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第4話 太古の時代

 ドラゴンマウンテン。そこは竜が祀られている山である。太古の時代、この山では人と竜が戦い最終的には多くの犠牲を出しながらも人が勝利した。

 戦いに終止符を打ったのがドラゴンスレイヤーと呼ばれる巨大な剣が竜を貫いたおかげである。竜の全長は800m近くはあり、その剣も竜に対抗する為に各国の鍛冶師が集まって製作された。重さ100トン、長さ300mのおおよそ個人が扱えるものではない石の剣である。


 この剣は特殊な機器を用いて発射されるのだが動き回る竜には通用しなかった。だから、竜を地上に墜とす為精鋭1000人が集められた。彼らは弓や魔術を駆使して竜の翼を射抜き損傷させて飛行能力を奪った。動きの鈍った竜は見事ドラゴンスレイヤーに貫かれ、人が勝利を手にした。


 剣を刺された竜は悲鳴と雄叫びを上げて山の頂上で崩れ落ちる。目が覚めない竜を見て人々は勝利と歓喜を全身で表したという。しかし、竜の肉体は何年経っても朽ちなかった。

 火葬しようにも切り刻もうにも鱗が硬くどうやっても完全に消滅させるには不可能な状態。


 竜は目覚めない。ならば大丈夫だ。人々はそうして納得し竜が眠るこの地をドラゴンマウンテンと名付け聖地として祀った。だがとある一説では竜は眠っているだけでいつか目覚めるのではという学説もある。



 ※



 白猫と黒狐はドラゴンマウンテンへと来ていた。遠目でも分かるくらい群青色の大きな竜が山の頂上でとぐろを巻いて蹲っているのが見える。天高くに伸びている石の剣が竜の腹に刺さっており、陽に当てられて神々しく輝いていた。まるで人々の勝利を象徴しているかのようだ。


「人間の中でもこの地は死ぬまでに行きたい観光スポットらしいよ」


「観光ねぇ。人間って害がないと分かるとすぐに商魂熱くなるよな」


「動物園の獅子がいい例だね。でもこうして竜を間近で見られるのは滅多にない経験だと思うよ?」


 現に竜の個体は年々減少しており、絶滅もそう遠くないと囁かれている。それには理由が多くあり、中でも1日に必要な摂取カロリーを賄えないというのが最大の要因だった。

 竜は図体が大きく、おまけに空も飛ぶので1日に必要な食料は何トンにも上る。いくら空を飛べるとはいえその大きさが仇となり多くの動物は逃げ惑い隠れてしまうのだ。


 途方に暮れた竜は最終的に人里を襲うようになったが結局その人間に退治されるようになってしまい今でも危険視されている。


「じゃあせっかくだし間近で見ていくか?」


「そうだね。それがいいかもね」


 それから2人が竜の近くに行き着いたのは夕暮れを過ぎてからだった。場所は目で追えるのだが実際の距離は想像以上でおまけに山道も整備されていないのか道が途切れ途切れなのもあった。


 2人は軽い気持ちで来ようと思ったのを若干後悔しながらも到着するとそれも杞憂に終わる。


「近くで見るとやっぱり大きいねぇ」


「私らの数100倍だからな。よっと」


 黒狐は眠っている竜の顎に飛び移って首へ移動し軽い軽い足取りで背中まで走った。

 彼女がこれから何をするのかは白猫も気付いている。黙って成り行きを見守っている。

 黒狐は石の剣の前に立つとそれに手を触れると長く大きな剣は灰になって風に流されるのだった。


 剣が消えると残るのは竜の腹に空いた大きな穴だけだったが、白猫が竜の鼻に手を当てるとその傷口もあっという間に再生してしまう。


「ぐごっ!」


 鋭い鼻息がして白猫が思わず顔をしかめて離れた。黒狐も颯爽と地面に着地して彼女の傍へ行く。暫く様子を見ていたが竜は目を大きく見開いて瞬時に顔を起こして天高く咆哮した。


「人間! 我はこの日を待っていたぞ! ずっと、ずっとな! 今こそ復讐の時だ!」


 竜は恩を仇で返すように2人に向かって灼熱の炎をお見舞いした。彼女達は避けようとせずにそれを全身で受け止める。火は木々に燃え移り一瞬で周囲は炎上して真っ赤に染まった。


 竜は怒りのあまりに長く炎を吐いていたがそれは人間への見せしめだった。数分間に及ぶ灼熱の炎をようやく止めたが、何事もなく白猫と黒狐が立っていた。


「竜って喋れるんだね」


「そりゃ図体が大きければ脳も大きいだろうよ」


「そっかー。何千年の知能があるんだねー」


 竜は自身を気にしていない様子で雑談をするのにプライドを傷つけられたのか更に怒った。地鳴りの如く咆哮で大地を震わせ鼓膜を破るほどだった。その後、前足を地面に叩きつけて地割れを発生させ翼を動かして竜巻を呼んだ。口からは再び炎が溢れて吹きかける。


 それらが止むのに今度は半時間近くかかった。竜はたかが2人の相手に理性を失い過ぎたと若干反省しながらも世界を見据える。その景色は自分が生きていた時代と大きな変化はなかったが、少しだけ空気が熱く感じられた。


「竜って本当に賢いの?」


「さぁ。私も知識だけで実態は知らないし」


 やはり平然と前に出てくる彼女達に竜はようやく異変を感じ取った。目覚めたばかりで意識が朦朧としていたが今なら分かる。この2人はおかしい。それは度重なる攻撃を耐えたという意味ではなく、もっと根本的なものが人と違うと思った。


 暫く竜は様子を見ていたが2人が襲って来る気配もないので攻撃の手を止める。


「ようやく大人しくなってくれたか。人間に散々されたんだから理由は分からなくもないけど」


「貴様らが我を目覚めさせたのか?」


「そうだよ。これで自由になれるね。良かったね」


 他人行儀なその態度に竜は益々混乱する。本来なら襲われて怒ってもおかしくない状況でこの2人は悠然な態度を見せているのだ。竜は四つん這いになって頭を下げた。


「恩人に無礼を申し訳ない。この無礼と借り、必ず返し致そう」


 律儀な竜が透き通る声で轟かせる。


「竜の借りか。それも面白そうだけど、正直そういうのどうでもいいんだよね。何か恩着せがましいっていうかさ。まるでそれ目当てで起こしたみたいじゃん」


「ドラゴンさんが動く所を見れただけで満足かな」


 無欲なのか天然なのか。どんなに高い知能を持ってしてもその心までは見抜けない。


「だが我はこの恩を忘れぬだろう。助けを求めるならば我が名を呼べ。我が名はギルガネス。名も知らぬ獣の少女に感謝を」


 竜は翼を動かして飛び立つ準備をする。その羽音だけで周囲の炎が火の粉を飛ばしていた。


「あんたはこれからどうするんだ?」


「我が眠ってどれだけの月日が経ったかも分からぬ。人がどれだけ進化したかも分からぬ。我は知らなくてはならない。この世の全てを」


 竜は敢えてその先を口にはしなかった。人間に対する怒りも復讐も忘れた訳ではない。自分の目覚めは再び人との争いを招くと本能的に理解している故にそれに備えなくてはならなかった。


「そっか。じゃあここから南のイルガノ地方に行くのをオススメするよ。あそこは極寒地だから人間も少ないし暫くはゆっくりできるんじゃない?」


 白猫がその方角を指差して教えた。彼女達の好意に竜も思わず「何故」と口にする。


「人の勝手な都合を押し付けられるって凄く気分が悪いから」


「だから人の思惑を外したくなるのさ。それが私らなりの復讐」


 竜はその言葉を聞いて彼女達も訳ありなのだと理解した。竜は飛翔すると再び礼を言って南の方へと音速で飛び去ってしまう。嵐のような出来事に残された2人はぐっと伸びをして山の向こうの景色を眺める。


「はぁ。ドラゴンさんの背中に乗って世界一周したかったな」


「さっきいいって言ってたじゃない」


「お姉ちゃんが先にあんなの言うからだよ! わたしだけ叶えて貰ったら欲望の塊みたいじゃん!」


「私のせいか! だったら今から名前呼んだらいいじゃない。きっとすぐに戻って来てくれるぞ」


「えー、それこそわたし達の都合押し付けてるって思われそう」


「『達』って私は関係ないだろ!」


「お姉ちゃんが悪いんですー。せっかくのドラゴンさんの願いの権利を反故にするからだよ」


 燃え盛る山の頂上で姉妹の喧騒な声が響き渡る。彼女達の起こした行動が人間にとってどれだけ重大であるかは言うまでもない。

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