二本杉の喜兵衛
おはようございますと、私はすっかり馴染みになったHWに顔を出した。
「おはようございます」
愛想の無い職員が精一杯の愛想を使ったみたいな微妙な笑顔でそう返した。
「てめえ、なに笑ってやがる」
私は激怒した。無職を笑っている。そうに違いない。
「すいません。無職の人がいっぱしの社会人であるかのように得意になって挨拶をしたのが哀れで面白くて、つい笑ってしまいました」
そう言って彼は屈託なく笑った。
なるほどそうか、そうか、その様な理由ならさもありなん。
私は彼を許すことにした。
「正直だな。気に入った」
彼はニヤニヤ笑っている。
「何かいい仕事は無いか。もしくは理由なく金だけもらえる仕事は無いか。無いなら、楽で日当20000円の仕事でいいぞ」
「ありませんね」
「職務怠慢じゃないか?こっちは経済弱者だぞ?」
「すいません。人権派弁護士に訴えないでください。人権派に人権を破壊されてしまいます」
「そうだろう。恐ろしいだろう。昨今の国家は経済的に不利なほど、人権的には有利になるのだ」
青年の額には脂汗が浮かび目はうつろで視点が定まらず、口から泡を吹き始めた。
「おい手前、どうした?死ぬのか?」
明らかにおかしい反応に私は脳裏に閃くものがあった。
この状態は戦地で見たことがある。麻薬中毒者の禁断症状だ。
私は懐から粗製ヒロポンを取り出すと青年の左上腕部の静脈に注射した。
ほどなくして青年の焦点が合い、体の震えも収まった。
HW内が歓声に包まれた。
「おい、大丈夫か」
「へい、面目も次第も有りやせん」
「偶然、おれが持っていたからよかったが、下手したらしんでたぞ」
「へい、ありやとやんす」
「いいってことよ」
「それでですか....。旦那、ご禁制のお代の方は?」
「いいってことよ。人助けに金子をいただいちゃあ、この二本杉の喜兵衛のな名が廃るぜ」
「へい、おもさげながんす」
青年は涙ながらに頭を下げ、おもむろに懐から縄を取り出すと喜兵衛に差し出した。
「やい、二本杉の喜兵衛。ご禁制のヒロポン。確かにこの俺の二つの黒い目で見たぜ!神妙に縛につけ!」
「はい、わかりました」
喜兵衛は捕まった。