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第10話 《正義》

 翌朝。早起きをして街を出た白猫と黒狐、そして奴隷の女の子。彼女の願いはこの街からの逃亡であったが、この街そのものを憎んでいた。だから、全てを壊さなければ気が済まない。


 市街は静けさに包まれ、嵐の前の静寂に似ていた。女の子に案内を任せて彼女達はこの街を統括する《正義》と名乗る者の根城を目指す。


「危険度4、《正義》か」


「只の小物でしょ。人身売買とかつまんないことしてる奴だし」


「そもそもこの危険度は世界にとっての脅威レベルでしかない。だから実際はかなりの危険人物だったとしても、それが世界にとって脅威と判断されなければ高くはならない」


「ああ。わたしみたいに?」


「事実、奴はこんな辺鄙な街を拠点にして活動している。特務機関の目を欺くには十分だろう」


 あくまで世界政府が提示した手配書に過ぎず、それを鵜呑みにする方が危険だった。

 もっとも彼女達は口で言ってるよりは大して危機感を持っていない。楽に前にいつも通り歩く。


 1時間も歩けばそこに着いた。目の前に半径500mはある砂漠に似た砂地がある。その先にポツンと一軒だけ立派な屋敷が建っていた。女の子は震えながら先を指差す。


「あそこが、《正義》の居る場所、です」


「ふーん。パッと見ただけでも随分と武装してるわね?」


 そこは確かに屋敷なのだが、各所に機関銃と思われるのが設置されてあったり、屋上には砲台やミサイルを構えている。ある種、要塞と呼ぶべきかもしれない。


「誰かと戦争でもする気か?」


「一体誰とだろうねぇ」


 彼女達は呆気なく先へと歩こうとするので女の子が慌てて2人の手を引っ張る。


「だ、駄目です。その、砂地にはいくつもの地雷が埋められていて《正義》とその側近しか安全なルートを知りません。ですから・・・」


 女の子の悲痛な説明を受けても2人は驚きもせず手を払った。そして、優しい笑みを見せる。


「案内ご苦労様。もう帰っていいよ。寝て起きたら終わってる」


「じゃあね。次は普通の人生送れるといいね」


 やはり彼女達は言うことを聞かずに砂地へと足を踏み入れる。女の子が「あ」と呟いたの同時にカチッと音がする。


 ドォォォォォォォン!


 爆発して黒い煙が上がって一帯をクレーターとなった。煙の中には右腕と右足を失った黒狐が倒れている。左手で身体を起こし立ち上がろうとするも失敗する。

 白猫もまた腹部から血をドクドクと流して倒れていたが顔を上げて起き上がる。

 彼女の力によって損傷した部位、出血、汚れ、制服の損傷すらも全てが新品同様に戻る。

 足と手が戻ったことで黒狐は軽快に立った。


「妹が治してくれると分かっていても痛いのは痛いな」


 そう言うも一切表情も変わっておらず、痛みを感じたのは胸の内だけ。何度も斬られたり銃撃されたりで感覚も大分狂っているのである。


「真っ直ぐ歩けば精々10個くらいじゃない?」


「そうだといいがな」


 再び砂地を歩き出して五歩前に進むとまた爆発する。治して立って、3歩進めばまた爆破。

 倒れて立って、歩いて爆発が繰り返される。


 その様子を屋敷から双眼鏡で見ていた者は背筋を凍らせた。

 何故動ける。

 何故治る。

 何故死なない。


 このままでは屋敷に侵入されるのも時間の問題だと感じて砲台に大砲を詰め、対空砲にミサイルを装弾する。指示を受け、一斉に放たれる。

 数々の弾が一斉に飛んで少女の元へと放たれる。2人は慌てもせずただ歩く。


 直後。


 火山でも噴火したのかと言えるほど黒い粉塵と赤い炎が舞い上がった。視界は黒く染まって、何も見えない。パチパチと何かが弾ける音だけして彼らも流石に死んだだろうと思ったのだが、それは軽率だった。


 黒い視界の向こうで爆発が起こったからだ。黒に黒を上書きされて、何も分からなくなっている。1つ分かるのは地雷が起動したこと。


 ドォォォォォォォォン!


 また地雷が爆発した。


「せ、《正義》様をお呼びしろ! アレは我々では太刀打ちできない!」


 彼らはいよいよ寒気がして屋敷の中に避難する。彼女達には常識が通用しない。人の形をした別の何かだと感じた。


 白猫と黒狐が屋敷前まで来るのに結局地雷を16個踏んだ。爆発による他の地雷の暴発が4回。その度瀕死になるもののそれは過程でしかなく、今は地雷原を歩く前と同じ状態。

 つまり無傷そのもの。


「で、どこから入る?」


「玄関から入るのが常識でしょ」


「妹にも常識があるとは感動だな」


 無駄に手入れされた庭に入って大玄関の前に立つ。2人はノックでもしようかと考えたが扉は勝手に開いた。玄関の中には無数の奴隷達がライフルを持って構えており一斉に射撃する。とはいえ、銃の撃ち方も碌に知らない彼らの発砲の多くは空に向かっていた。

 銃の反動は熟練の大人でも完全に殺すのは不可能で、小型の拳銃でも撃った後は必ず銃口が上を向く。


 ならば闇雲に撃つしかできない彼らにできるのは威嚇射撃でしかない。棒立ちする彼女達に命中するのは100発中10発ほど。


 だが敵にとって奴隷に戦わせるのに意味があった。そもそも殺しに期待をしていない。

 彼女達の足を止めてくれたらそれで十分。


 奴隷達の背後からガスマスクを装着した男達が現れて一斉に射撃する。ポンという音がして両者の間に鉄の塊が落ちた。直後、それは白い煙を吹き出して視界を覆う。

 奴隷達はそれを吸って次々と瞼を落としていく。


 視界が真っ白になると今度はパシュと小さな音を立てて彼女達に針が飛ぶ。それらは猛毒を塗りこまれた毒針で少しでも体内に入れば致死してしまう。

 それを彼女達は無数に受けていた。


 けれど2人からすれば蚊にでも刺された気分でお構いなしに歩いた。催涙弾、毒針も効かずに彼らは慌て動揺する。


「私らの身体はそんな繊細じゃないんだ。毒もガスも受け付けない。そうなってるんだよ」


 絶望に溢れる彼らだったが、そんな時一定のリズムを刻んで拍手する音がした。その者は階段から降りて姿を見せる。


 軍服を纏ったまん丸に太った小柄な男だった。ツーブロックに刈り上げられた髪が印象的。

 一見では武器を一切所持しておらず丸腰だった。近くの部下達は彼を見るやすぐに道を譲って敬礼し、《正義》様と呼ぶ。


「お見事お見事。だが、《白猫と黒狐は俺を殺せない》」


「親玉登場か。探す手間が省けた」


 黒狐は視線を向けて指先を動かした。本来であれば目の前の男を殺すに一瞬であったが、何故か力が作動しなかった。


「いやはや、報告を受けた以上の上物ですな。手配書で見る以上に美人。これは是非とも我が奴隷コレクションの1人にしたい。ああ、欲しい。欲しいな」


《正義》は舌なめずりするように彼女達をジロジロと眺めていた。その余裕な態度と気持ち悪さに白猫も辟易とする。


「お姉ちゃん、早く殺してよ。あいつキモいよ」


「殺せない」


「えぇ? 今は冗談言う所じゃないよ」


「本当に殺せないんだ。どうやら、こっち側の奴らしい」


「もしかして最初のあいつの発言が関係してるの?」


「かもしれない」


 動揺しながらも分析する2人に《正義》はまたしても拍手を送った。


「ああ、素晴らしい。こんな状況でも冷静に考え打破しようと健気に頑張る。そんな君達が苦痛に帯びて生気を失い、服従する姿が見たい。ああ、見たい。見たいな」


 恍惚な笑みを漏らす《正義》のその仕草には彼女達だけでなく部下も気まずい顔をする。加虐心を持つのが彼にとって最も悪い癖だった。


「ああ、それと」


《正義》は振り返ってガスマスクの部下達を見据える。その表情は笑っているが目は笑っていない。


「俺のコレクションに手を出すなって言ったじゃないか。もしも後遺症でも残ったらどうするつもりだ? あれに手を出していいのは俺だけだと言わなかったか?」


 催涙弾に巻き込まれて眠っている奴隷達を指して彼は言う。部下達もそれに関しては重々承知しており、だから流れ弾が当たらないように気を配っていた。だが眠るくらいなら大丈夫だろうという慢心もあった。


「も、申し訳ありません!」


「口だけの誠意は結構。本当の誠意を見せてくれ。《お前達は息をするな》」


《正義》に言われたガスマスクの部下達は急に首を押さえて苦しみ出し、終いには息絶える。そんな様子を《正義》は笑いながら見て拍手する。


「己の命を絶って誠意を見せるとは! ああ、素晴らしい! 素晴らしいな!」


 彼の加虐は奴隷のみにあらず。気に食わない者がいれば、一般人だろうと部下だろうと容赦がない。だから彼は部下からも恐れられ畏怖されている。


「さて、邪魔者もいなくなったしゆっくり遊ぼうじゃないか。おや?」


《正義》が部下とお喋りしている間に黒狐と白猫の姿がなくなっていた。彼女達は屋敷の廊下を駆け抜けて逃げていたのである。《正義》はにやにやしながらその後を追いかける。


「で? あのデブに命令されたらそれが現実になるのか?」


「少なくとも死にたい人間なんていないよね」


 黒狐は奴隷から奪ったライフルを構えて《正義》に向ける。能力が使えなくとも射殺できるはずと考えた。だが照準を合わせた所で肝心の引き金を指が引いてくれない。


「このおもちゃでも無理か」


「だったらあいつじゃなくて屋敷を崩壊させるのは?」


 黒狐は壁に手を置いて念じる。しかし、いつもなら一瞬で腐敗するものが何も起きてくれなかった。


「無条件であいつが死ぬと予測されるのか、無理らしいな」


「へぇ。随分とインチキな技が使えるんだね。人間の癖に」


 背後からは《正義》が手を後ろに組んで歩いてくる。状況は刻一刻と悪くなっていた。

 このままでは2人とも捕らえられるのも時間の問題となる。


 黒狐は白猫の耳を優しく撫でた。


「妹。お前は逃げるんだ」


 黒狐の投げかけに白猫は何も答えなかった。


「時間は私が稼ぐ」


 やはり白猫は何も言わない。ただ黒狐をジッと見ている。

 このままでは埒があかないと思ったのか、黒狐は白猫を窓の外へと投げた。ガラスを破って身体は外へと投げ出される。立ち上がった白猫は放心しながら彼女を見た。


「行くんだ。これはお姉ちゃんの命令だぞ。絶対に守るんだ!」


 白猫は戸惑っている様子だったが、少し思案して耳をピンと立てるとその場から駆け出す。


「《白猫は逃げない!》」


《正義》は叫んだ。しかし、彼女の耳に届いていないのか、白猫の姿は消え去ってしまう。

 それを見て黒狐は鼻で笑った。


「妹の鼓膜を潰したんだ。どうやら聞こえなかったら命令は出来ないみたいだな?」


 それを聞いた《正義》の顔面は真っ赤に膨れ上がって血管が滲み出る。今まで命令した相手に舐められた経験は一度もなかった。だから、初めての出来事に怒りを覚える。


「ああ、悲しい。悲しいな。君は一生籠の中だ」


 黒狐は溜息だけして返答して身構える。彼女にとって初めての1人での戦闘、過去最悪の敵だったがそれでも諦めはしない。

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