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第32話 昨日の敵は

「ぐおあぁぁぁぁぁ!」


 神聖騎士は秘薬を飲んで一斉に奇声をあげた。だがそれを黙って見ているほど黒狐は優しくない。いくら秘薬を飲んだとしてもそれがすぐに効果に現れるはずもなく、胃に消化されなければならない。その時間よりも彼女の呪術の発動の方が早い。


 一気に神聖騎士が倒れて奇声が止んだ。その異常な能力に《力》が目を丸くして瞬きを繰り返す。


「ごめんね、お姉ちゃんは冷たいからあなたの仲間さんも殺しちゃうの」


 白猫がフォローのつもりで話した。だが《力》が首を振る。


「構わない。こんな奴らは仲間でも何でもない。いや、私に仲間なんていなかった。だから気にしなくていい」


 《力》は抑揚なく答えた。彼女の中で既に結論が出ている。忠告は何度もしたし、説得も試みた。それらが全て白紙にされたなら実力行使するしか残されていない。それが死という最も恐ろしい答えだったとしても、市民のためなら恐れがない。


「ふん。やはり雑魚には・・・」


 《教皇》が立って喋ろうとするも既に黒狐が呪術を受けていた。その場に力なく倒れ沈黙する。何とも呆気ない勝負だったが、生き残った誰一人も油断していなかった。

 特に白猫と黒狐は敵の幹部の能力を多数見てきたので、殺したくらいでは納得できない。


 案の定、《教皇》の死体がピクリと手を震わせて立ち上がる。黒狐は少し様子を見ていた。このまま殺すのも可能だったが、敵の能力を確実に把握する必要がある。

 だが、そんな彼女の思惑を裏切って《力》が飛び出していた。


 20mはあった距離を一瞬で詰めて《教皇》を殴り飛ばす。壁に吹き飛ばされ激突するも、追い討ちのナックルが待っている。灰色の砂埃が舞うも、それを突き破って《教皇》が頭上に投げられて天井に張り付けられる。数秒後に降下してくると《力》が跳躍して相手の腹に踵落としをして更なる衝撃音を起こした。


 彼女の目は非常に冷たく怒りに燃えていた。事実、彼女の攻撃が止む気配もなく城が崩れ始めてる始末だ。そんな様子を見て白猫と黒狐が首を傾げ合う。


「敵にしなくてよかったね」


「まだ、だろ?」


 暢気な2人を他所に《力》がようやく攻撃の手を緩めた。城内の半分以上は瓦礫の山となってしまっている。そんな中に《教皇》が人の穴を空けて埋められている。

 静寂が流れる。会話もなく、風もなく、石の破片が天井からパラパラと落ちている。

 すると瓦礫の山から手が這い出てくる。穴から《教皇》が何食わぬ顔で立ち上がって誇りを払う。


「あれだけの攻撃を受けて無傷だと?」


「こちらのターンだ」


 《教皇》が音もなく消えて豪風を残して接近してくる。誰の目にも映らぬその速さに《力》が飛ばされ、白猫が壁に放り投げられ、黒狐が首を締められる。

 黒狐は悪あがきで呪術を使った。そうすると相手は手を離してその場に倒れる、のだがすぐにまた起き上がってくる。


 そのため、黒狐は次の復活を阻止する為に動く前に何度も呪術を使用した。復活するならば殺し続ければいい。それは《悪魔》の時と同じ作戦だ。不死身な人間などこの世に1人しかいない。


 10分は経過して黒狐が一度呪術の使用を止めた。何故なら《教皇》の肉体には不審な点がある。まず呪術を使っても血を出さない。白猫や《悪魔》のように蘇生するならば死ぬ時は無残に死ぬのが道理。それがないのだ。


 シュン。


 呪術を止めたのは1秒。その僅かな時間で《教皇》が姿を消していた。そして、彼女達の視界に映ると、そこには白い髪を逆立てた袴姿の壮年が宙を浮いている。


「945回。それが私の死んだ回数。実に愚かだったな。終わりにしよう」


 黒狐が呪術で殺そうと動くよりも早く《教皇》の姿が消えている。その速度は先程の豪風よりも格段増しており、最早瞬間移動レベルにまで達している。

 《力》の背後に回って肘内をすると彼女の全身の骨が一瞬で砕けた。

 更に黒狐の頭を地面に叩きつけて拳を落とすと肉体を粉砕し、大地を穿ち地割れが起こる。

 白猫には右アッパーで腹を思い切り殴ると天井を越えて空高くに飛ばされた。


 《教皇》が地上から消えて音速の速さで白猫の真横まで追いつく。彼女もやられたままではいられないと思って拳を振ったが、空を切るに終わる。相手は背後に回っていて頭を殴られて地へと急降下する。


 ドォン!


 常人なら即死する衝撃だったが、彼女ならすぐに蘇生できる。黒狐と《力》もその場で復活するも、《教皇》に焦りは見られない。魂の移動で白猫が相手の背後に回って肩を掴んだ。


「お姉ちゃん、今!」


 合図と共に黒狐が呪術を発動するも、白猫が背負い投げで飛ばされてしまう。おまけにその場には相手の姿はない。気付いた頃には黒狐の懐の中だ。重い一撃が腹に入った。

 彼女は血を吐くも僅かに見えた足を見逃さない。一部が溶けて動きが鈍る。


 そこに《力》が背後から飛びかかるも《教皇》は目もくれずに拳を掌で受け止めた。


「今のお前の力は私の10分の1にも満たない」


 拳を握り締められて骨が砕ける。けれど彼女は悲鳴を上げずに頭突きで反撃する。

 一瞬だけ相手の思考を奪った。ならば黒狐の呪術で殺せる。

 《教皇》はその場に倒れるも、彼女達の中には不吉な予感しかない。


「一体どうなってるんだ? さっきまで本気じゃなかったのか?」


「それだと《皇帝》がいたあの時にわたし達を逃がすかな」


 既に幹部の殆どが死んだ状態で《教皇》しか残っていない。神聖騎士の多くも死んだ。

 それは普通の戦で考えれば大損害もいい所だろう。


「死ぬ度に強くなってる、気がする」


 《力》が手を庇うようにして歩き、《教皇》の死体を抑える為に足で踏んだ。


「《悪魔》の逆版ってか? 流石に反則じゃないか?」


 暢気に会話していると《教皇》の姿がなくなっている。《力》は決して足を緩めていなかった。けれど気付く間もなく逃げられていた。


「神の寵愛は我にあり。行く度の『転生』が私を強くする」


「最早何でもありだな」


 それが事実ならば既に《教皇》を殺し続けた彼女達の判断は致命的なミスとなる。

 おまけに今も殺したので彼は更なる力を手にする。度重なる『転生』により人間離れする実力を手にした。


「この域にまで到達できるとは思ってもいなかった。感謝しよう。礼に安息なる死と絶望を与えん」


 また《教皇》が消えた。思考する前に殴られ、蹴られ、瓦礫の中に埋められる。けれども、彼女達はしぶとく立ち上がり、生き返り、抵抗する。《教皇》は白猫に視線を向けた。この場でもっとも厄介な存在と判断して一瞬で背後に回り首を掴む。

 そのまま遠い彼方で処分しようと思ったのだろう。


 その刹那。


 《教皇》は心臓を溶かされて死んだ。黒狐の呪術だ。


「内の妹に気安く触るな」


 初めて見せる黒狐の怒り。本能的に白猫の危機を察知して相手の行動を予測したのだ。

 《教皇》が倒れ、黒狐が地面に手を置いた。


「まずは戦いやすくするか」


 その言葉と共に大地は侵食され、建物は腐敗し、高い崖が見る見る下がっていく。最終的には首都の地上と同じ高さまで下がり一面が荒野となった。

 障害物が一切なくなった状況とはいえ、それで敵の動きを捉えられるとは限らない。

 現に《教皇》は既に遠くの屋根の上に立っており彼女達を見下ろしている。


「我が力は満ちている。私が右足を下ろせば大地は割れ、左足を下ろせば首都は壊滅する。まだどうにかなるとでも?」


 敵の言葉に聞く耳持たずで黒狐が呪術を使おうとした。その時には瞬間移動をして背後に回っていたのだが、その右腕が掴まれる。


「あんたの好き勝手にさせるかっ!」


 《力》が極限まで力を解放して殴り飛ばした。建物をいくつも貫通して《教皇》が倒れるも、それが余計な一手となるのは理解している。それでも彼女は《教皇》を許せなかった。


「はぁはぁ・・・。私は皆を守る勇者になるって決めたの。必ず、必ず守る」


 自分に言い聞かせているように呟いていた。けれど、その言葉にはどこか重みすら感じる。

 孤独となり、同志を失い、それでも尚己の信ずる正義を貫く。例え無謀で勝ち目がなかったとしても、彼女の志は最後まで神聖騎士としてあり続ける。


「だったら悪い魔王を倒さないとね」


「世界平和は実現しないとな」


 この状況すらも笑い飛ばすかのように、姉妹が笑って見せた。《力》はそれに疑問を抱くが今は考えている余裕はない。


「本当はお前達のような手配者の力など毛頭借りたくない。が、国民が死に行くのはもっと嫌だ。だから、手を貸して欲しい」


「こっちは最初からその気だよ」


「これで頼れる相棒だな」


 暢気に会話をしていると《教皇》が屋根を突き破って出てくる。その瞳は怒りに満ちていた。


「雑魚が。ならば絶望し諦めるまで殺してやろう!」


「そっくりそのまま返す!」


 《力》が地面を足で叩くと激しい衝撃波が走った。その波動は敵の接近を一瞬だけで止め、その止まった時間が黒狐の攻撃の隙を生む。

 《教皇》は確かに超人的な力を持っていた。だがその力はどれも身体的強さで、相手を殺す場合は接近する必要がある。それを理解した《力》は徹底的にサポートに回ると決めていた。


「おのれ! だが何度殺しても無駄だ! 更なる強さを得て蘇る!」


 《教皇》が地面を殴ると基盤が浮かんで彼女達に襲い掛かる。《力》が粉砕するも死角を十分に得たので《教皇》が全員纏めて殺した。

 けれど、白猫の蘇生術があれば彼女達もまた復活する。おまけに白猫が魂を移動させて《教皇》の背後から首を思い切り殴った。一瞬怯む、また黒狐が殺す。


「無駄だと言ってる! 私こそが選ばれし者だ!」


 両者の激しい戦闘が繰り広げられる。お互い何度も死んだ。何度も殺された。

 相手が強くなろうが関係ない。彼女達がすべきは敵を殺すだけ。

 それを繰り返す。けれど相手も同じだ。彼女達が絶望するまで殺してくる。


「くくくくく! 面白い、面白いなぁ! だがもうお終いだぁ!」


 いつの間にか《教皇》は孤立していた白猫の頭を掴んで飛んでいた。黒狐が振り返る時間があれば《教皇》はその場から去るには十分だった。

 だが、それに一早く気付いた《力》が己の力を最大限引き出し、身体が千切れそうなほど足に力を込めて飛んだ。人間ロケットとも言える彼女の弾丸は《教皇》の背中を捉える。けれどあと少し、あと少しだけ届かない。手を伸ばしても届かない。後は落ちるしかない。


「・・・く、そ。やっぱり私は勇者に・・・」


 噛み締める思いだけ高ぶる。けれど彼女を白猫がずっと見ていた。諦めそうになっている《力》とは裏腹に彼女の目は決意で満ちている。諦めも屈しもしていない覚悟の眼差し。

 それを見た時、《力》は己の浅はかな考えを瞬時に取り払った。そして、何も考えずその拳で己の頭を思い切り殴り飛ばした。


 脳震盪を起こして視界が揺れる、意識が消えていく。彼女は自分自身を殺すつもりで手加減なしの力を己に放った。


「ふふ、やっぱり最高の相棒だね」


 白猫の術は死んだ者を蘇生できる。魂そのものを活性化させて現世に連れ戻すのだ。

 その連れ戻す場所は白猫が決めれる。ならば復活させる場所はどこか、考えるまでもなく。


「なっ!?」


 《力》が《教皇》の目の前で復活してその拳を躊躇いもなく振るった。彼の顔面に拳がめり込み地上へと返される。空中に投げ出された白猫を《力》が抱っこしながら地上へと落下する。


 3人全員が一斉に衝突して砂煙を上げた。死んだ者は誰一人としておらず、戦闘が継続される。


 はずだった。


「ぐはっ」


 立ち上がった《教皇》だが初めて血反吐を出した。状況を理解する前に黒狐が容赦なく相手を殺した。彼は更なる転生を得て蘇る。だがその身体が僅かに震えており血管も浮き上がっている。


「ま、待て・・・」


 そう言われて待ってくれるはずもなく、またしても呪術で殺される。ずっと黒狐の攻撃が続いた。次第に《教皇》の転生がおかしくなり始める。

 身体がボコボコと歪み、目の焦点も定まっていない。最終的には全身が爆発して肉片を撒き散らした。


「所詮は人間の身体。その力は荷が重すぎたみたいだね」


「結局殺すのが正解なんて皮肉だね」


 姉妹は瓦礫の山に腰を下ろしてドッと息を吐いた。流石に人間離れした相手に疲弊したようである。《力》も足を震わせていたが立ったまま遠い所を見つめている。

 暗雲は払われ勝利したと実感し、目を瞑るのだった。

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