第31話 孤独なヒーロー
首都の混沌は収束に向かいつつある。市民の悲鳴と雄叫びは今も続いている。だが、戦闘という問題に関しては静かなものだった。
だが、ここに1人の騎士が憂鬱そうに教会の椅子に座っている。周りには誰もいない。
何故なら神聖騎士は全て出て行っており、多くは《皇帝》の城を目指した。
それは《教皇》の命令だった。ならばそれに従うのが神聖騎士だ。しかし、その命令に素直に従えれなかったのが神聖騎士団長の《力》である。
彼女は淡い栗色の髪を揺らしながら十字架を握り締めている。彼女は《教皇》を信じていた。彼に付いて行く道が正義の道だと思っていたからだ。事実、《教皇》の采配は市民からも好評で神聖騎士の名は後から結成されたとは思えないほどに首都に馴染んだ。
無闇に殺すな、悪しきを滅ぼす為に。
その言葉は今も《力》の胸にある。だが、今の首都はどうか? 大勢の特務機関が死に、市民が逃げ惑っている。大義の為とはいえ、これが神聖騎士のやり方なのだろうか。
否。
神聖騎士とは法の下で戦うのが通常だ。そもそも、神聖騎士の魔術の使用は原則禁じられている。何故ならそれだけで建物を破壊しうる力があるからだ。故に緊急時止むを得ない場合しか扱ってはならない。寧ろ、神聖騎士の本分は医術を使用した市民の安全と安心、保護が目的だ。
どこに安心と安全があるのか。それが《力》には分からない。教会の外から悲鳴が聞こえた。彼女はようやく椅子から立ち上がって走った。扉を乱暴に開けると視界が真っ赤に広がっている。
そこは炎の海と表現に適していた。そこに輝かしく黄金の街の姿はもうない。焼けて争い全てを壊された地獄絵図。
「誰か、誰か助けてっ!」
《力》の視界に瓦礫に埋もれて身動きできない市民を見つける。その頭上に柱が倒壊しようとしていた。だが幸いにも近くに神聖騎士が立っていて、その市民にも気付いている様子だ。《力》は安堵するも、一向に神聖騎士が動こうとしない。寧ろ、市民を見て楽しんでるようにすら映る。
彼女は慌てて地面を蹴って瓦礫の山を蹴り飛ばした。残骸が全て彼方へと消え、市民を抱きかかえて安全な場所に移動する。
「あ、ありがとうございます」
「ここは危険だから早く逃げて」
市民は頭を下げるとそそくさに走っていく。しかし、《力》の興味は目の前の神聖騎士にあった。
「お前らの仕事はなんだ! 市民を守ることじゃないのか!」
《力》は叫んだが、その思いが目の前の騎士の情を動かすに至らない。
「これは団長殿。まだ教会にいたのですか」
あまりに白々しい態度に彼女の堪忍袋が今にも切れそうだった。
「これも《教皇》殿の命令なのか」
「最初からそう仰っていたじゃないですか。我々の目的は反逆者の処刑。その為に首都に潜入する、そう伺っていないのですか?」
「そんなの・・・聞いてない」
一度も《教皇》本人の口から本当の作戦も、目的も言われた覚えがない。目先の善行に目を奪われて本当の道を見失っていた。
「しっかりしてくださいよ。首都の人間など組織には不要じゃないですか。死んでも問題ありませんよ」
「お前、本当に人間か?」
とうとう我慢の限界を迎えて《力》は気付いた時には右フックで神聖騎士を吹っ飛ばしていた。だがその表情に後悔も反省もない。
「けじめはつける。待っていなさい」
《力》の視線の先には皇帝の城が映る。覚悟を決めた彼女は速かった。とにかく思うがままに駆けている。
けれど、視界のどこかで悲鳴が聞こえれば駆けつけ、子供の泣き声が聞こえたら助けに向かう。呻き声が聞こえたら救助に向かい、不安の声があれば道を案内した。
皆、彼女にお礼を言うもののその表情はどこかぎこちなかった。神聖騎士が暴れているならば、その団長に助けられても素直に喜べないのだ。
それでも非難されようとも、罵倒されようとも、時には暴力を受けたとしても彼女は市民には絶対に手を出さない。
それから長い時間をかけて皇帝の城前まで来た。1000の階段をものの数分で駆け上がり、門番の神聖騎士を容赦なく殴り倒す。鉄の門が閉まっているが、彼女の力のまえでは積み木同然に破壊される。
城内の広間では既に神聖騎士が構えている。その横には《節制》の死体も転がっていた。
彼女は《教皇》に殺されたと思いながら中へと侵入する。
無数の神聖騎士が魔術を構えて一斉に放つ。だがたった一回のジャンプでそれらはかわされる。太い柱の壁を蹴って階段の上へと弾丸となり突っ込む。次の魔術が追いつくはずもなく、砂埃が舞った。
《力》はそのまま次の部屋へと走る。当然、そこでも神聖騎士が待ち伏せしていたが、彼女の敵ではない。どんなに腐ったとしても彼女も組織の一員だ。
数々の魔術が命中するはずもなく、片足を地面に叩きつけて振動で相手全員を転がした。
そんな彼らに目もくれずに最後の部屋へと足を踏み入れる。その謁見の間では何十人もの神聖騎士が集い、更には玉座には《教皇》が偉そうに座っている。彼の足元には《皇帝》の死体があった。
「《力》か、ようやく戻ってきたか」
「・・・私の忠誠は今も神聖騎士にあります。どうかお答えください。此度の暴動に一体何の意味があったのかを」
《力》は膝を折って視線を《教皇》に向けて話す。
「十分意味があった。悪しき特務機関が滅び、アルカナが優位に出る。この愚かな坊主の勝手な正義感は実に邪魔だったのは知っているだろう? 危険な芽は早急に潰すべきだ」
《教皇》が靴で《皇帝》の死体を蹴った。死者を侮辱する行為は神聖騎士でももってのほか。それをトップが堂々とやってみせた。
「《教皇》殿、おやめください。これ以上は規律が乱れます」
「規律、だと? 何をとぼけている。私こそが規律であろう。《力》よ、惑わされるでない。この者の行いは我々に害しかなかった。まさか、特務機関に正義があったとでも言うのか?」
《力》は拳を握った。目の前に座る壮年は最早彼女の知る《教皇》ではなかった。
いや、初めからこれが本性だったとようやく理解する。
「・・・では、《皇帝》が正しかったというのか」
《力》は誰にも聞こえない程の小声で呟く。誰かの為に戦っているつもりだった。
誰かを守っているつもりだった。
誰かの役には立った。自分がもっとも憎む悪の役に。
「《教皇》殿。いえ、《教皇》。あなたをここで断罪します。あなたは国民の害となると判断しました」
《力》の決意は固い。だがそれに反して《教皇》が指を鳴らすと、横から1人の神聖騎士がふらふらと歩いてくる。
「ぐっ、ぐあぁぁ・・・」
今にも倒れそうな足取りで頭を抑えている。
「そいつは秘薬を飲んだ所でな。丁度どの程度の力か見てみたいと思っていた所だ」
「この下衆がっ!」
《力》が神聖騎士を無視して《教皇》へと飛びかかったのだが、頭を抑えていた男が瞬時に彼女の前へと立って攻撃を受けた。《力》の拳は吸収されてしまう。
「あああぁぁぁぁ!」
男は頭を揺らしながら彼女の炎の魔術を発動させる。両脇から迫る2本の炎線を軽快にジャンプしてかわすも、その炎は彼女を追い続けていた。
「ちっ」
彼女は手を払って風圧を発生させて炎を分散させる。そして、落下の勢いを利用して神聖騎士の頭を蹴り飛ばした。衝撃は吸収される。ならば2発はどうだと言わんばかりに、拳を下ろす。それで駄目なら3発目。それでも駄目ならまた殴る。
《力》の目にも止まらぬ早業に神聖騎士の得たばかりの能力が追いつかずに最後にはアッパーを顎に受けて空を舞い飛ばされた。その男が再び立つ様子がない。
「ふん。やはりオリジナルよりはまだ弱いか」
「いい加減に・・・」
《力》はその気配に気付いて声を失う。背後に誰かが立っている。直後、腹に痛みが走っている。目を下に向けた。小さな剣が腹部を貫いて血でべったりと汚れている。
剣が引き抜かれると同時に彼女もよろめいた。
「ふぉっふぉっ。余興は終いじゃ」
「・・・どいつもこいつも卑怯な真似ばかりしやがって」
まだ足に力が入る、手に力も入る、頭の思考もある。けれど、その時には《隠者》の姿がなくなっている。そして、今度はしっかりと心臓を刺されていた。
剣を引き抜かれ、彼女は言葉もなく前に数歩進んでから倒れた。
朦朧とする意識の中、最後に浮かぶは・・・。
《力》は死んだ。もう動きはしない。それについては《教皇》も《隠者》も感慨を見せなかった。ただ裏切り者が死んだくらいの認識だ。
「さらばじゃ?」
それはあまりに可愛らしい声だった。この場では到底似合わない幼い声。その声は誰もが知っている。世界でも指名手配された有名な姉妹の妹の方だ。
彼女の前には黒狐がナイフを握って立っていた。その刃は《隠者》の首を刺している。
「な・・・どこから・・・」
それが最後の言葉となって絶命する。
「ごめんねー。幽霊に壁は関係ないから」
「見えなくてもそこに存在する。存在するなら影がある。それが敗因だ」
城の近くで自殺をして白猫の能力で気配なくして急接近したのだ。
白猫は数ある死体の中から1人の女性を見た。黒狐を見つめると彼女も頷く。
数秒後、その者は目を開けて起き上がった。
「ここは、天国か?」
「残念。地獄です」
《力》の視界に白猫と黒狐が映って一瞬で飛び引いて構えられる。
「ありゃ。まー、仕方ないかなー」
「好感度ゼロだからな」
だが《力》は冷静に状況を分析した。腹部の痛みが完全になくなっている。首の出血もなくなっている。新しい肉体を得たと言われても納得するだけの完全蘇生。
何かを口にしようとしたがそれよりも先に《教皇》や神聖騎士に目を向けた。
《教皇》が錫杖を振ると神聖騎士らが秘薬を一斉に飲んだ。すると一斉に呻きを上げて発狂していく。
「一時休戦しないか。目的は同じだろう?」
「・・・貸し借りはなしだぞ」
白猫、黒狐、《力》が背を合わせて迫り来る敵を見据えた。3人のヒーローの目に曇りはない。




