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 カーテンの隙間から東雲色の光がほのかに差し込むころ、私の目はパッチリと開いた。

寝る場所が変わろうとも昔からの習慣は中々変わらないらしい。

 世の中には枕が変わると眠れない……なんて人もいる中で昨日初めて会ったばかりの人の家でよくもまぁあんなに熟睡できたものだと我ながら呆れる。


 とりあえずは布団から出ようと真っ白の掛布団に手をかけ退けると何やら黒い布のようなものが視界に入った。

 掛布団もシーツも白なのに……。

 ふと視線を隣へ移すとそこには私以外の人物がいた。


 ラウス様だ。

 瞼を閉じて、寝息をスースーと立てていようが間違えようはない。

 一応夢じゃないかと疑って自分の頬を思い切りつねったり、目をギュッと閉じては開いて確認してまた閉じて、を三回ほど繰り返したがやはり変わらずラウス様はそこにいる。


 どうやら昨日の薄れゆく記憶の中での出来事は夢でも、寝ぼけていたせいでもなかったらしい。


 カリバーン家に来てからというもの、サンドリア家との違いがあり過ぎて軽くカルチャーショックを受けていたのだが、まさか使用人と同じベッドで寝る習慣があるとは思いもしなかった。


 護身か何かなのだろうか?

 そういえば馬車の中でラウス様から隣にいてくれと言われていた。


 小説の中ではよく身分の高い人が寝室の扉の外で使用人や騎士を待機させておくシーンとかはあるけど、同じベッドで警護させるなんて聞いたことがない。があくまで私の読んできた小説は創られた話がほとんどだった。


 直接的にお前の役目は護衛であると言われてはいないものの、もし護衛の役を任されていたのだとしたら初日から早々と眠りについた私は使用人失格の烙印を押されてもおかしくはない。

 詳しい業務内容が説明されなかったから、なんて子どもみたいな言い訳はまかり通らないであろう。


 この失態を何とかカバーするためには、それ以上にカリバーン家のために役に立つ他ないのだろう。


 早速布団から出ると私は一張羅のドレスではなく、見覚えのないネグリジェを着ていた。寝ていたのだからドレスであってもおかしいが、いつの間に着替えたのかすら記憶にない。


 緊張してしまうとその前後の記憶が吹っ飛ぶのは昔からの私の悪い癖だ。

 昨日の出来事を思い出そうとしても鮮明な記憶はダイニングルームに行ったところで途切れている。その後はぼやけていたり、プツっと途中で切れていたりしている。


 何か変なことしてなければいいんだけど……。



 部屋を見回し、昨日着ていた服をとりあえず探したがそれらしき物は見当たらない。替えの服もない。

 むしろクローゼットすらない。


 だが服は見つからない代わりにあることに気がついた。

 ここは私に与えられた部屋ではないということだ。

 ラウス様が隣に寝ていたことからこの部屋はラウス様の寝室ということで間違いはないだろう。


 それにしても寝室にクローゼットがないだなんて……不便……。着替えはどうするのだろう?

 首を捻って考えてもその答えも服も出て来ない。


 ネグリジェで他人の家をウロつくなんてみっともないけど代わりの服もないし……仕方がない、とりあえず部屋に帰ろう。

 帰る――というのが果たして正しいものなのかはわからないが、一応私の部屋と言ってくれていたから帰る、でもいいのだろう。


 なるべく他の誰かの目に触れないようにコソ泥みたいにヒソヒソと屋敷内を歩いて私の部屋を探す。

 だがどこも同じ色と形のドアばかりでどれが私に与えられた部屋なのか見当もつかない。間違って他の人の部屋でも開けてしまったら大変なことだし……。

 昨日、目印にしようと思って見ていた花瓶や絵画はどこへ行っても同じものにしか見えない。

 せめて私に芸術品を見る目があればその違いもわかるのだろうが、農作物の種の見極めこそ出来ても芸術というものにはとんと疎い。

 これでは部屋へ辿り着くまでの目印どころかさっきの部屋に帰ろうと思ってもそこに辿り着くことができるかすらも怪しいものがある。


 せめて昨日使った階段か何か特徴的なものが見つかればと辺りをキョロキョロと見回していると「モリア様、どうかなさいましたか?」と一人の使用人に見つかってしまった。


 ネグリジェ姿でこんな朝早くから屋敷内をキョロキョロしながらウロついていたら怪しい。

 私自身もよくわかっているのだから、他の人から見ればよほど怪しい光景だろう。

 ……だから見つかりたくなかったのに……。だが見つかってしまっては仕方がない。


「あの……部屋に戻りたいのですが、その……道がわからなくて……」

「左様でございますか。ではご案内いたします」

「ありがとうございます!」

 はぁ、良かった。と思ったのもつかの間。

「ところでモリア様。何かご用があったのではありませんか?」

 やはり怪しかったらしい。

 だがここで『何もありません』と言ったら怪しさは二倍、いや三倍にも跳ね上がることだろう。


「あ、その……」

 何か、何か理由になりそうなものは……。

 考えている途中も「はい、何なりとお申し付けください」と三日月の形をした笑みを浮かべて答えを急かしてくる。


「ええっと……」

 何か、なんでもいいから……何でもいいから考えるんだ、私!

 心の中でこんな時に全く役に立たない自身の頭に檄を飛ばしているとたった一つだけ、この状況を切り抜ける理由になりそうなものが浮かび上がってきた。

 服だ。服を探していたと言えばいい。

 それにこの状況、制服をいただく絶好のチャンスではないか!

 昨日のドレスなら後で探せばいい。あれは一張羅で、何より動きづらい。これから仕事をする上で明らかに不便なのだからそう急いで探すこともない。

 そうと決まれば後は「制服をいただけますか!」と頭を下げるだけだった。


「制服……ですか?」

 訳がわからないと言ったように聞き返す使用人の女性にもう一度「制服です」と言えば輪をかけてわからなくなったように首をコテンと可愛らしく傾げた。


「制服、制服……ですか。私たちにはこの服がありますけれど、モリア様に制服は……その……」


 ここまで言ったら『ない』と言われたようなものだ。

 肩と同時に気分も頭も垂れ下がる。



 仕立て屋でドレスを買おうとすると大体の場合、既製品の中に私の身体にピタリと合うものはない。

 既製品に少し装飾品を付けてもらったりするだけのお姉様たちとは違い、オーダーメイドのものを注文するか、ツーサイズほど上のサイズのドレスを買って裾や袖を直してもらう手間とお金が余計にかかる私は『モリアの栄養は全部胸にいったのかしらね……』とよくお姉様たちから苦笑いをかけられる。

 そんな私は普段着も大きめのサイズを買わないと入らない。

 背は小さいのに大きな服を着なければならない私は側から見ればアンバランスだ。


『完璧である』と社交界、それも下級貴族が集まる夜会ですら噂されるカリバーン家の使用人ともあろうものがそんなことを許す訳がないのだろう。


 不便に思うこともあれ『ないよりはあった方が断然いい』と断言するお兄様たちの言葉を信じて暮らしてきた。

 確かに顔つきが地味な私にとって特徴はないより一つでも多くあった方がいいのだが、今となってはその唯一ともいえる外見的特徴はない方が絶対便利に決まっている。


 着ることのできる制服がないなんて使用人としてやっていく自身がどんどんなくなっていく。


 少しでもなくならないものかと服の上から両手を胸にあてて押しつぶすと、目の前の使用人は慌てたように「制服はありませんが、ラウス様がモリア様のためにお買いになったドレスならございますので!」と元気付けてくれた。


「本当ですか!」

 まさか昨日の今日でわざわざ普段着を仕立ててくれているとは思わなかった。さすがは上級貴族様だ。いつだってその行動は私の想像の遙か上を行く。


 これで制服は手に入らずとも、唯一所有している服で、家から新たな服が送られてくるまでの間過ごし続けることは回避されたのだ。


 それにいざとなったらその用意された服のからエプロンか何かを着ければ見た目が悪くとも裏方なら何とかやり過ごせるかもしれない。


 暗くなりつつあったこれからの生活に一筋の光が差し込んできたようだ。


 それから使用人は私を部屋まで送ると「ドレスをお持ちいたしますので少々お待ちください」と去っていった。


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