第33話 憧れ
特務機関、神聖騎士が壊滅して首都は見るに耐えない状態だった。
居住区は燃え盛り住む場所がなくなった人がいる。両者の戦いに巻き込まれて帰らぬ人がいる。戦いを恐れて首都から逃げ出した者もいる。
いずれにせよ、戦いの渦中であった人物の周りには誰もいない。白猫、黒狐、《力》の3人は瓦礫の山に座って休憩していた。
「捕まえなくていいのか?」
黒狐が《力》に向けて言った。指名手配者であり世界でも危険人物として扱われている。正義感の強い彼女ならば戦いが終わってもそれを実行すると思っていた。
けれど、《力》は何もせずに座ったまま動く様子がない。
「恩人に手荒な真似をできるほど愚かでもない」
《力》の願いは国民を守る、それだけだった。
「本当に笑えるよ。信じてたものが全部嘘で、嘘だと思っていたのが真実で。もう何が本当かも分からない」
彼女が十字架を握り締めて目を瞑るので白猫が歩み寄る。
「それ、聖女さん・・・《恋人》が着けてるのと同じだよね?」
それを聞いて彼女が驚いた様子で目を開けた。
「あの子を知っているのか?」
「うん。ここに来る前に争ったから」
すると《力》が立ち上がって血相を変える。今にも襲ってきそうな雰囲気だったが黒狐が間に入った。
「安心しろ。聖女さんは無事だ。今も孤児院で暮らしてる。それとアルカナからも脱退した」
「どういうことだ?」
それから2人は《恋人》との出会いとその後の悲劇、《審判》と交渉した所をかいつまんで話した。その話を聞くと《力》はその場に座って額を押さえる。
「あの子、今でもそうなのね。本当に、お人好しなんだから・・・」
「あなたと聖女さんはどういう繋がりなの?」
「救われたんだ。私が幼い頃、食べる物もなくて行き倒れてたら偶然あの子が通りかかってね。それで袋の中にあったパンを恵んでくれたの。そのおかげで私は命を繋いだ。後で知ったんだけど、あの子も自分の暮らしで手が一杯だったのに、それでもお腹一杯まで食べさせてくれた。私はそんなあの子に憧れた。同時にそんな優しい子が救われない社会に腹が立った。だから決めたんだ。頑張る人が損しない社会にするって」
それは2人がアルカナに入る前の話だった。人々を守る勇者になると決めて立ち上がった。
何でも努力し、泥水をすする思いで這い上がった。けれど、彼女は顔を上げずに続ける。
「でも、私なんかが頑張っても社会は何も変わらない。損する人は損する。権力者が得する。何度も訴えた。何度も叫んだ。何度も同志を募って抗議した。全部無意味だった。私は絶望したよ。結局大事なのは地位や金だ。だから願ったんだ。誰にも抗えないだけの力が欲しいって」
そんな弱みに付け込まれてアルカナへと引き込まれる。そこからの物語は単純だった。疲弊していた彼女に《教皇》の嘘偽りの言葉に騙され神聖騎士の団長として生きる。その行動が結局組織の為になるとも知らずに。
「勇者なんてどこにもいなかった。私の憧れはあの幼い記憶と共に消えたんだ」
《力》が自嘲気味に笑うも、2人は笑わなかった。
「・・・あの子を助けてくれてありがとう。あの子、ずっと無理してるように見えたから。でも私からも《審判》に言える立場じゃなかった。あなた達には命以上の借りができてしまった」
「もし、その借りがあると本気で思ってるならあんたの力を貸してくれないか?」
黒狐の言葉で彼女がようやく顔を上げた。言葉の意味を理解できていない様子で瞬きを繰り返す。
「私達はアルカナを潰すつもりだ。あの腐った組織を徹底的に壊滅させないと気がすまない。あんたも同じ気持ちなら手を貸して欲しい」
《力》は迷っている様子だった。度重なる汚名をして、国民の信頼を裏切った。そんな自分が再び立ち上がっていいものか、と思っている。
「わたし達と戦ったのなら気にしてないよ。いつものことだし。それに、あの時わたしの思惑を理解してくれたでしょ? 凄くうれしかった。やっぱりあなたはヒーローだよ」
白猫が笑顔を向けて手を差し出してくれる。彼女は戸惑う様子を見せている。どの道、彼女に居場所はどこにもない。神聖騎士もアルカナもワイズにも。孤独となったなら、どこに行けばいいのか。それは目の前の2人が示してくれた。
「私でいいのか?」
「あなたがいいんだよ。わたし達の旅に良い子は必要ないから」
《力》は少し涙を流しそうになるがグッと堪えて彼女の手を取った。右手を胸に置いて彼女の前で跪く。
「分かりました。この命、あなた方に預けます」
こうして新たな仲間が増えて首都大反乱は幕を下ろした。すると瓦礫を掻き分けて誰かが近付いてくる音がする。その者はすぐに顔を出した。《運命の輪》だ。
「どうやら上手くいったみたいだね」
「帽子。これがお前の答えだったのか?」
「さぁ?」
彼女は相変わらず食えない発言をするも、2人が親しげに話すので《力》が驚いた様子だった。
「《運命の輪》。あなたもそっち側だったの」
「んー、成り行きだけどね」
「未来が分かるのに成り行きとはいかに」
白猫が小声でツッコミを入れる。
「それより帽子。お前首都に入る前に3つ守れって言ったよな? 私らを騙したのか?」
「人聞き悪い。君達の性格上真実を話すよりも制約を加えた方が最適と思っただけ」
黒狐が少しムッとしている。やはり騙されるというのに気を悪くしているようだ。
すると白猫が間に入って取り繕う。
「最後は大団円なんだからいいじゃん。それに帽子ちゃんから一杯お金も借りたし文句言えないよ?」
「それを言われると辛い」
とはいえここはまだ通過点にすぎない。けれど先を考えるのはその時になってからだ。
結局、何事も思い通りには進まないと知ったから。
「それで次はどうしよっか?」
「逃げた《魔術師》が気になるな」
唯一首都で生きて逃亡を図った女性。
「ならば隣国ターゲスアンブルフを目指すといい。《魔術師》は《女帝》に使われてるはずだ」
「さすがは団長さんだね。情報通だよ」
白猫が感心して話す。彼女の加入が早速活きていると思った瞬間だ。
「じゃ、残りの幹部も倒しに行く。早速出発だ」




