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第46話 《世界》

「《審判》を倒して後は《世界》だけさ?」


 血溜まりとなった広間の中を7人の女子が歩いており、《魔術師》が言う。


「そういえば《愚者》もいたんじゃないのか? あいつはどうなった?」


 《力》は疑問に思い話す。すると白猫と黒狐が少し神妙な顔を見せた。


「そいつならとっくの昔に死んでる。私らを産んでから発狂して自殺したって聞いてる」


「高名な血統で魔法や武術に長ける人だったらしいけど、何も知らない。顔も名前も」


 姉妹の言葉に場が静まり返る。研究者に生み出され、望まぬ身体にされ、親すらもいない。

 そんな姉妹に気の利いた言葉をかけられる者はいなかった。


「気にしてないからいいよ。理不尽な思いばっかりだったけど、皆と会えたしね」


 白猫が笑顔を見せて話す。敵対して分かり合えなかったが今は共に歩いている。

 彼女はそれだけでよかった。何もなかったのはとうの昔だ。


 奥の扉が勝手に開き先へ進む。一本道の廊下が50mくらいあってその奥にまた扉。

 そこを抜けると視界に無数のホルマリン漬けにされた人の形をした化け物がガラス張りの管に入れられていた。それが無数に点在しており、一番奥には巨大な穴が存在する。

 穴から大きな赤い鉄の棒が天へと伸びており、異様に輝いていた。


 穴の前には白衣を着た男が立っていて背中を向けていたが振り返る。薄い髪に隈だらけの目、顎が異様に長く、妙に痩せこけた体格で手足も細い。

 男は彼女達を一瞥するやゆっくりと拍手をした。


「まさかここまで来れるとはなぁ。俺の中のストーリーではさっきの所で仲間の半数を失ってここに来るはずだった。まぁ台本なんてそんなもんか。アドリブも大事さ」


「失せろ、《世界》。お前と問答するつもりはない」


「あなたはここでお終い」


 黒狐が威圧を放ち、白猫も銃を構えている。だが《世界》は臆さない。


「まぁなんだ。確かに色々あって苦労もしただろうけどよ。こうして生きて来れたんだ。楽しい冒険生活も満喫出来たんだから十分満足しただろう? 最後の強敵も倒して見事大団円! ハッピーエンドだ。もう店終いだから帰んな」


 無論、そんな言葉でこの場を去る馬鹿はいない。《世界》は大袈裟に肩をすくめた。


「なんでそんなに怒ってるのか俺にはさっぱり分からないな。研究なんてどこの国もしてるじゃないか。世界中には俺よりヤバイ実験してる奴だって五万といるぞ。俺だけ断罪して自己満足か? ははっ、正義をはき違えた餓鬼の妄想だ」


「どうでもいい。これは私達の個人的な理由でお前を殺す」


「今までの恨みを全部乗せてね」


 それに残りの仲間も同意を示して頷く。《世界》は溜息を吐いた。


「分かった。俺の負けだ。もう手も残されちゃいねー。ここの実験動物らもまぁまぁ強いがお前達を殺せないだろう。さぁやってみろよ。俺を殺すんだろ? お望みとやらを叶えてみろよ」


 《世界》が両手を挙げて前に歩き出す。全員が警戒心を露にしながら白猫が引き金をひいて銃弾を放った。すると弾は防弾ガラスに遮断されて地面に落ちる。


「あー残念。危ないおもちゃの対策はしてあるんだ。おまけにコイツもだ」


 床が青く光ったと思うと青いガスを噴出させる。全員がむせ返る中、《魔術師》がすぐに見えない壁でガスを遮断ようとしたが何故か『創造』が発動しなかった。


「お前達のそれも返してもらう。借り物の力で威勢張るのはおかしいだろう? 人間に力を与えたらどうなるか。実験の成果はゴミクズ以下。どいつも己の欲望を叶える為にしか使わねぇ。もうちょっとマシな使い方ねーのか?」


「手に力が入らない。本当に失っている」


「未来が見えない」


「なにも、できない」


 《力》《運命の輪》灰狼が絶望を露にする。この場でまともな力を有する存在が殆どいなくなった。彼女達はいずれも強くはあったが、能力ありきの強さだった。


「そう落ち込むなって。人生に失敗はつきもの。誰しも自分が主役だと思い込んで成功を夢見るものさ。わりぃ、柄じゃねーわ。で、無能力になったお馬鹿共に何ができる?」


 《世界》がにやにやして全員を見ていた。防弾ガラスは既に何重にもなっていて、相手に接近するのはほぼ不可能。《魔術師》は持ち前の魔術でガラスを燃やすなりして破壊を試みるも失敗に終わる。《力》も普段の訓練の筋肉で思い切り壁にぶつかったがこちらも無意味に終わる。

 既に彼女達は密閉の空間に閉じ込められていた。


「呆気ねーよなぁ。今までの奴らもこうしてりゃ簡単に勝てるのに何故かそうしないんだよ。どれだけ自分の能力に自信があるのかって話だ。俺は犬にすら噛まれるのが嫌いでね。ちゃんと檻に閉じ込めて処分するんだぜ。まーそういうことだ。お前達は頑張った。最高評価だ。だからここで死んでくれ」


 《世界》が大穴に伸びている赤い棒に向かって手を突き出して紋章を輝かせる。すると施設内に地震が発生して揺らし始めた。


「ここはもう用済み。お前達も用済みだ。実験サンプルも十分に揃った。ありがとよ、感謝するぜぇ。残りの余生を堪能しな」


 《世界》はアタッシュケースを持って階段を駆け上がって行く。それを追うとするも防弾ガラスのせいで動けない。


「くそっ。こんな所で終わるのか!」


 《力》が壁を叩いて項垂れる。


「敵の未来の方が上だったのか。ボクが迂闊だった」


「神よ、どうか救いください」


 《運命の輪》と《恋人》が諦め半分にその場に崩れる。


「あたいの魔術じゃこんな壁一枚も壊せないのかっ!」


「なんど、でも!」


 《魔術師》と灰狼は諦めずに攻撃を続ける。しかしヒビ1つ付かずに無駄骨となっている。


 混沌とした状況だが白猫と黒狐は妙に落ち着いていた。


「なぁ妹。あれだけ馬鹿にされてどう思う?」


「ここで逆転されたらどうなるんだろうね?」


 だから姉妹は口を揃えてこう言った。


「「ギルガネス」」


 その言葉を発して30秒は経過してから異変が訪れる。地鳴り続きの振動が一瞬大きくなったと思ったら爆音が発生した。天井の破片が周囲に吹き飛び空も見えるほどの穴が出来上がる。


 彼女達は大きな影に覆われてその巨大生物を一目。


「我が名を呼ばれはせ参じた。名もなき獣の少女よ」


 厳格な声を漂わせて発するは、トカゲのような身体に大きな翼を持ち、2本の角が威厳を見せる。凛とつりあがった目に鋭い牙と詰め。全身を鱗で覆われたそれこそが生物の頂点と呼ばれし黒き竜ギルガネス。


 かつてドラゴンマウンテンで救いその名を呼べば助けてくれると言った。それが実現された。


「地下にいても鼻が利くとは知ってたけど、地獄耳ってレベルじゃないな」


「我が名を知るのは其方らのみ。故にすぐ分かる」


「そんなものなのかなぁ」


 白猫と黒狐は暢気に会話するものの、状況を理解できない残りのメンバーはポカンとしていた。


「ごめんね。騙すつもりはなかったんだけど危なそうだったから」


「本当は助けを借りる気もなかったけど、状況が状況だったからね」


「持つべきは竜友だねぇ」


 状況が一転して快晴の日差しが差し込む。そんな彼女達の前に何かが転がってきた。

 下半身を失った《世界》だ。


「ああ、くそ。こんなの聞いてないぞ。デブドラゴンめ。次の研究は竜の解体ショーで決まりだ。ああ楽しみだ」


 《世界》は愉悦に浸りながらも笑い続ける。そんな彼の元に全員が近付いた。

 その冷たき視線に《世界》が嘲笑う。


「なんだ? 立場が変わって急に強気か? 弱いものイジメはよくないぜ」


「どうせ貴様も簡単には死なないのだろう? ならば好きにさせてもらう」


 黒狐が拳を握ると《世界》がまたしても笑う。


「おいおい、この身体見てまだ分かんねーのか? 俺がいつ全知全能になったって? 俺はテメーらと違って人間をやめてねーよ。正真正銘、まっさらで潔癖な人間さ」


 事実、《世界》の下半身はいつまで経っても再生せずに血を垂れ流すだけだった。彼の呼吸もだんだんと荒くなり声も枯れている。


「いい気味だろうな。けど1つ教えてやるぜ。テメーらにはこの先どこにも居場所なんてありゃしねー。化け物はどんなに取り繕っても化け物さ。只の人間になったって誰が証明する? あひゃひゃひゃ! 精々一生狙われ続けて夜な夜な怯え続けるんだなぁ!」


 《世界》はその言葉だけ残して絶命した。冷たい風が全身を包み誰も言葉を発しない。

 彼女達は能力を奪われて何も持たざる只の人間だ。それでも世間は今までの悪事を許さない。銃弾1つで死んでしまう脆弱な身体。その危険性を知る。


 けれど白猫と黒狐は笑っていた。おかしそうにずっと笑っている。


「負けた人間らしい最後の言葉だね。本当に馬鹿みたい。こんな奴に造られたのが今でも信じられないよ」


「生憎様、私達はずっと自由だし、これからも自由だ。誰にもこの心は縛れない。怯える? その怯える相手は今死んだ。ざまーみろ」


 そんないつもの姉妹の態度に安心したのか残りの仲間の表情も緩む。


「それでこれからどうするの?」


 《運命の輪》が言った。


「実は考えがある」


「わたし達の旅の終着点」


 白猫と黒狐が空を見上げて竜の名前をもう一度呼んだ。彼女達が言うとギルガネスは快く承諾して全員をその背中に乗せ全速力で飛び立つのだった。

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