第2話 320テイルのバーガー
白猫と黒狐は山岳を越え荒野の街を発見する。やはり迷子ではなかったと安堵しながらも歩くペースを上げた。
「あの規模ならバーガーショップがきっとあるぞ」
「お姉ちゃんも好きだよね。消化不良の肉サンド」
「まさかバーガー嫌いなのか? ワイズの首都では美味しいって言ってたじゃないか」
「うん言った。美味しい(美味しくない)って」
「いつからグルメリポーターになったんだ?」
「今から。それよりお金ないけど大丈夫?」
黒狐は目先の利に囚われその現実を忘れていた。指摘された時には項垂れるもすぐに顔を上げる。
「ここに10億の首がある。それを担保にすれば問題ない」
自分の首を親指で突いて得意気に話す。
「わたしが突き出すの? 鴨が葱だね。でも、本当に10億もくれるのかな? 人を唆す為に政府が嘘言ってる可能性は高いよ」
「それは否定できないな。特に今は。けど10億もあったら楽しいぞ。何でも食べれるし、欲しい物は何でも買える。豪邸にも住めるし、旅も徒歩じゃなくなって快適だ!」
「わたし達は街を歩けないけどね」
「いいや、歩くぞ。私のバーガーの為に」
「でも10億かぁ。確かにロマンはあるね。わたしだってお洒落したいし」
「よし、妹。この際だから欲しい物を何でも言うといい。すっきりするぞ」
「そうだね。まずお姉ちゃんとお揃いの洋服を買うでしょ? それで一緒に食べ歩きして、お揃いの髪留めも欲しいね。それから・・・あ、わたしお姉ちゃんと一緒だったら何でもいいみたい。10億いらないね」
白猫の健気な発言に黒狐が彼女の肩をぐっと抱きしめて感動した。姉の価値はお金にはならないのである。
そんな他愛のない話をしていれば荒野の街に到着していた。2人は特に躊躇う様子もなく足を運び入れる。
街の中は特段賑わっている様子はなく、地味な色の建造物が並ぶ。見た目に拘らず機能性があれば問題ないという価値観があるので貯水はコンテナに溜められ、屋台の鉄板ではビーフジャーキーが焼かれる。そんな発展途上な街だからか彼女達が歩いても誰も気に留めない。
否。彼女達の指名手配の紙は世界中にばらまかれている。それはこの街も例外ではなく壁には懸賞額と顔写真が載った紙が貼られている。もっとも風化し色褪せて顔すらはっきりと分からない状態ではあったが。
黒狐は屋台の燻製に釣られて好物の肉サンド、もといバーガーを売っている店を発見する。熱々の肉とレタス、トマト、チーズ、ピクルス、更に特性のソースを熱々のパンに混ぜ込んだだけのシンプルな食べ物。だがチーズの量が尋常ではなく、パンからはみ出して地面に滴り落ちている。黒狐そんなジャンキーな食べ物を見てごくりと喉を鳴らした。
「お金、ないよ?」
白猫が冷静に指摘する。おそらく口にしなければ姉が手を伸ばすと思ったのだろう。黒狐は我に返って己の右手を抑えた。
「10億なんていらないわ! 今私に必要なのはたったの320テイル!」
「皆そのたったの320テイルの為に必死に働いているんじゃない?」
「バーガーを独り占めするためか!」
「いや知らんし」
声を張れば余計に体力が消耗してお腹が空く。追い討ちのように目の前のバーガーからチーズがキラキラと溶け始めていた。
「くっ。どうにかしてお金を稼がなくては。このままではバーガーが食われるか、私が暴れるかの二択だ」
「その辺の人間襲って金品略奪したらいいじゃん」
「確かに私は人間が嫌いだが畜生になるくらいならバーガー食って死んでやる!」
「無銭飲食はいいのね」
「ああ・・・こうしてる間も誰かに食われないか心配だ。私のバーガー。絶対渡さないぞ!」
買われたら新しいのが作られるという認識ができないほどに黒狐の視野は狭まっていた。白猫はそろそろ手を打たなくては姉の正気が不味いと思って辺りをキョロキョロする。
「お姉ちゃん。ちょっとあっち行こ」
「バーガーは!?」
「分かってるって。さぁ、行った行った」
半ば無理矢理に引っ張られて白猫に引きずられる黒狐。その視線は未だにバーガーへと向いていた。
彼女達が行き着いた先は街中に存在する小さな病院だった。病院といっても病室がいくつもあるような大きな所ではなく街医者が経営するような平屋である。とはいえ、唯一の病院でもあるので敷地内の面積はそこそこあり、客足もそれなりにある。
白猫は病院から少し離れた場所に立って入り口の方を観察していた。
「妹。これから何をする」
「ちょっとした小遣い稼ぎ」
その意図を理解するのに多くの時間は必要なかった。客の出入りが繰り返される中、母親と思われる女性とその子供の男の子が出て来て白猫の様子が変わった。
というのも、その母親というのが明らかに落胆して溜息を吐いているのである。それを待っていたように彼女は動き出した。
「あのぅ。少しいいですか?」
白猫は腰を低くしてその女性に声をかけた。相手は見知らぬ人間に声をかけられて警戒してか不審に目を向けるだけだった。
「わたしは悪い魔女ではありません。ご心配なく。見た所、お子さんの方が何やら大変そうですが?」
その子供というと全身に大きな火傷跡があり目も動かすのを辛そうにしている。そのせいか母親に手を引かれていた。
「見ての通りですよ。家が火事になって救助が遅れて・・・。医者に何度相談しても回復させるのは無理と言われたんです。でも、こんな小さな子の未来を諦めるなんて私には無理で・・・。どうにかして治してあげたいんです」
母親は涙ながらも悲痛に訴えていた。白猫は特に情緒に動かされた様子もなく適当に相槌を打つだけだった。
「分かりました。では治しましょう」
「無理ですよ・・・医者からは・・・は?」
母親が素っ頓狂な声を上げている間に子供の火傷後は全て消え去り目も元通りになっていた。時間にして数秒。彼女が軽く手を掲げただけ。子供も急に体が軽くなっておぼろげに何度も目を擦っている。母親も現実を理解できていないのか瞬きを繰り返すだけだった。
「はい。治りました」
「あ・・・え。ああ・・・ありがとうございます!」
母親はようやくお礼の言葉が出て深々と頭を下げた。
「お礼はいいです。だから出すもの出してくださいね?」
その一言に母親の血の気がサーッと引いて青ざめる。相手からすれば虫の良過ぎる話だったのでこの対応も当然だと今更ながら痛感している。
「分かりました。あなたは恩人ですからお支払いします」
「話が早くて助かります。では全部で320テイルになります」
この台詞に母親は耳を疑った。聞き間違いだろう、そう思って口を閉ざす。きっと桁が1つ違ったのだ。320万テイル、そうに違いないと判断する。
「家を失ってお金は多くありません。ですが必ず返済しますからお時間を頂けませんか?」
「もしかして高かったですか? 320テイルなんですけど。こっちも生活があるのでこれ以上の値引きは難しいです」
白猫はもう一度、今度ははっきりと320と強調して言った。これには母親も聞き間違うはずもなく、だから疑問だけが残る。
「えっと。320テイルと仰ったように聞こえましたが・・・?」
「はい、間違ってませんよ。320、ぽっきりです」
そう言われて母親が財布を取り出して彼女の手の上に銀貨3枚、銅貨2枚置いた。それを受け取った白猫は笑顔で「毎度ありー」と快活よく言ってその場を後にする。
残された母と子はぽかんとしたまま終始何が起こったのか理解できぬままだった。
「おねーちゃーん。お金稼いだよー」
「うん、見ていた。お前が病院を経営したら全ての医者は路頭に迷うだろうな」
「賞金1000万は伊達じゃないんだよ~?」
こうして320テイルを得た彼女達はバーガーを手にすることが叶ったのだった。
黒狐は紙に包まれた巨大な肉サンドを前にして恍惚の笑みを零し続けている。
「はぁ、ふぅ、いい」
黒狐は食べずにまずは目で見て堪能している。既にそうしていたのだが、現物を間近にして余計に気持ちが高ぶっていた。
「でも私1人が食べて良いの?」
「お姉ちゃんが満足そうにしているのを見てるだけでわたしはお腹一杯だよ」
「妹が良い子過ぎて泣けてきたよ。よし、半分にして一緒に食べよう!」
「こりゃ肉サンド嫌いって言ったの忘れてるな」
白猫が肩をすくめるも姉の性格上こうなる展開をある程度予測していた。だから余計なお金を徴収しなかったのである。
黒狐がパンを丁寧に千切ろうとしていた矢先、不意に流れ弾が彼女の胸を貫いて爆発した。
突然の爆撃に市民は慌てふためき逃げ惑っていた。渦中の人物である2人だが特に致命傷を負っている様子はない。弾を受けた黒狐が血を流して倒れそうになったのを白猫が一瞬で治したのである。
しかし、黒狐は放心した様子でその場に立ちすくんでいた。狙撃された事実よりも右手のバーガーが黒コゲで灰になっているのが原因である。食べれる部分はもうない。黒狐は灰を握りつぶすと眉間に皺を寄せた。
「よくも妹が汗水垂らして稼いで買ったものを無駄にしてくれたわね!」
「あ、そっちで怒るんだ」
黒狐の激昂は最高潮。敵との距離は数km離れているだろうがその目測を黒狐が捉えた。だから、次の銃弾もわざと胸に受けたのである。銃弾が貫通して腹を抉り爆発も発生する。腹部の損傷は甚大。だがそれで良かった。黒狐が指を鳴らすと彼方で血飛沫を上げているのが見える。その後、狙撃はされなかった。
白猫はすぐに黒狐に術をかけて元通りに再生させた。破れた内臓も、千切れた血管も、爛れた皮膚も全てが元通りになる。後遺症も傷跡も一切ない。
暫くして黒狐は怒りから我に返ると悲しみに明け暮れる。爆撃が起きたのでバーガー店主も逃げて新しいのを買うのは難しそうだった。どの道お金もないのだが。
がっくりと項垂れる黒狐に白猫が肩を叩く。
「お姉ちゃんと一緒に食べたバーガーは美味しかったよ」
「ぐすん。それ前も言われた気がする」
悲しみに明け暮れながらも彼女達は街を出て行くのだった。