第91話 白一色の取調室 上
赤く色づいた木々が美しい森林公園。
ここはジャポーネという名の星で、ジルベルトはアリーチェと約束を果たす為、また、鳴鳥を狙う敵を誘き出すためにコンラードを加えての四人でWデートをしていた。
特務部団長のヘニングの読み通り、敵は姿を現し一度は鳴鳥をその手中に収めた。
けれども駆けつけた久城により足止めを……と言うよりも、デクセス達が遊びに興じていたため、ジルベルト達は敵の目論見を阻止する事が出来、無事に鳴鳥を奪還した。
危機的状況から一転。鳴鳥はARKHEDに乗り込み、ジルベルトと肩を並べて敵に立ち向かう。
敵は二機。長槍を巧みに扱うセルべリア機と連携が得意なデクセス機。
幸いな事にデクセスと最高のコンビネーションを誇るデクセプはここに居ない。
けれども彼女が駆け付けないとも限らないので二対二である内に片を付けた方が得策である。
ジルベルトから特に指示は無い。
それでも鳴鳥は迷いを見せず、位置取りをする。
まだ経験の浅い鳴鳥にセルべリアの相手は荷が重い。
自然と近接戦はジルベルトに任せる事となり、鳴鳥は彼の背を狙うデクセスを相手に露払いを行う。
セルべリアと対峙するのは三度目であるジルベルト。
素早くもあるが一撃の威力も強い突きに加え、自在に形状を変化させる刃先。
セルべリアの攻撃は厄介だが、前回前々回とデータを収集したため、シミュレーションでその動きに慣れるよう対策は取った。
彼が背後を気にすることは無い。
鳴鳥も任務をこなすことで幾分か成長し、デクセスを倒すとまではいかないが、少なくとも敵を引き付けておく事は出来るようになった。
何度かの槍撃を光剣で捌き、コックピットの位置を容赦なく狙う突きをかわし、ジルベルト機は槍を掴む。
「な……っ! この――――」
「ナトリ!」
「はい!」
セルべリアはジルベルトに見切られるとは思わなかったのだろう。
武器を掴まれ動きを一瞬でも封じられ、その隙を突くジルベルトに腕を切り落とされ、地面に叩きつけられる。
そこにすかさず降り注ぐミサイルの雨。
想定外の動きにセルべリアは高らかに笑いながら体制を整えようとしていた。
直ぐに追撃をさせまいとデクセスがセルべリアをカバーするように立ち回る。
彼女は楽しそうに笑うセルべリアとは違い、焦りを見せているようであった。
「ちょっと! 前より厄介になってない、アイツら!」
「言っただろう、ヒトとは変わるものだと。だからこそ、面白い……!」
「ま、確かにそうだけどさ、どうするのよ、コレ?」
「急く必要は無い」
セルべリアの言う通り、劣勢であった彼女らの元には二機のARKHEDが駆け付ける。
一機は銀色の機体、デクセプ機であり、もう一機は他の機体の二倍の大きさがある黒い機体、ヴァレリー機である。
敵は四機、ジルベルト達は二機、形勢は再び逆転した。
紅葉した木々の隙間。上空ではARKHED同士が目にも留まらぬスピードで戦いを繰り広げている。
ジルベルト達の方が押しているようだったが、それも僅かの間。
敵の増援が現れ一気に窮地に追いやられた。
危機的状況をスティングに救われた久城は怪我を負っていたため、一旦降ろされ、落ち葉が敷き詰められた地面へと寝かされている。
アランは久城に手当を施す前に首に機械式の首輪を取り付けた。
彼を捕える事も重要な事であり、この機を逃す訳にもいかず、取った行動である。
腕を怪我している為、手を拘束する訳にもいかずに使用した首輪。
それは逃亡を図ろうとすれば即座に麻酔薬が撃ち込まれるものであり、アランはその旨を淡々と説明し処置に取り掛かる。
傷口はどうにか塞げたが、流れ出た血は戻らない。
血液量が減っているせいか、久城はどうにか体を起こそうとするが、それもままならない。
「行かなければ……」
「今の状態では無理です。大人しくしていて下さい」
「……だが、奴らの増援が……」
久城の言う事はもっともである。
ARKHED相手に戦艦やARKSでは歯が立たない。
今回の任務にはソフィーリヤやクヴァルは同行しておらず、アリーチェも戦える状態ではない。
敵の動きを熟知している久城ならば戦力になりえただろうが、いくら操縦が複雑ではないと言え、傷を負った状態では全力を出せない。
アランは決して久城の身を案じている訳ではない。
今彼があの戦いの中に向かっても足を引っ張りかねない事と、ようやく捕えた重要参考人を失う訳にいかないからだ。
敵機四体は鳴鳥の機体を狙うように立ち回り、ジルベルトは守りに徹しているが、崩されるのはさほど時間がかからないだろうと思われる。
ただ手を拱いているだけしかできない情けなさに久城は拳を握りしめるが、それすらも力が入らぬことに絶望する。
かつては敵だった筈であり、思う所もあるが、マリアンは悔しそうに顔を歪める久城に声をかける。
「安心なさい。私達にも策が無いわけではないわ」
この状況で何ができるのだと疑問に思うが、理由は直ぐに分かった。
ジルベルトと鳴鳥は敵の攻撃をかわしつつも上空へ向かう。
やがてその姿は小さくなり、放出するエネルギー残滓が糸のように見えるだけになる。
戦況がどうなるのか気になる所であるが、肉眼では捉える事が出来なくなった頃、アランはタブレットPCを久城にも見える様に差し出した。
リアルタイムに流れる映像。
それはこの星の外の様子であり、先の戦で姿を見せた連合が保有する中で最大級の戦艦ブリューナクを始めとする連合の総力が結集されている。
無論、そこにはロングライフルを構えるクヴァル機が待機しており、照準はジルベルト達を追う敵機に定められていた。
「間に合ったようですね」
「そうか……。よか……った」
危機を脱した。大切な者が傷つくことは無い。
その事を知ってか、久城はホッと胸を撫で下ろしたようで目を細め、そのまま気を失った。
安らかに寝息を立てる姿はテレンティアとの戦いで見せた憎悪に満ちた様子などなく、ただただ穏やかである。
たった一人で、傷ついてまでも鳴鳥を守ろうとしていた彼は本当にあのクランドなのか疑わしくも思える所であった。
戦況を逐次伝えるタブレット。
ここから遥か上空では連合が総力を結して敵に向かっている。
ARKHEDの数だけを言えば四対四と互角であるが、連合には数隻の戦艦が控えている。
そして今のセルべリア機は万全の状態ではない。
敵機は優勢から一転し、脱する手段を取った。
ジルベルトも鳴鳥も機体の損傷は軽度でまだ戦える。
この機を逃すまいと追撃を図ろうとするが、敵の遁走術は鮮やかで、易々と追撃を逃れた。
一先ず皆の無事は確認でき、アラン達も険しかった表情を緩める。
「敵は……、去ったようですね」
「取り敢えず、今回はこの坊やを捕えられただけでも良しとしときましょうか。スティング、運ぶのを頼めるかしら?」
「ウム」
ジャポーネでの襲撃。
三度狙われた鳴鳥であるが、今回も敵の手に落ちることなく守りきれた。
前回とは違い、連合の戦艦も敵を討ち果たすために出撃したが、捕える事すら叶わなかった。
それでも今回は全く成果が上げられなかった訳ではない。
先のテレンティアとの戦での敵であった久城蔵人を捕える事に成功した。
敵の正体や目的もこれで明らかになるかもしれない。
そう期待を抱いたが、その希望は打ち砕かれる事となる。
大戦艦ブリューナク。
ハンガーエリアには通常の戦艦ではあり得ない数のARKSが収容されている。
いくら汎用機と言えども、ずらりと並ぶ姿は壮観で圧倒される。
ハンガーの一角。通常は空いている収容箇所に黒色と白色のARKHEDが新たに収容された。
その機体はジルベルトと鳴鳥のものであり、後々アルヴァルディもこの艦に収容されるとのことで、二人は先に着艦したのである。
ブリューナクの内部は広大な広さである為、重力が掛からないようになっており、移動も楽である。
ふわふわとする浮遊感は楽しくも感じる鳴鳥であるが、あまり慣れていないせいであらぬ方向に進んで戸惑う。
上手く動けずにいた鳴鳥の傍に寄ってきたのはジルベルトであった。
「手を貸した方が良いか?」
「す、すみません、お願いします……」
仕方がない奴だと言いたげな顔であるが、ジルベルトは鳴鳥に手を差し伸べる。
差し出された手は右手。ジルベルトの大きな掌に載せたのは右手である。
本来なら左手を乗せて引いて貰えばよいのだが、すぐ傍まで寄った鳴鳥はジルベルトの左手を右手で取る。
少し怪訝な表情になるジルベルトであるが、この場では口にせず、ハンガーを出る。
「あの……、ジルベルトさん? どこへ――――」
ハンガーの軽重力エリアを抜け、長く続く通路に出てもジルベルトは手を離さず先に進む。
彼の向かう先はアルヴァルディの収容される場所ではない。
そして広い空間と違い通路ならば一人でも大丈夫である。
それらの事に戸惑う鳴鳥に対し、ジルベルトは答えず、前を向いたまま呟くように問う。
「奴に会いたいか?」
「それは……」
鳴鳥を引く形であるジルベルトは背中しか見えず、表情は窺えない。
けれども問いかけた言葉は冷ややかな物であり、素直に返答ができなかった。
アルヴァルディには捕えられた久城蔵人が居る。
これまでに鳴鳥の危機に何度も駆けつけてくれた彼だが、まともに言葉を交わす機会は無かった。
話をしたいと思うのも事実であるが、鳴鳥にとっては何より久城の身が心配でならない。
セルべリア機からの攻撃を避けた所までは見ていたが、その後彼がどうなったかがまだ分からない。
捕えたという事は死んではいないだろうが、腕からとめどなく溢れ滴り落ちる血の色は忘れられない。
この目で無事を確認したいが、久城の行った行為を顧みればジルベルトの前で堂々とは言いにくかった。
どう答えるべきか戸惑う鳴鳥に対し、ジルベルトは全てを見抜いているようで、振り返った彼は深い溜息を吐いた。
「奴の容体なら心配はいらない。それよりも、お前は他人の事よりも自分のことを心配したらどうだ」
「え? 私は別に……」
「気づいていないと思うのか? バレバレだぞ」
ジルベルトが鳴鳥の手を引き連れてきた場所は医務室であった。
ARKHEDはハンドグリップを握るだけで作動し、運動機能は使わない。
敵の前という事もあってなるべく意識を向けないようにしていたが。
緊張感から解放された今、痛みからは逃れられない。
心配はかけたくないと頑なに隠している鳴鳥。
埒のあかない状況に軽く舌打ちをしたジルベルトは少々強引に、鳴鳥の衣服の袖をまくり上げ、左腕を露わにする。
そこには青あざが、目立たない程度ではないくらい腫れていた。その傷はデクセスに踏みつけられたものである。
大量の血を流していた久城に比べると大したことは無い。
後で適当に処置をすればよいと鳴鳥は思っていたが、ジルベルトは許さない。
彼に見抜かれてしまっていた上にこうして傷も露わになってしまった。
言い逃れは出来ないと悟った鳴鳥は彼の言葉に従う事にした。
船医に軽く状況を説明したのち、ジルベルトは外で待つと言い退席する。
検査の結果、骨にひびなどは入っておらず、打撲で済んでいた。
痛々しい赤黒い痣も医療機器のお蔭ですっかり元通りに、あっという間に痛みも引いた。
治療を受けている最中、鳴鳥は先程のジルベルトの言葉を思い起こしていた。
彼は自分の事を何よりも気に掛けてくれた。にも拘らず、自分は彼を怒らせてしまうような態度や考えばかりしてしまっている。
ジルベルトの過去を知り、少しでも彼の力になりたいと思っているが、力になるどころか重荷になっているのではと思い至る。
意図的にそうした訳ではないが、鳴鳥は自分の浅はかな行動を恥じた。
怪我は綺麗に治ったが、気は沈む。
その様子に気が付いた医師に他にも具合が悪いところがあるのではと気遣われたが、大丈夫であるとすぐに気持ちを切り替えて笑顔を作る。
何とか医師達は誤魔化せたものの、扉の向こうで待っているジルベルトには見抜かれてしまうだろう。
今、酷い顔をしていることは自覚している鳴鳥だが、感情の抑制など出来るはずもない。
またジルベルトに不快な思いをさせてしまうかもしれないが、ここでいつまでも足踏みをしている訳にもいかず、意を決して前に進む。
「(まずはさっきの事、謝らなきゃ……! それから――――)」
そう考えていた鳴鳥であったが、彼女よりも先に謝ったのはジルベルトであった。
鳴鳥を医師に預けた後、ジルベルトは医務室の前で待つ間に煙草を取り出しかけていたが、ここが自分の船でないことを思い出し、舌打ちをして仕舞い込んだ。
苛立つ気持ちをどうにか抑えようと後ろ頭を掻くが、スッキリとしない。
彼が腹に据えかねている理由。それは自分の事を蔑ろにしている鳴鳥よりも、彼女をそうさせている久城に対してである。
ようやく彼を捕える事が出来たが、状況はあまりよくない。
久城に対しどんな罰が与えられるかまだ定かではないが、軽いものではない事は分かる。
仮に命を以ってして償うとなるならば鳴鳥はどうなるだろうか。
これまでどんな辛い局面に立たされていても立ち直り前を向いた彼女だが、今度こそ乗り越えられないかも知れない。
何があってもそうはさせないと心に決めているが、絶対にとは言い切れない。
自分も罪人であり、権力などないに等しい。
何より苛立つのは自分の無力さであると思い至り、ジルベルトは溜息を吐いた。
無力なだけではない。配慮も足りなかった。
先程の鳴鳥の表情を思い出し、後悔もする。
鳴鳥が久城に会いたくない訳がない。
彼女が誰よりも真っ先に言葉を交わしたいと思っている事を知りながら、ついつい棘のある言い方をしてしまう。
今でも十分不安定な彼女を支えなくてはならないと思いつつも素直にはなれない。
鳴鳥が彼是と考えていたと同時にジルベルトも悩んでいた訳だが、互いに知る由もない。
結局のところ、ジルベルトの方は答えが出る前に連絡が入り、思考を中断させられた。
相手はアランであり、大方アルヴァルディが着艦したとの連絡だろうと思いつく。
現在アルヴァルディには捕えた久城が収監されている。
彼の様子も気になるが、ジルベルトにはもう一つ気掛かりがあった。
それはアリーチェの事である。
いつもとは違った様子の彼女は妙な事を言っていた。
その上尋常でない程の頭痛を訴え、意識を手放した。
ただの病とは違うというのは明らかであり、いくら苦手としていてもその容体は気になる。
その点を問いかけたジルベルトだったが、アランは複雑そうな、困った顔をしていた。
「今は症状が落ち着いているようです。けれど、連合の病院での精密検査を勧めたのですが、断られてしまいました。この後はエーデル・シュタインから迎えが来るそうです」
「そうか……。まぁ本人がそう言うのならば無理強いすることは無いだろう。一応後でこちらからフォローをしておく」
「その方が良さそうですね」
アリーチェの様子は確認できた。
あまり機嫌が良いとは言えないだろうが、自分以外の者に対してならば当然の態度なのだろうと納得する。
次にアランが少し言いにくそうに告げた事、それは想定内であるが受け入れがたい現実であった。




