5話 謳われるモノ
テンポ良く書いていたと思ったら、急にスローペース。それが春間夏という生き物です。餌は与えないでください
思い付きで書き始めた話を、思い付いた時に書き進めているとこうなります。ワールドワイドな反面教師です
その日やる事を見失った時にご覧ください
山道を僅か三分で下り、ミスガニエの北門に辿り着いたエルストは抱えたままだったレンをゆっくりと下ろし、まず深く息を吐いた。
「……大丈夫だったか?レン」
「…うん。私は、大丈夫。シルソニアも」
籠の中に溢れんばかりだったシルソニアも、元の量を殆ど保ったままだ。多少上の方が吹き飛んだかも知れないが、その程度で済んだのなら上出来だろう。
「じゃあ、グラジーさん…も、そうだけど。まずは村長を探そう。山で見たアレの事を知らせないと」
頷くレンを連れて、エルストは村長を探して村の中を歩こう――と、した時に異変に気付いた。
「………?何か、広場の方が騒がしいな」
普段から村人の話し声はするが、今の騒々しさには何か物々しい雰囲気が感じられる。気になったエルストとレンが広場へ足を向けると、村長もグラジーも、村人の殆どが広場の周辺に集まっていた。
「村長、何かあったんですか?」
「おぉ、エルストか……そうだな。お前達にも関係するかも知れぬ話だ…落ち着いて聞きなさい」
「…俺と、レンに?」
何事だろうと居住まいを正すエルストの横に、グラジーにシルソニアを渡したレンが並ぶのを待ってから、村長はこの場で起こった出来事を告げる。
「…つい先程の話だ。神樹から、枝が落ちた」
「枝が…?でも、細かい枝ならこれまでにも…」
「うむ……見れば伝わるだろう」
エルストの当然の疑問に頷いた村長は、村人に「開けよ」と呟いた。言葉通りにエルストと神樹の間に居た村人が視界を確保するように移動すると――
「………な………」
そこにあったのは、枝と呼ぶべきサイズではなかった。いや、神樹からすればそれも枝なのは間違い無い。が、広場に横たわるそれは既に一本の木と呼んで支障無い。
神樹と呼ばれるこの木は、千年樫。書いて字の如く強度に優れた樫の中でも、最も頑強な種類だ。例え竜巻が直撃しても、末端の枝葉が散っても太い枝が付け根から折れるなんて事はあり得ないと断じても良い程の堅牢さを誇る。
その神樹の枝が、落ちた――成る程。これだけの騒ぎになるのも頷ける。
そう納得して、しかしエルストは疑問で首を傾げた。
「…どうして急に?それに、自然に折れたとは思えないくらい…それどころか、斧や鉈を使うよりも断面が滑らかだし……」
「…それを語る前に、確認したい事がある」
その言葉に、エルストは神樹の枝から視線を外して村長へと振り返る。村長は、一瞬だけ北の山の方を見てからエルストに問い掛けた。
「…北の山に、何か異変はあっただろうか」
「………………っ。アレが、神樹の枝が落ちた事と関係しているんですか?」
「まだ確定ではない。そこをハッキリとさせる為にも、話してくれるか」
エルストは、北の山で見た何かに関して分かる限りの事を話した。その全てを聞き届けて、村長は深い溜め息を吐いて「そうか」と頷いた。
「黒く、朧げな影に包まれたモノ……伝承の通り、やはり凶忌影で間違い無いらしい」
「………凶忌影?伝承の通りって…あんなのが昔から存在してたんですか?今日まで見た事も無かったのに………」
聞き慣れない言葉に疑問符を浮かべるエルストに賛同するように、レンもコクコクと首を縦に振る。
「…そうだな。この話は、少し長くなる。茶でも飲みながら落ち着いて話そう」
*
凶忌影とは、生命を蝕むモノである。野生動物であろうと、人類であろうと関係無い。黒く、暗い影に蝕まれれば、それは凶忌影という形に取り込まれてしまう。そうなればもう、かつて何者だったかは意味を持たなくなる。影に殺され、時間経過による死を失い。ただ他の生命を食い尽くす。凶忌影になってしまったモノを、元に戻す手段は無い。殺す以外、救う道は無い。凶忌影を放置すれば、やがて世界は影で覆われるだろう――
「…これが、凶忌影について語られた伝承だ。凶忌影は――世界を滅ぼす存在だ、とな」
「………何て言うか………」
村長の家に移動し、凶忌影に関する記述を読み聞かせられたエルストは言葉に詰まり、出された紅茶に口を付けて間を置いた。村長は「話が壮大過ぎたな」と苦笑する。
「簡単には信じ難いか」
「…何も知らなければ。ただ、話を聞く前に実物を見た以上、笑い飛ばす気分にはなれません」
エルストが凶忌影と目が合った瞬間に覚えた、恐怖や殺意や危機感が混ざり合った感情。それを一瞬思い出したからこそ、エルストは言葉に詰まったのだ。
「………でも、語り継がれてるって事は……ずっと昔にも凶忌影が現れた事があって、それでもウェルヴェドは滅びてない……って、事ですよね?」
同じように話を聞いていたレンの指摘に、村長は「そうだな」と頷く。
「この世界は、過去に凶忌影を退けた事がある……そしてここからが、お前達にも関係するかも知れないと話した部分だ」
――凶忌影が現れる頃、特別な力を持つ子供達が生まれるだろう。そして凶忌影が世界を蝕み始めた時、子供達に相応しい武器が各地の神聖なモノから授けられるだろう。その子供達と武器こそが、影を祓う力である――
「………………特別な力を持つ子供。つまり――神童って事ですか」
「…そうだ。この伝承は代々伝えられている。エルストとレンが神童だと分かった時点で、いつか凶忌影が現れるという事も予見出来ていたのだよ。そして今日、神樹から――神聖なモノから、あの枝が落ちた」
「じゃあ、あの枝が……武器?」
「そうだ。正確には、あの枝から削り出した物が武器になるのだが」
レンの推測に頷き、補足までする村長。それだけ、伝承の内容は細かい部分まで及んでいるという事なのだろう。
だが、それなら、と。エルストはその疑問をぶつける事にした。
「……それなら。そこまで分かっていたなら、どうして今まで俺とレンに何も言わなかったんですか?」
そう、凶忌影を退ける事が神童の役目だと分かっていたなら。どうして今の今までその事について一度も言及してこなかったのか。
問い掛けるエルストに、村長は「やはり親心は子に伝わらんか」と苦笑した。
「……一番の理由は、お前達の生き方がそれしか無いと思って欲しくなかったからだ。物心付いた時からこんな昔語りを延々と聞かされたら、いつか必ず凶忌影と戦わなければならないという使命感に縛られてしまうだろう。だから、その時が来るまでは何も知らずに育って欲しかったのだ。この事実に直面した時、どうするかを自分達で決められるようにな」
「……それは、つまり。凶忌影と戦う事は強制しない、って事ですか?」
「そうだ。神童はウェルヴェドの各地で生まれ、成長している。その内のどれだけがこの使命を果たそうと旅立つかは分からないが……お前達が必ずしもその中に加わる必要は無い、とな。周りから見れば無責任と言われるだろうが…神童であろうと、まず人間――それが、ミスガニエの総意だ」
「………………そう、だったんですか」
その配慮をありがたく感じながら、しかしエルストの頭はこれからの事で一杯だった。世界を滅ぼす凶忌影に対抗出来るのは神童だけ……しかし、レンは凶忌影を見た瞬間に断言した。戦ったら死ぬと。それが、神樹から作られた武器を手に持っただけで変わるのだろうか……と。レンも何かを思案していて、場に沈黙が続いた所で村長が「戸惑うのも仕方無い」と呟いた。
「……しっかり考えて決めると良い。落ちた枝から武器を削り出すのも数日では済まないだろう。それに、凶忌影が現れてから世界が滅ぶまでには数年を要する筈だからな。その点でも、まだ時間はある。今日は一度帰ってゆっくりと休みなさい」
*
レンを家まで送り届けてから、エルストも自宅へと戻ってきた。
「お帰り、エルスト。水汲みもしておいてくれたのね。ありがとう」
自分を迎えた声にエルストは柱時計を見て、一五時を過ぎているのを確認してから返事をした。
「ただいま、母さん。今日は随分早いね」
「運の巡りが良かったのかしら?お昼を過ぎた頃には全部売り切れちゃったわ」
嬉しそうに笑うエルストの母、フィリス。手先が器用で、アクセサリー等の小物を作って隣町で出店を開いて販売している。普段なら夕方になってから帰宅するのだが、今日は売れ行きが好調だったようでいつもより早く帰ってこれたらしい。と言っても、現在進行形で新たな作品に取り掛かっているが。本人曰く、趣味の延長なので忙しさは感じないらしい。
「運の巡り、ねぇ……時間の差はあっても持って行った分は毎回完売してるんだから、人気もあると思うんだけど」
「あらやだエルストったら。そんな事無いわよウフフ」
口では否定しているが、内心嬉しいのが手先の作業速度に表れている。一瞬手元がブレた気がする。
「店を準備している段階で何人か集まっているくらいなんだが…まぁ、母さんの場合は特に気にしていないからな。無自覚というのが一番の繁盛の秘訣かも知れん」
そう言いながら家の奥から顔を出してきたのは、エルストの父、ウォーレンだ。猟師として確かな腕を持ち、フィリスの付き添いをしながら加工した鹿や猪の肉を売って生計を立てている。仕込みが丁寧なので評判が良いらしく、こちらの売り上げも上々である。
「……村長から、話は聞いたか」
「……まぁ、一通り。まだ浮き足立ってるけど」
「それは当然だろう。いきなり世界の存亡に関わる話をされて、戸惑う気持ちに神童も何も関係無い」
「そうね。母さんがそんな話を聞かされたら、どうしたら良いのか困ってしまうもの」
作り終えたブレスレットを床に置き、フィリスはエルストに優しい表情で問い掛けた。
「…今、エルストもそんな気持ちかしら?」
「………うん、まぁ。ゆっくり考えろとは言われたけど…まだ、何から考えたら良いのかも分からないくらい、頭が回ってない感じかな」
自分が神童として生まれた事に、そこまで大した意味は無いと思っていた。この力を活かす道は、もっと平凡な人生の中に広がっているんだろうと思っていた。
それが、いきなり世界を救う為の力として選ばれたである。これをすんなり受け入れられるのは、よっぽど豪胆か何も考えてないかの二択だろう。そして、エルストはそのどちらでもない。
「……聞いて良いのか分からないけどさ。父さんと母さんは、どう思う?」
エルストの問いに、ウォーレンはフィリスと顔を見合わせた。それでウォーレンの意図は通じたらしく、フィリスの方が小さく頷いた。
「大丈夫よ。伝え方の差はあっても、思いは同じだから。貴方に任せるわ」
「…そうか。そうだな……」
エルストに対してどう伝えるべきかを考えてから、ウォーレンは「うむ」と小さく頷いた。
「まぁ、親としては複雑だ。誇り高く使命を果たして欲しいと思う一方、いつ命を落とすか分からない旅に送り出したくない気持ちも当然ある。……神童という存在の意味を予め伝えられて、一〇年余りの時間があったにも関わらずこの状態だ。お前に偉そうに何かを言えるだけの結論は出せないだろう。だから…親として言えるのはこれだけだろうな」
「無責任だと言われてもおかしくないが」と前置きしつつ、ウォーレンは開き直ったように堂々と言い切った。
「世界の命運がどうのこうのと、難しく考える必要は無い。ただ、お前の人生をどう進むかと言う話だ。お前自身が悔いを残さない為にどの道を選びたいと思うか、まずはそれだけを考えれば良い」
少し間を空けてから、後ろで穏やかに微笑むフィリスに「………で、良いか?」と尋ねるウォーレン。堂々と言ってみたが、フィリスが伝えたかった事と本当に同じか少しだけ不安になったらしい。ウォーレンのその仕草を珍しそうにクスクスと笑いながら、フィリスは「大丈夫」と頷いた。
その様子を見て、あまりにも今までの日常と変わらなくて。だからこそ、エルストは肩の力を抜く事が出来た。
「……ん、分かった。少しずつでも考えてみるよ。ありがとう、父さん、母さん」
*
その日の夜、二二時を過ぎた頃。
気分を落ち着かせて今後の事を考えようと、エルストは外を歩く事にした。星空の下をゆっくりと歩きながら、気付けば河原へと足を運んでいた。夜の静寂に小さく響く水の音が考え事をするのに丁度良いかも知れない、と腰を落ち着ける場所を探していると、視線の先に小さな人影を捉え、首を傾げながら先客に声を掛ける。
「………レン?」
「………エル?」
エルストの声に振り返り、月明かりに照らされた顔を少しの驚きに染めて首を傾げるレンに近付きながら、まさか居るとは思わなかった先客に問い掛ける。
「えっと、どうしたんだ?こんな所に一人で」
「…うん、何だか眠れなくて。エルは?」
「……あぁ、うん。俺も」
「そっか……一緒だね」
微笑んで、レンは自分の隣を指差して「座る?」と首を小さく傾げる。頷いて、エルストは少しひんやりとする河原に腰掛けた。
「………今日は星が良く見えるな」
「そうだね…いつ見ても、綺麗な星空」
雲一つ無い夜空を見上げて、レンは言葉とは逆に表情を曇らせた。
「……それなのに、ウェルヴェドは滅び始めてるんだよね」
「………あぁ、そうだな」
やはり、考えている事も同じだった。
神童として、自分達が何をすべきか。
自分達が、どうしたいのか。
「………なぁ、レン。レンは、どうしたい?」
「……まだ、迷ってる。だって私、戦う力は全然無いし……私なんかに何が出来るんだろう、って考えても、何も浮かばないし」
「………まぁ、確かに。凶忌影と正面からやり合うレンの姿は、今後一生想像出来ないな」
むしろ想像したくないのが正しいか、と笑うエルストに、レンも「そうだよね」と苦笑する。
「……それでも。神童として生まれたからには、きっと何かが出来るんだと思う」
「………そっか」
その言葉で、エルストはレンの答えに辿り着いた。
「――確かめるんだな。神童として、レンとして。一体何が出来るのかを」
「………うん」
エルストの確認に、レンは小さく頷いた。その動作からも、声の小ささからも、やはり不安の方が大きいのだろうと推測するのは簡単だった。
「……ぁの、それで……だから、ね?」
「なら、俺がやる事も決まりだな」
だから、レンの言葉を遮って。エルストはむしろリラックスした様子で河原に寝転がりながらそう言い切った。
「………ふ、ふぇ?」
「俺は、きっと戦えるんだろう。神樹が与えてくれた武器を使いこなせれば、あの凶忌影と正面から渡り合えるんだろう。………けど、だったらそれだけでウェルヴェドを救えるのか、って考えると、それは違う気がする。だとしたら……どうしたら救えるのか、をまずは知るべきだと思う。それなら俺は――レンを守りながら、その方法を探すさ」
ただ唖然とした表情で自分を見つめるレンに、ふと不安になったエルストは頬を掻いてから問い掛ける。
「………えっと。もしかして、嫌か?」
「ふゃっ!?ううん、えとっ、違う、そうじゃなくて!!」
慌てて身振り手振りを駆使して否定してから、レンは「あぅ、その………」と囁くような声量で確認する。
「……エルこそ、良いの?私、きっと凄く足手まといだよ」
「…なら、その自称足手まといさんは俺と別行動で旅が出来るのか?」
「そ、それは……その……不安だけど………凄く」
「あぁ、俺も不安だ。だから一緒で良い……いや、一緒が良いんだ。どうせ、離れて旅をしててもレンが無事かどうか心配で何も出来なくなるからな」
「………うぅ、嬉しいけど複雑だよその理由………」
膝を抱えて丸くなるレンに、エルストは言葉を間違えたか、と考え直して。
他の誰も聞いていないなら良いか、と判断して言い直した。
「……まぁ、何だ。情けない話、レンと離れ離れで旅をするのは寂しいからな」
「………………ふぇ?」
「だから、その……どうせ同じ目的で旅に出るなら、一緒が良いと言うか……どうせ途中で会いたくなるに決まってるから、な」
「………………………………」
「………………レン?」
「ぴゃいっ!?」
レンは今度こそ思考が停止していたのか、言葉が急発進して発音に事故が発生していた。もしかして今度こそ何かマズい事でも言ってしまったのだろうか、と首を傾げるエルストに、レンは何度か深呼吸を繰り返してから決心したように「そ、それじゃ」と頬を紅潮させつつ切り出した。
「え、えっと……ふっ、不束者ですがっ、これからよろしくお願いしみゃぴゅっ!」
そして噛んだ。
「「………………………」」
勢いで乗り切ろうとした結果、最後の最後で深刻な滑舌の玉突き事故を起こして顔を真っ赤にして俯くレンと、その惨事を目の当たりにしてしまって掛けるべき言葉が迷子になったエルストの沈黙が綺麗に重なった。
結局、小説内時間は数時間しか経過していなかったという事実。まぁ進まない、進まない。あ、はい俺のせいです
そろそろ戦わせたいなぁ……あ、はい俺の匙加減です
続きは頑張って書きます。たぶん。一ヶ月以内が目標です。あくまで目標です
ではまたいつか