第8話 黒い死神 下
嗚咽の声を上げながら遺体にすがる鳴鳥。
辺りには彼女の泣き声だけが響いていたが、それも途中で遮られた。
未だに始末を終えていないベイジルに業を煮やしたリーダー機がこちらへと向かって来る。
感傷に浸っている時間は無いようだ。
「おい、いつまでボケッとしているんだ」
「わ、私は本来戦闘要員ではないんです。あぁこんな事になるなんて……」
「チッ! 使えねぇな。これだからインテリ野郎は……」
リーダー機がベイジル機を押しのけるように前に出る。その機体が銃を向けたのは作業員達が居る方であった。
すぐに撃つのかと思われたが、機体からは下卑た笑い声が響いた。
「おい、嬢ちゃん。聞こえているかァ? いいねェその歪んだ顔。特別に嬢ちゃんだけは生かしてやろうか」
命の保証は貰えた。しかし手放しで喜べる状況ではない。
彼らの事だ、生かされてもまともな待遇は望めないだろう。
そしてなにより、皆を見捨てて生き残るなどという選択肢は鳴鳥にはなかった。
「許さない……っ!! 私はあなた達を絶対に許さない!!」
強がってみたものの、鳴鳥は両手両足を縛られて拘束されている為、手の出しようもない。
仮に、手足が自由に動かす事が出来ても、相手は生身の人間ではなく巨大な機体に乗る者達だ。
勝てる見込みは万が一にでもあり得ないだろう。
彼女には敵である相手を睨みつける事しかできなかった。
「(私にも……。私にもあの機体を動かせたら……っ)」
「――――望むなら貴方に『力』を、与えましょう」
「……え?!」
頭の中に響いた声、それは女性の優しい声色。
安心するような、聞いていると穏やかな気持ちになれる声だ。
鳴鳥はその声に聞き覚えがあった。それはこの星に来る前、真っ白な空間で聞いたものである。
突然聞こえたその声に驚いていると鳴鳥の視界は真っ白に変わった。
盗掘者達の機体が銃を撃ち、放たれた光ではない。
真っ白な光、それは辺り一面を包み込んだ。と同時に響く音、何かが崩れ、割れる音が響く。
「なんだァ?! 何が起こった!!?」
「前が見え……っ!」
ベイジル達の機体内部では外部の様子が全く見えない状態に、真っ白に視界が遮られていた。
数分後、白い景色の中にシルエットが浮かび上がる。
やがて発光は収まり、それは徐々に姿を露わにした。
「な……っ!! ARKHEDだと?! 黒いのが生きていやがったのか!!?」
「ち、違う。ありゃあ運んでいた方の、別のアルケードっス」
突如現れた新たな機体、穢れの無い白色の外装に深紅のライン。
ベイジル達が搭乗している機体とは違うスリムな体躯。
その姿かたちはジルベルトが搭乗していたARKHEDによく似ていた。
眩しさで目を瞑っていた鳴鳥も、マドック達の叫び声で閉じた瞳を恐る恐る開く。
視界に入る景色、それは先程の絶望的な光景ではなく、以前見た事のある場所。
ジルベルトに乗せて貰ったARKHEDのコックピットに酷似していた。
「ここは……ARKHEDの中?」
「ハジメマシテ。当機ハ二種型戦闘機ARKHED、ワタシハサポートAI、S2ト申シマス」
「あ、どうも初めまして。……ってそんなこと言っている場合じゃなくて!」
手前にあるモニターから聞こえてきた機械音声。
ジルベルト機とは違った穏やかな女性の機械音声は挨拶と機体の紹介、そして自らをS2と言う名のAIだと名乗った。
鳴鳥はAIに言われるがまま機械相手に挨拶を返したが、そのように悠長に構えている場合ではないと気付いた。けれども突然このような状況に置かれた為、この先どうすればよいかなど見当もつかない。
放心する鳴鳥を現実に引き戻したのは敵機からの叫び声だった。
「クソアマが! 契約しやがったのか」
「契約……? 何の事……」
「フン、今更一機増えた所でこちらの有利は変わらねぇがな」
コックピットの前面に映像が映し出される。そこには顎髭を生やしたがっちりとした体形の男が人質である作業員の首根っこを掴みながらがなり立てていた。
その男の言う通り、鳴鳥がARKHEDを手に入れた所で状況は変わらない。
相手が人質を手にしている限りこちらから攻撃は出来ないのだ。
「仕方がねぇ。おい女、その機体に乗ったままついてきて貰おうか」
「そんな……! 私これの動かし方なんて知らないし……。それに、貴方達に従いなど――――」
「あぁン?! コイツがどうなっても構わねぇのか!?」
「……っ。わ、分かったわ。それで、どうすれば動くのよ」
「ンなもんARKHEDなら契約者は考えるだけで自在に動かせるんだろうが」
「え? なにそれ……。本当に……?」
当たり前のように言われたが鳴鳥は戸惑う。と、そこでAIの機械音声が手順を説明してくれた。
「当機ハ、ハンドグリップヲ握ル事ニヨリ搭乗者ノ思ウ通リニ作動シマス」
「片手でも大丈夫なのかな?」
鳴鳥はいまだ手足を拘束されたままだ。
とりあえず右手だけでグリップを握ってみる。そして心の中で動けと命じた。
すると透明な板越しに見えていた景色が近づく。
一歩前へと進んだようだが、機体が上下前後に揺れた感覚はなかった。
「思念作動ノ他ニ音声作動機能モ搭載シテイマス」
「声でも、ね」
鳴鳥の機体はゆっくりと一歩一歩大地を踏みしめる。初めて搭乗するのだから仕方がない事だが、慣れていないという理由の他に別の思惑があった。
鳴鳥の機体が収容されるまではまだ猶予がある。その間にどうにかグレゴリオ達を助けられないか、鳴鳥は必死に考えた。
「(立てこもり犯の取り押さえ方……。強硬手段となると窓を割ったりしてスタングレネードを放り込んで銃撃で制圧。だけどコックピットは頑丈で狭い密閉空間。それに犯人と人質の距離が近すぎる。となると麻酔銃を使う? でもどうやって……)」
「対象、敵機コックピット。外部音声ヲ遮断、スタングレネード弾、トランキライザー弾ヲ使用シマス」
「え?」
貨物船に近づいていた鳴鳥の機体は振り返ると両手を上げて二丁の銃を構えた。
照準はリーダー機、人質が乗せられている機体だ。
その速度はこれまでのぎこちない挙動からは考えられないくらい早く、敵機はいずれも回避行動を取れなかった。
「このクソアマ――――」
撃ち放たれた二発の弾丸はコックピット部分に命中。弾は内部まで入らず、フロントガラス部分で留まる。
そして間髪置かずリーダー機内部から発光。機体から通信が遮断された。
「うそ……。私撃っちゃったの?! 人質は……?」
「敵機内部、二名生存、昏睡状態ニ在リ、生命活動ニハ問題アリマセン」
「……そっか、良かったぁ」
AIに無事を告げられ、ホッと胸を撫で下ろす。
安心するのも束の間、彼女の機体とグレゴリオ達に銃口が向けられていた。
銃を構えるのはベイジル機とマドック機だ。
「テメェ! よくもやりやがったな」
「小娘が! 油断させておいてそのやり口、なかなかやりますね」
「え? (たまたまなんだけどなぁ……)」
敵機の手元に人質は居ないも同然。しかし今度は二機が相手、片方はグレゴリオ達に、もう片方はこちらを狙ってきている。
このような状況の立ち回り方はすぐに思いつかなかった。
鳴鳥機に向けられているマドック機の銃身が上へと跳ねる。
放たれた数発の弾丸は真っ直ぐにこちらへと向かってきていた。
警告なしの発砲。鳴鳥が不意の攻撃に反応できる訳もなく、まともに受けるしかなかった。
「……っ!! ――――って、あれ?!」
撃たれた衝撃が感じられない、もしかして痛みも感じないほどの即死状態だったのか。
恐る恐る閉じた瞳を開くとそこは変わらぬARKHEDの内部、コックピットであった。
唯一違うのは眼前の黒い機体。
それは目を瞑る前には存在していなかった。
黒い機体は鳴鳥の機体の前に立ちはだかり銃弾を受け止めた。
伸ばされた腕から発せられた青い波紋状の光、それは銃弾の勢いを止めて地へと落とす。
すかさず黒い機体は右手に握られたハンドグリップから現れた青い光の刃、その光を放つ剣でマドック機の両手両足部分を断ち切る。
バランスを失ったマドック機のコックピット部分が地に着くころには、ベイジル機も同様に切り刻まれていた。
「すごい……!」
ただただ茫然と見守る鳴鳥。黒い機体の動きはあまりにも早く、その戦いぶりは一部始終を目で追えるものではなかったが、瞬時に片が付いたことから搭乗者の力量が窺い知れる。
突如現れた黒い機体は瞬く間に敵をねじ伏せた。
鳴鳥にはその機体に見覚えがある。しかし彼が操縦している筈はない。
彼は先程鳴鳥の目の前で息を引き取ったのだからだ。
ならば誰が操作しているのか、機体を動かす者に対し問いかけようとした所、相手から通信が入ってきた。
「……契約してしまったか」
「ジルベルトさん?!」
映し出された映像、それは相手コックピットに座る人物。ぼさぼさの黒髪をひと括りにし、顎に無精髭を生やした中年男性、生前のジルベルトそのものだった。
彼は忌々しそうに眉根をひそめた表情をしているが、確かに生きている。
何故無事なのか、鳴鳥は問いただそうとしたが、彼が指示を出してきた為、質問の言葉を呑み込む。
「とりあえず、俺が人質の救出と盗掘者の拘束をする。お前はベイジル機とマドック機に銃口を向けておけ」
「わ、わかりました」
言われた通りに鳴鳥は銃口を向けて威嚇をするイメージをする。すると機体は鳴鳥のイメージ通りに両手の銃を敵機二体に向けた。
その間、ジルベルトは機体をリーダー機に近づけコックピットをこじ開けた。
彼は自機のコックピットから出ると相手機に飛び移り、昏睡状態の盗掘者を拘束する。
拘束具は彼らが使用していたロープとは違い、金属製の手錠である為、簡単には脱け出せないだろう。
ジルベルトは拘束した盗掘者を黒い機体の手のひらに乗せ、人質であった作業員は自機の補助席へ乗せた。
続けて他二機の搭乗者も手早く拘束する。
「おお、ラルフ。無事だったか……!」
「まだ麻酔薬で眠っています。暫くすれば意識を取り戻すでしょう。どうやら奴らに右手の指を折られたようなので手当をしてやって下さい」
「あ、ああ、わかった……」
ジルベルトはグレゴリオ達の拘束を解いて人質であった作業員、ラルフを彼らに引き渡した。
グレゴリオ達は未だに生きている実感がないのだろう。
目の前で繰り広げられた光景に圧倒されたのだからそれも仕方がない事だ。
何か言いたげであったグレゴリオだが、ジルベルトはまだやる事がある様子を見せているので声をかけるのを躊躇った。
代わりに眠っているラルフを運ぶための担架を手配するなど自分達に出来る事に取り掛かり始める。
拘束されていた者は皆解放され、盗掘者は皆お縄に着いた。
全て終わったのだと安心していた鳴鳥だったが、その考えは甘かった。
鳴鳥の背後、ジルベルト達にとっては前方、これまで動く様子を見せなかった盗掘者達の貨物船のエンジンに火が付く。
どうやら捕まった三人以外にも盗掘者が残って居たようだ。
「仲間を置いて逃げる気?!」
鳴鳥機は、旋回しながら浮上する貨物船を捉える。
兵装はしていないのか、もしくはここでやり合っても得は無いと踏んだのか、貨物船はこちらに目もくれず、退路をひた走るようだ。
鳴鳥は慌てて貨物船に向かって銃を向ける。しかし機体に再び乗り込んだジルベルトがそれを制した。
「撃つ必要はない」
「でも……!」
「上を見てみろ」
「う、え……? ……あれはっ!!」
鳴鳥達の機体に大きな影が射す。見上げた先には逃げようとしている貨物船より一回り大きいスペースシャトルをスリムにした様な形状で、藍色を基調にした船が現れた。
その船は逃げようとする貨物船の退路を遮るような位置を取っている。
両翼にある砲台は貨物船へと向けられていた。
「はあ~い。そこのしょぼくれたお粗末なお船サン。逃げようったってそうはいかねぇぞボケがっ!!」
ハスキーボイスの発言者は、最初は優しい声色で詰り、終わりはドスの利いた声で威嚇した。
皆が唖然とする中、ジルベルトだけはうすら笑いを浮かべている。
空から舞い降りた船舶は貨物船をアンカーフックで拿捕し、再び地上に降下するよう牽引する。
二機が船体を着陸させると同時に大きな船舶から二人の人間が降りてきた。
一人は上着のフードを目深に被った少年で、もう一人は紫色のウェーブがかったロングヘアのモデル体型の女性だ。
下りて来た人物をまじまじとモニターで見ていた鳴鳥。そんな彼女の元にジルベルトが通信を入れてきた。
「ナトリ。聞いているか?」
「うぇ?! は、はい。何でしょうか?」
「……俺は今からあの貨物船の制圧に向かう。お前はじっとしていろ」
「わかりました」
「いいか、余計な真似はするなよ」
「む。だから、何でそんなに信用が無いんですか?」
「現にお前は勝手に契約を――――いや、その話は後回しだ。ともかく、アルケードの思念作動をオフにしておけ。さっきみたいに考えただけで機体が動いては事故になりかねんからな」
「……わかりました」
互いに言いたい事が沢山あるがそれはひとまず置いておく。
必要事項だけ告げるとジルベルトは再度機体から降りて二人組と合流する。
鳴鳥は言われた通り、AIに指示を出して機体の操作を音声作動のみに変えた。
白兵戦では鳴鳥は足手まといだ。
不良相手に大立ち回りは何度か経験しているが、この星に来てからの出来事は実弾が飛び交う場面が多い為、鳴鳥程度の護身術レベルではまるで役に立たない。
ここは大人しくしておいた方が良いだろうと彼女自身も判断した。
アルケードのコックピットで鳴鳥はひとり、物思いにふける。
この機体は何なのか、ジルベルトや盗掘者が言っていた『契約』とは何なのか、ジルベルトは確かに目の前で死んだ筈なのに何故ピンピンしているのか。
疑問はとめどなく浮かび上がる。しかし彼女の疑問を解消してくれる者はいなかった。
「(この先どうなるんだろう。グレゴリオさんとイグナシオさん……。リリアンちゃん。それにあの紅い鉱石。あれだけ積み込んでいたとなると、他の星では相当な価値があるんだろうなぁ)」
鳴鳥はモニターでグレゴリオ達の様子を窺う。
また二人は喧嘩でもしているのかと思われたが、二人とも事後処理に追われていた。
作業員達は数時間拘束されていた為、心身ともに疲弊している者達が居る。
その人達に飲み水を与えたり、体調確認をしていたりでそれなりに忙しそうだ。
自分も何か手伝いたいと思う鳴鳥であったが、ジルベルトの言いつけを守る為、大人しくコックピットで待機していた。
ひとまず自分の役目は終え、後はジルベルトが戻るのを待つのみであった。だが、事態はここで収束を迎えなかった――――