彼女の風魔術によって必要な木材を調達していた。
「うむ。これくらいあれば十分だろう。足りない分は適宜用意すればいい」
《運命の輪》の同意を得たので《魔術師》が疲れた様子でその場にどさっと寝転がる。
「それでは切りもいいですし、お昼にしましょうか」
「「「賛成!!!」」」
《恋人》が提案すると全員が待っていたと言わんばかりに同時に手を挙げて集まってくる。
穏やかな火で土鍋がぐつぐつと煮込まれている。《恋人》が蓋を取ると色とりどりの具材が入った鍋料理だ。
香ばしい香りに全員が感嘆の声を漏らす。
「本日は魚がメインの鍋ですよ」
「あれ、魚っていつの間に? 聖女さんが釣って来たの?」
白猫が見に覚えがないので首を傾げる。
「ギルガネスさんが譲ってくれました」
「あの黒竜か。でも、ドラゴンも大量に食べないと駄目なんじゃ?」
「えっと、人の食べる量なんて雀の涙ほどだから構わない、と仰ってました」
「良いドラゴンを助けたな。感謝しないと」
ギルガネスからすれば何千年の封印を解いてくれた恩の方が遥かに重いがそれを姉妹が知るすべはない。
「早く食べよ~。お腹空いた~」
「味見してたんじゃないのか?」
「お姉ちゃんじゃないのにそんなに食べませーん!」
「ぐぬぬ」
姉妹のやりとりを他所に各々が手を合わせたり祈りをしてから食事が始まる。7人もいるので大きな鍋とはいえ一瞬で具材がなくなっていく。
「この魚美味しい。何て魚?」
《運命の輪》が少しだけ口元を緩めて黒い切り身を口にする。見た目はややおぞましいものの味は美味だ。
「悪魔魚というちょっと味に癖のある魚ですね」
「そうなのさ? めちゃくちゃ美味しいさ」
《魔術師》がパクパクと食べ続けている。
「悪魔魚は特殊な魔力を持っていまして捌くのが難しいんです。少し手順を間違えると魔力が全身に巡り味の鮮度が落ちます。なので調理済みの悪魔魚は高価なんです。ですが悪魔魚そのままですと値段が格安になるんです。それで、私も食べる機会が多かったものですから」
「相変わらず聖女さんの料理スキルが異常過ぎる」
「お店出したら馬鹿売れだね」
「レナと経営するレストラン・・・いいな。悪くない」
《力》が淡い想像を膨らませてぼうっとしている。その間にも料理が減ってるのに全く気付いていない。
「狼ちゃん全然食べてないじゃないか。ほれほれお姉ちゃんが取ってあげるよ」
「お姉ちゃん、魚ばっかりは栄養が偏るよ! ちゃんと野菜もあげないと!」
黒狐と白猫が灰狼のお椀にひょいひょいと具を入れていった。
「姉ばかさねぇ。もう少しデリカシーを考えるさ。その量はあたいでも食えないさ」
《魔術師》に指摘されて姉妹の腕がようやく止まる。すでにお椀が山盛りとなっている。とはいえ灰狼は首を傾げて黙々と食べている。
「すまない! 馬鹿な姉を許してくれ!」
「嫌いにならないでっ!」
姉妹の必死な懇願にも灰狼は首を傾げたままだ。
「・・・? りょうり、おいしいよ?」
純粋な瞳で見つめられて姉妹卒倒してその場に倒れてしまう。そんな様子を見て《力》と《魔術師》が肩をすくめ《恋人》がクスッと笑っている。
「それにしてもこの家はいつになったら完成するんだ?」
《力》がまだ半分しか完成していない木造住宅を眺めて話す。
「寝床は我慢できるとして、お風呂とトイレが欲しいさねぇ」
「ん? もう完成してるよ?」
《運命の輪》が呆気なく言って《魔術師》が「は?」と口を開けたままだ。
「いやいや、こんな無人島で造れるさ?」
「川の水を竹の管を利用して水を流す。水を溜めたいから家の地下へと流し込む。後は地下水を下流へ通ずる管を用意すれば常に新鮮な水になる。お風呂よりもう1つ下に部屋を作ってそこで火を焚けば湯にできる。トイレは下流に流す水を利用して、流れの上にトイレを造った」
《運命の輪》が設計図を見せて要所を指差す。
「重要な部分は既に完成してるし、後は外観を造れば完成するよ」
「よしっ、俄然やる気が出てきた。飯を食ったら・・・って具がない!?」
《力》が木の箸を伸ばすもののそこは空だった。向かいでお椀に山盛りの黒狐とそれよりも少ないものの白猫も大量に入れてる。
「この駄姉妹め!」
「早い者勝ちだ」
「聖女さんの料理を堪能しないとね」
悶々と食べ続けている白猫と黒狐に対して《力》が拳を握る。
そんな彼女を見て灰狼が箸を置いた。
「ごめん、なさい」
耳と尻尾が頭を垂れて涙目になっている。
「あ、いやあなたには言ってないんだよ。そっちの姉妹にね?」
「おねえちゃん、わるい?」
「あーいや、極悪人じゃなくて、そのー、なんだ。うん、私が悪かったです」
気の強い《力》でも小さな女の子から澄んだ目で見られたら引くしかなかった。
「おかわりなら沢山ありますから皆さんどんどん食べてくださいね」
《恋人》が追加の食材を足したので結局鍋パーティは遅くまで続いたという。
※
そして、翌日。
「完成したな」
「綺麗ばっちりだね」
見事なまでの二階建ての木造住宅が7人の前に立っている。完成を祝福してか小鳥のさえずりすらも今は心地よい。
「これからはここでのんびり暮らす。誰にも縛られない自由な一時だ」
「外で美味しいご飯が食べれないのはちょっと残念だけどね」
それでも当初思い立って旅に出たあの日よりも随分と肩が軽い。重く苦しめられた過去も現実は今はない。ただ未来だけを見て顔を上げていられる。
振り返れば5人の仲間がいた。曰くつきで組織に利用されたが、志を共にした仲間。
「家が完成した所で私から1つ提案があるんだ」
「へぇなになに~?」
白猫が姉の発言に食いついた。
「私や妹、それに皆はもう何の力も持たないただの人間だ。だったらさ、人間らしく名前で呼び合うのも悪くないと思ってね」
姉妹には名前がない。産まれた時からその見た目で黒狐と白猫と勝手に呼ばれた。それを良しと思わず彼女達は姉や妹と呼び合っていた。
「ふーん。どんな名前にするのさ?」
《魔術師》が興味深そうに尋ねる。
「何にしようか、妹? それに狼ちゃんも名付けないとな」
灰狼は何を話してるのか分からず首を傾げている。
「狼ちゃんはヒナなんてどう? 小鳥っぽいし」
「悪くないな」
「ヒ、ナ」
「うん。これからあなたはヒナ」
「ヒナ」
灰狼・・・ヒナはその言葉を何度も反芻して覚える。
「じゃあ私はアスティで」
「意味は?」
「なんとなく思いついた」
「適当すぎじゃない? じゃあわたしはシエルで」
「意味はなんだ?」
「適当だよ」
それを言うと姉妹が笑い合った。
「君達のことだから太陽や月から選ぶと思ったけどね」
「あんなカードから選ぶなんて自分から縛るだけじゃないか。馬鹿だろ?」
「それもそうだな」
《運命の輪》が静かに笑う。もう縛る物はこの世にないのだ。
「それで全員の名前、聞いてもいい? 本当の人間としての名前」
すると彼女達はゆっくりと頷く。
「レナです。宜しくお願いします」
と《恋人》だったレナ。
「フレイル。宜しく」
と《力》だったフレイル。
「ユリーナ。ボクとしては帽子も嫌いじゃなかったけどね」
と《運命の輪》だったユリーナ。
「アカリ。この名前を名乗るのも久し振りさね」
と《魔術師》だったアカリ。
全員の本当の名前を知って皆が笑い合う。今まで知ろうともしなかったし、知る必要もないと思っていた。けど名乗ってみると案外それも悪くないと思う。
「まずは名前を覚える所からだな。何度も呼ばないと」
「そうだよ、アスティお姉ちゃん?」
「ああ私か。一瞬自分に呼ばれたか分からなかったぞ、シエル」
「確かに。でも名前もそんなに悪い文化でもないね。人間らしくていいんじゃない?」
「言えてるな。これからは人として生きてみるのも悪くない」
晴れやかな早朝。誰も知らぬ無人島で7人の少女が暮らしている。皆名前を持って、皆様々な過去を持つ。けれど、逃亡生活の末に桃源郷を見つけた。
だからその笑顔を忘れないだろう。これからも、ずっと。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
こうして作品を完結できたのは読んでくれている読者がいたからだと思っています。
小説を書く難しさ、そして楽しさをより痛感しました。
これから彼女達は楽しい日常を過ごすでしょう。魔法使いと帽子が日没まで釣りをしていたり、灰狼がどこまで泳げるか試して溺れそうになったり、竜に乗って街に出かけたり、聖女が孤児院に寄って全て告白した後、出頭するのを団長が止めたり。
白猫と黒狐も相変わらず皮肉の効いた会話をしているでしょう。それでも皆仲良しです。
では、またどこかで会いましょう。ありがとう!




