第25話 選択ミス
「ここで問題だ。何故連日で酒屋が3件も潰れたと思う?」
「うーん。テロリストでも居るのかな。それとも幹部が暴れてるとか」
「いいや、違う。これはこの街の問題に直結している」
黒狐は紙面のトップに書かれている記事を指差した。
「あ、分かった。皇帝派と教皇派。これが関係してるんだね」
「正解。ここに書かれてる通り、彼らがいがみ合って日数もかなり経過している。未だに収束の目処が立っていないが、それでもトップが妥協する訳にもいかないから部下は付いていくしかない」
「だから夜になるとアルコールが欲しくなるんだね。剣呑な大人だよ」
「疲れてるのは皇帝派の部下も教皇派の部下も同じなはず。そして、偶然にも酒屋を同じにして悲劇が起きる」
「お酒が入ると口が軽くなる人多いもんね」
「ああ。記事に謎の爆発としか明記されていないのは特務機関辺りが隠蔽しているのだろう。実際、同じような事件が3件も起こって何も対策をしないというのはおかしい」
黒狐がたこ焼きを食べようと爪楊枝に手を伸ばすが容器が既に空だった。白猫が全部食べてあったのである。黒狐に睨まれるも、白猫は用意周到に2個目を出して渡した。
「犯人が分かったのはいいけど、それの何が使えるの?」
「帽子が言っただろ、神聖騎士を殺すなって。なら当然手を組むのが筋だ。今晩酒屋の前で張り込んで争いになったら神聖騎士を助ける。好感度アップで仲間待ったなしだ」
「お姉ちゃんが好んで人助けするなんて変わったねぇ」
「あなたも変わるの」
白猫は面倒そうに「はいはい」と相槌を打って黒狐の食べてるたこ焼きを横取りするのだった。
※
陽も暮れ、森の奥は闇で溶けるもワイズの首都は違う。寧ろ、昼間よりも賑やかになって街の明かりも派手になる。仕事帰りの人や遊びに出かける人でごった返して喧騒な街へと成り代わる。それに伴って開いてるかも分からなかった店も今では盛大にアピールをしていた。
『新しい魔術書出たんだって~』
『はぁ、だり~』
『あの店入らない?』
『パパー、あれ買ってー』
『明日仕事行きたくねーなぁ』
通り過ぎる人々の声が聞こえては消える。ガヤガヤと騒がしく誰も他人に興味を向けていない。色とりどりの街灯が街を照らし、ビルの電脳パネルは煩い音楽を鳴らしている。
「わたしこういう所あんまり好きじゃないなぁ」
「同感だな。老後は森の中で静かに暮らしたい」
「違うでしょ。老後は聖女さんの孤児院で子供の世話役するの」
「それはいい。今の妹なら立派な聖女になれるぞ」
白猫と黒狐は飲食店の多い繁華街を歩きながら人々を観察している。とはいえ、格段に怪しい人物は見受けられない。立派な肩書きを持っていたとしても、仕事が終われば只の人だ。
寧ろグラサンコートの人と聖女らしき人物が歩いてる方が目立っているとは2人も気付いていない。
暫く酒屋の並ぶ通りが見える所で路地裏の壁で隠れる。新聞紙を片手に顔を隠しては、悪事を暴く探偵気分に浸っている。
喧騒な街並みを眺めること20分、様子が変わった。
酒屋の中から騒がしい声がする。
『てめぇ、何て言った!』
『なら言ってやるよ。偏屈なじじいを崇拝する邪教徒集団だってな』
『教皇を侮辱するか! 皇帝の犬め!』
『なんだと!』
『お客さん、困りますって!』
直後、3人の男が酒屋の窓を破って放り投げられる。格好はいずれもラフな冒険者のような長袖長ズボンという格好。彼らを追って酒屋から出て来たのは5人の男。いずれもスーツやベストといった身なりのよい格好をしている。
街中では悲鳴で騒がしくなるが、それらを遮るだけでの怒号が彼らの間で飛び交った。次第に激昂したスーツ側の男達がピストルを取り出して向ける。
「どっちが特務機関だと思う?」
「特務機関って給料いいんじゃないの? だったら簡単だよ」
「よし、やるぞ」
2人が路地裏から飛び出して火中へと入り込む。しかし、そんな目立った2人が来ても彼らの興味は目の前の男達で口喧嘩に華を咲かせている。
「ちょいと失礼」
黒狐が彼らの間を通ると、スーツ男達のピストルが全て溶けた。慌て驚く彼らに黒狐が不適に笑うと視線が彼女へと映る。
「貴様、何をした!」
スーツ男達は新たに拳銃を取って向ける。黒狐は大袈裟に両手を挙げて驚く仕草を見せる。彼らはほぼ同時に引き金を引いたが、銃弾は発射されなかった。既に拳銃のトリガーも溶けている。
「くそっ! 何だってんだ!」
「逃げるぞ!」
スーツ男達は取り乱していたが、そこに冒険者格好の男3人全員が両手に赤い玉を作っている。そして、同時に両手を突き出すとスーツ男達が真っ赤に燃え上がって炎上した。
「ぎゃ、ぎゃあぁぁぁぁぁ!」
「貴様らに死すら温い! 死を! 安息なる死を!」
彼らは何度も火の玉をぶつけて遂には炎上する彼らを爆発させた。その様子を見ていた白猫と黒狐の目が丸くなる。
「え、マジか」
対立しているというのは知っていた。しかし、『神聖騎士』という名前から大した力はないだろうと思っていたのである。事実、彼女達を追って来るのも特務機関で最新兵器も持ち出してくる。だから、目の前で魔術を行使する彼らはあくまで2番手くらいの気持ちがあった。
それは間違いだった。謎の爆発というのは比喩でも何でもない。本当に起こった事実だ。
「はははは! 犬が死んだ! ざまぁみろ!」
「哀れな罪人に死を!」
「愚かな皇帝に報いを!」
高らかに掲げる信念に流石の黒狐も少し距離を置く。
「良かったね、お姉ちゃん。好感度アップしたよ」
「いやいや。私はカルト集団に入る気はないんだが」
未だに彼らは燃え盛る炎の前で両手を挙げて万歳している。どうにも彼女達が目に入っていないようだ。
「お前達、何をしている!」
奥の方から急ぎ足で走ってくる女性が来た。淡い茶色の長髪はストレート、目は凛々しい。白のシャツをコルセットで締め上げており、両手には白い手袋をして、黒のスラックスを履いている。また、首には十字架のネックレスを下げていた。
彼女は息を切らして3人の男の前に立つと、彼らは一同に右手を胸に置いて敬礼する。
「これは騎士団長様。悪しき犬を浄化した所です」
「また揉め事を・・・。教皇様の言葉を忘れたのか。無闇に人を殺すな、その力は悪しきを滅ぼす為に使え、と」
「ええ。ですから悪しきを滅ぼしたんですよ」
彼らはにやりと笑って見せたが、女性の方が歯をカチッと鳴らして怒りを見せる。それを聞いた彼らは背筋を伸ばして手を後ろに回す。
「今後酒屋に行くのは禁止だ。これ以上揉め事を起こされては敵わない」
低い女性の言葉に彼らは意気消沈するも、人を殺したという点については咎められなかった。そんな彼女は、通りで立っている白猫と黒狐に目が行く。
問題が起こってから周囲から人がいなくなったので、2人の存在はより目立っていた。
「何か用でも?」
女性の口調は相手を拒絶する冷たい言葉だった。それを聞いた一般人は何も言わずに立ち去るだろう。けれど彼女達は鈍感にも顔を見合わせる。
「ほらお姉ちゃん、入信のチャンスだよ」
「何で私だけなんだよ」
「私は聖女さんの宗教に入ってるから間に合ってるもん」
白猫がお洒落の為に買った十字架のネックレスを見せて言う。
ひそひそと小声で話す2人に女性の懸念は更に強くなる。
「何を話している? コソコソしてると怪しまれるぞ」
「いえ、団長。彼女達は奴らの武器を溶かしてくれました。おかげで我々が助かったんです」
「溶かす?」
その言葉を聞いて女性の眉が動く。すると2人の方へとコツコツと足音を鳴らして近付く。
白猫と黒狐は若干嫌な予感がして後ろに下がった。
「少し話を聞きたい。その帽子を取ってくれないか?」
「この帽子は祖父の形見故に絶対に取りたくないんで」
「間違っていたら謝罪する。非礼も詫びる。飯も驕る。だから聞いて欲しいのだが」
完全なる疑いの目。これは不味いと思った2人だったが、彼女達が動き出すよりも先に女性が手を横に振った。あまりの速い動作に誰も目で終えない。遅れて風がブワッと舞い上がり帽子が飛んだ。
ふわふわと舞い上がる帽子、けれど相手の視線は立派な獣の耳に釘付けだ。2人が慌てて帽子を拾って隠すも、もう手遅れとなる。
「やはり。指名手配中の姉妹だ。こんな所でうろついてるとは誤算だが、断罪してくれる」
「こっちは人助けしたのに手荒じゃないか」
「大方打算で動いたのだろう? ならば聞く耳持つ必要はない」
女性の言い分が間違ってないだけに反論できない2人。
「お前達は救援を呼んで来い。こいつらの相手は私が努める」
「し、しかし団長だけでは・・・」
「足手纏いって言ってるんだよ。さっさと行け」
「はっ、はい!」
部下の3人が急いで走って立ち去る。黒狐はその背中を見送って手出しはしなかった。
女性が睨んで拳を構える。
「はぁ。それで好感度アップ作戦は?」
「選択ミスだ」
「本当勘弁してよ」
敵に存在がバレただけでなく、神聖騎士をも敵に回してしまうという大失態。
喧騒な街中で戦いの火蓋が開けられる。




