第22話 運命
「ここで敵についておさらいだ」
晴れやかな森の中、動物の鳴き声がコンサートのように響き渡っている。
そんな木陰で黒狐が樹皮を綺麗に削ってボード板のようにし、先を尖らせた枝を持っている。その彼女の前に白猫が切り株に座っていた。
「敵組織の名前はアルカナ。カードをモチーフにした幹部が生揃いしてるヤバイ連中だ。数だけでも20近くはいるはず」
黒狐は何とか樹皮に文字を書こうと必死になるが上手くできず、苛立って枝を折った。
そんな様子を見て白猫が小さく溜息を吐く。黒狐は気にせず続けた。
「《審判》の口振りからしてカードの中には私達も含まれてる。幹部3人は死んで聖女さん、もとい《恋人》もこっち側になってくれたから既に6人はリタイアしてると考えていい」
「親玉が《審判》だとして、全員がインチキな能力を持ってるんだよね」
「《正義》が命令の能力、《悪魔》が捕食の能力、《吊るされた男》が仕返しの能力、《恋人》が洗脳の能力、《死神》が身代わりの能力、《審判》は束縛系か?」
「人間があんな能力を手にするはずないから、十中八九わたし達の研究の成果だろうね」
「聖女さんが秘薬を飲んで力を手にしたって言ってたから、元は普通の人間だった可能性が高い。そして、組織に引き入れて手駒として操っている」
こうして話を纏めるのは今後の行動においても重要だった。断片的な情報はいざという時に使えなければ意味がない。
「敵の目的は何だろうか?」
「わたし達を狙っていて、《世界》の元へ送りたいって考えだから研究を続けたいって感じかな?」
「だとすれば、あの芸術家が《世界》の可能性が高いな。それに研究を続けるってことはまだ完全に秘薬を完成させていないとも取れる」
「でもさ、1ついい?」
白猫が手を挙げて質問をする。
「特務機関もわたし達を狙ってるよね。あれも何か関係があるのかな?」
「どうだろうな。あっちは純粋な正義感な気もするが・・・。どちらにせよ、特務機関と相手するのは面倒だ。数が尋常じゃない。当面はアルカナだけに絞る」
「ふむふむ。ということは?」
「あいつらを潰す」
黒狐が極平然と言った。散々旅路を邪魔され、奇襲もされ、挙句には舐められた態度まで取られた。彼女のプライドは当に限界を迎えている。それは白猫も同じだ。
「オッケー。組織を壊滅させないとわたし達も安全にならないしね。世間的にも犯罪者が減って皆ハッピーだね」
「何も知らない一般人からすれば犯罪者同士で自滅したって感じに映るんだろうけど」
「問題は敵の情報が一切ない点かな。必然的に受身になるし」
《恋人》から話を聞くのが手っ取り早いのだが、彼女と深く関わっているとそれだけで危険に引きずってしまうと躊躇っていた。《審判》は手を出さないと言ったが、どこまで本当かも分からない。
「《審判》をパパッと殺すというのはどう?」
「出来てるならあの場で殺してたよ。それに司令塔が黒幕とも限らない」
「そっか。極悪人って自分の尻尾掴まれるの嫌うもんね」
「とはいえ、あいつは幹部の中でもかなり上なのは間違いない。おそらく《死神》も上位だろう」
「将を射んとすればまず馬・・・やっぱり周りから片付けていくのが一番?」
「そうだな。聖女さんみたいに心から組織に片棒を担いでいない奴もいるかもしれない」
組織を壊滅させる、という目的が決まったのだが結局手掛かりがないという問題が解決しない。
ウンウン唸っている彼女達だったが変化が訪れる。
「まだ諦めずに頑張ってるんだ」
この場で場違いな人間の声。ちょっと高めな声質で2人はすぐに身構えた。その者はいつから居たのかボード代わりにしていた木の上に座っていた。
見た目は10歳くらいで、短い水色の髪をしており、灰色のベレー帽を被っている。見た目も歳相応の軽装で少年っぽさがある。その者は木から飛び降りて着地する。帽子が落ちないように抑えながら彼女達を見た。
「そう警戒せずともボクに戦う力はないよ」
「お前は誰だ?」
「ボクは、そうだね。《運命の輪》って呼ばれてるよ」
それを聞いては2人の態度は一片して身構えた。丁度今、敵組織への対策を考えていた所に幹部が現れたのだ。まるで監視されていた気分である。
しかし、彼女達の態度とは裏腹に《運命の輪》は気だるそうに欠伸をしてその場に座り込んだ。
「ボクを殺す? それなら仕方ない。君達の未来は真っ暗」
「どういう意味?」
「ボクの能力は『予知』。何でも知ってる」
《運命の輪》はやはり退屈そうに呟く。その目は半分閉じていて今にも眠りそうだった。
しかし、白猫と黒狐は警戒したままだった。全てが嘘でこちらを油断させる罠とも限らない。現に《恋人》という甘い罠にかかった後でもあるので敏感になっていた。
「どうしてわたし達に接触してきたの?」
「只の命令遂行。一応仕事しないと《審判》に何されるか分からないからね。って言ってもあの人がどう動くかも知ってるから、そう考えたらきまぐれって答えた方が適切かな」
《運命の輪》は近くに蟻の巣を発見してはそれをジーッと観察を始める。ただ無為に時間を潰したくて仕方ないという様子だ。
「だったらさ・・・」
「嫌」
黒狐が最後まで言う前に返答する。
「本当に未来が分かるのか」
「これで信じてくれた? それなら良かった。意味なんてないけど」
「お前は何が目的なんだ?」
相手の真意も読めずに彼女達が戸惑う。幹部が平然と接触してくるのは《聖女》で経験済みだったが、自分が組織の一員である上、能力まで明かすのは不思議極まりなくメリットが1つもない。
「それはさっき言ったよ?」
「ふざけてるのか?」
「ふざけてない。答えるの面倒くさい」
《運命の輪》が腐った木の実を突いて果汁を出させる。蟻の群れは慌てて逃げ惑っていた。その態度から2人に対して一切の警戒心がないのが分かる。
「わたし達の未来も分かるの?」
白猫は何の他意もなく尋ねた。すると《運命の輪》は顔を上げて彼女をジッと見る。
薄暗い青い眼が心の奥底まで覗くように見据えている。
「本当に知りたい?」
「どうせ碌でもない結末なんでしょ。だったら聞いた方が対策もできるじゃん」
「バタフライ効果だっけ? ちょっとの変化が未来を変えるんだよな」
「あんなの本気で信じてるんだ。未来を変える? 思い上がった奴らしい答え。未来なんて全部一緒だよ」
《運命の輪》はくだらなそうに言った。馬鹿にされた気分になって2人はムッとする。
「なんだよ。もし幹部との戦いに苦戦するって分かってたら事前に対策もするし、後で暴れる奴がいるって分かってたら先に倒せる」
「変な薬を開発する人が分かればそいつを倒せばお終いだね」
そんな暢気な発言を聞いていよいよ《運命の輪》は溜息を吐いた。
「人が死んだら未来が変わると思うの? 何も変わらないよ。その人が研究者だろうと偉人だろうと、結局代わりがいるんだ。そう思わないのはその人達のせいで潰された芽を誰も知らないから。蝶が死んだら自然が壊滅する? 死なないよ。蝶が死んだら蜂が寄ってくるだけ。蝶がいたから花を譲ったんだ」
《運命の輪》は少し虚ろな目をして蟻の巣を見つめながら話す。こうして話している間も、これからどうなるかも全て分かっているという様子だ。とはいえ、そんな説明を聞いたから『はい、分かりました』と納得するような姉妹でもない。
「まるで哲学者だな。論文でも書けば有名になれるんじゃないか?」
「代わりのいない偉人になれるよ」
皮肉たっぷりな発言だったが、彼女達がそう言うのも《運命の輪》は知っていた。
「いいよね、何も知らないって。全てが未知である内は可能性なんて曖昧なものを信じられる。自分を特別だと思っていられる。初めて会った人なのにどこかで会った気がする。初めて読んだ本なのに展開も結末も知っている。初めて見る景色なのに来た気がする。感動なんてどこにもない。もう飽きたんだ、未知のない道に」
《運命の輪》はやる気がなかった。何をするにも気力がなかった。何故なら全部知ってるから。これから白猫と黒狐とどんな会話をするかも、自分が何を話すかも知ってる。あらゆるパターン、流れ、何もかもが既知だった。
「それでも未来を知りたい?」
短い会話だったが、重みが変わった。それだけ《運命の輪》の苦悩を垣間見たのだろう。
「やっぱりいい。先を知ると退屈そうだ」
「そうそう。次の街の屋台飯が運悪く食べられないって聞いたら萎えるし。ギリギリまで楽しみたいよね」
「だろうね。そう答えるのも知ってたし。一応聞いただけ」
《運命の輪》が動く様子もなく、このまま置いても追って来る様子はなさそうだった。
時折、顔を動かすが常にボーッとしていて心ここにあらずという感じだ。
「お前はこれからどうするんだ?」
「何処に行く気もしない。《審判》はボクを探すだろうけど、その展開を知ってるボクからすれば逃げるのも簡単だし」
「お前は本当に組織の仲間なのか?」
「どうだろう。1つ言えるのはもう何もしたくないってこと。《審判》に命令されるのも、君達と会話するのも面倒になってきた。頭に浮かぶのは未来の映像ばかり。ボクの結末を教えてあげるよ。ボクは後1年もせずに自殺するんだって。笑えるよね。それを知っても何も驚かないし、そうだなって納得してる自分がいる」
ずっと分かりきった物語を歩いていた。既視感のある展開や映像、景色、人物、会話。それが一生付き纏う。だから退屈で仕方なく、最後には自殺を選ぶ。
それは与えれた結末ではなく、紛れもなく自分自身の行いの末の選択である。
「あなたはそれでいいの? 自分の最後が自殺なんてわたしだったら絶対嫌」
「これは決定してるんだ。君達の未来もボクの未来も、この先の世界の在り方も。全部台本通りのお決まりさ」
「違うよ。わたしが言いたいのは、あなたの結末をそのままでいいのかってこと。未来が分かるなら、どうやったら変えられるかも分かるよね?」
「・・・どうせ死に行く命なんだし、早いか遅いかの問題じゃない。ボクが生きた所で何の意味もない。ボクはもう疲れたんだ。放っておいて」
《運命の輪》もまた組織に弄ばれた1人だった。その有用性な力の為にその力を持ったが故の弊害までは見向きもされなかった。ずっと孤独、ずっと既知。
それに気付いた白猫と黒狐はその場に留まる。
「1つ聞きたい。あんたは未来が分かるんだろ? だったら私達がここに来るのも、こう話すのも全部分かってたはず。なら、どうして別の所に行かなかった? 《審判》から逃げられるなら、わざわざ会う必要はなかったはずだ」
黒狐の問いに《運命の輪》が沈黙を守る。
「あんたも心のどこかで現状を変えたいって願ってるんじゃないのか? だからここにいる」
「ふざけないで。ボクが会うことで先の展開を早めただけ」
「本当にそれだけ? あんたはこの先どうなるか知ってる。何に焦っている?」
「・・・分かった。ボクの負け。これ以上問答するとボクの弱い姿を見せるから。そうだよ、この先ボクは君達と同行するようになる。優しく慈悲深い君達の言葉に感化されてしまってね。なんて馬鹿なボクなんだろう。その選択をしても意味なんてないのに」
少しだけ声を震わせている。どれだけ未来を知っていても生の感情までは知れない。本当の景色の美しさは知らない。食べ物の味も分からない。
「意味、意味ね。人生に意味なんて必要なのかな。甘いから果実を食べる。美味しいから刺身を食べる。食べたいからプリンを食べる」
「嫌な奴がいたから倒した。飯を驕ってくれたから恩を返した。結局、自分の感情次第だと思うよ。私にはあんたの気持ちが一生分からないのだろう。けど1つ分かったことがある。あんたは私達と同じだ。救いが欲しいと願っても、願うだけで現実にはならないと知っている。あんたも心のどこかで幸せを望んでいるんじゃないのか?」
「知った風に言わないで。ボクの心はお前達なんかに・・・」
《運命の輪》はギュッと胸を押さえる。そこに白猫が手を差し出した。
「どうせどこに行っても結末は同じなんでしょ。だったら一緒に行こうよ。くだらない話して、適当に食べて、気分が乗らなかったら1日寝て。それだけでいいじゃん」
「どうして、ボクに? ボクは君達に何もできない。君達はボクと関わると・・・」
「言わなくていい。どうせ碌でもない人生なんだ。今更災難が1つ増えた所で気にもしない」
《運命の輪》が顔を上げる。目には涙が溜まっている。こうなるのも知っていた。こんな風に話されるのも知っていた。なのに、何故心に染みるのか。それだけが未知だ。
白猫の手を取ると勢いよく引っ張られて、その弾みで帽子が落ちた。すると帽子に隠していたのか髪がバサッと垂れる。地面に届きそうなほどの水色のロングヘア。
「お前、女だったのか」
「・・・女だって思われると舐められる。大人は嫌い」
《運命の輪》は慌てて帽子を拾った。
「奇遇だね。わたし達も大人が嫌いなんだ。偏屈な人ばっかりで嫌になるよね」
「馴れ馴れしい。寄るな」
「そのままでいいのに。サラサラの髪可愛いよ?」
それでも《運命の輪》は髪を束ねて帽子の中に隠す。少しだけ照れくさいのかツバを深くしていた。
「それで、あんたは何て呼ぼうか」
「別に。《運命の輪》でいい」
《運命の輪》はぶっきら棒に答える。名前に意味などないと思っているのかもしれない。
「帽子なんてどう? 帽子愛好家みたいだし」
「それいいな。これからお前は帽子だ」
「ダサいネーミングセンス。《運命の輪》より余程マシだけど」
かくして組織の一員である《運命の輪》が旅に加わり、彼女達の目的も定まる。
《運命の輪》は空を見上げる。晴れだった天気は曇り空に変わっていた。これからの展開も結末も全部知っている。だから目を瞑り祈った。
「どうか今だけは許して」
神へか或いは姉妹に対してか。彼女はそれだけ言って2人の後を追った。




