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第7話 黒い死神 上

 早馬を走らせる事二時間弱。

 作業員が慌てて町に戻ってきた時間を合わせてゆうに三時間以上は経っている。

 とっくに不可思議な現象など収まっているものだと思われたが、そうではなかった。

 いななく馬達。馬車を降りた一同は目の前の光景に驚き目を見開いた。

 少し離れた所からでも分かる。作業員の証言通り、坑道から巨大な鉱石が浮遊しながら出てきていた。


「なんだあれは!? まさか本当に幽霊が……」


 目の前にしていてもやはり信じられないのか、グレゴリオらはただただ驚愕するばかりである。

 一方、ジルベルトはその現象に心当たりがあったのか、すぐさま作業員に現状確認をし始めた。


「見張りをしていた作業員はどうした? それから交代で休んでいた他の作業員は何をしている?」


 採掘場の見張りは夜間も行われている。

 作業員は交代制で、昼間見張りをする者達は夜には坑道の入り口近くに建てられた簡易宿泊所で休む。

 逆に、日中休んでいた者は夜の見張りを担当する。

 昼間、ジルベルト達を案内した作業員は寝床で休んでいた所、大きな音で目を覚まし、小屋を飛び出したと言う。

 そこであの光景を見て気が動転したのだろう。町まで知らせに来た作業員は一目散にその場を後にしたらしいが、慌てて銃を放った者も居たらしい。


「ともかく作業員の安全を確認しなくてはならないですね」

「ああ……、そうだな」


 岩陰に身を隠しながら一行は坑道入口へと近づく。と、そこで浮遊する巨大な鉱石に近くなれば近くなるほど、地面に振動が感じられた。

 ドスン、ドスンという重低音。それは鉱石が地面を歩く地響きではない。

 鉱石は確かに浮遊している。多少上下に揺れながらだが、地面には一切触れていない。

 一行は慎重に、辺りの気配を窺いながら簡易宿泊小屋まで辿り着く。

 扉を開けるとそこにはロープで縛り上げられ、猿ぐつわをされた作業員達が監禁されていた。

 部屋の中には作業員達しか居らず、監視役は居ないようだ。

 グレゴリオは周囲の安全を確認すると、彼らに近づき、拘束を解いた。


「お前達、無事だったか。いったい誰にやられたんだ?」

「……すみません。それがどうにもさっぱりで。皆、相手を見る前に昏倒させられて、気が付いたらここに居たんっス」


 不可思議な現象ばかり。それらが全て幽霊の仕業であるとは考えにくい。

 現に彼ら作業員達は丁寧に縛り上げられていた。幽霊にはこんな芸当、到底無理であるだろう。

 ジルベルトの中で予想が確信へと変わる。彼は皆にこの場に残るように指示を出すと、一人小屋を出ようとする。

 捕えられていた人たちの拘束を解く手伝いをしていた鳴鳥であったが、手を止め、ジルベルトの後に続くように小屋を出た。

 小屋を出て数歩歩いた所、岩陰でジルベルトは懐から取り出した小型端末を操作する。


「ジルベルトさん、これは一体どういう事なんですか?」

「アレは恐らくレイエス製の汎用機、ARKS(アークス)。その掘削機型だ。盗掘防止対策の為にステルス機能は搭載してはいけない決まりなのだが……。違法改造しているんだろうな」

「……難しい事はよくわかりませんが、あれはロボットの仕業だと言う事ですね」

「ま、簡潔に言えばそうだ。お前も小屋に避難していろ。それから皆を小屋から出さないように引き留めておいてくれ」

「ジルベルトさんは何をするつもりなんですか?」

「俺は――――」


 ジルベルトが何か言いかけたその時、すぐ傍で馬車が急停車のように停まった。

 転がり出るように降りてきたのは顔面蒼白のイグナシオである。

 彼は浮遊する巨大な鉱石を見て大地に膝をつき、握り拳を地面に叩きつけた。

 鳴鳥は彼に近づき、崩れたその身体を支えようとする。


「なぜだ……! どうしてこんな事に……っ!!」

「イグナシオさん。どうしてここへ?」

「彼ら……、ベイジルとマドックの様子がおかしかったから……。日を跨ぐ前に彼らの事務所を、自宅を訪れたんだ。しかし彼らは……どこにも居なかった。ぼくは……町の……為に……リリアンの……ために……。とうさんに……みとめられた……かったのに……」

「イグナシオさん……」

「アンタはまんまと騙されたって訳だ」


 ジルベルトの容赦ない言葉にイグナシオはますます落ち込む。

 心無いその物言いに鳴鳥は憤慨し、キッと睨みつけて非難した。


「そんな言い方……! ジルベルトさん、貴方には人を気遣う心が無いんですか!?」

「あ? 事実を言って何が悪い」

「またですか?! それ!! だ~か~ら~! ちょっとは言葉をオブラートに包んで――――」


 痴話喧嘩のような二人の言い争いを途中でぶった切ったのは巻き起こる風圧とジェット音である。

 それはジルベルトの背後に現れた機体が起こしたものであった。

 突如現れた機体、それに鳴鳥は見覚えがある。彼女も乗せて貰ったジルベルトの所有機、黒いARKHED(アルケード)だ。

 鳴鳥は突然その機体が移動してきた事に驚き、イグナシオは見た事も無い金属の塊が目の前に現れた事に驚愕し、ジルベルトは平然と佇んでいた。


「ななな……、なんなんだこれは……っ?! 金属の怪鳥!?」

「ナトリ。お前はこの男を連れて小屋に避難――――」

「イグナシオ!! 貴様、これはどういう事だ……っ!!!」


 ジルベルトはハッチを開いて機体に乗り込み座席に着きながら指示を出す。しかしその途中でまたもや遮る者が現れた。

 その人物とは簡易宿泊小屋から出て来たグレゴリオである。

 彼はイグナシオの顔を見るなり額に青筋を浮かべてがなりだす。

 このような事態でもやはり憎い者は憎いのか、グレゴリオは全ての元凶がイグナシオにあると決めつけているような態度だ。

 鳴鳥は慌てて二人の間に立ち、諍いを収めようとした。

 その間にジルベルトはアルケードを起動する。

 グリップハンドルを握ると黒い機体に刻まれている青いラインが光を放つ。


ARKHED(アルケード)Warrior(ウォーリア)モードに移行シマス」


 機械音声がそう告げたのち、機体は音を立てて変形する。

 その形は戦闘機から二足歩行の機体に、それはあの坑道の奥に、鉱石の中に在った巨大な機械人形によく似た姿であった。


「(あの形……! 坑道奥のアレはジルベルトさんの機体と同じ物だったんだ……)」


 驚きながらその機体を見上げる鳴鳥。グレゴリオもイグナシオも同様に驚き目を見開いている。

 ジルベルトが機体を作動させ、鳴鳥や作業員達が居る小屋を守るように進み出る。と、同時に浮遊していた巨大な鉱石が地面に落され、地響きがこちらへと向かってきた。


「ステルスジャマーヲ起動、周囲ノ通信音声ヲ外部出力ニ変換シマス」


 黒い機体を中心として周囲に現れた円状の光、それは特殊な音波と共に外に向かって広がる。

 何も無いはずの空間は機体から放たれた光を浴びると、デザート迷彩のゴツゴツとした三機の姿を露わにする。

 そしてそれらの機体の後方には大型の貨物船が姿を現した。


「ど、どうすんだよコレ!?」

「んな?! 秘匿回線がなんで外部に漏れてんだ!!」


 男達の慌てる声。その声は彼らの言う通り、機体に乗っていない鳴鳥達にも聞こえていた。

 目まぐるしく起こる不可思議な現象にグレゴリオは目を丸くしていたが、イグナシオは辺りに響く声に聴き憶えがあったのだろう。彼は立ち上がり、デザート迷彩の機体に向かって叫んだ。


「その声はベイジルにマドック!!! お前達、これはどういう事だ!?」

「おやおや、世間知らずの坊っちゃんじゃないか。もう此処まで辿り着きましたか」

「おいベイジル。そんな奴らに構ってねぇでさっさとブツを運ばねぇと……」


 言い争う二人に対し、ジルベルトの搭乗する黒い機体は銃を突きつけた。

 ガトリング式でもなく、ロングライフルでもない銃。

 敵機三体に対して心もとないように感じられるが、ジルベルトは自信ありげに宣告する。


「お前達のやっている行為は後進惑星保護条約違反だ。大人しく投降するなら命は取らない」

「そんなちゃちな兵器でやり合おうってのか」

「いや待てマドック。あれは……、あの機体は……っ」


 デザート迷彩の機体のうち一機が、たじろぐ様に一歩下がる。

 ベイジルは目を凝らし、ハッとしてごくりと生唾を飲み込んだ。


「あれは『黒い死神』だ! 間違いない……っ!!」

「はぁ?! 『黒い死神』と言えば戦場で一騎当千の力を持つって言うアレか? そんな機体がこんな辺境惑星にいるわきゃねぇ……」


 二の足を踏むベイジル機。

 マドックは半信半疑なのか、ベイジルと目の前に立ちはだかる黒い機体を交互に見ている。

 場は硬直状態になりかけたが、二体の機体の後ろ、これまで静観していたその機体が間を割くように前に出て言い放った。


「フンっ。死神だろうがなんだろうが知った事か。こちとらひと月も前から下準備をしてここに居るんだ。手ぶらでは帰られねぇよ!!」

「降伏する意思は無し、か」


 一歩前へと進む黒い機体。手にした銃の照準は三体居る内の真ん中の機体へと定められていた。

 しかし真ん中の機体は怯むことなく前に出る。その機体から発せられた笑い声が辺りに響いた。


「こんな事もあろうかと用意しておいて正解だったなぁ。これを聞いても大口は叩けるかァ?」

「町長っ!! 逃げてくだせぇ」

「その声はラルフか……!? 姿を見かけないと思っていたが……。そこに居るのか!?」


 機体から聞こえた搭乗者とは違う声。その声に反応したのはグレゴリオだった。

 どうやら拘束された作業員達の中で行方不明者が居たらしい。

 彼を捜す為にグレゴリオは小屋を出て来たようだ。

 そして居なくなっていた作業員は盗掘者の手の内という訳だ。

 ジルベルトはグリップを握る力を強め、吐き捨てるように言った。


「……人質かっ」

「武器を下ろしてその機体から降りて貰おうか。おっと下手な真似はするなよ」


 真ん中の機体、どうやらリーダー機であるらしいその機体の合図で両脇の機体が銃を構えた。

 照準は鳴鳥達が居る黒い機体の足元と、作業員達が居る小屋に向けられている。

 掘削機が装備する銃は機体相手ではたいした威力ではないが、生身の人間と木製の小屋を吹き飛ばすには十分だ。


「おい、黒いの。早く機体から降りろよ」

「……」

「おい、聞こえてねぇのか? 早くしろや。ちんたらしているとこうだ……!!」

「ぎゃァァァっ!!!」


 苦痛を訴える叫び。機体内部の状況が見えない分、中で行われている事が恐ろしいものを想像させる。

 このままだといけない、そう思った鳴鳥はジルベルト機に向かって叫んだ。

 

「ジルベルトさん!! ここは言う通りにしないと――――」

「言われなくても分かっている」


 二足歩行の機体は戦闘機の形へと形状を変え、開いたハッチからジルベルトが降りて来た。

 投降する様子を確認すると、真ん中の機体の搭乗者が仲間へと指示を出す。


「マドック。てめぇは降りてアイツらを拘束しろ」

「りょ、了解っす」


 デザート迷彩の機体から降りて来たどんぐり眼に短足で肥満体形の男、マドック。

 彼は慣れた手つきで鳴鳥達を縛り上げていく。

 手早く済ますと、小屋の中の作業員達も再度拘束して鳴鳥達の居る所へと連れてきて一か所に集める。

 身動きをとれず、ただ成り行きを見守ることしかできない鳴鳥達。

 彼女らをベイジル機が銃を構えて監視し、他の二機は再び鉱石を運び出す作業に戻った。

 と、言っても残すのはあの鉱石に閉じ込められているアルケードだけである。

 それは他の鉱石と違い、運びやすいように削り分ける訳にはいかない。

 一機で運ぶ事が出来ない為、やむを得ず、二機で運んでいる。


「よーし、これで最後だ。おい、ベイジル。片付けをしておけ」

「え!? ……し、しかし。そこまでする必要が……」


 ここで言う『片付け』とはただの掃除ではない。

 捕らえた人間を始末すると言う意味合いだ。

 ベイジルは人を殺めるのに慣れていないのか、手早く済まさずに躊躇している。


「姿を見られちまった以上、このままにしておく訳にもいかねぇしな。それに、黒いのに乗っていたのは軍の犬だろう? 普段俺達の仕事を散々邪魔する奴らの一味だ、始末しておけ」

「ちょっと!! 待って下さい!」


 立ち上がり、声を張り上げたのはイグナシオだった。

 彼はこれ以上盗掘者達の好き勝手にはさせられないと、このままここで死ぬ訳にもいかないと叫んだ。


「話が違います!! 僕達は貴方がたの邪魔はしていません。大人しく投降したのに命までだなんて……」

「はッ! だーれが命まで保証すると言った」


 ゲラゲラと嘲笑う声。

 ぎりっと歯を食いしばり、怒りに打ち震えるイグナシオであったが、ベイジル機が一歩近づいて彼へと照準を定めると、ドサリと音を立てて尻もちをついた。

 他の二機は鉱石に閉じ込められたアルケードを大型貨物船に向かって運んでいる。

 ベイジル機は銃を構えたまま微動だにしない。彼にはまだ、躊躇う気持ちがあるのだろう。

 収容が終わるまであと僅かだが猶予があるようだ。

 切迫している状況にもかかわらず、ジルベルトは平然としている。

 先程、ベイジルが言った通り、彼は場馴れしているのだろうか。

 彼の態度を不審に思った鳴鳥は身じろぎしながら肩に触れて問いかけた。


「ジルベルトさんっ、どうするんですか!? このままだと――――」

「……今から起こる事に驚くな、動じるな、黙ってじっとしていろ」

「何を言っているんですか? えっ、ちょ……っ!」


 訳のわからない事を言い残したジルベルト。

 彼はいつの間に拘束を解いたのだろうか、はらはらと拘束に使われていたロープが地に落ちた。

 すくっと立ち上がった彼は停止している自機、アルケードに向かって走り出す。

 瞬時に反応したのはベイジル機。これまで拘束された者達に向けられていた銃がジルベルトを追いかける。

 タタタっと乾いた音。的を外し、ジルベルトの足元を穿つ銃弾。

 乱射された弾は数発が目標に命中する。

 撃たれた者はバランスを崩し、ドサリとその場に倒れた。


「ジル…ベルト…さん?」


 撃ち込まれた弾丸によって巻き起こる砂埃。

 風に吹かれて開けた視界、そこには先程まで普通に息をし、声を発し、生きていた人物がピクリとも動かず地に伏していた。

 唐突に突きつけられた死という現実に、皆は息を飲み目を見開いて茫然としている。


「嘘……っ。こんなのって……」


 よろよろとよろめきながらジルベルトの傍へと近づく鳴鳥。

 両手両足を拘束されたままである為、駆け寄る事は出来ない。

 彼女も同様に撃たれてしまうのでは、と思われたが、ベイジル機は動かない。

 銃弾の装填に時間を取られている訳ではなく、撃ち殺してしまった事に動揺しているのだろう。


「ジル……ベルトさん……っ」

「……来るな……っつたろ……うが」


 どうやら虫の息ではあるが、一命は取り留めていたようだ。

 頭や心臓への直撃は免れたものの、左わき腹と右大腿部は抉られ、骨がむき出しに、血はとめどなく流れ出ていた。

 応急処置を施してもこの荒野では救急搬送先が無い為、徒労に終わるだろう。

 なにより鳴鳥は気が動転しているので的確な対処は出来ない。


「どうして……こんな……こと……っ」

「なんで……泣いて……いるんだ……おまえ」

「だって……!!」


 鳴鳥の瞳からぼろぼろとこぼれ落ちる涙。

 出会ってまだ一日も経っていないのに、デリカシーの無い態度ばかりだったのに、何故か涙は止まらない。

 顔をぐしゃぐしゃにしながら泣く鳴鳥に対し、ジルベルトは弱々しく微笑んだ。

 そして彼は目を細め、息を引き取った。




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