01.漫研所属の校内1のテンプレ美少女
放課後、第二音楽室にて待つ。そう書かれたメッセージカードが机の上に置いてあった。
「なんですかこれ、果たし状ですか」
なんでカード自体はファンシーなのに達筆な筆文字で書かれているんだろうか。
「うわ、また個性的なやつ貰ったなぁ」
隣の席になってから話すようになった小森くんがカードを見て苦笑いをした。
アニヲタの俺に優しい小森くんは実は重度のドルヲタだったりする。
「多分部活の皆さんからです。果たし状じゃないといいんですけど」
「あー部活かぁ、本当仲良いよなぁ」
小森くんが言う通り、送り主は俺、合田 夏樹が所属する漫画研究部(略して漫研)の部員の皆からだと予測がつく。第二音楽室は漫研の部室だし、なんといっても今日は俺の誕生日。きっと誕生日のサプライズ(?)を仕掛けるために、部員の皆さんが計画してくれたのだろう。
「漫研、楽しそうだなぁ。 部内の雰囲気も良さそうだし、それに校内1の美少女、花小泉 美愛先輩がいるし!」
前言撤回。美愛先輩に好意が傾いているなら重度のドルヲタとは名乗れない。
それに美愛先輩の本質は……ってこれは黙っておこう。小森くんが可哀想だ。
「小森くん、漫画とか全く知らないじゃないですか、それに小森くんはスポーツ特待生で入学したんですからそちらを頑張ってください」
俺が通う、梅野ヶ丘高校は運動部の強豪校であり、ほとんどがスポーツ特待生。さっき言った通り、小森くんもその一人。
「はいはい、俺は部活に行きますよ。夏樹、楽しんでこいよ」
「はい! ありがとうこざいます!」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた俺は、髪の毛を少し整えてから第二音楽室へ向かうことにした。
俺が扉を開けた途端、次々にクラッカーが鳴り響き、火薬混じりのリボンが飛んできた。どうやら果たし状じゃなくて本当に誕生日会の招待状だったようだ。
「17歳の誕生日おめでとう!」
「わ、皆さん、ありがとうございます!」
高校生になるとこんなに盛大に祝われる機会なんて少ない。こうやって準備してくれた皆さんに心から感謝しなければ。
黒板にはまた達筆な筆文字で、合田夏樹生誕祭、と書かれていた。それに対して飾りつけがファンシーなのが漫研らしい。
「ねぇねぇ、折角の誕生日会なんだし、やっぱり2人持ち3人引きのクラッカーの方がよかったんじゃないかなぁ」
そう言って先輩兼部長が巨大クラッカーを引きずってきた。
彼女こそ、さっき小森くんが言っていた校内1の美少女である花小泉 美愛先輩。
腰まである長い金髪と碧眼。テストではトップ3位以内に入る成績優秀者であり、運動部顔負けのスポーツ万能といったスペックの高さ。天真爛漫で優しい美愛先輩は性格すらも満点の美少女。梅野ヶ丘高校で彼女を知らない人がいないと言っても過言ではない。ちなみに二年連続ミス梅野ヶ丘だ。彼女が高校3年生になった今でも彼女に告白する人は後を絶たない。しかもお金持ちのお嬢様なのだから神様は一人に対して与え過ぎだと思う。
俺なんて特技なんて目を開けたまま寝るくらいしかないし、これといって誇れる物も持っていない。
「美愛先輩ってば俺のこと殺す気ですか、大きさが凶器並みなんですけど」
「なっつーは面白いこと言うなぁ、せっかくこの日の為に買ったのに」
そう上目遣いにこちらを見てる彼女に何人の男子が恋に落ちるのだろうか。
美愛先輩が買ってきた問題の巨大クラッカーはドッキリ番組で売れない芸人に使われそうな危ない香りがする品物。しかも、そのクラッカー2人持ち3人引きで計5人必要だから人手不足で無理じゃないですか。漫研は4人しかいないんですけど。美愛先輩のことだから、何も考えず見た目のインパクトで買ったんだろうなぁ。
「あとね! 今年もちゃんと用意したんだよ〜」
そう言ってクラッカーを床に放置し、俺を引っ張ってお菓子が大量に並べられた机の前に座らせられた。すぐに興味対象が変わってしまうとかパワフルな人だ。
「じゃーん! これ、頑張って徹夜して描いたの! だから……大切にして欲しいな?」
美愛先輩は少し恥ずかしそうに真っ白い表紙の同人誌を俺に差し出した。
ゴクリと唾を飲み込む。美愛先輩と白い表紙の同人誌、その光景に去年の俺の誕生日会がフラッシュバックした。
あれはマズイ。巨大クラッカーとか比じゃないくらいヤバイ。
「……すみません、それは受け取れません」
美愛先輩は絵も上手だし、話だって面白い。去年、ダメ元で応募したwedコンテストに受賞してしまうほどの実力の持ち主だ。でも、受け取っていけない、絶対に中身を見てはいけないのだ。 体から冷や汗が吹き出す。
「やだ、頑張ったんだよ? なっつーに読んで欲しい」
美愛先輩はショックを受けたように俯く。その様子に罪悪感で押し潰されそうになる。
「本当にすみません!」
しかし……。
「でも! でも俺、先輩の創作BL漫画は受け取れません! 勘弁してください!」
立ち上がり、訴えた。負けじと美愛先輩も机に体を乗り出す。
「なんで、今回は凄いよ!? 最近仲良さそうにしてる小森くんとなっつーのドキドキムラムラBLだよ!?」
「パワーアップの方向がおかしいです! そんなの当事者に読ませないでください! 」
あと変な擬音も聞こえたんですけど!? そんなの読んだら二度と小森くんとまともに話せなくなってしまう。
そう、これが美愛先輩の本性。
漫画研究部部長であり学校のアイドルでもある花小泉 美愛は重度の腐女子なのだ。
「もー! 去年は読んでくれたじゃんか!!」
BLだと気付かなかった俺は、去年誕生日プレゼントとして渡された美愛先輩自作の同人誌を読んでしまったのだ。
別にBLに偏見はないし、立派なジャンルだと思ってはいる。しかし、担任の天野先生と数学教師の待雪先生が裸で抱き合うシーンを見てからもう先生をまともに見れなくなってしまったのだ。HRと数学の授業が辛い……。
美愛先輩はいつもは腐女子を匂わせずに人気者の美少女のはずなのに、なんで漫画研究部ではこうなのだろうか。別に本人は隠している訳ではないらしいが、擬態が上手すぎて誰かに暴露する気にもならない。
やはり、現実にメインヒロインなんていない。ヲタクが現実知るいい機会だったのだ。
「勘弁してください……」
「わわ、顔青いよ!? これはジョークグッズ! そんなに本気にしないでよ〜 こっちが本命プレゼントっ!!」
ジョークグッズに徹夜するとか、力の入れ方が個性的すぎる。出来れば最初から本当のほうが欲しかった、というのは黙っておこう。 そんな俺の気も知らずに美愛先輩は楽しそうに大きな真っ白い箱を開けた。
「じゃーんっ!見て見て、花小泉家のシェフが作った特製バースデーケーキ!」
これが金持ちの特権か。
気品を感じされる美しいフィルム、宝石のようなフルーツときめ細かいクリーム。つい魅入ってしまう。
「ふふ、喜んでくれてるみたいだね! 目、キラキラしてるよ〜?」
隠しているわけでないが、俺は甘党だ。男が甘党なんて……という時代は終わったんだ。漫研の皆で喫茶店へ行って俺だけパンケーキを頼んだ時の引きつったあの顔は忘れるつもりはない。覚えてろよ、あの店員。
「美愛先輩、凄いです……!」
「えへへ、そーでしょ!」
俺の凄いという言葉が嬉しかったのか、美愛先輩は背後に花が見えるほど分かりやすく喜んでいた。
きっともう二度とこんな高級ケーキは食べれないだろう。美愛先輩と作った専属シェフさんに感謝をして頂こう。
「……美愛先輩?」
美愛先輩は切り分けたケーキをフォークに盛りこちらに差し出してきた。これはきっとあーんってやつだ。
「誕生日だもん、たまには先輩に甘えていいんだよ」
「い、いやそういう問題じゃ……!」
ケーキがずいっとこちらに差し出され、落ちそうになったところを口で受け止めた。
しまった、あーんが成立してしまった。しかし、その事実よりもケーキの美味しさの方が勝ってしまって、すぐに考えるのをやめた。
「うぁ、めっちゃ美味しいです! スポンジがしっとりしてて生クリームがバニラアイスみたいに濃厚なのにしつこくないっ! 素晴らしいです…!!」
「あはは、アニメの感想並みに言ってくれるねぇ。 私が作った訳じゃないけど凄く嬉しいなっ!」
美愛先輩の碧眼が薄く閉じられ、口角が上がると共に真っ白な歯が数本見えた。
そういう顔をすると、美人なんだなって再確認する。
「……あの、二人の世界に入ってる中、大変申し訳ないのですが」
わざとらしい咳払いと刺々しい発音の言葉が投げかけられる。
「……ここにには花小泉先輩以外にもいるんですけど!? そういうの不快なので今すぐ消えろ」
殺気に満ちたその言葉。しかし、仕方ないじゃないか。素晴らしいケーキに夢中で忘れてしまっていたのだ。
俺はケーキを口いっぱいに頬ばりながら声の方を向いた。