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第63話 青薔薇の庭園 上

 星団連合所有の高層タワーの一階。華やかなパーティー会場にて。

 ジルベルトは鳴鳥達をテラスに残し、料理を皿に盛っていた。

 会場は広く、テーブルの上に並べられた料理も様々な国の名物から高級食材を使った物まで選り取り見取りである。

 分厚く切られたローストビーフやポークチョップソテーを取っていたジルベルトは背後から声を掛けられ振り向く。

 そこにはこれまで目の前にあった豚の丸焼きが居た。

 と思ったが、それは真っ赤な顔で怒り狂う豚、もとい汚職政治家のシュヴァイン・ヘルシャーであった。


「これはどうも」

「何がこれはどうもだ! 貴様、あの時の非礼を忘れたとは言わせんぞ!!」


 それはテレンティアとの開戦直前の事。

 かの星のARKHED(アルケード)の能力で洗脳された者達によるテロが起きた際、ジルベルト達が駆けつけた場所がシュヴァイン宅であった。

 襲撃者を捕らえた後に召集が掛り、彼をその場に残したのだが、どうやらその時の事を未だに根に持っていたらしい。

 シュヴァインは唾を撒き散らしながら怒鳴り散らしており、周りは何事かと思うが、関わり合いになりたくないのか、遠巻きに見ているだけであった。

 一緒に居たスティングが武力行使に出そうな気配を見せたが、ジルベルトは彼を抑えて媚びへつらう様に下手に出つつも反論する。


「その節は申し訳ありませんでした。しかし我々も上からの指示には従わないとなりませんので」

「なにぃ!? ワシよりも貴様らの上官の方が偉いと言うのか!!」

「いや、そう言う訳ではなく……。無事だったようならば良いではありませんか」

「無事だと!? ワシがどのような思いをしたのか分かっておるのか!!」


 面倒な相手に捕まってしまったと頭を悩ませていたジルベルトであったが、彼の元に更なる厄介事が降りかかる。

 タタタと駆け寄り思いきり背中に抱きつく少女。

 ふわふわとしたピンク色の髪をなびかせ、ヒラヒラとしたラベンダー色のドレスを着たアリーチェであった。

 ジルベルトは抱きつかれた衝撃で手元の皿をうっかりと放してしまい、皿に盛られた料理が前方の宙を舞う。

 しまったと顔をしかめた瞬間にはソースや料理が豚顔にベチャリと乗っかっていた。

 怒りに打ち震えてワナワナと肩を揺らすシュヴァインに気が付いていないのか、アリーチェはジルベルトに会えた事を嬉しそうに語る。


「この人混みの中ででも出逢えるなんて、やっぱりアタシ達は結ばれる運命なのねー!!」

「おい、アリーチェ」

「ん? なぁに? あ、ドレス似合っているって? やだもー! 当たり前でしょう! でも嬉しいわ……っ!」

「いや、そうではなくてな、前を見てくれ」

「もぅ、なによー。ってこの豚のソース掛けがどうかしたの? なんだか脂身が多すぎじゃない? あっちに美味しい料理があるから行きましょう!」


 無視された事にも苛立ちを募らせていたシュヴァインであったが、アリーチェの小馬鹿にした発言は火に油を注ぐ結果となり、彼は怒り狂いジルベルトに掴みかかろうとする。

 すると流石にこの状況を見かねたのか、スッとアランが二人の間に笑顔で割って入り、シュヴァインに自身の電子端末を見せた。

 その内容は見せた当人とシュヴァインにしか見えなかったが、これまで激怒していたのが嘘であったかのように、彼は目を見開き大人しくなる。

 シュヴァインはサァっと青ざめた顔でガタガタと震えていた。

 ニコニコと笑みを浮かべたままのアランは、シュヴァインに近づき彼にだけに聞こえるように言葉を発して交渉をする。


「こ、これは……、どうやって……」

「僕は正直貴方がどうなろうとも関係ありません。ですがどうかこの場は大人しく引き下がって頂けませんか?」

「あ、ああ、ワシも少々声を荒げすぎたな、ウム。して、その情報は――――」

「この場を収めてさえくれれば公表は致しませんよ」

「わ、わかった。ワシは寛大だからな。まぁ許してやろう……」

「御寛大な判断、有難く思います」


 シュヴァインはお付きの者を引き連れて去って行った。

 どうにか危機は去ったが、ジルベルトとしては彼を黙らせたアランの情報収集能力に顔を引きつらせる。

 やはりコイツだけは敵に回せないなと改めて思うのであった。

 それでも、この場を収めてくれた事に一応感謝をしておく。


「済まないな、手間を掛けさせて」

「いいえ、この程度の事、大した事ではありません」

「と、言うが奴は公安部も捕まえられない程に巧みに悪事を隠しているだろう? よくそんな奴を黙らせる情報が得られたな」

「公安部が無能と言う訳でもありませんよ。告発する際上に腐った者が居れば、真実でも握りつぶされる。そう言う事です」

「そうか……。しかしお前はやはり中央勤務、調査部の方が良いんじゃないか?」

「僕は趣味で情報収集をしているだけであって、正義感などありませんから。あまり派手に動くと命を狙われますし。それとも僕が一緒ではご不満ですか?」

「いいや、助かっている。出来ればこのままであって欲しいと俺は思う」

「そうですか。僕としてもアルヴァルディは居心地が良いのでそう言って頂けると幸いです」


 改めて互いの存在を認め合っていた二人であったが、彼らの間にアリーチェが割って入る。

 シュヴァインは片付けたが、コイツがまだ残っていたのかとジルベルトは肩を落とした。

 シュヴァインと彼女の所為で随分と時間を取られたとジルベルトは内心頭を抱え、これ以上鳴鳥達を待たせられないと思い、ややこしくしないようにアリーチェを突き放さなかった。

 彼女はシュヴァインとは違い、しつこく絡んではくるが、鳴鳥達の元に連れて行ってもさして問題はない。

 ここでは何だから静かな場所に行こうと彼女を言いくるめ、ジルベルトは新しい皿に料理を盛り直して鳴鳥達の待つテラスへと向かった。

 ジルベルト達が料理を手にして戻ったテラスにはクヴァルしか残っておらず、鳴鳥とソフィーリヤの姿が見えない代わりにラウナが座っていた。

 二人は微動だにせず、目を瞑っていて眠っているようである。

 彼らを起こし、何があったのかと問いただすと、クヴァルはサッと目線を外し、ラウナは以前と変わらぬ無表情で二人はお手洗いに行った的なニュアンスで答える。

 だが、クヴァルが席を立って向かった先は会場ではなくテラスを降りた庭園の方である事にジルベルトは状況を察した。

 彼はラウナを軽く睨みつけ、皆に鳴鳥を探すよう指示を出してクヴァルの後を追う。


「えー……、あの子達なら放っておいても……あ、待ってよ!」

「待ちなさい、アリーチェ・バルニエール。いいえ、セスデク・オク」

「……はぁ? 今の名は誰の事よ」


 アリーチェを呼び止めたのはラウナであった。

 いつもならばジルベルト以外の事はどうでも良いと無視をする所であるが、彼女が発した言葉に何故だか足が止まる。

 およそ名だと思えない言葉を瞬時に名だと判断してしまった事にアリーチェは驚きを隠せずにいた。

 ふと、その名を呼んだラウナを見てみると、彼女は無表情の様であるが、微かに笑っているように見える。


「役目を忘れた哀れな人形、貴女もこのままで居られると思わない方が良いわ」

「アンタ一体……――――っつ!!」


 ラウナの言葉にアリーチェは頭に鈍い痛みを感じてよろける。

 けれどもその身体を支える者はこの場に居ない。

 なんとかテーブルに手を着いて体勢を立て直そうとするが、頭の中はノイズが掛ったようになり、まともな思考が出来なくなった。


「(なによ……これ……。ジル……助けて……っ!)」


 激しい頭痛の中で名を呼ぶが、彼はこの場に居らず、助けを求める声は届かなかった。




    


 ライトアップされた庭園には噴水があり、上方に吹き上げられた水は光を浴びてキラキラと輝いて落ちる。

 真っ青なバラのアーチをくぐり抜けた先には池があり、石造りの橋が架かっていた。

 薔薇の生垣も美しかったが、水辺に浮かぶ睡蓮も綺麗な花を咲かせている。


「わぁ……! 素敵ですね!」


 半ば強引に誘われた鳴鳥であったが、美しい景色を前にはしゃいでいた。

 会場から離れるにつれて人影は疎らになり、姿が見えたとしても男女の組み合わせ、カップルが多く、そのどれもが仲睦まじそうに寄り添っている。

 そういった光景を目の当たりにした鳴鳥は急に気恥ずかしくなり、隣を歩いているフラヴィオから少しずつ距離を取る。


「んー? どうしたのさ? 俺の事意識したのか?」

「え、あ、は、はい……。その、なんだか場違いな気がして」

「それじゃあこうすれば場違いじゃなくなるな」

「ちょ……っ!」


 フラヴィオはニヤッと笑うと鳴鳥に近づいて彼女の腰に手を回して自分の元へと引き寄せる。

 突然の事で無防備だった鳴鳥はされるがままに彼の胸元に収まった。

 心臓の音が聞こえそうなほどに近い距離。フラヴィオからは石鹸の様な良い香りが漂い、今でも早鐘を打つ心臓が更に鼓動を早める。

 彼の事が嫌いな訳ではないが、こういった事に慣れていない鳴鳥は思わず突き飛ばすように両手で押しのけようとした。


「あらら、こういうの望んでいたんじゃねェのか?」

「そ、そんな訳ではありません!」

「そっかそっか」


 フラヴィオは以前と違い、一度拒否を示せば強引に来る事はなかった。

 それは彼が以前の彼とは違うからか、理由は分からないが、気軽に訊ねる事は出来ない。

 記憶を失くすという事が彼にとって辛い事なのかもしれないと思うと、深く探りを入れるのは躊躇われた。

 彼の事を憐れんでいたせいか、自然と鳴鳥の表情は悲しげなものになっていたらしく、その事に気付いたフラヴィオは首を傾げつつも察したようで苦笑いを浮かべた。


「優しいんだな。ハッキリ言うと俺みたいな奴は好きじゃないだろう?」

「そ、そんな事……! 最初は怖かったですけど、今ではそんなことありません。それに、フラヴィオさんは優しい人です。さっきも無理強いはしませんでしたし」

「まぁ今優しくしているのは下心がある訳だが」

「……そ、そうなんですか」

「まぁお前を手に入れるのはレースの後だって決めているからな」


 そう言いつつニカッと笑みを浮かべるフラヴィオであった。

 彼はよほど腕前に自信があるのだろう。既に勝ったものだと言わんばかりに先の事を話す。

 彼のプランではジルベルトを完膚なきまでに叩きのめした後、鳴鳥を手に入れてこれまで通りヴィルト・ルイーネでレーサーとして暮らし、たまの休暇に二人で遠出をするというものらしい。


「俺がこれ以上の良い景色を沢山見せてやるぜ」

「そ、それも素敵ですけど……」


 ふと鳴鳥は対戦相手のジルベルトの事を考えた。

 彼はフラヴィオ達の協力を得る為に仕方なく決闘を受けるようであり、フラヴィオの様に自分の事を欲している訳ではない。

 理解はしていたつもりだが、こうも違いが見えてくると何故だかチクリと胸が痛んだ。


「しっかし今日の事も俺は忘れちまうんだよな……」


 池に架る石造りのアーチ橋の上で欄干に背を預けていたフラヴィオが呟いた言葉に鳴鳥はハッとする。

 へらへらと笑うフラヴィオであるが、やはり辛いのだろう。彼は悲しげな瞳をしていた。

 今の所鳴鳥にはARKHED(アルケード)所有者が背負うリスクである枷が無い。

 リスクが無いのは良い事なのだが、こうして目の前で苦しんでいる姿を見ると、自分だけが楽をしているようで後ろめたく感じ、何か彼らの為に出来ないのかとも思う。


「枷を……、無くす方法はないんでしょうか?」

「今のところは、な。連合の機関でもその点は研究を継続しているらしいが、そもそも機体の中枢がブラックボックス、いまだに解明されてはいないからな」

「でも、可能性はゼロではないんですよね」

「俺が生きている間に解明されて欲しいもんだが」

「開発者が生きていれば……、あるいはその資料が残っていれば……」

「それも望みが薄いな。今の所全く手がかりが無く、新たな機体が発掘されるばかりだ」

「そう……、ですか……」


 現時点で打つ手はないと知らしめられて鳴鳥は肩を落としてしょんぼりとする。

 その姿にフラヴィオは気にする事など無いと言いたげに笑顔を見せた。


「ナトリちゃんは枷が無いんだろ? そこまで気に病む事は無いんじゃねェか」

「私は……、なんだか自分だけが……って思って。皆さんが辛い思いをするのが居たたまれなくて……」

「まぁ俺は毎朝手間がかかるだけであって、大したことはねェんだぜ」

「先程と言っている事が違う気が……」

「さっきのはアレだ。今日のナトリちゃんがあまりに可愛いからつい、な」


 男には時として虚勢を張る事があるのだが、そのような事を女性の前で言える筈も無い。

 それでも何となく強がっているのだと感じた鳴鳥は無理をしなくても良いのにと思いつつ、眉をハの字にして苦笑する。

 思い返せばジルベルトも自分の体質、不死である事を使えるものは使うと言い切っていた。


「ジルベルトさんも不死である事を気にしていない……と言うか、便利だと言い切っていましたが、お二人とも心が強いんですね」

「は……? クソ野郎がなんだって?」

「あ……っ!」


 鳴鳥は思わずしまったという風に口を手で塞ぐ。

 何だかんだと言いつつ、フラヴィオはジルベルトを敵視している。

 うっかり彼の前でジルベルトの名を出した事で機嫌を損ねてしまったのではと焦り、恐る恐る彼の表情を覗くが、意外にも彼は驚いたように口を半開きにしていた。

 慌てる鳴鳥に対し、フラヴィオは先程の発言をもう一度と聞き返す。


「えっと……、お二人とも心が強いと……」

「その前だ。あのクソ野郎の枷が不死身だって事だ」

「え……? 違うんですか?」

「ああ、それは願いを叶えた方だ。契約者にはARKHED(アルケード)の力を得る事と、一つの願いが叶えられる。その代償が枷なんだが、不死という事が枷な筈が無い」

「そんな――――」


「此処に居たのか」


 声を掛けながら歩み寄ってきた者。それは険しい顔をしたジルベルトであった。




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