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 太陽が昇り、着替えや顔を洗うよりも先に花の様子を見に行った。

 着色液から引き上げ、昨日使った脱水液で手早く洗浄すると昨日のうちにお母様が用意してくれていたネットの上に乾かした。

 

 後は再び待つのみである。

 

 顔を洗って、着替えて、そして畑へと向かって家族の手伝いをする。

 こんな時、ちゃんと筋力トレーニングをしておいて良かったと実感する。してなかったら今頃、足腰はピクピクと震え出していたことだろう。

 

 畑仕事も終わり、早速朝食にありついているとふと私の頭にあることが過った。

 

「そうだ、お母様。私がデビュタントの時に着たドレス、まだあるかしら?」

 せっかく4日もかけて帰って来たのだから、私達を巡り会わせてくれた思い出のドレスを見ておきたいと思ったのだ。それにプリザーブドフラワーの完成まで、時間は有り余っているのだ。

 

「デビュタントの? もちろんあるわよ、あなたたちのドレスは全部取ってあるもの。確かあのドレスなら二階のクローゼットの……一番奥にあるわ」

「本当に!?」

「ええ。カリバーン家に持って行くなら持ってきてもらうけど」

「見るだけだから、大丈夫。自分で行くわ」

 お父様とお兄様と戯れているグスタフに「ちょっと行ってくるね」と告げ、住み慣れた我が家を闊歩する。

 そしてお目当てのクローゼットルームに入る。

 サンドレアの使用人は皆マメで、すでに着られることのなくなったドレスもタキシードも全て大切に保管されている。

 私のドレスがかけられているレールを辿って、一番奥まで辿り着くとそこには懐かしの、私の瞳よりも少しだけ淡い色をしたドレスが顔を見せた。

 

「これが……」

 いよいよご対面となるそのドレス。全貌を知れば私の眠った記憶もいよいよ目を覚ますのだろうかと期待を抱き、そのハンガーを手に取った。

 

 ――そしてドレスとの対面を果たした私は自分の目を疑った。

 

 胸元に白薔薇の刺繍などなかったのだ。

 あるのはフンワリとボリュームを出したフリルだけだった。

 

 …………やはり別人だったのだ。ラウス様が愛したのは私と顔のよく似た、誰かなのだ。

 

 思い出がたくさん詰まっているはずのドレスに、なぜ今なのかと責める相手もいやしないその感情が涙となってこぼれ落ちる。


 私はラウス様を愛してしまった。

 身を引こうと決意したあの日よりずっと好意は膨らんできているのだ。

 

 だからこそ、熱くなった胸が苦しくてたまらない。

 涙とともに押し寄せる感情はこの遅すぎる初恋を自覚してしまった故の代償なのだと、心に深く刻み込まれた。

 

 

 


「モリア、あなたその目、どうしたの!?」

 涙を流しきり赤く腫れてしまったその目はすぐにリビングに残るお母様達に見つかってしまった。

 

 私の前にラウス様の思い人は別人なのだという考えは、以前よりも影を色濃くして現れた。

 それをつい先ほど、私の初恋を喜んでくれた家族に打ち明けることなど到底出来なかった。

 

 だから代わりに大きな嘘をついた。

 

「あのドレスを見たら、お姉様達のこと思い出しちゃって。カリバーン家で優しくしてもらってるけど、その分ずっと家族が恋しかったみたい」

「……そう、なの?」

 心配そうに見つめるお母様から目を逸らし、そしてせっかく綺麗にできたその花を、その出来栄えに相応しく、お姉様達が残していってくれたリボンなどの小物で手早く飾り付けていく。

 

「もうブーケも出来たし、そろそろ帰らなきゃ」

 飾り付けの最中もずっと納得いかないとばかりに疑いと心配が混じった視線を私の背中に注ぎ続けたお母様にその場を誤魔化すように別れを告げると、完成したブーケを抱えて久しぶりのサンドレア家を去ることにした。

 

 グスタフは声をかけなくともすでに私の足元に寄り添っていた。

 リビングに残っていたのに、彼には私の心の動揺が伝わっているようだった。

 

「帰ろう、グスタフ」

 

 帰ると告げたその屋敷はいつまで私の居場所となってくれるのだろうか。

 

 行きよりもよく揺れる馬車の中で、ラウスと共にいれることの楽しさとあの場に帰ろうとすることへの罪悪感が積もっていった。

 



 私の心とは裏腹に行きよりも早く帰路へと着いた馬車から、この一ヶ月ですっかりヒールに慣れてしまい、震えることのなくなった足を下ろす。

 

 胸には目を覆いたくなるほどの真っ白なバラ。ずっと残るなら綺麗な物をと時間をかけて選んだ自分が今では恨めしく思える。

 

「モリアちゃん、お帰りなさい」

「ただいま帰りました」

 おかえりと出迎えてくれるお義母様に、新たな真相を知ってしまった私はその心を覆い隠すように笑みを浮かべた。

 そんな私を変に思ったのか一瞬、眉間に皺を寄せたお義母様だったが、すぐにその視線は私の顔から腕の中のブーケへと移る。

 

「あら! 綺麗ねぇ……」

「ありがとうございます」

 皮肉にも作った後に役目を果たすことしか出来なくなってしまった腕の中のブーケは、自分で言うのもなんだがとても綺麗でよく出来ていると思う。いや、役目を果たせないからこそ余計に私の目には眩しく見えているのかもしれない。

 

 これ以上、強張った笑顔を向け続ければ心の中に隠したものがバレてしまいそうな気がして、お義母様との話を切り上げて、早々と逃げるようにして部屋へと戻った。

 

 

 グスタフが身体を滑り込ませるのを確認すると私はゆっくりとドアを閉めた。

「はぁ……」

 力が抜けた背をドアに預けながらため息を吐くとグスタフは私の足にちょこんと手を乗せた。

 そして彼は私の視線を独り占めすると、見てろよと言わんばかりに鼻をふんと鳴らしてから部屋の中心まで移動するとその場でクルクルと回り始めた。

 

 それはダンスステップである。

 グスタフがいつのまにステップを習得したのかは、彼の言いたいことは伝わった。

 とりあえず身体でも動かして気を落ち着かせろと、ここにはいないお兄様の代わりに私を激励しているのだろう。

 

 

「踊ろうか、グスタフ」

 唐突に降り出した、窓の外から叩きつけるような雨に身を委ね、私は踊り出した。

 観客はグスタフただ1匹。それもステップを間違えた時には「ぶにぁ」と鳴いて指摘するようなスパルタなお客さんである。

 だがその鳴き声はグスタフだけはずっと側にいてくれているのだと証明してくれているようで心地いいのだ。

 

 落ち着いてくるとふと頭によぎるのは週末の夜会のこと。このままラウス様と共に出席してもいいのだろうかと考えてしまう。

 だがその時にもグスタフはぶにぁと鳴く。

 

 本当に何から何まで気の利く相棒である。

 

 雨音が遠ざかるまで踊り続けた時にはもう疲れ切っていて、そのままベットへと倒れ込んだのだった。


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