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二章 1

後悔はしていない。してはいけない。する資格はない。必要なのは覚悟だけ。

往来を行き交う人の視線は押しなべて足元で止まる。ある人は忌み嫌うものを見るかのように顔を顰め、ある人は安堵の息を漏らし、ある人は小鼻を膨らませ誇ったように硬貨を投げる。

種々雑多な人がごった返すアタルッツ通りはノイツ・プレ一番の目抜き通りであり、人の波に潜り込むには好都合なのだ。しかし、待ち合わせには些か不都合であることに気付いたが遅い。

考えなくてもその場に留まることが賢明であることは知っている。だからこそ留まりたいのに、天は見放す。恨めしく思い仰ぎ見たいが、降り注がれる胴間声に俯く。

黙したままでいたからか、痺れを切らしたように手首を掴まれる。助けを乞う声は商いをする商売人の声でかき消される。抵抗したせいで、足の裏が痛む。見なくても皮膚が裂けているのが分かる。痛さゆえに抵抗できない。

否応なしに人波に乗らされ、流れる。いつの間にか目抜き通りから外れ、人気のない路地に入っていた。男は小屋の前で立ち止まる。


走り書きされた文字読み終わり、茫然としたいのに時間が許さない。二度目のノックに返事をし、部屋を出る。

何事もなく朝食は終わり、食堂を後にしようとして呼び止められる。促されたまま席に座り直す。

部屋から給仕やばあばさえも追い出され、意識せずとも鳩尾に力が入り、背筋が伸びる。

斑模様の光が揺れる。わさわさと音が聞こえる。動から静へと変化したことを沈黙が教えてくれる。最早、沈黙が耳を聾す。振り子の音、鳥の羽音、飛び立つ瞬間の葉擦れ、呼吸、心臓、内からも聞こえる音たちを際立たせる。

「結婚の日が決まった」

 抑揚がなかったからか、溢れる音に溶け込もうとした声を掬いあげたが胸がざわつく。

「だれの?」

衝いて出た言葉に自分自身、的外れな馬鹿げている質問だと思ったが、お父様は眉一つ動かさずに答える。

「お前たちのだ」

宣告のような重厚さを伴う言い方であったが、別段驚きはしなかった。それでも泣き喚き、取り乱すことも可能だったかもしれない。きっとお父様はそうなることを想像していたに違いない。

 こっくりと肯いた私を見て目を丸くしたのだから。

 自室に戻り、二つの空いたベッドを見るともなく見る。どこへ行ったのだろう。安全な場所で眠っているのだろうか。道端で眠りに落ちてはいないだろうか。泡沫の心配事が音を立てる。私は耳を塞ぐ事しか出来ない。

 肩を叩かれ驚いて顔を上げる。現実が勢いよく目に飛び込んでき、またも伏せたくなる私を心配そうな面持ちでみているばあばを見、微笑を湛えた。しかしすぐさま、湛えた微笑はこぼれ落ちる。

 私の視線の先には空いたベッドが二つ。

 ばあばの視線の先に映るのも時間の問題である。

 今のところ気付いている様子もないので、至らぬことをしないよう留意して話す。

「どうかしたの?」

「その様子じゃ、お聞きになっているのですね」

「結婚のことでしょ?」

「それもですけど、ノーフプ様のことですよ」

「いや、知らないわ。どうかしたの?」

「本日からノーフプ様は来ないそうです」

「え?それじゃ、絵はどうなるのかしら」

「すでに完成していたそうです」

「そうだったのね」

「建前は、ですけどね」

「どういうこと?」

「ご主人様がお怒りなのです」

 それから先は口止めされているのだろうが、やまなりとなった眉が全てを物語る。


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