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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編集】灰の降る街で

人類を書籍化計画

作者: 餅角ケイ


 最初に自分の特異な能力に気がついたのは、道端で名の知れないヤンキーに絡まれたときだった。こいつムカつく、いっそのこと古本にでもなって誰にも読まれず燃やされろ。そう思いながらたまたま肩に手が触れた際、視界から金髪の頭ごと消えてしまったのだ。



 代わりに、僕の足の甲を何かが小突いて落っこちた。

 それは『おれさま全国最凶⁉ 計かく』と描かれた真新しい一冊の漫画本だった。知らない漫画だったが、幼稚園児の落書きを100倍ふやかしたかのような酷い作画だった。


 漫画は8ページほどの手書きのコマで、どうやら生い立ちや将来の全国制覇(笑)について描きたかったらしい。飽きたのか、中途半端に終わっている。一体どこに姿を消してしまったのか、さきほどのヤンキーの姿はない。




 もしかして……。

 察しの良い僕は色々と試してみた。とりあえず、自らの好奇心に従って手当たり次第何でも触れた。だが犬や猫など、人間以外のものは駄目らしかった。たまたま触れた、知的さを伺わせる通りすがりの老人は分厚く読み古された文庫本に化けた。いかにもくたびれていそうなどうでもよいサラリーマンの中身は、本になってもやっぱりどうでもよいままだった。



 同学年に、高嶺の花がいた。僕の悪口を堂々とフルネーム付きでくっちゃべっている。叶わない恋だと知った。同時に、死ねブスと憎悪の念に駆られた。人気のない夕方の通学路で偶然を装って、彼女を一冊の本にした。濾して薄めて継ぎ足しては散々使い古されたn番煎じの少女漫画。こいつだけは激しくムカついたので、裏山でそのまま帯ごと燃やした。



 部屋の中にみるみる本が増えてきた。もちろん本は喋らない。しかし、本とはよいものだ。読み進めていく度に、彼らなりのどこか薄っぺらくて馬鹿馬鹿しい人生の生き様を、僕に教えてくれるのだから。




 行方不明者が続出しているという噂が校内を駆け巡ろうと、僕にとってはまあまあどうでもよかった。行方不明という単語を聞いて、ふと思い出したのはあの日の父の背中だった。


 僕に負けず劣らず無関心な人だった。「なんか家庭って、僕にとっては思ってたよりいらなかったみたい」という台詞を目の前で残して、僕が5歳くらいのときに消えた。最後の情けに父親らしいことでもしようとでも思ったのか、父は急に物悲しい顔をして、僕の頭を撫でようとした。しかしその手は途中で止まり、そのまま背中を向けて去ってしまった。

 恋しさに似た感情を静かに踏みにじられてから10年が経った。仕事と心中する勢いで独りになった父は、いまどこで生きているのかさえも知らない。世界一どうでもよいが。






 

 同じクラスに丘田おかだという、唯一の友人がいた。柔らかな顔立ちながらほどよく整った身体つきの丘田は、女のようにも男のようにも見えた。だが僕は丘田が男だろうと女だろうとどうでもよいことだった。いつでも僕を否定せず、安定した相槌を打ってくれるところに、僕が求める丘田の本質があるのだから。


「それおもろい? なんの本?」

 教室で読書中の僕を今日も覗き込んでくる。

「ああ…………」

 僕は本から目を離さない。つい数時間前にできたてほやほやの一冊だったためだ。体育館でやった。

「な〜な〜、なんの本? って聞いてんじゃ〜〜ん」

 後ろから優しく肩を揺らしてくる。そこまで嫌じゃない。僕が与えなくても何かを求めてくる丘田に、いつからか何ともいえない心地よさを感じるようになっていた。仮に男女がじゃれ合ったらこういう気持ちになるのかとも思った。


「もともと自衛官だったけど、実質クビになって2浪してFラン大入って体育教師になった奴の話」

「えーそれ、藤守ふじもり先生のエピソードそっくりじゃん!」

「藤守?」

「C組の体育の先生だよ」

「あいつそんな名前だったんだ……」

 最早名前などどうでもよかった。挨拶がないといきなりキレられて本にしただけの奴に、情なんてわく訳がなかった。






 人がバッタバッタと消えていく、行方不明者続出という怪奇ニュースは、ついにテレビにまで流れるようになっていた。いつも現場に残されているのは一冊の書籍。事件ケースごとに、小説だったり漫画だったりする。共通しているのは、その内容が行方不明者の生い立ちを思わせる仕様になっているということ…………。


 本だらけになってきた家のスペースにも限界があり、数ページめくってつまらなさそうな内容のものはその場で捨てていた。だからこうやって報道されても仕方ないかなとは思っていた。




 いくら報道が広まろうが、警察が僕を刑事事件として問うことなどできない。だってこれは殺人ではない。血は一滴も流れておらず、僕はただ人を本にリサイクルしているだけなのだから。これは、タダでできる崇高なエコ活動なのだ。

 しかし、騒ぎが大きくなって周りから指をさされるのは大層面倒であった。その分、火消しの回数も増えてきた。その場の好奇心で、つい場所をわきまえずにやってしまう悪い癖のせいだ。いらないギャラリーまでわいてきて、僕は書籍化する他なかった。




 学校で社会のゴミを本に変えていた瞬間。

 不運にも、ぽつりと一人ギャラリーが立ち会っていた。部活帰りの丘田だった。


「あっ……お前…………」

 丘田の目には怯えが滲んでいた。それと共に、れっきとした拒絶の意思が灯っていた。


「なあ丘田、僕たち……と、友だちだよな?」

 愚問であることは分かりきっていた。必死に取り繕ってでも、目の前のこいつをつなぎとめていたかった。


 丘田は口では答えない。その代わり、後ろに一歩引いたのが答えだと思った。


「僕は、丘田のこと友だちだと思ってる」

「来るな。怖い。来ないで。近づかないでくれ。お願い…………」



 

 ーー本なら、こんな思いしなくたっていいのに。


 僕は迷わず飛びかかって馬乗りになり、精いっぱいの愛憎を込めて書籍化を念じた。こうして唯一の友だちはあっけなく文庫本になった。中身は怖くて読めなかった。



「丘田………………丘田ぁ………………」

 気づけば僕は涙を流しながら、表紙に長く口付けていた。胸に抱きかかえ、大切に持ち帰った。





「男がメソメソ涙なんか流して、気色の悪い」

 帰宅するなり毒を吐いてきたクソババアも、物音がうざい隣人も、学校に行かなくなってから訪ねてきた担任も、変えれる奴らは手当たり次第本に変えていった。丘田を失ってから僕は自暴自棄になっており、この期に及んで、警察が家を訪ねてくるのも時間の問題かと思い始めていた。


 人を本に変える際には、本になれと憎しみを持ちながら対象の身体に触れなければ成功しない。遠巻きのギャラリーを処分しようとしても、そいつに逃げられ、リークでもされたら終わりなのだ。だから限界があった。






 夕陽の差し込む自室。乱雑に本が散らばった床で、本になった丘田を抱きしめながらうたた寝をしていた。涙の乾いた目元を風が通って、なんだか涼しかった。


 滅多にならないインターホンが鳴った。すっかり薄っぺらくなったクソババアを踏んづけて除き穴を見た。




 知らないはずなのに知っている顔だった。間違いなく、幼きあの日に玄関で僕を捨てていった父だった。


 その顔はひどく憔悴しているように見えて、僕は単純な興味本位でドアを開けた。

『なんか家庭って、僕にとっては思ってたよりいらなかったみたい』あの日嗤って吐き捨てられた台詞がフラッシュバックしたが、その余裕を感じさせないほど、父は額に変な汗をかいていた。



「父さんだろ」

「お前………」

 父は僕の名前を呼んではくれなかった。玄関先まで散らばっている本の雪崩に目を落とし、余計に声を震わせていた。成長した子どもには目もくれず、勝手にのそのそと居間まで上がっていった。僕はあえて止めなかった。そして父は『陽子』という本を見つけ、手にとった。数日前に書籍化した母そのものだった。そこにグッときたのか、目を固く閉じて肩を震わせていた。



 ニュースを見たんだ。人がバッタバッタと消えていく、怪奇ニュースを。……あれは、お前が犯人なのだろう。父が掠れた声で言い放ったので、正直に頷いた。それはどうでもよいが、それからの言葉が僕を激昂させた。



「やっぱりあの日……消しておけばよかったんだお前を。思いたくなかったんだ、まさかこの力が遺伝うつるだなんて思っていなかった! …………ああ、私はあの日親心に負けてとんでもないモンスターの芽を摘み取れなかった。私がこの殺人犯を作りあげてしまったんだ」



 父は虚ろな目で一人喚いていた。

 離婚前の幼き日、去り際に僕の頭を撫でようとして、撫でなかった父。悲しみにくれていたあの目。

 あの瞳にこもっていたものは、僕に向けられたものなんかじゃなかった。

 せいぜいこれからの世間に向けた憂いと謝罪でしかなかったのだ。


 愛など、探したところでどこにも無かったのだ。




 窓からの西日に照らされながら、僕も父も泣いていた、一生分かり得ない違った理由で。これほどまでに呼吸を乱すほどの憎悪が全身を駆け巡ったのは初めてのことだった。もはや書籍じゃなくていい、普通に滅多刺しにして殺したいと思った。



「責任を取りにきたんだ。こうなったお前を、野放しにするわけにはいかない。私はこれからお前を書籍化する」

 赤みと青みが混じった顔で父は言った。両手を広げている。涙を拭った直後とは思えない、冷静な声だった。

「やれるもんならやってみれば? その前に俺があんたをやるよ」



 父は目もくれなかった。まただ。また僕を見ない。

「それが、父親としての責任だと思っているから」


 奴の口から父、という単語が出てきたのがもう無理だった。5歳からずっと蓄積されていたものが殺意となって爆発して、涙と共に叫びとなって噴き出していった。

「ふざけんな! なんでこっち見ないんだよ。子どもより職場が大事か。子どもより世間が大事か。こっちは…………。こっちは…………」



 迷わず父へ突進していった。父は両手を広げたまま止まっていた。父の息の湿り気が伝わってくる距離感。僕が念じて触れればいつでも本にできる状態だった。しかし肩が上がって、気が狂って、そんなことを念じる余裕などなかった。父はなぜか、僕の息が落ち着くのを最後まで待っていた。


「ごめんな、×××」

 そこで初めて名前を呼ばれた。妙に優しい声遣いなのが嫌だった。開いていた両手がそっと閉じ、僕を柔らかく抱擁する。僕の血肉が、衝動が、あっけなく紙の中に綴じられていく。そうして目の前が真っ白になっていき、僕は人間としての生涯を終えた。果たして、これからできる最後の1ページにはどんな描写が刻まれているのだろう。


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[良い点] 怖かったです! でも面白かったです 最後はちょっとうるっと来ました [気になる点] 何でこんな短いのに読みごたえがあるのですか [一言] いでっちさんのレビューを読んできました 教えてくれ…
[良い点] ∀・)いやはや……短編にして何という大作をぶちこんでこられるのですか(笑)読み終えた後、余韻がすごく残り過ぎて呆然としてますよ……!!まるで凄くハマった映画を観終えたときのよう。まず設定で…
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