タイムスリップ
日常の文学シリーズ⑥(なろうラジオ大賞 投稿作品)
「10年前の今日に戻れたらどうする?」
助手席の彼女が急に言い出した。
彼女が突拍子のない質問をするのはいつものことだった。
「明日地球が終わるならどうする?」
「次生まれ変わるなら何がいい?」
「一年中真夏、一年中真冬、どっちの世界がいい?」
壮大な話題から身近な疑問まで。脈絡なく飛んでくる急な質問に面食らうこともたびたびあった。
ただ、今日の質問には答えられそうだった。
僕は運転しながら答えた。
「そうだな。まず朝起きてシャワー浴びるかな」
「細かいね。それで?」
「いつもより念入りに身体を洗って髭を剃る」
「汗臭いとか思ったことないけどな」
「ありがと。そんで、用意しといた服に着替えて、予約してた店に電話する」
「なんの店?」
「レストラン。ちょっと奮発して、赤坂にあるやつ。で、予約の時間までソワソワする」
「ソワソワするんだ(笑)」
「じっとしてられなくて二時間くらい早く待ち合わせ場所について、本を読む」
「好きだもんね、本」
「でも、まったく内容が入ってこなくて、何度も同じところをいったりきたりする」
「いつもは本読んでると無視する癖にー」
「ごめん。で、時間になったら君がやってくる。それから一緒に店に向かうんだけど、そこで道に迷う」
「いや、ちゃんと連れてってよ(笑)」
「君が近くにある駄菓子屋に寄るとか言ったからじゃないか」
「そうだっけ。よく覚えてないわ」
「予約時間が迫って僕は焦ってるのに、君は人の気も知らないでのんびり歩く」
「あはは」
「何とか店について、食事をするけど、緊張して僕は全く味がわからない」
「おいしかったよあの店。また連れてってよ」
「君がワインを頼むから、僕は焦る。酔っぱらってしまう前に言うべきことがあるから」
「…うん」
「デザートの時に渡すつもりの指輪をすぐにポケットから取り出して、ムードもへったくれもないまま渡す」
「…うん」
「…あの日のことは全部よく覚えてるし、あの時の自分に戻れるとしても何一つ変えるつもりはないよ」
「そっか」
「今度は君にも聞いてみたいな」
僕は、前を向いて運転しながら聞いた。
「10年前の今日に戻れるとしたらどうする?」
彼女の答えが返ってくる前に、車は赤坂のレストランに到着した。
少し驚いた顔をした彼女を車から降ろす。
彼女の答えは店の中で聞こう。10年前の今日と同じ場所で。