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どうやら私はカリバーン家へと引き取られていくらしい。
元々今回の取引はサンドレア家とカリバーン家の間で行われていることは知っていた。
そしてここに運ばれてくる馬車の中で同席した、おそらくカリバーン家の執事であろう、銀のフレームのよく似合う妙年の男性が追加情報ともいえる『引き取られる先』もとい『滞在先』を教えてくれた。
途中途中ハンカチを目に当てたり、涙声になっていたりで詳しくは聞こえなかったものの、家名だけはハッキリと聞こえた。
それでも正直信じられない。
カリバーン家といえば、公爵の位を国王様から賜っており、当主様は国王様の右腕として宰相の職に就いており、ご長男のラウス様はいずれその役職を継ぐべく今はサポートをしている。
いわゆるエリート中のエリートだ。
そこに仕える使用人達も皆、教養深く、武芸に長けているのだと耳に挟んだ事がある。
そんな家がなぜわざわざ借金の片に下級貴族の娘なんかを要求するのだからどこかに売られるなり何なりするのだろうと予測をつけていたのだがどうやらそうではないらしい。
私の滞在先はカリバーン家なのだ。
これがせめて四十過ぎのぶくぶくに太ったどこぞのおじさんで、借金のカタでもなければ妻を娶れないような男であれば理由は簡単に想像できるというのに……。
全くもって何のために連れてこられたのかわからない。
そもそもこの採寸だって、半ば強制的に採寸室に入れられ、そのあと数人の女性に囲まれたから仕方なく受け入れているだけで、何のためにされているのかもわからない。
自慢ではないが、私の日課は領民と一緒に農作業することだった。
朝食後は日が昇りきる前にさっさとその日の作業を済ませるのだ。その後は工芸品を作るのが主だ。農作物ほどではないがこれも立派な収入源になるからだ。
雨の降った日にはおばさまたちの家に行ってはお茶をごちそうしてもらったり、おじさまたちには細かい模様の入った籠など、まだ一人では完成させられない、難易度の高い工芸品の作り方を教えてもらったりしていた。
それは貴族のすることではないと昔、貴族の友人に言われたことがある。それでも日課なのだからやめられずに今まで続けてきた。けれどそれらが貴族として普通ではないことくらい重々承知している。
それでも私はそういう人間で、家族や領民の皆さんはそんな私を止めようとはしなかったからだ。
だからもし畑を耕す役目とか工芸品を作る役目とかだったら役に立てそうな気がしなくもない。
もしそうならこんな煌びやかな店でわざわざ採寸して作った服じゃなくて、量産型の動きやすさ重視の服がいい。
任されるかもわからない作業に頭をこねくり回していると一人の女性から「終わりました」と声をかけられる。
「ありがとうございます」
何のために採寸していたのかは不明であるが一応お礼の言葉を返すと複数人いた女性達は三歩ほど後ろへと下がった。
そうして私は二時間にも及ぶ採寸を終え、やっと解放された。
「終わりましたか?」
「あの、お待たせしてしまい申し訳ありません」
「いえ、お気になさらないでください。あなたを待っている時間は有意義なものでしたので」
私が採寸をしてもらっている間、ずっとカーテンの向こう側で待っていてくれたらしい、カリバーン家のご長男、ラウス様が顔を出した。
城勤めで忙しいであろうに時間を割いてしまって申し訳ない。
こんなに優しい彼が今後の雇い主になると思うと初めから好調な滑り出しだといえよう。
カリバーン家の中でもラウス様に引き取られるとわかっていれば、『結婚』なんて恥ずかしいこと一瞬であれ考えなかった。
ラウス様といえば今、社交界の最良物件として令嬢の中で噂の的となっている。
そんなラウス様に並び、同じくらい顔が整っているが、社交界の問題児として名を 馳せるダイナス様という公爵家の次男がいる。
彼は社交界にデビューする女性に端から声をかけて、気に入った子がいれば連れて帰ってしまうらしい。
噂では社交界に出たことのある女性は皆、声をかけられると聞いたのだけど私は一回も声をかけていただいたことがない。
きっと彼の目にはお父様とお母様の秀でた箇所を根こそぎ持って行ったお姉様ならともかく、残りカスだけを取ってこの世に生まれ落ちた地味な私なんて入る隙もないのだろう。
そんな私がよりにもよってラウス様と結婚なんておこがましいにもほどがある。
だがもし、いや万が一にもありえないが、ラウス様ならきっと結婚したら好意なんてものはなくとも、一応娶ったのだからという義務感から優しく接してくださるのだろう。
なんかそれはそれで想像してしまうことすら申し訳ない気がする。
「ああ、結婚くらいはしたかったな……」
借金の片にと自分からここに来ることを選択したというのに最後の足掻きのような言葉が出る。
いったところでどうにもならないのだけど、私だって一応婚期ど真ん中の女の子で、幸せな家庭というものに少しながら憧れは抱いているのだ。