第42話 仲間がいる
「私はなんてことを・・・」
黒狐は己のやらかした過ちを大いに後悔していた。自らの手で妹を消滅させてしまったのだ。彼女の隣にはいるはずの白い猫娘はもういない。死んだ。殺した。己の手で。
目の前では灰狼が再生して今にも彼女に襲い掛かろうとしている。けれど、黒狐はどうでもよかった。妹がいないなら生きる意味はない。そう覚悟していた。だから抵抗もせずに敵の短剣で貫かれようとした。
「そう焦るなさ」
横から突風が吹き荒れて灰狼を飛ばした。彼女は店のポールに捕まり風が止むのを待つ。
黒狐が振り返ると底には《魔術師》と隣には《運命の輪》が立っていた。
「やれやれ。本当に生き返るとは」
「本当に何でもありさね」
「お前達、何故・・・?」
その疑問を解決するのに数秒も掛からなかった。黒狐の視界に見慣れた姿が映ったからだ。
「妹!!」
慌てて駆けつけて力強く抱きしめる。白猫は少し苦しそうにするも笑顔を見せていた。
「すまない、本当にすまない。馬鹿な姉を許してくれ」
「許すも何も、わたしがお姉ちゃんを恨むわけないじゃん。それにここからだよ」
彼女が指差すと路地の向こうから《力》と《恋人》も来る。全員が一箇所に集まって役者が揃った。だが黒狐は《魔術師》を凝視している。
「大丈夫だよ。魔法使いさんも協力してくれるって」
「本当か?」
「疑ってくれて結構さ。信用できないなら特攻でもするさ?」
「いや。お前よりも信用できる奴がいる」
黒狐が《運命の輪》を見た。彼女がコクリと頷いたのでそれ以上黒狐も問い詰めない。
目の前には幹部1人。灰狼はポールから手を離して住宅の壁を足場にして突風の流れを避けた。しかし多勢に無勢と言えど彼女は戦う様子だった。
「全く反抗期の妹を持つと苦労する」
「本当だね。わたしみたいに素直にならないと」
いつもの皮肉に対して灰狼は飛び出した。はずなのだが、彼女の足は途中ピタリと止まった。その瞬間、全員の背筋が凍る。特にその恐怖を感じたのは元アルカナメンバーの者達だ。
「仲良しごっこで楽しそうだな」
住宅の屋根にはコートを纏った白髪の老人《審判》が立っていた。強面のその表情は見る者を萎縮させる。
「貴様か、死ね」
「駄目だ! 逃げるんだ!」
黒狐が攻撃しようとするのに《運命の輪》が焦った。彼女の頭にはその映像が分かる。けれど言葉を発するのと頭に浮かぶでは大きく時差がある。
故にその時には《審判》が指を鳴らして能力を発動させていた。
その場に居た全員の動きが制止して身動きが一切できなくなる。
「この度はご苦労だったな。《恋人》《力》《運命の輪》《魔術師》。お前達の行動のおかげで彼女達の力を限界まで引き出せた。これを感謝と呼ばずに何と呼ぶか」
口も塞がれ息も出来ない。黒狐が呪術で殺そうとするもそれすら通用しなかった。
「我が『操作』の力の前では等しく無力。私が指を鳴らせばお前達は言葉を失い、身動きできない。空間を操作すれば本物の私は見えなくなる。音を操作すれば何も聞こえなくなる。そして、能力を操作すればその力を抽出できる」
《審判》が右手を突き出して黒狐と白猫の体内から黒と白の気が吸収されてゆく。
「我らが悲願、最強のサイボーグ人間の完成は近い。貴様ら姉妹はプロトタイプにして至高だった。だがその思考が実に厄介だったな。おかげで反抗して手間取らせてくれたが結果的には完全体にできた。感謝しなくてはならない」
誰一人として動けないので敵の過程を見守るしかできなかった。
《審判》は遂に姉妹の能力を完全に吸収し手の中に収めた。それを見てほくそ笑む。
「さて、これで貴様らは全員用済みとなった。証拠隠滅として死んでもらう」
《審判》は右手を突き出したが、その視界に灰狼が映る。彼女はボウッと立ったまま動かない。《審判》の操作を受けていないが意思なくそうしていた。
「そういえばお前もいたな《星》。思考を奪って開発したが結局失敗作だったな。やはり思考なき生物に進化も探求もない」
《審判》が彼女の頭を掴んで『操作』を発動した。
すると灰狼は初めて言葉を発した。言葉にならぬ悲鳴という形で。
「貴様の記憶は消去させてもらう。これからは指示も必要あるまい。ゴミとして野垂れ死ね」
灰狼は生まれた時から、いや造られた段階で思考そのものを奪われていた。だから指示なくしては何もできない。肉体は朽ちないが彼女は二度と動かないだろう。
そんな《審判》の非道な行いを見て白猫は憤慨した。灰狼とは顔も知らなかったし、仲もよくなかったし、存在も知らなかった。けれど、彼女は白猫と黒狐の妹だった。それは紛れもない事実。だから彼女は己の中にある僅かな蘇生術を全て彼女に注いだ。
記憶を奪われた灰狼だが、それは脳に刻まれた記憶だけだ。本当に大事なものは全て魂に刻まれている。それが戻ったなら立ち上がれる。
《審判》は背後から感じた強烈な殺意に思わず振り返った。だが視界には誰もいない。倒れていたはずの灰狼もいない。
彼女は正面に回りこんでおり短剣を《審判》の胸元に刺した。
「ちぃっ!」
相手を一瞬怯ませれれば好機。動けなかったメンバー全員が自由となり各々動き出す。おまけにバラバラに散った見事な采配に全員を相手するのは《審判》には難しかった。
ここで万が一を犯すのはもっともあってはならないこと。
だから彼は冷静に考えて自分自身の筋肉を操作して天高く飛んで消えた。
彼女達はしばらく警戒をしていたが《運命の輪》が「大丈夫」と言ったので安心して肩をおろす。
「ありがとう。君のおかげで助かったよ」
白猫が灰狼に近付いて手を握った。彼女には何故そうされているのか分からない。そもそも、自分が何をしたのかも分かっていない。ポカンと口を開けたまま動かなかった。
「君はもう自由なんだよ。あんな親父の命令なんて聞いたらだーめ」
灰狼は次第に自分の中の記憶が蘇る。と同時に自分の行いを気付いて大きな声で泣いた。
そんな彼女の頭を白猫が撫でる。黒狐には「もう大丈夫」と目配りをする。
「さてと。何かよく分からないが私と妹の力があいつに奪われてしまった」
黒狐が近くの壁に手を当てるも何も起こらない。
「でも、行くしかないよね。あんな奴らに思い通りにはさせない」
白猫が決意を見せる。それは黒狐も同じだ。
「奴らの研究施設なら知ってる。でも過酷な戦いになるよ。今見ても100パターン全部死亡だ」
《運命の輪》が目を瞑って未来を予知するが雲行きはよくない。
「それでも諦めはしない。勇者はどんな状況でも屈しない」
「アルカナを野放しにするのはこれからも多くの人を不幸にします。もう誰かが悲しむ姿を見たくありません」
《力》と《恋人》も同じく決意を見せる。
「大義とか正義とか興味ないけど、でも馬鹿にされた分はやり返すさ。10倍返しでね」
《魔術師》も不適に笑って決意を誓う。
「君は、どうする?」
白猫が灰狼を見た。灰狼は言語を学んでいないのか口を開けるも何も言葉にできない。
けれど、短剣を手に持って頷いている。どうやら来るらしい。
「大丈夫? 無理して来なくていいんだよ」
「ダ・・・イ・・・ジョブ」
灰狼は白猫の口の動きを真似して言った。その澄んだ目を見れば白猫も何も言えない。
「満場一致で決定だな。私らを利用したのを全身全霊で後悔させてやろう」
黒狐の言葉に同調して全員が片手を挙げた。残る敵幹部は僅か。最後の戦いが始まろうとする。




