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 それからお義父様とラウス様を見送った私は今、お義母様と共に薔薇に囲まれた庭でただひたすらにアンジェリカの生還を心待ちにしている。

 物音がする度にアンジェリカが帰ってきたのかと立ち上がる私の腕をお義母様は半ば呆れた様子で引いた。

 

「モリアちゃん、まだよ。だからほら、お茶でも飲んで」

「そ、そうですね……」

「アンジェリカはああ見えて意外と強いんだから」

 お義母様はラウス様と同じように、あんなに小さな少女をそう称する。私の知らないアンジェリカを。

 私は一ヶ月ほどこの屋敷にお世話になってはいるが未だ家族にはなりきれて居ないらしい。ウェディングドレスが完成したら、ラウス様と結婚したら、彼女のことを、そしてラウス様達のことを理解することができるだろうか。それはラウス様への答えを曖昧にしたままの自分自身を変えたいという思いを含み、胸の中に沈んでいく。

 

 お義母様は私の意識を少しでもアンジェリカから引き戻そうとするためか、何か考え事をしながらカップに口をつける。すると何かを思い出したかのようにハッと顔を上げた。

 

「そうだ、モリアちゃん。明日、お義姉様のところに行くことになったから!」

「明日、ですか?」

 以前の約束はラウス様の叔母様、シャロン様の飼っている猫が産気づいたということで延期になっていた。その後、全く音沙汰がなかったのだがすでに予定は立てられていたらしい。

 

「そうよ。アンジェリカが帰ってきたらあの子にも伝えてあげないと」

 延期になったと聞いて寂しそうにしていたアンジェリカのことだからきっと喜んでくれるだろう。そしてラウス様はまた複雑そうな表情を浮かべるのだろう。

 

「あの、シャロン様はどんな方なのですか?」

 シャロン様は私がこの家に来るために尽力してくれたのだと聞いてはいるものの、私は彼女のことをよく知らないのだ。

 唯一知っているのは社交界で『猫夫人』と呼ばれるほど大の猫好きだということ。

 思えばシャロン様からお誘いの手紙が送られてきたのは愛猫のグスタフが亡くなってすぐのことだ。他の方の時と同様に、彼女の主催するお茶会を断らせてもらった。

 お墓の近くから離れがたい気持ちはあるものの、全く悲しんではいなかった、むしろグスタフの長寿を祝ってはお墓の前に色々とお供え物をしていた私としてはお義母様の口から出た名前を聞いた時には申し訳なさが胸元を責めてきたものだ。

 だがどうやら私は彼女に好印象を持たれているらしく、いまいち彼女の人物像が成り立たないのだ。

 

「シャロンお義姉様は猫が大好きでね、屋敷に大体50匹くらい猫を飼っているの」

「50匹も、ですか!?」

 私とグスタフとの関係はおそらく普通の猫との関係とは違うだろうが、それにしても50匹は多すぎる。

 グスタフの場合はサンドレア家で飼っていたというよりもむしろ家族のようなもので、飼い猫と主人というよりは兄と妹のような関係だった。時にはお兄様よりも兄らしいこともあったくらいで、フンと鼻を鳴らして呆れたような視線を向けてくるくせによく私の世話を焼いてくれたものだった。

 50匹もの猫をサンドレア屋敷で飼おうと思ったらグスタフのお気に入りだったソファはおろか、リビング一室を占拠されてしまうだろう。どこを見てもモフモフで、心を奪われる光景ではあるだろうが実際に見てみたいとは思えない。グスタフ一匹と毎朝、退いてと問答するくらいが私にはちょうどいいのだ。

 思い出すとあのまん丸のお腹が懐かしくなって、ついついアンジェリカから預かったテディベアのお腹に手が伸びてしまう。お腹の引き締まったクマさんとは違い、グスタフのお腹はもっともっちりとしていたと比べてしまうのはホームシックのせいだろうか。

 

「モリアちゃん? その子、気に入ったの?」

「あ、いえ」

 指摘されたことが恥ずかしくなり、彼のお中で円を描いていた手を止める。


「気に入ったのなら「お義姉様、お母様!」

 目を細めて何かを提案しようとしたお義母様の言葉を遮るようにしてやって来たのはアンジェリカだった。

 不思議なことに先ほどまで呆れられるほどに音には敏感になっていたというのに、アンジェリカがこんなに近くまで来るまで全く気が付くことができなかった。

 けれどお義母様にはその物音が聞こえていたようで、全く驚いた様子はない。

「アンジェリカ、はしたないわよ」

 それどころか走ってやってきたアンジェリカを、買い出しのため不在のサキヌの代わりに諌めた。

 

「ごめんなさい、お義母様。でも私、どうしても早く話したいことがあるの!!」

「どうしたの?」

「王子にもお義姉様の素晴らしさが伝わったのよ!」

「マクベス王子に?」

「そうなの! 是非今度会ってみたいって」

 仲直りできたようで良かったと胸をなでおろす。だが私なんかが王子に会うなんてそんな恐れ多いことはないだろう。嫉妬からハンカチを取り上げるような、アンジェリカへの思いが強い人なのだ。断れるなら断りたい。

 

「お義姉様、その、私……嬉しくて、今度一緒に来ますわってお約束してしまったんですが、今度……一緒に来てくださいませんか?」

 だが若干潤んだ瞳で上目遣いをされては断ることも出来ず、口から出たのは正反対の言葉だった。

 

「もちろん」

 ぱあっと輝くアンジェリカの顔を目の前に私は少し胃が痛むのを感じたのだった。


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