第3話 永劫回帰する1日
デジャブ。これはよくあることだった。通ったことのない風景、道。通り抜け、すれ違う人々。
全ての見ず知らぬ体験が、一度記憶のどこかで体験したかのように感じる現象。確かにそれを感じたことはいくつかあったが、1日が同じように何度も何度も繰り返される。まるでSF映画や小説のような世界が自分たちの目の前に現れ、現実としてやってくるとは、水上も凪原も到底思わなかった。
「これからどうする? 私たち、この文化祭に閉じ込められたみたいだけど」
「どうしよう。まず、考えられる原因と脱出方法を考えないと」
「そうだね」
水上と凪原はできる限り、考えられる脱出方法を探すことにした。唐突に現れたこの謎の閉鎖された世界と1日に二人は不安を募らせることしかできなかった。
まず、試みたことは学校への脱出だった。文化祭が始まる前に学校から飛び出し、互いの家路へ帰るといったものだった。しかし、凪原を家路へ帰そうとすると必ずトラック、工事中の鉄筋、コンクリート、原付やバイクに至るまであらゆるものの事故に巻き込まれて二人とも死んでしまうのだ。
(水上一人で家路に着くことは可能であり、それはループする前から実証済みである)
次に文化祭や学校から抜け出すことはせず、屋上で丸1日を何もせず切り抜けることにした。屋上の下で、たくさんの生徒たちがロボットのように文化祭を楽しそうに過ごしてるのを声で感じて、虚しさを感じた水上だったが今はそれどころではなかった。
「こうして何もしない訳にもいかないしさ、ただ退屈なだけだし。何か遊ばない?」
「遊ぶって、何して遊ぶの?」
「トランプ持ってきたの。ポーカーでもしない?」
気晴らしにポーカーをし始めた二人は、自分たちの身の上話をし始めた。
「突然だけど、私のどこを好きになってくれたの?」
「それは、いろいろあるよ。文武両道、美人なところとか、もちろんそれだけじゃない。自分と同じ趣味を共有できたことが一番だったかな」
「それって、小説とか文芸部のこと?」
「うん。初めて会った時は、近寄りがたい雰囲気に感じたけど。しわくちゃの使い古されたしおりを本に挟んでるのを見た瞬間、なんだか親近感が湧いてね。自分と同じように物を大切にする人で物に愛着を持ってる人なんだなってその時、思ったよ」
「そうなんだ。なんか自分の恥ずかしいこと見られてたのは、気が引けるなあ」
「逆に聞きたいんだけど、オレを好きになってくれた理由とかってあるの?」
「たくさんの人たちに告白されてきたけど、水上くんにだけあった私の好きな部分があったの」
「好きな部分?」
「部分というか、箇所というか。私のないもの全てを持ってたの。平穏な日常。私、こう見えて昔、いじめられてたの」
「そうなんだ…」
「うん。私の存在を蔑む人が昔から学校内にいてね。一年生の頃は毎日のようにイジメられてた。でも、友達もいて、楽しくクラスメイトと話してる水上くんが羨ましく見えたの。文芸部に入りたての頃は友達もいなかったから」
「そうか。なんかごめん。不躾なことを聞いて」
「ううん。いいの。それより、ほら。私の勝ち!」
「ああ!?」
ポーカーが飽きたら、お互いの好きな小説について語りあったり、様々なことをして1日のすべてを費やし遂には12時を過ぎる直前まで過ごしていた。が、しかしここでもある問題が発生したのである。
夜中の12時丁度になった途端、突如として二人に強い眠気に襲われ、そのまま深い眠りへと落ちていったのである。
10月29日、午前7時00分
学校で迎える9度目の朝。水上は眠気が取れたように、あくびをしながらゆっくりと起き始めた。
隣にはおなじみの青木の姿もある。
「お早うさん。水上。寝起きで悪いこと聞くが。お前、凪原さんと付き合い始めたんだって?」
「ああ。それ、もう9回も聞いたよ。じゃあな」
「はあ? オレ、一回しか言ってないけど。おい。どこ行くんだよ」
「屋上」
二度目として屋上に行ってみると、そこにはひっそりと泣いている凪原が一人いた。
大きな不安が押し寄せてきたのか、普段明るい彼女からは想像もつかない表情をして泣き崩れていた。
9度も同じ時間をループし続けて、こうなるのも無理もなかった。
「もう無理かもしれない。こんな世界から永遠に抜け出せない人生なんてヤダ」
「まだ諦めるには早いよ。それにまだ、このループ世界を楽しんでいない」
「このループ世界を楽しむ?」
「何もネガティブに考える必要はないじゃないか。どうせ時間が巻き戻るんなら逆にどんなことでもできる」
水上は凪原を慰めると同時に次の脱出方法の案を考えついた。どんな悪いこともどんな良いことも、いろんなことをこのループする文化祭一日の間で楽しみながら脱出してしまおうという訳だ。
もちろんこの一日中、どんなことしても元通りになるだけなので、やりたい放題経験できる。
まずは文化祭、全ての出し物をめちゃくちゃにして、壊したり台無しにしたりと思うがままに行動した。これはさすがに悪い行いを人生でしてこなかった凪原にとっては苦笑いだったが、楽しそうな一面も見せてくれていた。
「凪原、お前がそんなことするなんて先生、失望したぞ」
「すみません…」
「教室にいる全員に謝ってこい。それと、後で職員室に来いよ」
「はい」
「水上。お前もだぞ」
「はい、すみませーん」
ふざけて謝ると、隣で凪原がクスクスと笑っていた。
それからも、たくさんのことをしでかしては思いついて、実行していった。実に二人にとって楽しい、いつもとは違う文化祭になった。廊下を自転車で駆け抜けて競争したり、高い屋上からプールに飛び降りて溺死してみたり、仲の良かった友人と言い合いになり殴り合いのケンカをしてみたりと、本当によくも悪くもループ世界だけでしか成し得ない青春を体験していた。
凪原は水上や学校全体のイメージとして、比較的人一倍マジメで人間性ができている完璧人間だったのだ。
だが、この世界、水上だけにとっては完璧な存在ではなくちゃんと人間味のあるただの少女なんだと水上は感じることができた。それは付き合う上でとても大事なことだった。
凪原にとって水上は最初、普通に学校生活を送るなんの取り柄もないどこにでもいるような生徒としか正直、みていなかったが、会う日数が増えるにつれて彼の優しい良い部分や悪いワイルドな部分が鮮明に見えてきて、それが魅力的に見え始めていった、このループ世界に閉じ込められたのがきっかけだった。
二人は互いに恋人同士になり始めて、たった数週間にして心通じ合う仲へと進化し続けていった。
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