第45話 《審判》
白猫、黒狐、灰狼は迫り来る敵を殲滅して肩で息をしていた。今までは能力を使った戦いで無茶も無理も押し通せた。しかし、今は少しの怪我も馬鹿にできず、死は完全なる消失を意味する。灰狼は多少の怪我は治るがそれでも敵の数の多さに苦戦は強いられた。
彼女達は増援が来ないのを理解すると奥の階段を下りて先へ進む。大きな両扉があったので思い切り開け放ちすぐに後ろに下がった。が、敵の奇襲はなく静かだ。
扉の先は薄暗い広間だった。何1つ物が置かれておらず四角い空間となっており、高さも幅も尋常なく広い。床の各地には血の跡がこびり付いており、まるでここで争いでもあったかのようだ。
『実験闘技場へようこそ。君達は栄えある雑魚戦を乗り越えた。あー、でも実はこっちも弾切れでな。悪いが早速ラスボス戦とさせてもらう』
《世界》の言葉が終わると同時に何百mもある天井から亀裂が走って大穴が空いた。巨大な黒い物体が地面に着地して荒い呼吸を見せる。ゴリラを思わせる黒く発達した筋肉。しかしそれら全部は人間の皮膚で分厚い赤い血管が膨れ上がっている。顔は人間の形をしているものの、原型は留めておらず髪はなく、鼻は潰れ、口は耳元まで裂けている。唯一、目だけは綺麗に残っていた。その黒い大男は執念に似た雄叫びを上げる。
「《世界》! よくもこの私を嵌めたなぁ!!!」
野太く歪みきった声は《審判》のものだった。怒りを見せて吼え続けている。
『ああん? 俺は約束を守ったぜ。約束通り姉妹の力をお前にやった。それでお前はその力を手にした。どこに嵌める様子がある。ウィンウィンじゃねーか』
「力が制御できん! 全身が燃えるように熱い! こんな姿になるなど聞いておらん!」
『お前さんも馬鹿だよなぁ? 俺達人間如きにその力を制御できる訳ないだろうに。黒狐は憎悪を元に、白猫は霊魂を元に強化される。合成獣でもないお前にそれを制御できるわけねーだろ。お前さんはそうとも知らずに嬉々として秘薬を飲んだなぁ! あひゃひゃひゃひゃ!』
「ちくしょう! 《世界》! 貴様は絶対に殺す! こいつらを始末した後は貴様の番だ!」
『だ、そうだ。ラストらしい化け物だろう? 魔王役にはぴったりだ。頑張って絆の力やらピンチからの覚醒でもして倒してくれ。え? 力がない? そいつは残念だったなぁ! じゃあな、あーばよ!』
ブツッと音が途切れて化け物だけが残される。《審判》は腕を肥大させ続けており伸び続けている。それを見た白猫と黒狐が溜息を吐いた。
「敵同士で勝手に盛り上がってんじゃねーっての」
「ま、知能が低下したのは好都合じゃない?」
「だな。おかげで勝機が見えた」
2人が構えるのを他所に灰狼が首を傾げる。
「めいれい、は?」
「「全力でぶっ飛ばせ!」」
彼女達は3方向に散って開戦した。
だがすぐに周囲に異変が起こる。走ったつもりなのに身体が重い。思うように前に進めない。
「くそっ。奴の能力か」
「貴様ら如きが勝てると思うなぁっ!」
重力を『操作』して一気に圧力を与えていた。3人の動きが止まって《審判》は腕を触手に変形させて振り回す。
だがその片腕は真っ赤に燃やされ、もう片腕は叩き潰されて破壊された。
3姉妹の前に《力》と《魔術師》が立っている。
奥の階段からは《恋人》も走ってきて、天上の穴からは《運命の輪》が飛び降りて《魔術師》に受け止められる。
「遅くなった。悪い」
「これで借りは返したさ?」
「全く良い所取りだな」
身体の自由が利いたので《審判》を囲むように動く。
相手は注意を逸らされるのを嫌ってか足に力を込めた。
「飛ぶぞ。半径10m以内に空間圧力がかかる。離れるんだ!」
《運命の輪》の指示の元全員が一斉に離れた。彼女の予知通り《審判》が飛翔して周囲の空間を捻じ曲げた。
「邪魔な小娘め! 先に始末してくれる!」
「そうはさせないってね」
《魔術師》が落雷を発生させて敵を怯ませ、その間に《力》も飛んで地面へと叩き落とした。灰狼が敵の頭を抑えて呪術を発動させて一気に溶かす。だがそれを上回る再生力で回復され灰狼が腕で飛ばされてしまう。
全身に傷を負うも彼女も再生を持つので致命傷には至らない。
「この私を倒せると思うな! 死んでも蘇る! 私に死は無意味! 私こそが完全な人間となる!」
《審判》はただひたすらに叫び続けていた。己の中にある欲望という欲望だけが唯一の思考ととなっている。
「死んでも復活、か。だったら死すら上回る魂の完全消滅しかない」
「そんなの出来るの? それにお姉ちゃんに力が残ってないんじゃ?」
黒狐の問いに白猫が疑問を持つ。
「妹と同じで僅かに残っている。その全部を出し切って倒す」
白猫は灰狼を助ける為にその力を出し尽くしたが、黒狐はまだ使い切っていない。それを今出そうと考える。
「チャンスは一度きり。力を溜めるのに時間がかかる。それまで何とかして時間を稼いでくれ」
無理難題の要求にも関わらず文句を言う者はいない。それが可能性ならば従わずにして何が未来か。
黒狐は右手に全神経を集中させて目を瞑る。
1人だけ無防備を晒したので《審判》がほくそ笑む。
「馬鹿め! 死ね!」
「させ、ない」
灰狼が短剣を投げつけて敵の腹部を爆発させる。《審判》が操作で爆風の威力を弱めたせいでダメージが少ない。《魔術師》が『創造』で見えない壁を設置するも容赦なく壊される。
「魔法使い! 私を上に飛ばせ!」
「命令するなさ!」
《魔術師》が風の魔術で《力》を天高く上昇させ、その落下速度を利用して拳を落とそうとするも《審判》の目がギョロッと動き彼女を停止させてしまう。
援護に回った《魔術師》と灰狼も同様に止められてしまう。
「無意味! 無駄! それを思い知れ!」
そんな怪物の前に1人の聖女が立っていた。《審判》は一瞬呆気に取られる。目の前で祈りを捧げている無防備な女は踏み潰してくれと言わんばかりの体勢だ。
「あなたの負けですよ」
「笑わせる! この私に敗北などない!」
知能の低下した《審判》は己の浅はかな行動に理解するのに数秒かかった。《恋人》の誘惑に囚われ精神が支配され動きが止まる。
「《審判》。自害しなさい」
「グ、ググググ。グオァァァァァァ!!」
《審判》は頭を抑えて誘惑に抗う。《恋人》の洗脳は絶対的なものではない。
だがそれでよかった。あくまで目的は時間稼ぎ。相手が闇雲に暴れるのは好都合である。
「この私を侮辱しおって! カス共がっ! 全員殺してやろう!」
高らかに吼えて洗脳から脱する。《審判》は目を真っ赤に充血させて黒狐の元へと突進した。
《力》、《魔術師》、灰狼が止めようと攻撃するも全く通じない。
黒狐は右手に邪気を帯びて力を増しているものの『操作』によって身動きが一切できない。
このままでは押しつぶされる。誰もがそう思った。
ズドンッ!
《審判》の目を銀色の銃弾が撃ち抜いていた。彼が視線を変えた先には両手で銃を構えている白猫の姿があった。研究所に来る前から隠し持っていたのを今取り出す。
注意が逸れたのは一瞬。傷を与えたのも一瞬。傷が再生するのも一瞬。
そして、『操作』による束縛が解けたのも一瞬。
それを逃すほど黒狐は優しい性格ではない。己の中にあった怨嗟の力を最大限に引き出し目の前に迫る怪物に放った。
すると怪物は黒い靄に包まれて弾けた。赤い血の雨を降らして消失する。
全員がその結果を静かに受け止め、白猫と黒狐が親指を見せ合うのだった。




