1話 出会い
連載中作品の執筆が滞り出すと新しい何かを書きたくなる病気の春間夏です。特にお馴染みではないと思います
そんなわけで、累計3つ目の話です(全て未完結)
序章も序章なので短いです。偶然見付けた時にでもどうぞ
エルスト・ウェルネスという少年が居た。
ウェルヴェドという世界、東の辺境にあるミスガニエの村に生まれたエルストは、傑出した身体能力を持っていた。幼い頃は神童と喜ばれたが、成長するにつれてその能力は特殊から特異へと変わり、扱いは神童のままでも周囲の人々との距離感は遠くなっていた。
しかし、エルスト自身はその扱いに寂しさを感じつつも納得していた。
少し力を込めて握れば石が粉々になり、崖の崩落に偶然巻き込まれて一〇メートル落下しても無傷で着地し、崖の岩伝いに五回跳躍して元の場所まで戻り、本気で走れば周辺に突風被害が出る……そんな自分の力に、エルストも恐怖を感じる事が多かったからだ。
レン・グランナガルという少女が居た。
エルスト誕生の二年後、同じくミスガニエの村に生まれた彼女もまた、神童と呼ぶべき──いや、それ以上にも及ぶ力を秘めていた。
それがどんな力かは、今から語らせて貰おう。
二人の神童の出会い。
エルスト一二歳、レン一〇歳の時から順を追って。
*
「──すまない、エルスト。少し手伝ってくれないか」
その日、エルスト・ウェルネスにそう声を掛けてきたのはミスガニエの村長だった。そう言えば村の青年団が朝から動き回っていた気がしたエルストは、自分に声が掛かった事も含めて何となく用件の風向きを予想して問い返す。
「……力仕事、ですか」
「あぁ、そうなる。街道沿いに土砂崩れが起きそうな場所があるらしくてな。今の内に、街道を塞がないようにバリケードを作っておきたい。丸太の切り出しは朝から青年団が進めているから、お前には現場でのバリケード設置作業に参加して欲しいんだが」
「分かりました。今から行けば良いんですか?」
「そうだな。東の門から出てすぐの所だ。よろしく頼むぞ」
「はい」
頷いて、エルストは作業現場に向けて歩き出した。普通なら土砂を防ぐバリケードの設置作業に一二歳の少年が参加してもやる事は無さそうだが、エルストの筋力や持久力は既に成人男性を──いや、人間の範疇を遥かに超える。なので今回のような力仕事の時には頻繁に手伝いを頼まれるが、それ以外の時には多少の会話はあってもそれ以上の交流は殆ど無い。
しかし、エルストもそれで良いと判断していた。本心を言えば同年代の友人と遊んだりもしたいが、それでうっかり力加減を間違えて怪我をさせたりするくらいなら、遠巻きに会話をするくらいの方がエルスト自身も安心出来る。だから、自分を取り巻く今の環境に文句を言うつもりは無い。
(別に、出歩いちゃいけないわけじゃない。部屋に閉じ込められたりするよりはずっと良いし)
そう心の中で呟きながら、エルストは東の門に向かって歩く。本当は小走り程度で向かいたいが、そんな事をすると村の人々に無駄な心配を掛けてしまう。何せ、エルストは村の中で二割以上の力で走る事を禁じられている。小走りは別に許容範囲内だが、その先にある全力疾走を想像させるだけでも心臓に悪いらしい。
なので皆の心の安心の為に歩き続けたエルストは、東の門から一〇〇メートル程歩いた場所で作業をする青年団に近寄って声を掛ける。
「村長さんから手伝うように言われました。何をすれば良いですか?」
「うぉっ……エルストか。それじゃ、そこの丸太をこの上に積み上げて、釘で固定するまで押さえておいてくれるか?」
「分かりました」
視線の先には、エルストの体より大きな丸太が転がっていた。長さは二メートル、太さも四〇センチはあるだろうか。大人でも二人がかりで持つべきそれの中心あたりを、エルストは両手で掴み──。
「……よっ、と」
そんな軽い掛け声と共に、スッと持ち上げた。そのまま何事も無いかのように運び、既にバリケードの土台として横たえられた同じ寸法の丸太の上に積み上げ、固定用の木材に接した状態で押さえてしまう。
「位置、これで良いですか?」
「…………あ、おぅ、バッチリ。何回見ても目を疑うな、これ」
目の前で行われた一連の動きに、頼んでおいて数秒間呆然としていた青年団員の二人が「悪い、さっさと済ますわ」と慌てて丸太と木材を釘で固定する。これと同じ事を何度か繰り返して、充分な高さのバリケードを作るつもりのようだ。
「土砂崩れって、どの辺まで危なそうなんですか?」
「ん? あぁ、どこまでだったかな。向こうの木の手前だから……ここから数えて六メートルくらいだな」
答えながら、青年団員は釘を打ち終える。逆側もほぼ同時に作業を終えたので、エルストは丸太から手を離す。
「じゃ、これと同じバリケードをもう二つは作らなきゃならないんですね」
「そうなるなぁ……途中で休みたくなったら言ってくれよ? いくらエルストでも無理はさせられないからな」
「はい。とりあえず、この一つ目は完成させちゃいましょう」
言うが早いか、エルストは二本目の丸太を持ち上げる。正直に言ってしまえば、エルストは休憩を挟むつもりなんて無い。頼まれた事を全力でやり遂げる。そうし続けなければ、信頼され続けなければ自分の価値を見失ってしまう。何もさせて貰えず、遠ざけられるだけになってしまったら生きていく意味が分からなくなる。だから、目の前に与えられた役割を全うする事しか考えない。そう決めているからだ。
そんなエルストの千人力の活躍もあり、一つ目のバリケードを作る為に掛かった時間は三〇分程度。青年団だけで作業した場合の見積もりを半分以上短縮する事が出来た。
「おぉ、作業は順調なようだな……やはり、エルストに手伝いを頼んだのは正解だったか」
その仕上がりを確認していた時、街道の村側からそんな声が聞こえてきた。エルストと青年団員が振り返ると、歩いてきたのは村長と、その陰にもう一人。
「改めて自分の眼で見てみたい、と言い出してな。散歩がてら様子を見に来たのだ」
エルストは、直接会うのは初めてだった。
サラサラと風に揺れる、肩に届くかどうかという長さの黒髪。年齢相応の幼さより、儚さを感じる繊細な顔立ち。横から押したらそのまま倒れて、硝子細工のように砕けてしまいそうな華奢な体。
短い茶髪に、強靭過ぎる体の自分とはまるで正反対な、しかし自分と同じように「神童」と呼ばれる少女──レン・グランナガル。
その姿を見て、エルストは今までレンと出会わなかった理由を察した。あんなに脆弱そうな存在に、自分が不用意に近付いてしまったら、いつ壊してしまうか不安で仕方が無い。だから、エルストとレンは極力会わないように仕組まれていたのだ。
多分、今回の接触もこれ以上近付く事は無い。レンの希望を叶える為に、偶然お互いの顔を見るだけ……エルストは、そう思っていた。恐らく、エルストだけではなく。村長も、青年団員も。
そんな中、たった一人。無垢な視線を彷徨わせたレンは、ふと街道沿いの丘……土砂崩れの危険性がある場所を見つめて、少しだけ目を見開いた。
「……あ……」
小さく呟いて、少し焦ったように周囲を見る。そして、その視線がエルストを捉えて止まり──。
「……っ!」
突然、村長の横から駆け出した。
「どうしたのだ、レン!?」
村長の声も構わず、レンは全力で走る。決して速くはない。ほんの一〇メートル程度の距離だが、三秒は掛かっただろうか。それでも必死で走ったレンは、辿り着いた目の前に立つエルストの服の裾を掴み、苦しそうな息の合間で訴える。
「っ……上、の……大きな、岩! 転がって……くる! この、ままだと、皆、怪我……ううん、死んじゃう!!」
「え? 上の、岩って……」
レンの悲痛な叫びに、エルストはバリケードの上へ視線を運ぶ。目に止まった「大きな岩」と呼ぶべき物は、地中に埋まった分も合わせれば直径三メートルはあろうかという本当に巨大な物だった。確かにあれが転がってきて直撃したら、怪我なんてレベルじゃ済まないだろう。
「……確かに土砂崩れが起こったらあの岩も転がってくるかも知れない。それだと、バリケードももっと頑丈にしないと」
「ちが……違う!!」
エルストは、レンが神童だという事は知っている。しかし、実際にどんな力を持っているかは知らない。だから、土砂崩れが起きたらあの岩も転がってくるから危ないと言われたのだと思った。
しかし、レンはその考えを否定する。その程度なら、必死に走ってまで伝えたりしないと。
「今、すぐ! もう、駄目! 逃げてっ!!」
「──え?」
レンは、自分の声の大きさに自信が無かった。鶏の鳴き声にも惨敗するのだから相当だ。だから、必死に走って、すぐ近くで危機を伝えたのだ。
一〇秒後に転がってくる岩の直撃コースに立っていたエルストに。
そもそも、どうして土砂崩れの危険性があるのか。当然、地盤が脆くなっているからだ。その場所に、あれだけ大きな岩がある。そうなると、何かきっかけがあれば地盤が岩を支えていられなくなる。
例えば──直前まで全く兆候が無かった直下型地震とか。
直後、足元が一瞬縦に揺れた。地震としては、そこまで大きな揺れではない。
それでも、引鉄としての力は充分だった。
低い、くぐもった音が響く。土が抉れて、捲れて。巨大な質量が、ゆっくりと加速する。
「……嘘、だろ!?」
「ヤバい、エルスト! レン!!」
青年団員の驚きと、焦る声。
対してエルストは、危機的状況だからこそ発揮された極限状態の集中力で、時間の流れすら遅くなったように感じる中で思考する。
自分だけなら、回避出来る。村の中では禁じられた本気の脚力も、この場この状況なら許されるだろう。たった一度踏み込めば、岩の軌道から抜け出せる。
しかし、ここには既にレンも居る。エルストが本気で踏み込んだ場合、その余波にすら耐えられるかどうか怪しい。なら、レンの手を掴んで一緒に逃げる? ──無理だ。急激な加速の負荷に、レンが対応出来る筈が無い。そもそも、この咄嗟の状況の中、か弱い女の子の手を引く為に最適な力加減なんてエルストは知らない。岩から助けても手を握り潰して、移動する時の衝撃で死なせてしまったら意味が無い。
それに、岩が転がるコースには先程作ったばかりのバリケードがある。壊れるだけならまた作れば良いが、問題は壊れ方だ。直径三メートルの岩がぶつかれば、土砂を防ぐ為のバリケードでは簡単に吹き飛ぶ。折れた丸太の破片が無数に飛び散ってしまう。そうなると、危険なのはエルストとレンだけではなくなる。青年団員も、下手をすれば村長にすら命の危険がある。
(……それなら)
エルストは、覚悟を決めて息を吸い、吐く。そして、レンに怪我をさせない程度の力を足に込めた。
「出来る事を、やる!!」
そして、前に跳躍し──バリケードを、飛び越えた。
「「エ……エルスト!?」」
村長と青年団員の声が重なる。それに構わず、エルストは目前に迫る大岩に意識を集中する。
背後にはバリケード。その向こうには、自分が立っていた場所にはレンが居る。そしてさらに下には、一五メートルの幅がある川が流れている。
だから、出来る事は──やる事は、一つ。
大岩が、転がる勢いで一瞬小さく浮き上がる。その瞬間、エルストは大岩の下に右腕を差し込み──全力を出した。
「っ──お、おおぉぉあああっ!!」
全力で大地を踏み締め、体を捻る。右腕を跳ね上げる。左手も使って、大岩の軌道を更に上へ。
一本背負いのように、大岩を投げ飛ばす。
まるで月が空を渡るような放物線を描き、大岩は転がる筈だった軌道を上空で通過する。そして──。
大きな衝撃音と水柱を伴い、川の中心に着弾した。水の抵抗で勢いを殺され、それ以上跳ね転がる事も無く静止した。
「「…………」」
暫し、音も声も消えた。大岩の行方を視線で追い掛けたまま、その場に居た全員が唖然として立ち尽くす。
その中で唯一、エルストだけが動く。川の中にダイレクト引っ越しをした大岩を眺めたまま目を丸くしているレンに近付くと、それに気付いたレンがエルストの方へ振り向いた。その頭に、岩が真上を飛んだ時に落ちたのだろう小さな土の塊が乗っているのを見付けたエルストは、少し躊躇いながらその土を可能な限り優しく払い落とす。
「……怪我、してないか?」
「……うん」
小さく頷いてから、レンはエルストの顔をまじまじと見つめる。そして、エルストと出会ってから初めて笑った。
「ちゃんと『視て』なかったから、分からなかった。こんな未来に辿り着けるなんて……凄いね」
これが、二人の神童。「超人的な身体能力」のエルスト・ウェルネスと、「未来を視る」レン・グランナガルの出会いだった。
はい、序章も序章でした。まだ大した事書いてません
次の話でも殆ど時間経過は無いと思います。多分。これから書くのでどうなるか分かりませんが
では、また次の話までさようなら。