2.幼馴染同級生と毒舌お姉さん
「諦めなさい、姫宮さん。 合田君だって男の子なのよ? 学校のアイドルである美愛との時間を大切にしたいのよ」
そう怪しく笑うのは美愛先輩と同学年である早乙女 翼先輩。
白くきめ細かい肌と一つだけ圧倒的なボリュームを誇るスタイル。顔だってよく見るとかなり美人だったりするのが、それを全てかき消せるほど容姿が地味に徹底している。切るのがめんどくさいのか目にかかった前髪お三つ編み、そして眼鏡。一体何を目指しているのか。また美愛先輩と1、2を争うほどの学力の持ち主であり、眼鏡になった理由は勉強だとか。一度話し出すとドS発言が止まらない悪ノリが厄介な先輩だ。
「そうなの!? なっつー、付き合っちゃう!?」
美愛先輩となんて付き合ったら明日は乾燥わかめになりそうだから遠慮したい。いつも告白断ってるくせに、そんなこと冗談でも言うんじゃない。
「もし、美愛と合田君が付き合ったら私達はもう部室にノック無しでは入れないわね」
「はぁ!? 部室で不純異性行為なんてしないでくれる!? 不快なんですけど!」
翼先輩の言葉を素直に受け取った女子生徒が椅子に座ってる俺に物を投げ飛ばした。
「イテテ、また力増しました?」
「そ、そういうのまだよくないんだからっ! 力も増してない!」
さっきから攻撃的な行動を取っている彼女は、俺の同級生であり幼馴染の姫宮 心結さん。
「ふふ、姫宮さん、顔真っ赤よ。 妄想が先行し過ぎじゃない?」
「そんなことないですっ!!」
中学校は違うが、小学校からの長い付き合いであり、こんな軽い暴力は慣れてしまった。昔はもう少し奥ゆかしくて大和撫子みたいな子だったのに、どうしてこうなってしまったのか。今時、暴力ヒロインは流行らないと思う。
そんな心結さんはクラスでは、意外にカーストーが高いリア充グループに所属している。小学校時代は腰まであった桃色の髪をツインテールにしてたくせに今は白いリボンを所々に付けてるリア充ヘア(偏見)に変化してしまった。重度のヲタクのくせに運動部のライトヲタと仲がいいあたりポイントが高い。
「折角プレゼント用意したけど、花小泉先輩で充分なのね、用意して損した!」
「それを言っちゃうあたり、こよりんってばツンデレポイント高い!」
「ツンデレじゃありません!」
こよりんというのは美愛先輩特有のあだ名だ。ちなみに俺はなっつー。翼先輩は乙女ちゃんというあだ名がある。
そして、心結さんは絶対ツンデレではない。
「飛んできた袋って心結さんからのプレゼントだったんですね」
拾って中身を確認しようとしたら、口の中にハンカチを詰められてしまった。
心結さん、暴力的過ぎませんか。
「開けなくていい!私のクッキーだし、そんな美味しいケーキ食べたらもう要らないでしょ! 投げたから割れちゃったし……」
口に詰められたハンカチを取り出す。
「安心してください、心結さん」
プレゼント袋を紐解き、クッキーを食べる。
「ん、美味しいですよ。クッキーだから割れても味に支障ありませんし、ありがとうございます! 心結さん」
料理が全く出来ない心結さんが作ってくれたクッキー。黒焦げで形が崩れてけして綺麗じゃないクッキー。実は美味しくなかったが、市販の物ではなくわざわざ手作りしてくれたのだ。それが味以上に本当に嬉しかった。
「ふ、ふんっ! 別に美味しくなんか作ってないし! 半分嫌がらせで作ったし!!」
「え、じゃあ不味かったです。 何入れたらこんなに黒くなるんですか」
素直に言ったら殴られた。今の言葉は酷評しろって言ってる訳じゃなかったのか。
「こよりんは反応が初々しくて可愛いなぁ」
「よかったわね、姫宮さん」
次は翼先輩がテーブルの上に本格的で大きなプレゼント箱を置く。
「合田くん、私もプレゼント用意したの。 2人みたいに食べ物じゃないけれど」
俺は身の危険を感じて去年の誕生日会の記憶を蘇らせた。たしか、去年もこのくらい大きな箱を頂いたのだ。 飛び出してきた物は、リアルなピエロ、その下に何故かびっくり箱キットが入ってるという謎仕様だった。
俺は大きく深呼吸して、蓋に手をつける。
「あ、ありがとうございます……」
片目を閉じてしまうのは仕様だ。けしてビビっていなんかいない。
「何か飛び出してくると思ってるの?」
「い、いえ。そんなことある訳ないじゃない……うっわぁぁぁ!!」
中身を見て俺はその箱を放り投げた。たしかに、何も飛び出して来なかった。 しかし、これはマズイだろ、心臓出ちゃうから!
「ふふ、その顔を見たかった…じゃなくて、ふふふ、大丈夫かしら? ふふ」
「めっちゃ笑ってるし! 本音が出ちゃってるじゃないですか!」
俺、ビビリなんかじゃないからね。ホラーアニメもグロアニメも普通に見れちゃうんだからね。勘違いしないでよね。
「もー、乙女ちゃんってば、なっつーのことからかい過ぎだよ。一体何入れたの?」
美愛先輩が箱の中身を覗き、それを持ち上げる。中身に詰められたのは目が飛び出てお腹の綿が剥き出しになってるぬいぐるみ。
「え!? 翼先輩!?」
「うわ、ワゴンセールにありそうなやつ!」
そんなのワゴンセールにあってたまるか。思いっきり不良品じゃんか、綿めっちゃ出てるし。てか、なんでそんなの持ってるんですか。そして何故か心結さんが震えている。
「あら、それはクッション材として入れたの。心結さんが一年生の時に家庭科で作った力作の使い道がないらしいから活用したの」
「ああああ! 言わないって約束だったじゃないですか! 翼先輩、違反行為ですよ!!」
ぽすぽすと心結さんが翼先輩に腕を振るが、翼先輩の胸囲についたクッション材が受け止めていた。
「え、こよりんのなの!? げ、現代アートだね!うん、素晴らしい!!」
美愛先輩がぬいぐるみを抱きしめるが、全然フォローになってない。ぬいぐるみの綿もっと出てきちゃってるし、心結さん涙目だし。 クッション材ってことは割れ物でも入ってるのだろうか。美愛先輩から箱を受け取り、奥を探る。出てきたのはCD。ジャケットには、スクール水着を身に纏った女の子が恥じらいげに微笑んでいるイラスト。
「なんですか、これ」
「アダルトゲームのシチュレーションCD」
「なんで持ってるんですか!?そして、なんでそれを18歳未満にプレゼントにしようという発想になったんですか!?」
早乙女 翼は声優ヲタク。
たまに気に入った声優CDを布教されることはよくある。 こういうCDは初めてですけどね!? 今回は悪ふざけが過ぎるのでないだろうか。
「乙女ちゃんって男性声優の声豚じゃなかったっけ。 ついに女性声優も手を出したの?」
美愛先輩、声豚って軽蔑用語ですからね。
「いえ、私は男性声優一筋よ。これは兄さんの布教用のCD。同志がいるって言ったら喜んで承諾してくれたわ」
「誤情報!! 間違ってますから! 」
しかも、翼先輩じゃなくて先輩のお兄さんからのプレゼントじゃんか。
「あら、嬉しくなかった? プレゼントする相手を間違えたかしら」
翼先輩は視線を心結さんへ向けた。
「うわぁ、イラストレーターさん、描写が最高過ぎるっ!! この幼女のムチムチ感が素敵! 背景もこだわりを感じるなぁ、落ちてる雑誌が少女漫画誌なのがポイント高いわね」
翼先輩からCDを受け取った心結さんがジャケットイラストを見つめ楽しそうにヲタク特有の早口で語っている。あーあ、彼女のヲタクスイッチが入ってしまった。
姫宮 心結も漫研にいる以上ちゃんとしっかりヲタクだ。しかし、彼女が好きなのは女性向けコンテンツじゃない。ライトノベルや萌えアニメそして百合。男性向けコンテンツをこよなく愛する萌え豚なのだ。
「おおー!こよりん、元気になったね! この調子でクラッカー引いちゃおうよ〜」
「いいですね!」
いや、よくないです。なんでそんなに皆、テンション高くなっちゃったんですか。
「これ2人持ちだけど、そこは男である合田君に頼みましょうか」
「はぁ……分かりましたよ、どうなっても知りませんからね?」
クラッカーはずっしりと重量感があった。 本当、なんでこんなの買ったのだろうか。
そして誕生日の俺よりも周りの方がテンションが高いという謎空間。
「せーのっで引くよ!」
せーの、と言う美愛先輩の掛け声とともにクラッカーを引く。
それと同時に扉が開いた。こういう時のお約束なのだろう。
「ごめんね、折角の合田さんの誕生日会なのに遅れちゃって……」
優しく美人な若手教師であり、漫画研究部の顧問でもある海野 手鞠先生。手鞠先生は梅野ヶ丘の聖母というあだ名を持つ、男女ともにかなり人気な先生だ。
そんな先生を初めて怒らせたという伝説とクラッカーを使用するには教師の承諾が必要であるという謎規則を俺達は残してしまった。