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 ラウス様のリードに全面的にお世話になりながら踊り終えるとラウス様は柔らかく微笑んだ。

 足を踏まなかったとはいえ私の技量不足がバレてしまったのだろう。優しいラウス様は何も言わないが、社交界で何度もご令嬢達と踊ったラウス様に隠し通せるわけがなかった。……だから踊りたくはなかったのだが、これからも踊らなければならない時はやってくるだろう。それならやはり練習はしておこうと心に刻んだ。


 それにしてもラウス様は踊り終わった後も一向に私の腰から手を離そうとはしない。

 まさか上手く踊れるまで解放しないということなのだろうか。

 アンジェリカが朝から夕方までダンスレッスンを受けていたのを知っている私としてはその可能性は捨てきれない。

 上級貴族とは同じ貴族でありながら雲の上の存在だったのだが、その気高さの下にはたくさんの努力が積み重なっているのだろう。

 期間限定とはいえ、その人の妻になる私にはそれと同じ技量が求められてもおかしくはない。


 ラウス様が踊れるまで付き合ってくださるというのならばラウス様の期待に添えて私も頑張る他あるまい。

 強い意志を込めてラウス様を見つめ返すとラウス様の私の腰を支える手に力が入った。


 どうやら私の意思は十分伝わったらしい。

 ならば玄関ホールなどではなく他の場所でと場所を変えようと思ったのか、腰を支えながら無言でラウス様が誘導するのはなぜか先ほどまで私とアンジェリカがダンスをしていた部屋とは真逆の方向だった。そちらには私やラウス様の部屋へと向かうための階段がある。この屋敷に来て間もない私が知らないだけできっとこの屋敷にはダンスを踊れるような広い部屋がいくつもあるのだろう。そう思いラウス様に身を委ねていると静寂を貫いていたハーヴェイがごほんと大きく咳払いをした。


「ラウス様、お食事のご用意はすでに出来ております」

「あ、ああ。そうだな。モリア、夕食にしようか」

「はい」

 どうやらダンスレッスンはお預けのようだ。やる気がある時にやりたいものだが、せっかく用意してもらったご飯を冷めた状態にしてしまうのはもったいない。

 私たちは並んでいつものように二人きりの夕食を迎えるのであった。





 夕食も食べ終わり、いよいよダンスレッスンをと思っていると勢いよくドアが開かれた。

「ラウス、ちょっといいかしら?」

 食後のタイミングを見計らったようにやって来たのはお義母様だ。隣にはハーヴェイが控えており、そんな彼をラウス様は睨みつけていた。

 どうやらお義母様とハーヴェイの登場はラウス様にとってあまりいいものではないらしい。


「何ですか、お母様」

 頬をヒクつかせながら一応とばかりに尋ねるラウス様は疲れているのかもしれない。それもそうだろう。朝から仕事をこなし、帰宅後すぐに出来の悪い私のダンスの相手をしてくれたのだから。しかもお優しいラウス様はこの後もまだ付き合ってくれるらしい。一つでも予定が増えることに気を重くしているに違いない。

「何って、あなたがよくわかっているでしょう? ラウス、式は一ヶ月先よ」

「……わかっていますよ」

「そうかしら? ならいいけど、あなた焦っているみたいだったから一応言いに来てあげたの。カリバーンの男が言ったこともまともに守れないようじゃ困りますからね」

「うっ……」

 どうやらお義母様は結婚式の日取りの確認に来たらしい。それにしては以前のラウス様と同様に明確な日にちは告げていないのだが、ラウス様には伝わっている様子だしいいのだろう。


 ラウス様とのやりとりは終わったらしいお義母様は、今度は私へと向き直った。

「あ、そうだモリアちゃん。この前一緒にお買い物行けなかったでしょう? だからハーヴェイにいくつか生地や糸を取り寄せさせたの。だから明日は一緒に刺繍でもしましょう?」

「はい」

 明日はダンスの個人練習でもするつもりだったのだが、以前買い物に行けなかったことを挙げられると断ることもできず、結局私の明日の予定は埋まってしまった。

 刺繍ならダンスよりもいくぶんか得意であるから気は重くならないのだが、生地や糸のことを思うと頭が痛いことには変わりない。

 だが私がすべきことは頭を抱えることではなく、せめて呆れられないように努めることなのだ。


 結局、その後ダンスレッスンが行われることなくお互いに別々の部屋へと帰ったのだった。

 もちろん私はといえば日課の筋力トレーニングとダンスステップの確認をしてから眠りについたのだった。

 思いの外、久しぶりのダンスは緊張していたせいか体力を消費しており、深い眠りにつくことができたのだった。



 翌朝、起きてすぐに今日の分の筋力トレーニングを済ませ、いつも通りにドレスを選択する。

 そしてラウス様の部屋の前に立ち、部屋から出て来たラウス様に挨拶をした。

「おはようございます、ラウス様」

「ああ、おはよう。モリア」

 ラウス様は少し疲れたように微笑んだ。昨日のダンスが疲れて帰って来たラウス様の負担になってしまったらしい。

「昨日は申し訳ありませんでした」

「あ、いや、あれはモリアのせいではないから気にしないでくれ」

「ですが私の出来が悪いばかりに、ラウス様には迷惑をおかけしてしまいまして……」

「出来が悪い?」

「これからはそのようなことがないよう、一層努めますので」

「モリア、何の話をしているんだ?」

「ダンスの話ですが」

 それしかないというのにラウス様は変なことを聞く。首を傾げる私に、ラウス様は頭を抱えて「そうだよな」と何度も呟く。

 もしかして私は何か自覚のないうちにやらかしていたのだろうか?

 わざわざラウス様が私のせいではないと言ってくれたということは私が気負うことが他になくてはならないというわけだ。それは思い出さなくてはまずい。


 だが昨日、何かあっただろうか?

 いつも通りラウス様は朝早くからお義父様と一緒にお出かけになって、帰って来てから私と踊ってくださった。その後でいつもと変わらず食事をして別々に寝た。


 やはり思い返してみてもダンス以外に変わった行動などとっていないはずだ。


 そう私が結論づけたのとほぼ同時にラウス様も考え込むのを止めたらしく、いつも通りのラウス様に戻っていた。

「さてモリア、食事をとろうか」

「はい」

 ラウス様はラウス様の中ですでに結論を出してしまっているため、昨日の私が何かラウス様の気を害するようなことをしてしまったか尋ねることは出来なかった。


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