第9話 黄土の騎士 上
屋敷を出た時には既に陽は落ちて暗い夜空であったが、今では薄日が射しており、夜が明けているのがわかった。
相変わらずのどんよりとした曇り空。鳴鳥はこの星に来てから一度も晴れた空を見ていない。
ジルベルト達が貨物船制圧の為に突入してから数十分が経っていた。
その様子は鳴鳥の搭乗するARKHEDからでは知る事ができない。
「(ジルベルトさん……。怪我をしていたのに大丈夫なのかな……)」
未だ戻らないジルベルトを心配する鳴鳥であったが、彼の言いつけを守らないと後で何を言われるのかわからない。
けれどもただ待っている時間というものは長く感じるものであり、無事なのかどうかと不安に駆られる。
「(そうだ、この機体、考えた事を再現できるんだよね。もしかしてあの貨物船の内部を探れるんじゃ――――……えっ?)」
ゴゴゴと腹に響く重低音。
どうにかジルベルト達の様子を知ることができないか、考えていた鳴鳥のもとに現れたのは彼ではなく、白銀の戦艦であった。
大きさは先程貨物船を拿捕した青い船より大きく、その戦艦は鳴鳥達を見下ろすように降下してきた。
空中で留まる戦艦から射出されたのは数機の人型機体で、先陣を切るのは黄土色の外装に黒いラインが入った機体、形からして鳴鳥が搭乗しているARKHEDに酷似している。
後に続くのは戦艦と同じ白銀色の機体であり、黄土色の機体よりも少しサイズが小さく、汎用機だと思われる同様の機体が五機、後に控えていた。
黄土色の機体は銃を構えて言い放った。
「所属不明のARKHED。貴様が報告にあった賊か? 大人しく投降しろ、さもなくばその命、無いと思え」
「……え?! いきなり何を言い出すんですか」
若い男性の高圧的な声が辺りに響く。
それに合わせて後ろに控えていた五機も銃を向けてきた。
無論照準は鳴鳥の機体に合わせられている。
どうやら敵だと勘違いをしているようなので、鳴鳥は慌てつつ誤解を解こうとする。
「わ、私は敵ではありません……! ジルベルトさんに助けられた者で――――」
「奴が人助けだと……? 奴がそんな一文の得にもならない事をするか!」
「えぇ?! (なんかジルベルトさんへの評価が低い?)」
「現に機体に奴が乗っていないではないか」
「それは……! ジルベルトさんは今、あの貨物船を制圧しに行っているんです」
「ならばお前はここで何をしている」
「……うっ! そ、それはジルベルトさんにここで大人しくしていろと言われて――――」
「女性に対して気遣いだと? 奴に限ってあり得んな」
「…………(やっぱりこの人、ジルベルトさんを誤解している……)」
相手は相当な頑固者らしい。一度思い込んだら中々考えを変えられないようだ。
彼のジルベルトに対する評価は著しく低い為、その名を出して自分が無害であると主張するには難しそうだ。
「まったく。あの男は大口を叩いておきながらこのザマとは。支援要請を受けた時は煩わしく思ったが、このような体たらくでは致し方ない事だな」
「むむむ」
ぼろ糞に詰る発言をする男に鳴鳥はカチンとくる。
ジルベルトは口は悪いが、突然荒野に投げ出された鳴鳥を救ってくれた。
リリアンを気遣ったり、グレゴリオや作業員を守る為にその身を挺した。
自分の悪口を言われている訳ではないが、やはり恩人を悪く言われるのは気分が悪い。
相手は武装しているのでここは穏便に事を運ばなくてはならないが、偉そうな男の物言いに鳴鳥は我慢が出来なかった。
「あの……っ! その言い方は無いんじゃないですか?」
「なんだと?」
「ジルベルトさんは貴方が思っているような人ではありません……!」
「お前にあの男の何が分かる」
「確かに、私とジルベルトさんとは出会って間もないですけど、それでも彼は一方的に批判されるような人ではないと思います!」
これまでたどたどしく受け答えしていた鳴鳥はジルベルトの事を擁護する時だけハッキリと主張した。
彼女のその態度が気に食わなかったのか、男はギリッと奥歯を噛み締めて鳴らす。
やはりこの男の前でジルベルトの肩を持つような言動は避けた方が良かったらしい。
男は嘲笑いながら宣告した。
「ハっ! どちらにせよ所属不明のARKHEDをのさばらせておく訳にはいかない」
「それってどういう意味――――」
「決まっているだろう」
言葉と共に発せられたのは発砲音。黄土色の機体が放った弾は鳴鳥機の足元を穿つ。
これは警告だった。
次に狙うのはコックピット部分である頭部。
これ以上逆らうと命は保証できないといった様子だ。
まさか本当に撃ってくるとは思わなかった鳴鳥は茫然とする。
相手はジルベルトの支援に来たと言うのだからてっきり味方だと思い安心していたが、冷酷な性格で強硬手段を取るらしい。
ここで反抗しても良い事は無い。ヘタな手を打てばグレゴリオ達に被害が及ぶかもしれない。
そう考えた鳴鳥は言いたい事はあるが、ぐっと飲み込んで大人しく引き下がる事にした。
「わ、わかりました。大人しく投降します。えっとS2、コックピットから降りたいのだけれど」
「了解シマシタ。形状変換、Fighterplaneモード」
AIに指示を与えると機体は人型から戦闘機へと変形する。
大地に近くなったコックピット。
鳴鳥はハッチを開いて機体から降りた。と言っても、両手両足を縛られたままである彼女は無様にも地面に転がり落ちるように降りる。
大人しく投降したが、黄土色の機体は未だに銃を構えたままだ。
「あのっ! これで良いんですよね?」
横たえていた身をよじりながら起こしつつ、大声を張り上げて是非を問う鳴鳥であったが返答は無い。
聞こえなかったのかと首をかしげつつ、もう一度叫ぼうと息を大きく吸い込んだ瞬間、無慈悲な言葉が空から降ってきた。
「連合所属で無い機体など要らない。お前にはここで消えて貰う」
「っ!!」
銃身が発砲の反動で上にあがる。放たれた弾丸は吸い寄せられるように目標へ一直線に向かう。
対象は普通の女子高生。そんな彼女が敵の弾を見てから回避余裕でした、とはならない。
間抜け面を晒してただただ着弾を待つばかりであった。
黄土色の機体が撃った弾は大地に着弾し、砂埃を上げた。と、同時に煙の中から飛び出す影。
その影はゴロゴロと地面を転がり止まる。
「……っ、あれ、私……ってジルベルトさん?!」
「ケガは無いか?」
鳴鳥の危機を救ったのはジルベルトだった。
彼は衝撃から身を守るように抱えていた鳴鳥の頭と身体を起こしながら問いかけた。
突然の出来事に彼女は生きている心地がしなかったが、ジルベルトの顔を見て今生きている事を実感する。
一旦落ち着いた所で鳴鳥はある事を思い出して再び慌てだした。
「ジルベルトさんこそ! さっき撃たれたケガは大丈夫なんですか!?」
心配しながら声を掛ける鳴鳥は、ジルベルトが負傷した部分を確認する。
左わき腹と右大腿部。その部分は抉られていて骨がむき出しになっていた筈だが、傷跡は全くなく、引き締まった肉体が破れた服から覗いていて、服には血が付いていたが怪我はしていなかった。
「あれ……。確かにあの時、死んじゃう位の怪我を――――」
「気のせいだ」
ジルベルトは深く追及されたくないのか、一言で済まして鳴鳥の拘束を手早く解き、彼女より先に立ち上がる。
これ以上この事を聞いても返答は無いだろうと判断した鳴鳥も自由になった手足を使い立ち上がった。
衣服に付着した砂を落としていたジルベルト。彼は確かに生きている。
何事もなく無事であった事に安心したのか、緊張の糸が切れた鳴鳥はこれまで抑え込んでいた感情を一気に露わに、顔をぐしゃっと歪ませて目じりに涙を浮かべながら問いかけた。
「今まで何をやっていたんですか!?」
「は? あの船の制圧だが――――」
「なかなか戻って来ないから心配したんですよ! ……怪我もしていた筈だし」
「って言われてもな。そんな五分やそこらで出来る事ではないし――――」
「それに! なんか怖い人が来るしっ!」
そう言いながら鳴鳥はびしっと空中にいる黄土色の機体を指差した。
ジルベルトはその指された機体を見て露骨にうんざりとした表情を浮かべる。
彼はズボンのポケットから端末を取り出して通信を入れた。
薄型の小型端末から浮かび上がる立体映像に映されたのは、コックピットに座る一人の男性である。
浅葱色を基調とした軍服をキッチリと着込み、金髪をオールバックにセットしている三白眼の男はジルベルトを忌々しそうに睨みつけた。
「なんか外が五月蠅いと思ったら、お前だったのかクヴァル」
「馴れ馴れしくファーストネームで呼ぶな! デクトリ大尉と呼べ!」
「はいはい、デクトリ大尉。支援要請を受けたのはお前だったのか」
「……来たくて来た訳ではない。貴様の尻拭いなど死んでも御免だが、任務でこの宙域を航行していたのが我々の艦だったからな。それに貴様の元にソフィを遣る訳にはいかないのもある」
「ソフィが任務? 何かあったのか?」
「フン……! 貴様には関係の無い事だ」
「あーそうですか、はいはい」
支援要請を出した当人の確認が取れ、クヴァルは艦に着陸の指示を出す。
機体から降りてきた彼はずんずんと、堂々とした立ち振る舞いでジルベルト達の元へと歩み寄って来た。
「で、首尾はどうだ?」
「盗掘者の貨物船はほぼ制圧済み、と言うかお前が邪魔をしに来なければ既に済んでいた」
「フン……! 貴様の手際が悪いだけだろう」
「はいはいスミマセンね、無能で」
「しかしもう片が付いたとなると私が来た意味がないではないか」
「いや、あの大きさの貨物船をこちらの船、アルヴァルディには収容できない。牽引したまま航行でもいいが、アレは一応商業船登録なんでな、航行中に賊に狙われかねん」
「ほぅ。本当に尻拭いをしろと」
ジルベルトの報告にクヴァルは額に青筋をたてて怒りを露わにする。
一方これまで嫌味を言われても平然と受け流していたジルベルトはスっと顔色を真剣なモノへと変えてクヴァルを問いただす。
「それよりもどういうつもりだ」
「何の事だ?」
「こいつを殺そうとした事だ」
「!」
不意に話題を振られて鳴鳥は驚く。
どうやらジルベルトは先程の、クヴァルが丸腰である鳴鳥を撃ち殺そうとした事の是非を問いかけているらしい。
確かに彼の言う通り被害者である鳴鳥は加害者であるクヴァルを責める権利がある。
しかし、ギンっと鋭い目つきで睨みつけてくるクヴァルに鳴鳥は委縮し、ジルベルトの袖を引きながらそのことはもういいと言った。
「あの、こうして生きている訳ですし、私の事はもういいですよ」
「馬鹿を言うな。殺されかけてその言い草とはとんだお人よしだな」
「この女もこう言っている。ならば私が責められる謂われはないな」
「いや、俺が駆けつけなければお前は無実の人間を殺していたんだぞ」
「連合所属で無いARKHEDはどう処理しても構わない筈だ」
「それはそうだが……」
「それに、ここで生かしておいた方が当人にとっても良くないだろう」
「え?」
クヴァルは鳴鳥を憐れんだ目で見る。その視線に気が付いた鳴鳥であったが、この場でその理由を聞くのは憚られた。
このクヴァルという人物に対し、鳴鳥はどうにも接しづらく感じている。
つい先ほど殺意を向けられていたからか、表情が険しいからか、とにかくこの人とは関わりたくない、そう感じた。
鳴鳥が何も言わずに黙っているとジルベルトが口を開く。
しかしその内容はクヴァルを批判する言葉ではなく、別の話題であった。
ジルベルトにとってもこの話はあまり触れたくない事らしい。
「ともかく、大尉にはここの後処理を頼みたい」
「言われずとも分かっている。貴様はどうするつもりだ?」
「彼女とARKHEDを本部に移送する」
「そうだな、その役目は貴様の方が適任だろう」
協議は終わり、クヴァルは踵を返して自機へと歩き出す。その途中でふと足を止めた彼は振り返り鳴鳥の方を見据える。
「そこの女、憶えておけ。そいつに関わるとロクな目に遭わんという事を、な」
「え、それってどういう……」
言いたい事を言うだけ言ってクヴァルは立ち去った。
彼の残した意味深な言葉に鳴鳥は首を傾げつつ隣に居るジルベルトを横目で見る。
そこで互いに視線が交わるが、彼はさっと目線を逸らした。
後ろめたい事があるのだろうかと思われるその挙動にも鳴鳥は問いかける事は無かった。