第49話 夜空を照らす赤い炎 上
無事?任務を終えたジルベルト達、アルヴァルディの面々はアストリアに帰還する。
その道中、鳴鳥が危機的状況に陥ったのは目を離したコンラードにも原因があるとジルベルトは言い、コンラードには罰が与えられそうになった。
罰の内容は給金カットだが、鳴鳥は自分のせいであったと言い張り、コンラードを庇いだてる。
彼女は罰なら自分が受けるとも言い出し、コンラードは喜びつつも良い所が見せたいのか、自分だけに罰をと手を挙げる。
俺が私がと庇い合う二人に対しジルベルトは面倒臭く感じたのか、さして罰にならないが自分にとっては有益になる刑を下した。
「食事当番……、っスか!?」
「はい……! 分かりました」
船内食はプレートに収まった食事を箱ごと解凍するだけの所謂レトルトである。
味は申し分ない上に、メニューも多種多様であるが、手作りの料理に勝るものは無いのだろう。
よほど鳴鳥の作るご飯が気に入ったのか、ジルベルトはやらなくても良い仕事を課した。
その事に対して鳴鳥は笑顔で頷くが、コンラードは何故だと首を傾げる。
しかし彼女の料理を手伝う内にコンラードの考えは改められた。
「(これは……、罰というよりご、ご褒美っスよ!)」
アルヴァルディのラウンジの隣のキッチンで、鳴鳥とコンラードの二人は昼食の準備をしていた。
コンラードはイモの皮を剥きつつエプロン姿の鳴鳥の後姿を見つめる。
その姿は新妻のようであり、色々と妄想がはかどるようで、コンラードの鼻の下は伸びつつある。
「あいてっ!」
「……! だ、大丈夫ですか!?」
よそ見をしながらだったせいか、コンラードは手元を狂わせて指を包丁で切ってしまった。
彼は荒事に慣れている筈だが、不意だったこともあり、軽く傷つけただけで痛みを感じたようで声を上げた。
鳴鳥は慌てて彼の元に駆け寄り、怪我をした部分、左手の親指を手に取る。
幸い傷は浅いようだが、切り傷からはぷっくりと血が滲み出ている。
鳴鳥は迷わず、傷を負った親指を口に含んだ。
呆気にとられているコンラードを余所に、鳴鳥は傷口を舌で舐めて血を飲み込む。
痛みとは別の感覚にコンラードは顔を赤らめて歓喜に耐えようと自身に言い聞かせていた。
「あ、ご、ごめんなさい! ついとっさにこんな事を勝手にして……」
「い、いや、良いんっス(寧ろ嬉しすぎてヤバい)血は止まったみたいだし、もう平気っス」
「よかった……。あ、でも消毒とか手当てしなくちゃ」
タッと駆け出し救急キットを持ってきた鳴鳥は手早く処置を済ませた。
されるがままになっていたコンラードは鮮やかな手並みに感心し、礼を言う。
「お陰で助かったっス」
「いえ、慣れない事をさせてしまってすみません」
「いや、元々は俺のせいでこんな事をさせられている訳だし、ナトリさんが謝る事は無いっスよ」
「コンラードさんのせいではありません……! 私がまた皆さんに迷惑を掛けたのですから……。あと、私は料理をすることが好きなので、そんなに大変じゃないんですよ」
申し訳なさそうに俯いていた鳴鳥だったが、料理をする事は彼女にとって苦ではないらしい。
にこっと笑って後は任せて下さいとコンラードに言い、中断していた調理に取り掛かる。
コンラードは少し情けなくもなるが、彼女に任せていた方が効率が良いだろうと判断し、椅子に座って大人しくしている事にした。
レトルトならば一瞬で済み、手間もかからず怪我を負う事も無い。
料理とは非効率であるが、鳴鳥は楽しそうに調理をしている。
その手際も手当の時と同様に鮮やかなもので、調理場には次第に良い匂いが立ち込めてきた。
「あ、良かったら味見して貰えますか?」
「よ、喜んで!」
小皿に盛られたのはジャガイモと人参と牛肉と玉葱であり、見た目に派手さは無い煮物である。
しかし地味な見た目に反して味はインパクトがあった。
ジャガイモはホクホクで、人参玉葱にも肉の旨みが程良く染み込んでいる。
「美味いっス! これなんていう料理なんっスか?」
「なんてことない『肉じゃが』ですよ。でもお口に合うようで良かったです」
「ああ、白いライスが恋しい……」
「もうすぐご飯も炊けますのでそろそろ盛り付けをしますね」
「それなら俺も手伝うっス」
「ありがとうございます」
ほぼ使われた様子の無い食器は食洗機にかけた後、乾燥済みである。
それらはすべて真っ白な皿でシンプルなことこの上ない物ばかりで、盛り付けても華やかさが無い。
その事を鳴鳥は気にしていたが、味見したコンラードは器など関係無いと再度鳴鳥の料理を褒めた。
その後、揚げと長ネギのみそ汁を注いでいたコンラードはふと思い出したかのように鳴鳥に聞いた。
「この料理はナトリさんの故郷の料理なんっスか?」
「はい、そうですけど……」
「もしかしてサシミとかいう生の魚を握られた酸っぱいライスの上に乗せた『スシ』とか言う食べ物もあったりするっスか?」
「は、はい! お寿司というものならありましたよ」
「なるほど……、このスープを見て思い出したんっス。とある惑星がこういう食文化があるって」
「本当ですか!? お寿司……、久しぶりに食べたいです」
「アストリアから一日くらいかかる『ジャポーネ』という名の星なんっスけど……。も、もしよかったら休暇が取れる時一緒に行くっていうのはどうっスか?」
「はい! 是非行ってみたいです……!」
「じゃ、じゃあ約束っス」
「はい! 楽しみにしていますね」
こうして和食を作る鳴鳥は自分の星が、故郷が恋しかったという気持ちもある。
コンラードから聞いた星、ジャポーネは丸っきり日本と同じという訳では無さそうだが、その星にはお寿司があると知り、期待に胸が膨らんだ。
一方駄目元で鳴鳥を誘ってみたコンラードは色好い返事を貰って喜んでいた。
彼は二人で行く事を想像し、デートのつもりであるが、鳴鳥はそう捉えていない事をまだ知らない。
「お待たせしました」
現在、アルヴァルディは比較的安全な航路を進んでいる為、自動運転モードに切り替えられている。
その為、普段ブリッジから出てこない船長であるジルベルトと、操舵士のスティング、情報処理担当のアランもラウンジに集まり、席についた。
テーブルには6人分の食事が並ぶ。
主菜は肉じゃが、副菜に茄子の揚げ浸しとホウレン草の白和え、レンコンのきんぴら、汁物は揚げと長ネギのみそ汁、白米である。
その出来栄えに、鳴鳥の料理の腕前を知らないマリアン、アラン、スティングは驚いていた。
「あら、美味しそう!」
「凄いですね、これ全部ナトリさんが作られたんですか?」
「俺も手伝ったっスよ」
「邪魔をしていたの間違いじゃなくて?」
「そ、それは……。全否定は出来ないっスけど」
和やかなムードの中、昼食が始まる。
鳴鳥の料理を初めて食べる訳ではないジルベルトは黙々と箸を進め、コンラードは味見したにもかかわらず、再度褒め称え、アランとマリアンは美味しさに驚いていた。
普段寡黙で、表情を変えないスティングもその味に満足したようで、いつもより箸が進んでいる。
「美味しいわ……! やっぱりレトルトより手作りの方が良いわね」
「そうですね。優しい味でこれならいくらでも食べられそうです」
「……ウム」
「そうっスよね。いや~毎日こんな食事だったら幸せっス」
「そ、そんな。皆さん褒めすぎですよ!」
皆に褒め称えられ、鳴鳥は恥ずかしいのか、顔を赤らめていた。
それでもやはり一生懸命作ったものが受け入れて貰えるのは嬉しいらしく、はにかんだ笑顔を皆に見せる。
その姿に口元を緩めたのはコンラードであり、またあらぬ妄想を繰り広げつつある彼に対してマリアンが突っ込みを入れる。
「毎日って、それプロポーズのつもり?」
「ち、ちがっ! それはそういう意味じゃないっス! そんな結婚だなんて……」
「そ、そうですよね。私はそんな魅力無いですし……」
マリアンにからかわれたコンラードは顔を真っ赤にして慌てて心にもない事を述べて否定するが、その言葉を真に受けた鳴鳥はしょんぼりと肩を落とす。
そしていじけたように俯いてブツブツと自分を卑下していた。
その事に気がついたコンラードは慌てふためき先程の失言を前言撤回する。
「な、ナトリさんっ! 違うんっス! 本当は――――」
「お代わり」
「あ、はい。ジルベルトさん、ちょっと待ってて下さいね」
コンラードが何かを言いかけたのを遮ったのはスッと茶碗を差し出したジルベルトであった。
彼は邪魔するつもりなど無いという風に装った表情であるが、アランとスティングとマリアンには見抜かれていた。
当人はというと、鳴鳥は全くジルベルトの意図に気がつかないようで、いそいそとご飯のお代わりをよそっている。
一方コンラードは話題が逸れたようでホッとしていた。
「(あらあら、嫉妬かしら)」
「(微笑ましいことこの上ないですね)」
「(……若いな)」
「ジルベルトさん、量はこのくらいで良いですか?」
「ああ、すまないな」
「いえ、お口に合うようで良かったです」
「……ああ、今日のも美味い」
「そう言って頂けると嬉しいです」
何やら良い感じの雰囲気にスティングは優しく見守っているようだが、アランとマリアンはニヤニヤと笑っていて、コンラードはあわわと言葉にならない事を口にし、危機感を抱いていた。
ジルベルトはアランとマリアンの態度に苛立ちを感じたのか、二人に片付けを命じた。
何で私達がと不貞腐れるマリアンに船長命令だと言うと、横暴だと叫ぶ。
鳴鳥は慌てて罰なのだから自分がやると言い張り、コンラードは張り切って彼女を手伝うと言い張る。
アランはハハハと笑いながら食事を進め、スティングも微かに笑っているようである。
「(ヴィルト・ルイーネでの事もそうだけど、こんな日々がずっと続けば良いのに……)」
久城を止めたいと思いつつも、この温かな日常に浸っていたいと思う鳴鳥であるが、彼女のそのささやかな願いは数日後に打ち砕かれる事となる。
アストリアに帰還後、ジルベルトは報告の為に軍本部へ向かう。
テレンティアが動きを見せると目されている聖王の生誕祭まであと数日である為、アルヴァルディの面々は思い思いの場所で過ごし、束の間の休息を取っていた。
と、言ってもアルヴァルディの船員の中で家族が居るのはスティングだけであり、彼と鳴鳥以外は家に戻る事無くそのまま船内に残っている。
ブリッジで今後の皆の予定を確認していた際に、鳴鳥はスティングの家族の件を知り驚いていた。
「スティングさん、ご家族に会われるんですか?」
「……ああ。お前も一緒に来るか?」
「え? で、でも、家族水入らずの場所にお邪魔するのは……」
竜人種であるせいか、彼の性格が寡黙なせいか、スティングの表情は読み取りにくい。
しかし彼は鳴鳥を歓迎しているようで、遠慮しがちな彼女に対し邪魔などではないと首を振る。
「子ども達も喜ぶ。それと手料理の礼をしたい」
「礼だなんてそんな……! で、でもお子さんに会ってみたいと思います」
「決まりだな」
自然な流れで約束を取り付けるスティングにコンラードは悔しそうな、羨ましそうな複雑な顔をしており、マリアンは彼の肩をポンポンと叩いた。
「コンラード。貴方はアルヴァルディの兵装と装甲強化に立ち会うのよ」
「えぇ!? 俺達は仕事っスか!?」
「だって私達が今更他の船に合流なんて出来ないでしょう? 戦うならこの船でって決めてたし」
「それはそうっスけど」
「あ……。なんだかすみません。私はお役に立てなくて」
「いや、いいんっス! ナトリさんは束の間の休息を楽しんで来て下さいっス」
「(ったく、この子は……)」
「(ハハハ。現金なものですね)」
鳴鳥に申し訳ない顔をされたコンラードは、不平不満を言っていたのが嘘のような手のひら返しをして彼女のフォローをした。
ジルベルトは本部へ、鳴鳥とスティングは彼の実家へ、コンラードとマリアンはアルヴァルディを戦闘態勢にする為の立ち会い、アランはアルヴァルディに残って情報収集をする事に決まった。
が、ここでジルベルトが口を挟む。
それは鳴鳥の行動に対してだった。
「ナトリ、お前訓練はどうする?」
「あ……、そ、そうですね。スティングさん、折角ですが……」
「ならば訓練後に我が家に来ると良い」
スティングの提案に鳴鳥は喜ぶが、彼女はジルベルトに不安そうな視線を向ける。
彼の返事はどうかと心配したが、それならば良いと承諾した。
ジルベルトからの許しもあった所で話は纏まるが、スティングはジルベルトにも自分の家に来るように言う。
家庭的な空気が苦手なのか、最初は断るジルベルトであったが、残念そうな顔をする鳴鳥に折れてしまったようで、彼は渋々承諾した。




