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 グスタフという相棒の温もりを腕と胸の二ヶ所で実感しながら外へと続くトビラに手をかけると、背後から聞こえるはずのない声が耳を刺激した。


「モリア? こんなところで一体何をしているんだ?」

「ラウス……様。何で……もうお眠りになったはずじゃ……」

 私はベッドの中、耳をそばだてて十分に待ったはずだ。

 それなのになぜ、よりにもよって一番出会いたくはなかったラウス様がここにいるのだろう?

 

 その疑問はラウス様の口から明かされる。

「昔からあんまり寝つきはいい方じゃなくてな……。物音がするから気になって来てみればモリアを見つけたというわけだ。それで、モリアは何をしていたんだ?」

「……散歩、です」

「そうか、なら俺も一緒にしてもいいか?」

  責められるようなその言葉でカリバーン屋敷からの離脱を阻まれた私はそれからラウス様と共に敷地内で夜の散歩をすることとなった。

 

 月の光に照らされて、ラウス様の大きな背中はいつもよりも頼もしく、そして愛おしく思えた。

  その一方で心ではこうなったら早く心のうちを打ち明けてしまえと気持ちばかりが焦り、鼓動はバクバクと脈を打つ。

 

「ラウス様。ラウス様は、ハンドルケール家をご存知ですか?」

 切り出しはまずまず。

 家紋の隣に記載してあったその家名を口にすれば後は驚くほどに気持ちが軽くなる。

 それだけ話せばもう、私の出番は終わったと言っても過言ではない。

 

「ああ知ってるが、いきなりどうしたんだ?」

「先日の夜会でハンドルケール家のご令嬢をお見かけしたものですから」

「ああ、そういえば来ていたな。確かハンドルケール家の三女がついこの間デビュタントを迎えたとかで結構いろんなところの社交界に顔を出しているらしい。サキヌもお母様も何も言ってなかったんだが、話しかけられでもしたか?」

「いえ、そうではなくて……」

 だがラウス様はそう簡単に私を解放してはくれないようだ。


「そうか。てっきり私がいないうちにハンドルケール家のご令息に目でもつけられたのかと……」

 その先も私の口から話せということだ。

 これがラウス様の隣に収まり続けた、そして恋心まで抱いてしまったバツなのか。

 その代償はあまりに重い。けれどそれが私に課せられたバツなのだ。

 

「どなたかまではわからないのですが、ハンドルケール家のご令嬢のうち一人のお顔は私とそっくりなのです」

「そう、か? そんなことはないと思うが……」

 そこまで言ってもまだなおその事実を認めようとしないラウス様との距離を一気に詰め、そして縋った。


「ラウス様、やはりこのまま、勘違いをしたままなのは良くないと思うんです。だから……」

「は?」

 見苦しい私の姿に唖然となるラウス様の身体から身を離し、そして小さく息を吸い込むと私の出した結論を全て打ち明けることにした。

 

「以前申し上げた通り、私はラウス様の愛したご令嬢とは別人なのです。その方こそ、ハンドルケール家のご令嬢に違いありません。カリバーン家からお借りしたお金は、その……時間はかかってしまうとは思いますが必ずお返しします。だから、だから私なんかで妥協しないでください」

 愛とは何物にも代え難いものであると親戚一同は口を揃えて言っていた。

 愛よりお金を選んだ私がこういうのも変かもしれないのだが、背に腹を変えられない状態だからこそそれを選んでしまっただけであり、もしも何事もなく暮らしていたら私も例に漏れず何よりもまず自分の感情を優先させたことだろう。

 

 するとラウス様は頭を抱えて蹲った。

 あれからも自分の愛情表現は全く伝わっていなかったのかと漏らしながら。

 

 しばらくしてから立ち上がったラウス様は深く息を吸い込むと、私が逃れることを恐れるように両手で強く私の肩を掴んだ。

 

「モリア。まず初めに君が見かけたというのは恐らく、ハンドルケール家の三女のことだろう。上二人は髪の色が違うからな。そして彼女だが……最近デビュタントを迎えたばかりの16歳だ。もちろん5年前の夜会には出席していない。次に私がモリアに辿り着いたのはあの日の出席者名簿に書かれた名前を全て照合していったからだ。今回、君が似ていると証言したハンドルケール家の令嬢もそうだが私が間違っているということは確実にない」

「……」

 口早に告げられたその真相に私の頭はショートした。

 それはまるでラウス様は確信を持って私を愛してくれていると語っているようなものだったのだ。


「なぁモリア、やはり私みたいな、約束を忘れてしまうような男は嫌いか?」

「そんなことはありません! けど……」

「けど?」

「私があの夜着ていたドレスには薔薇の刺繍なんてないんです!!」

 そう、私はラウス様のその告白を聞いてもまだなお彼の言葉を信じることはできないのだ。

 

 私はサンドレアの屋敷であのドレスを見てしまったから。

 

「どういう、ことだ?」

「以前ラウス様はあの日のことを忘れてしまっている私に何があったのかお話ししてくださいました。そしてその時、ラウス様はドレスの胸元に白薔薇の刺繍があった、と」

「ああ、確かにあった。モリアの瞳の色よりも柔らかな緑のドレスの胸元に、細やかな刺繍がいくつかあったはずだ」

「確かに一度帰ったサンドレアの屋敷で私が見たドレスもグリーンでした。ですが胸元にあったのは同系色のフリルで、薔薇の刺繍なんて、なかったんです……」

 それでは私はお姉様たちとお揃いにしたはずの刺繍をどこに誂えたのかと。

 ラウス様が白薔薇のあった場所を勘違いをしているのではないかと涙の染み込んだドレスの至る所を探した。

 けれどそれはドレスのどこにもなかった。

 おそらくはドレスではなく、あの日身につけていた小物に刺繍をしたのだろう。

 だがそれが何なのか、そしてその薔薇が何色のものだったのかも分からず、それは別人であったと結論づけるしかないのだ。

 

 現に私はその日の記憶などないのだから。

 

「私にそのドレスを見せてはくれないか?」

「え?」

「自分で確認もせずにみすみすモリアから身を引くことなど私には出来ない」

「ラウス様……」

「モリアが私を嫌っているわけでないというのなら、だが」

「嫌いなわけ、ないじゃないですか! ラウス様を嫌いになれたらこんなに悩んだりなんかしません……」

 借金のカタで嫁いだ私に相手を選ぶ権利などなかった。どんな相手でもサンドレアの人達を救えるならば、そう思ってやって来たのだ。

 想いを寄せてもらえるなんて、誰かを好きになるなんて思いもしなかった。

 そして私は誰かを愛するということを知った。他ならぬラウス様が教えてくれたのだ。だからそんなラウス様には幸せになって欲しいって思えた。

 

「モリア……」

「ドレスはサンドレアの屋敷に保管してあります。明日、サンドレア屋敷まで行ってこちらまでお持ちいたします」

「私も共に行っていいか?」

「ですが……」

「一刻も早く、確認したいんだ」


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