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第29話 国家転覆

「ならば制裁を加える。《節制》、力を弱めろ」


「仰せのままに」


 《節制》が腰に下げている鞘から剣を僅かに引き抜く。チャンスと思った黒狐だったが、当然の如く彼女の能力は封じられたままだ。


 否。


 《皇帝》に向けたそれは相手のマントをほんの少しだけ溶かした。誰も気付かないほどの些細なチリ。


 彼女達は特務機関が2人前に出て前に立つ。手にはトンファーを持っており、構えてくる。

 《皇帝》の合図と共にその2名が襲い掛かる。


 たかが人間。そう侮っていたのが命取りとなる。相手は10mの距離を一度の跳躍で埋めて懐へと潜る。手錠を去れてる黒狐は後ろに下がる他なかったが、その一歩の長さも意味をなさずに腹を殴られる。


 内臓を掴まれたかの痛みが走るも食い縛った。黒狐は手錠の鎖を少しずつ溶かして時間を稼ぐ。


 一方白猫も同様の男に襲われるも、彼女は相手の攻撃を見切って避けていた。手錠のせいで手は後ろに縛られているので手が使えない。ならば足を使えばいい。反撃のローキックを決めようとしたが軽くジャンプして避けられる。更に追撃の空中の殴打が炸裂して顔面に痛みが走る。


 姉妹は同じタイミングで飛ばされるも難なく立ち上がった。傷の痛みなどとっくに慣れている。


「随分と強い精鋭様だね。隠し玉でも使っているのか?」


「俺の側近は全員そいつらクラスだ。精々楽しめ」


 《皇帝》が不適に笑みを零す。明らかに尋常のない強さで白猫の脳に嫌な思考が巡る。


「もしかして、もう秘薬が渡ったの?」


「いや。あれは肉体を強化する代物じゃない。聖女さんや帽子が良い例だ。つまりこいつらの強さはそれ以外となる」


 小声で話しながら黒狐が《皇帝》に目を向けた。その名もカードの1枚に存在する。ならば何かの能力を持っていてもおかしくはない。事実、《皇帝》は立ったままで様子を伺っているだけだ。


 それを確認する為に黒狐が《皇帝》の目に能力を使った。一瞬、目を覆う粘膜に傷が入って彼は目を押さえて蹲った。


「今だ」


 白猫が持ち前のステップで男に掴みかかり手に力を込める。ボキッと骨が砕けた。黒狐も負けじと回し蹴りで男を飛ばしてダウンさせる。明らかに先程までより弱体化していた。


「弱体化の騎士と強化の王様。アンバランスじゃないか?」


「ちっ。もう気付くなんてやるじゃないか」


 《皇帝》が目を覆いながら立ち上がる。彼の能力は『士気』。その場にいるだけで自身が認めた相手だけを身体強化するというもの。だから最初に発砲した時に彼らの命中がよかったのもそれが影響している。


 状況判断してか《節制》が剣を鞘に戻す。そうなれば黒狐の力も完全無効にされる。しかし、それは相手も同じ。お互いの打つ手をなくす。それが《節制》の持つ『均衡』である。


「こうなればお前達もお終いだ。持久戦と行こうじゃないか」


 《皇帝》が手を挙げると一斉に銃を構える。下ろされると一斉に射撃が始まった。《節制》の能力があるので銃弾は鉛玉同然だが、それでも弾は魔元素を含んだ魔弾だ。痛みより魔の瘴気に当てられる方が余程キツイ。おまけに士気の影響で命中精度も高く10分も留まっていれば意識すら危うい。


 だから白猫と黒狐は迷わずに駆けた。銃弾が弾き落ちて行く中、特務機関の方へ走った。彼らは動揺している様子はない。能力がなければ只の獣だ。


 けれどその怠慢思考は彼女達にとって危険だ。白猫が発砲を続ける男の銃を蹴り上げた。照準の狂いと反動の衝撃で思わず手が離れる。その隙を逃さず黒狐がライフルを奪って男の脳を殴打した。男は気絶した。


 そのまま次々と特務機関を銃で殴り飛ばしていく。


「すまんな。獣だから銃の撃ち方分からないんで」


 槍のように銃を振り回して敵を倒していく。《節制》の能力には弱点があった。それは武器の攻撃までは弱体できない点。彼女達の煽りに乗って証明してしまった特務機関の最大のミスだろう。とはいえ、士気で強化されているので散り散りに別れた。

 そうなれば普通に銃を撃つだけだ。黒狐の射撃の腕もかなりのもの。殆どが足や腹部に命中している。


「すまん。引き金だけなら私でも引けたわ」


「くっ、くそ! おい《節制》! 何とかしろ!」


 しかし、何故か銀の騎士は身動きを全くしない。まるでカカシだ。

 ならば自分が動くしかない。《皇帝》は膝上のホルダーから自分専用に造られた愛銃を取り出そうとした。いつもの位置、毎日手入れもしている、早撃ちもできる、食事の為にナイフとフォークを扱うように手に馴染んだ銃。


 が、ない。


 手は空気だけを掴み取り肝心のそれを手にしていない。


「さらばじゃ」


 急に発せられた老人の声が背後からする。頭には実に覚えのある鉄の感触が当たった。自分の銃だ。


 次の思考を望んだ時、既に引き金が引かれて銃弾と硝煙の香りを撒き散らす。


 《皇帝》は頭から血を流して死んだ。


 玉座の前には真っ黒なローブで身を隠した白い髭が長い老人が立っている。

 突然の出来事に白猫と黒狐の視線もそちらに向いた。だがそこには誰もいない。死体が1つ転がっているだけ。


「ふぉっふぉっふぉっ。ワシはこっちじゃぞ」


 声の方向へと顔を向ける。そこには壁しかない。


「どこを見とる。ここにおるぞ」


 もう一度顔を動かす。けれど何度見回しても声の主を特定できない。


「残念、後ろじゃ」


 その声と同時に黒狐の胸に銃弾が貫いた。銃を落として倒れる姉に白猫が慌てて治療しようとする。けれど何故か能力が発動しない。

 奥で《節制》が剣を地面に突き刺していた。


「均衡は崩された。今こそ反逆の時」


 扉の奥から大勢の神聖騎士を連れ男が入ってくる。

 黄緑の袴を着て、黒い烏帽子を被った壮年。手には錫杖を握っていた。その者はこの場で2人を除いて知らぬ者はいない。その者は《教皇》と呼ばれ《皇帝》の次に地位が高い存在。特務機関は動揺しつつも一斉に銃口を向けた。だが彼は臆していない。


「ご苦労だったな、《節制》。おかげで例の秘薬は手に入った」


「ええ。邪魔者は排除されました」


「ふぉっふぉっ。貴様らに勝ち目はないぞ」


 《隠者》の言葉を最後に銃弾が放たれる。すると《教皇》の背後に立っていた神聖騎士がこぞって飛び出し、盾で弾を全て弾き返す。更に後方に立っていた者は炎を地面に添えて火柱を走らせた。次々と精鋭部隊の男達が散っていく。彼らには《皇帝》の士気がない。

 ただ兵器を持っただけの一般人だ。


 状況の理解が追いつかない白猫だったが、自身の力が何故か封じられているので逃げるしか選択肢がない。黒狐を担いでライフルを握った。そんな彼女の前に赤髪の女性《魔術師》が立ち塞がる。


「どこ行くつもりさぁ? あんたらの冒険もここでお終い」


 次々現れる幹部達。白猫は眉を潜める。この城は特務機関が何十人も警備しており、神聖騎士らが簡単に入れるはずがない。


 だが、《節制》の裏切りを見れば事前に手引きされていたのか。或いはこの展開も想定内なのか。


 白猫は迷わずライフルで《魔術師》に撃った。無数の弾が飛ぶも全て見えない壁に阻まれて弾かれる。ならばと思って、真横の窓ガラスを撃って割った。逃げ出そうとするが、その先にすら見えない壁があった。


「逃げるのは許さないさ。諦めも肝心さよ」


 すると白猫は鼻で笑うとライフルで自分の頭を撃った。その場で倒れた彼女だったが2人の死体は灰となり消えてしまう。


「ありゃ。死んで逃げるとはねぇ」


「構わん。我々の目的は特務機関の崩壊。奴らは2の次だ」


「そうかい。でもあたいは追うさ。遊び甲斐がある連中じゃないさ」


 それだけ言い残して《魔術師》は窓から出て行った。《教皇》はゆっくりと歩き《皇帝》の死体を見下ろす。更にその死体を蹴り飛ばした。


「我々を裏切る愚か者め。神罰を知れ」


「ふぉっふぉっ。これでワシらに歯向かう芽も潰した。後は例の計画だけかのう」


「くっく。この世は組織(アルカナ)が支配する。その手筈が整った」


 《教皇》が玉座に腰を下ろすと神聖騎士が一斉に膝を折るのだった。

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