第13話 調味料不在
白猫と黒狐は森の中を歩いていた。奴隷を助けた彼女達だったが見返りは一切求めず風のように去ったのである。だから、ただ1人の奴隷を除いては彼女達の功績を知らない。
2人は食べれそうな山菜や薬味、木の実を集めている。基本的に彼女達は森の中で活動しているのが多い。というのも、街を歩くと大抵面倒に絡まれるからである。それでも街に行きたくなるのは美味しい店が多くあるからでもあった。
「ふごごごごごご!」
採集に余念を入れる2人の前に太った猪が現れた。荒い息を吐きながら獰猛な牙を見せ付けて威嚇している。本来、多くの動物は彼女達を襲わない。理由は簡単で本能的に危機感を覚えているからだ。しかし、目が悪く匂いを頼りに行動する猪に目の前の存在の脅威を知るすべがなかった。
お構いなしに突進しては、竹薮を突き破り雑草を踏み荒らしていく。あと少しで牙が届くという時にピタリと足が止まった。そのまま身体が横へ倒れて動かなくなる。
目の前には人差し指を立てている黒狐がいた。
「大物収穫。今日は鍋パーティだ」
「わーい!」
「私は両手が塞がってるから運ぶのは任せた」
「わたしも片手塞がってるんだけど?」
「私が触ると溶けるかもしれない」
「やれやれ。年功序列は辛いよ」
そう言いながらも白猫は猪の耳を掴むと軽々と引きずっていく。本当は持ち上げるのも可能だが匂いが移るのを嫌がった。実際、鼻が曲がりそうな程の異臭を放っているのは確かだ。
2人は川辺へと移動すると手に持っている材料を平らな岩の上に並べていく。取れたのは春菊、椎茸、野イチゴ、薬草類、猪となった。
「これならすき焼きが出来るんじゃないか?」
「ほほぉ。いいですねぇ」
「よし、まずは鍋を作るか」
黒狐は大きめの石を探す。幸い、川辺に石が玉石混合とあったので多くの時間は必要なかった。石を地面に置くと能力を使って中心部に穴を空け、周囲も薄く溶かしていく。そうすれば簡易な石鍋の完成となる。
更に火を起こす為に近くの木の樹皮を削って平らな板を用意し、それと矢に似た尖った枝も作る。
その間、白猫は集めた山菜類を川で洗って泥をはねた。問題の猪の解体だが、これも黒狐にかかれば一瞬で終わる。
彼女の消滅させる力は繊細にも血だけを消し去ることも可能。だから皮を剥いだ猪の真っ赤に汚れた部分を綺麗に消し去れるのである。血抜きいらずの芸当だったが、彼女達にとってはいつもの作業だった。
「ほれ。火は任せた」
「わたしはか弱いレディなんだけど」
白猫は木の板と矢を受け取って、矢を手で擦って回転させる。その速度は常人では到底なしえない速さで一瞬で火が点く。彼女には摩擦の痛みを感じなく出来るからこそ可能な芸当だ。
火が点いたら落ち葉などを集めて燃やして火を大きくさせ、安定すると太めの枝を投下した。
「本日の材料はこちら。では早速調理に移りたいと思います」
黒狐はナレーターを始めて猪の肉をうす切れに剥ぎ石鍋に落とした。ジューと焼ける音がして燻製が上がる。
「料理長。すき焼きなのに葱がありませんが?」
「私が目指す料理は型破りの世界だ。葱がないなら肉を入れたらいい」
そう言って続けて猪の肉を投下する。既に石鍋の8割に桃色の細切れで埋まっていた。
黒狐は樹皮で作った箸で具材を混ぜる。
だがそこで彼女は固まった。すき焼きで最も大事なもの、それは調味料だ。
当たり前だが彼女達には砂糖も醤油もみりんも酒もない。あるのは川の水だけ。
肉が焼かれ続ける中、白猫が近くの岩を叩いた。
「だからわたし言ったよね。醤油だけは絶対に買おうって。アレあったらお魚全部美味しく食べれるし、万能調味料だし!」
「知らん! そもそも醤油なんか持ち歩いてたら、刺客が現れた時に服が汚れるだろ」
「いっつも血で汚れてるじゃん」
口うるさく騒いでいる間にも肉は焼かれ続けて茶色くなっていく。慌てた黒狐はお構いなしに春菊と椎茸、薬草を落とした。焼かれる音が激しくなって彼女はさっと炒めた。
「完成だ。旬の山菜を贅沢に取り込んだ猪の肉炒めだ」
「すき焼きはどこ? 鍋パーティは?」
「すまない、少し御幣があった。正確には焼肉パーティだ」
「パーティは重要じゃないんだよ。いや、大事だけど。でもねぇ」
白猫が文句を垂れ続けるので遮るように彼女は手を大袈裟に叩いた。
「はい、頂きます」
「はーい、いただきまーす」
白猫もコロッと態度を変えて石鍋の中身を突く。彼女もそんな大層な料理が作れないのは百も承知である。そして、黒狐もまた白猫が本気で怒っていないのを知っている。
せっかくの料理なのだから面白おかしく食べたい。ただそれだけだった。
「肉はまぁまぁかな。椎茸は美味しいね」
「ならお姉ちゃんが肉貰うぞ」
黒狐が箸で巻き取るように何重にも肉を重ねて口へ放り込む。それを見ただけで白猫の胃はもたれそうだった。
「こっちの村だ! 急げ!」
「救援部隊をもっと要請しろ!」
「武器を構えろ! 敵は近い!」
川の崖の上から喧騒な男達の声が響いていた。いくつもの足音が駆けていくのを聞いて2人の箸が止まる。
「ご飯の時くらい静かにしてくれないかなぁ」
「全くだ。私に人を殺せる力があったら皆殺しにしていたぞ」
「それは怖いね」
それでも彼らの喧騒は鳴り止まない。それ所か崖の向こうから木々が倒木していく音、銃弾がいくつも鳴り響く音、人間が騒ぎ立てる音が耳障りに増える。
「煩い。マナーのない人間だ」
「もう殺したら?」
「クライムが出来てたらそうしてる」
黒狐は追加の肉を足しながら炒め、白猫は椎茸をふーふーして食べている。崖の向こうの騒ぎは次第に人間の悲鳴に変わる。
「ぎゃあぁぁぁぁ! 誰か! 誰かぁぁぁぁ!」
「早く応戦しろ! うわぁぁぁぁぁぁ!」
「撤退! 撤退だ! ぐがぁぁぁ!」
悲鳴の連鎖は暫く続いたが、1分もしない内に止んでしまう。
2人は慌てる素振りもせずに暢気に料理を食べている。
「やっと落ち着いたか」
「どこかの誰かに感謝しないとね」
「おかげで私の手間が省けた」
白猫は立ち上がって川の水を飲み、黒狐は相変わらず肉を食べ続けている。
そんな中、2人の下に黒い影が出来て何かが目の前に落下してきた。
ドン!
川辺の石ころを弾き飛ばして着地したのは、両手に鉈を持った黒い化物だった。人間の形をしているが、頭が山羊で背中から蝙蝠の翼を生やしている。上半身から下半身は人間で、上着は何も着ておらず筋肉質な身体を自慢している。体色は真っ黒で赤い目がギラリと光る。
「ニクのニオイがスル。ウマソウなニンゲンのチのニオイ」
黒山羊の化物は片言に喋り、口元を歯を覗かせてニタッと不気味に笑う。けれど、彼女達は相変わらず料理を堪能している。
「お肉が欲しいなら沢山食べていいよ。わたしはもうお腹一杯」
「よし、肉を追加しよう」
黒狐は石鍋に続けて肉を投下する。この場に似合わぬ肉の焼ける音だけがする。黒山羊の化物はそれに目をくれずに彼女達だけを見ている。
「ニク、ニク、ニク。オンナ、ヤワラカイ。オンナ、ウマイ!」
黒山羊の化物が駆け出し、脱兎の如く距離を詰めた。しかし、黒狐は慌てずに右手を突き出す。すると黒山羊の化物は腹から大量の血を飛散させ倒れる。
「まだ焼けてないのにお手付きじゃないか」
「躾がなってないね。飼い主の顔が見てみたいよ」
黒狐は肉を頬張り、白猫は野イチゴを摘んで口に放り込む。そんな横で倒れていた黒山羊の化物に異変が起きる。腕がガタガタと震えたかと思うと飛び散った血が体内に戻り、傷も修復されていく。まるで逆再生された映像を見せられているかの如く、元通りに戻ってしまう。
黒山羊の化物は立ち上ろうと目を光らせた。だが何かをしようとする前に黒狐が右手を突き出している。ならば、再び血を吹き出して倒れるしかない。
とはいえ、そうなっても黒山羊の化物は傷を治して起き上がってくる。
「最近、変な奴多くない?」
「これで死なないとは結構やるな」
黒狐がその気になれば対象を腐敗させてしまうのも可能である。しかし、この黒山羊にそうしても血を出して倒れるだけだった。今の所、相手が反撃する様子はないが半歩ずつ近寄っている。
「お姉ちゃん、もう行こうよ。わたしは動物愛護団体じゃないよ」
「まだ肉が残っているんだ。全部食べないと猪に申し訳ないじゃないか」
いつの間にか猪の肉は半分以上減っており、残り僅かとなっている。黒狐は残りの肉を全部駒切れにして石鍋の上に全部落とした。肉の山盛りとなってジュージュー焼かれ続ける。
「オモイ、ダシタ。オマエ、タチ」
「煩い、黙ってろ」
黒狐の容赦ない一撃でまたしても血を撒き散らして倒れた。肉が焼けると彼女は大食い選手になったみたいに素早く掻き込んでしまう。
「ご馳走様でした」
彼女は手を合わせて食べ終える。
「早く行こうよ」
「待って。水飲みたい」
暢気な彼女は両手で水を掬って喉を潤す。その間に黒山羊の化物が立ち上がって駆ける。黒狐は相手に片目だけ向けて掌を突き出したのだが、相手はそれを見切って消えた。
瞬間移動したかの如く、別の場所に姿を現す。彼女は慌てずにもう一度狙いを定めた。
また消えた。しかし、周囲を見渡してもどこにもいない。
直後。
頭上から鉈を向けた黒山羊が高速で落下した。ズドン、と大きな音を鳴らして川辺の形状を崩壊させ、木々の小鳥が飛び立っていく。白い煙の下には真っ赤な鮮血が飛び散っているが、そこに黒狐の姿はなかった。
彼女達は既に敵から逃げて森の中へと彷徨っていた。背後からは黒山羊のおびただしい奇声が聞こえる。
「ここで1つ問題だ。あれは何だ?」
「簡単だよ。あんな頭をしてるんだから《悪魔》以外にないでしょ」
「危険度7の《悪魔》か。噂以上に狂っているな」
下記の者と遭遇した場合、速やかに退避しなければならない。
名前は不明。ここでは《悪魔》と記す。
見た目は人型で顔が山羊、蝙蝠の翼を持った黒い生物。人語を話すが理性は乏しく、衝動のままに人を殺す。《悪魔》による被害は合計で1000件以上寄せられており、《悪魔》の仕業と思われる殺害数は1万を超えていると思われる。
能力は不明。人智を超えた運動能力に加え魔術も操るとされている。また殺しても身体を再生させて何度も蘇るのが特徴。これらを踏まえて《悪魔》の危険度を最高の7とする。
「《悪魔》って言うなら炎や光に弱いんじゃない?」
「その証明はもう覆されてるぞ」
上空では《悪魔》が翼を広げて優雅に飛んで森の中を捜索している。赤い瞳に2人の少女を捉えると不適に笑って両手を向けて森の各所に落雷を発生させ炎上させる。自然に同化して隠れられるのを防ぐのが目的だった。
「はぁ。こっちは賞金稼ぎじゃないんだから大人しくしろよな」
「地獄へ送ってあげたら?」
「私は鬼じゃないんだがな」
逃げるのを止めて彼女達は上空を見上げる。攻撃してくる者には容赦をしない。それが彼女達の流儀。敵意を感じた《悪魔》は笑い声をあげて急降下するのだった。




