第74話 純白の戦乙女 下
ルミナへのインタビューも終わりが見え、マスコミが撤収しかけていた所に満を持してアリーチェは登場した。
彼女に対しては注視されなかったようだが、後ろに居る鳴鳥は違った。
もともと先の戦にて多大な功績を残し、その後も活躍をしているだけあって、鳴鳥の存在は無視できないようだ。
その上彼女は周りの視線を一気に集める姿をしていた。
「あ、アリーチェさんっ……、恥ずかしいです……っ」
「胸を張りなさいよ! アナタ、巷では戦乙女、ヴァルキュリアなんて呼ばれているのよ? 堂々としていなさい!」
アリーチェの言った通り、鳴鳥の姿は羽飾りのついた額を隠す兜、髪は三つ編みで纏められて後ろでお団子に、胸元には銀色に輝く胸当てが、ヒラヒラとした純白のスカートは前が短く後ろは長いフィッシュテール型で、覗いた足はロング丈の編み上げブーツを履いている。
その姿は神話に出てくるようなファンタジー色の強い戦乙女の格好である。
通り名通りの姿に一瞬呆気にとられたマスコミの面々であったが、すぐさま我先にと鳴鳥の元へと駆け寄りフラッシュを焚く。
その勢いは。ルミナの時とは段違いであった。
一気に注目を鳴鳥にさらわれてしまったルミナは、これまで浮かべていた満面の笑みを崩して納得いかないという風にギリギリと歯ぎしりをした。
「な、なんなのよー! あの子はー!?」
「あーら、腹黒アイドルさん、ご機嫌はいかがかしら?」
「アリーチェ・バルニエール! この性悪女! アンタの仕業ね!」
「ハァ……? 何の事かしら? アタシはただ、ミリアム議長の穴埋めを連れて来ただけです~」
「白々しい! わざわざあんな格好にさせたくせに!」
「あら? イベントを盛り上げるよう働きかけるのはスポンサーとして当然でしょう?」
「むきーーーっ!!」
キャットファイト寸前まで睨み合いを続けるアリーチェとルミナ。
二人は今にも取っ組み合いを始めそうだが、その一方で鳴鳥も詰め掛ける報道陣に気圧されていた。
実の所、鳴鳥がこの場に連れてこられたのは本来来賓として招かれていたミリアムが来られなくなった為の代役であり、その原因はソフィーリヤとクヴァルがアストリアを離れてクライン……、久城の監視任務につく所為であった。
そのような大事な事を簡単に説明し、アリーチェはルミナの鼻っ柱をへし折る為に鳴鳥を利用した訳だが、彼女の計画は上手くいったようだ。
だが、彼女の些細な復讐心が後に思わぬ事態へと発展する。
報道陣からの注目を浴びる鳴鳥の姿に、大会運営の一人はある事を思い出した。
それはとある人物から提案されたことなのだが、この様子だとその提案を受け入れるべきであると判断し、急きょプログラムに加えられる。
その内容は当人達に告げられぬまま、大会はいよいよ開催される運びとなった。
ARKHEDとは違う低い重低音、ARKSの稼働音が響くスタート地点。
耐Gスーツを着用しているジルベルトは最終動作確認を行う。
ここ何日かで昔のカンは取り戻しつつあるが、レース直前の空気は何年過ぎようが慣れない。
以前、ただひたすら優勝を目指してレースに挑んでいた時とは違い、今は背負うものも無く、気負いする事は無い。
だが、このレースでは負けられないという気持ちが強く、操縦桿を握る手に力が籠る。
理由としてはフラヴィオの事が気に食わないというのもあるが、彼に負けたくないのは鳴鳥の事があるからだ。
フラヴィオが勝った場合、鳴鳥は彼のものとなる。
具体的に何をするとは言わなかったが、女に対して目が無く、手の早い彼のやる事と言ったら簡単に見当が付く。
その事を考えていると以前協力の約束を取り付ける為にこの星に来た時の出来事、鳴鳥がフラヴィオの手によって辱めを受けていた場面を思い起こし、ジルベルトは苛立ちを感じた。
そうさせない為にもと彼は大きく息を吸い、吐き出して深呼吸し、気合を入れ直す。
最終チェックも終え、レースに集中しようと目を瞑る。
と、そこで通信機に連絡が入った。
レース前に何だと思っていたが、相手が相手だけに無視は出来なかった。
通信機に映し出された姿、瑠璃色のロングヘアに右目を前髪で隠し、眼鏡を掛けた女性、ソフィーリヤであった。
彼女はいつもの連合軍服ではなく、動きやすいパンツスーツスタイルである。
どうやらクライン……、久城の見張りの任の為に来たようで、彼女の後ろには不機嫌な面のクヴァルも居た。
「こちらの事は心配しなくて良いから、頑張ってね」
「ああ、すまない。奴の事、頼んだぞ」
ソフィーリヤ達は既に観客席いるらしいが、そこには居る筈の者が居ない。
不審に思ったジルベルトであるが、問いかけると妙に勘ぐられそうな気がしたので止めておいた。
だが、視線を彷徨わす仕草にソフィーリヤは気付いたらしく、クスクスと笑いながら彼女がどこに居るのかを教えた。
「ナトリさんなら演台に居るわ。気が付いていなかったの? ミリアム議長の代役に選ばれたらしいんだけど……」
「……!?」
現在、来賓席の傍にある演台では開会式が行われている。
正直な所、スポンサーの紹介や来賓の挨拶などは興味が無かった為、ジルベルトは見ていなかったが、そこでは思わぬ事態が起こっていた。
開会の挨拶は通信映像でミリアム議長が述べているが、来賓席に座るのは鳴鳥であり、彼女の姿に驚き目を見開いた。
「何だあれは……」
「良く似合っていると思うわ」
「いや……、そうではなくて……」
凛々しさの中にある愛らしさ。戦乙女の姿をしている鳴鳥は確かに似合っていた。
けれども何故この場でコスプレなのだと呆れてジルベルトは絶句する。
恥じらっている様子から彼女が進んで着替えた訳ではないようで、大方隣に居るアリーチェの仕業だろうと納得がいったジルベルトは溜息を吐きつつ乾いた笑い声を上げた。
鳴鳥の姿を確認し、安心するよりも呆気にとられた訳だが、緊張感は程良く解れた。
一方、来賓席から自分の衣装に戸惑いつつも、眼下の中空で待機する機体を眺めていた鳴鳥はジルベルトの機体を見つけてホッとする。
「(ここからじゃ、声は届かない……。でも、離れていても気持ちは伝わる……、よね?)」
胸の前で手を組み、目を閉じて銀色の機体に乗る者の事を考える。
どんな時にでも助けてくれる彼ならば心配はいらない。
けれども応援したいという気持ちはまた別である。
自分が応援しても大した力にならない事は自覚しているが、願わずにはいられなかった。
真剣にレースの行方を見守る鳴鳥に対し、隣に居るアリーチェは堂々としている。
心の底からジルベルトの事を信じており、高みの見物をしているようであった。
「アリーチェさん、落ち着いているんですね。私は選手でもないのになんだか緊張します」
「当たり前でしょう? ジルなら心配なんていらないわ。それに、絶対優勝をするわよ。なんてったって――――」
アリーチェが自信満々に言った直後、開会式で今回の優勝者に贈呈される商品が発表された。
司会者が紹介する品……、と言ってもそれは普通のレースでは考えられない規模のものであり、その内容に鳴鳥は驚いた。
ARKSの機体に武器兵装を取り扱う大手企業バルニエール商会からは、来季に発売される最新機体を好みにカスタマイズして贈呈され、先進惑星で流通している食品を生産から加工まで行うハイアット・プランテーションからは経営する飲食店の食事券一年分が。
交通機関や時空転送路を管理するノックス・トランスポートからは一年間の無料航行券を。
主要エネルギーである精神結晶の採掘から精製まで担うGEファウンデーションからは一年間分の精神結晶を、といった風に量も価値もすさまじかったが、何より一番歓声が沸いたのは、宿泊や娯楽施設や観光事業を経営しているRECから贈呈されるリゾート小惑星丸ごと一つであった。
あまりの規模の大きさに鳴鳥は深い驚きを吐き出すように溜息を吐いて呟く。
「す、凄いんですね、優勝商品……」
「でしょう? で、これだけ積まれればジルも本気出す事間違いないわ」
「あ……」
当人は否定しているが、お金が絡むとシビアになるジルベルトの姿を思い浮かべ、鳴鳥は呆れつつ笑う。
そして彼女の中にあった自分の為になどという自惚れは豪華賞品の前に消え去ってしまった。
既に優勝した気でいるアリーチェはジルベルトと過ごすリゾート惑星を想像し悦に入っている。
その様子に対し、困ったように愛想笑いを浮かべていた所、鳴鳥は大会の運営委員の人からスターターピストルを手渡された。
レースのスタートを告げる合図。それは会場に来られなかったミリアムの代わりである鳴鳥の役目である。
プロテクターを耳に装着し、ピストルを天に掲げる。
戦乙女という姿にピストルの組み合わせは妙であるが、始まる前から白熱したレースを前に疑問を抱く者はいない。
張りつめた空気の中、自分がスタートを切る事に緊張する鳴鳥であったが、レースに挑む者、ジルベルトはその比ではないと思い、目を閉じて引き金を引いた。
パァンと小気味の良い音が響いたと同時にゲートに張られていた透明のシールドが消え失せる。
そして一斉にスタートを切ったARKSが我先にとゲートを潜り駆け抜けて行った。
荒野に切り立つ断崖から見下ろす先。そこにはスタートしたばかりで団子状態のARKSが砂埃を巻き上げ突き進んでいる。
その様子を窺っていた黒衣を纏うエメラルドグリーンのショートカットの女性は獲物を狙う様に鋭い眼をしていた。
彼女はインカムでここには居ない者へと確認を取る。
「ヴァレリー、準備は良いかしら?」
「ああ、既に制御下に置いている」
「任せたわ」
「クキャキャ! 我に不可能は無い!」
しわがれた声、ヴァレリーとの通信を終えた女は彼女の背後で楽しそうに笑みを浮かべる双子の少女、それぞれロングヘアの金髪と銀髪を左右対称にワンサイドアップにし、黒衣を身に纏った者達へ向き直る。
「セルベリア、私達の出番はまだかな?」「早く暴れたいよ!」
「落ち着け、デクセス、デクセプ、今回の目的を忘れた訳ではあるまいな?」
「モチロン! 今回は捕獲だよね、デクセプ」「バッチリGETするよね! デクセス」
「理解しているようならば問題ない」
「でーも、もしかすると邪魔が入るかもだし」「邪魔者は排除しなくちゃねー」
「邪魔が入る事を楽しんでいるようだな」
「あら? セルベリアこそ」「笑ってるー!」
「そうだな、楽しみだ」
不敵に笑う三人の視線の先。そこには今回のレース会場の観客席があり、来賓席にターゲットが居る。
戦が終わり、その終戦記念として開催されたレース。
そこに先の戦を起こした元凶となる者達がまたもや暗躍をしているとはまだ誰にも気付かれていなかった。
彼女らは網を張り、獲物が掛るのを虎視眈々と狙い、それにジルベルトや鳴鳥が巻き込まれるのは程なくしての事である。




