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第4話 赤銅色の荒野 下

「さて、これからなんだが。俺は仕事であの町に行かなければならない」


 機体から大地へと降り立った男は遠くに見える断崖を指さす。

 これまでひび割れた大地とごつごつとした赤銅色の岩、枯れた草木しかなかった平地が続いていたが、彼が示した先には高い断崖絶壁が、その麓に人工の灯りが点在している集落らしきものがあった。


「ここにお前だけを残して行くのも不安だからな。仕方がないから付いてきて貰うぞ」

「え? この乗り物はここに置いておくんですか」

「これはARKHED(アルケード)だ。それから、この星はお前の母星と同じ後進惑星だ。この機体を目撃される訳にはいかないからな」


 そう説明しながら男は大きな岩場の陰に停められた機体の横、青色に光る円状の模様に手をかざした。すると、機体がスゥ…と姿を消す。どうやらステルス機能で隠しておくようだ。

 透けていてなにも無いように見えるが、鳴鳥が手を伸ばし触れてみると、そこには確かに金属の感触があった。

 これで準備は整った。かと思われたが、男は立ち止まったまま鳴鳥の頭からつま先まで眺めていた。

 彼は顎に手をあて、なにかを考え込んでいる。

 少しして考えが纏まったのか、男は機体から降りる時に持ち出したトランク、今は彼の足元にあるそれを開いて茶色いフード付きの外套と、手の平より少し大きいサイズの金属ケースを取り出す。


「お前の格好は目立つ。少し大きいがこれを着ろ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 男の身長は鳴鳥の身長より彼女の頭ひとつ分くらい大きい。

 彼が着るとひざ下位の丈のコートだが、鳴鳥が袖を通すと丈は足首まで、袖はだぶついている。

 近未来的な乗り物に異星人だと名乗る男。それに反して彼の服装が中世の様な天然繊維の布と革でのみ作られた服である理由が分かった。

 もうひとつ、手にしていた金属ケースを開くと、そこには金属製のチョーカーがあった。

 幅が広く、首にぴったりとはめるタイプのチョーカー。

 男はそれを手にするとボタンを操作する。すると、銀色に輝いていたそれは木目調のデザインに変化した。


「これは?」

「発声用の言語変換装置だ。俺達は今、互いに聞き取り用の装置をしているから会話が成立する。だが、これから向かう先にはこの装置を着けていない者達ばかりだ。相手の言う事は聞き取れてもこちらの言葉は伝わらない」

「なるほど。わかりました」


 そこではたと気が付く。

 イヤーカフスタイプの装置は二人とも同じ物を着けているが、男はこのチョーカーをしていない。

 何故なのだろうと首をかしげつつ装着する鳴鳥に彼は答えた。


「首に輪をするのは気分的に、な。俺は手術をして奥歯に埋め込んでいる」

「そうなんですか……。なんだかすごいですね。あ、もしかしてどこでも好きな所に行けるドアとか、光を浴びせると大きくなったり小さくなったりする懐中電灯もあったりするんですか?」

「ん? お前の母星ではそんなものがあるのか?」

「い、いえいえ。ただそういうモノが出てくるお話があっただけです」

「……そうか」


 男はトランクを提げると町に向かって歩き出した。

 鳴鳥は余った袖を捲り上げながら彼の後に続くように歩く。

 今度こそ準備は万端な筈だが、鳴鳥はある事に気が付き男に声を掛けた。


「そういえばまだお互いに名前を知らないですよね」

「言われてみればそうだな。俺の名はジルベルト・ジャンディーニだ。短い間になると思うがよろしくな」

「私は奈々塚鳴鳥といいます。こちらこそ、よろしくお願いします」

「ナナツカか、変わった名だな」

「あ、鳴鳥です! ナトリ・ナナツカです。名は鳴鳥で姓が奈々塚です」

「ん? そうなのか。まぁよろしくな、ナトリ」

「はい……!」





 三十分程歩き続けた先、そこには辺りに点在する岩と同じ色、赤銅色の岩を重ねて造られた箱状の建物がいくつも並んでいる。

 人が住むだけあって、ここにはこれまで見られなかった木々や草木が僅かだが生えていた。

 ジルベルトは迷う様子もなく、目的地へと歩いている。その途中ですれ違う人達は女性やお年寄り、子供が多く大人の男性は少ない。

 空がどんよりと曇っている為、時間が把握できなかったが、どうやら今は日中なのだろう。

 人通りの少ない町の中で真っ先に向かって行ったのは商業区画である。

 ジルベルトはとある商店の前で足を止めた。

 そこは衣料品店であり、そのお店はショーウインドーに流行りの衣服がディスプレイされているような店ではなく、どちらかと言えば作業着、見た目より機能を重視した品々を取り扱う店であった。

 そこでジルベルトは手早く鳴鳥用の衣服、シャツとチノパンと靴下を替え分を含めて二着づつ、革のショートブーツを一足購入した。


「(……あれ? もしかして男の人とこんな風に衣服を買い物に行くのって初めてじゃ――――)」


 鳴鳥の初ショッピングデート。

 相手は十歳は離れているだろう顎に無精髭を生やしている中年男性。

 買い物を楽しんでいるような様子ではなく、寧ろ面倒臭そうな態度である。

 「この服どう?似合ってる?」なんて台詞は勿論無い。


「(うん、これはカウントに入れなくていいや)」

「これで全部か」


 購入後、すぐに着替えた鳴鳥。これで彼女の姿はこの町の住人と大差ないように見える。

 外套の下に着ていたジャケットと制服はこれまた買い与えられた革の肩掛け鞄に仕舞った。

 荷物になるが、ここで捨てる訳にはいかない。特にこのジャケットは借り物だからだ。

 準備は整ったと思われたが、鳴鳥は買い忘れがある事に気が付いた。けれどもすぐには言いだせない。

 それは年若い女性が男性の前で口にするには憚られるモノである。

 頬を赤く染め、目線を逸らし、もじもじと何か言いたそうな鳴鳥。

 ジルベルトは言いたい事があるなら早く言えとせっついた。


「何か買い忘れがあるのか? この際金は気にするな。と言っても無駄な物は買わないぞ」


 中々羽振りの良い事を言ってはいるが、鳴鳥は知っていた。ジルベルトは購入の際に領収書的な物をちゃっかりと貰っている事を。

 無事に家に帰れたら請求されるのだろうか、それともジルベルトの仕事先で経費として下りるのだろうか。不安な所である。

 ともあれ、その必要なモノはせめて今着用している分を合わせて最低二枚は欲しい所だ。

 もごもごと言葉を濁らせながら、なるべく直接的な表現は避けて伝える。


「えーっと……。その……、服が二着と言う事は宿泊するって事ですよね」

「ああ、この町に二、三日滞在する事になるかもしれんな」

「そう……ですか……。で、ですね。着替えを……」

「着替え分なら買っただろうが」

「……アウターとボトムスは。…………い、インナーがまだ」

「……」


 ジルベルトはようやく理解したようだ。

 眉間に皺を寄せ、心底うんざりしたような表情を見せつけて黙った。そして無言のままこの町で使用できる紙幣で一番大きな額を鳴鳥に渡した。

 どうやら自分で買ってこいという事だ。

 鳴鳥はお礼を言い、手早く選んで購入して戻って来た。

 一応、領収書の様なものも貰っておいた。






 必要最低限のものを買い揃えた二人はジルベルトが仕事をする為の場所へと向かった。


「ここだ」

「随分大きなお屋敷、ですね」


 町の奥、断崖を背にした屋敷へと辿り着く。

 そこはこれまでの簡素な家屋ではなく、立派な門と玄関まで続く石畳、そしてひと際大きな建造物があった。


「今更かもしれないが、お前は黙っていろよ。余計な事は一切するな」

「む。私ってそんなに信用ないですか?」


 じっ……とジルベルトは鳴鳥を見つめる。

 疑いの眼差しを向けられているようなので、ここは退くものかと彼女は見つめ返す。しかし彼の相手を見透かすような鋭い視線に耐えきれず、徐々に目を逸らした。

 二人は暫く無言で見つめ合っていたが、ジルベルトがため息と共に口を開いた。


「一応念の為に、だ」

「……わかりました」


 返事を聞き届けたジルベルトは木製のドアへと向き直り、金属製のドアノッカーで戸を叩いた。

 程なくして重そうな扉が開き、屋敷の主に仕える執事らしき細身の老人が出迎えた。


「中央から来ました。ジルオット・ジラルディーニといいます」


 そう言いながらジルベルトは手紙を手渡した。老人は手紙を受け取ると中身をざっと確認する。そして不思議そうにジルベルトを横目で見ていた鳴鳥へと視線を向けた。


「この者は助手のナナリー・ナトリアです」


 ジルベルトに紹介され、鳴鳥はぎこちなくお辞儀をした。

 先程、お互いに自己紹介した時と名前が違う事に疑問を抱いていたが、彼の言っていた言葉を思い出して得心がいったようだ。

 この星は後進惑星とやらで高度な文明をもたらす訳にはいかない。つまりは秘密裏に動いている為、偽名を使う必要があるのだと。

 そうならそうと前もって教えてくれててもいいのに、と鳴鳥は内心思っていた。


「中央の学者先生でしたか、お待ちしておりました。わたくしはこの館の主の執事を務めております、ゴンザレスと申します。以後、お見知りおきを」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「主は奥の執務室に居ります。こちらへどうぞ」


 うやうやしく礼をしたのち、老人はジルベルトのトランクを預かると執務室まで案内をした。

 外装から把握はしていたが、この屋敷の主はこれまで目にしてきた住人達よりも裕福なようだ。

 足元の絨毯、飾られている調度品などから窺い知れる。


「グレゴリオ様、客人がお見えです」

「おお、待っていたぞ。中に入りたまえ」


 扉をノックし、老人は向こう側に居る者に声を掛けた。

 主の了承を得て、二人は室内に通される。

 部屋の奥、書類が積まれたどっしりと重厚感のあるデスク。そこにある革張りの椅子に座っていた男性、歳は五十を超えているだろうと思われる大柄で、狸の様な腹をした彼は精悍な顔つきをにこやかな笑顔に変えて、立ち上がり歩み寄って来た。


「お初にお目にかかります。中央から来ました、ジルオット・ジラルディーニと申します」

「じょ、助手のナナリー・ナトリアです」


 先程の玄関でのやり取りから学んだのか、鳴鳥は自ら偽名を名乗った。

 一礼をした後、横目でジルベルトの表情を窺うが、彼は真面目な顔をしたままだった。

 喋るなと釘を刺されていたが、この程度なら問題ないのだろう。

 怒られるかと思ったが、どうもないようで鳴鳥は胸をなでおろす。


「遠いところからわざわざこのような田舎町によくぞ来て下さいました。私がこの町、『ラザン』の町長、グレゴリオ・オルバーンです。いやぁ~正直なところ何度か依頼を出してことごとく断られていたので駄目かと思いましたよ。いやはや、何事も諦めずに続ける事が大事、ですな」

「喜んでいただけるのは幸いですが、わたくし共でお力になれるかどうか……」

「いえいえ、来て頂いただけでも一歩前進ってものです」


 挨拶を交わしたのち、グレゴリオに勧められて応接用のソファーへ鳴鳥とジルベルトは座る。向かい合って座ったグレゴリオはこれまでの笑顔を崩し、真剣な眼差しを向けた。


「単刀直入に言わせて貰いますが、学者先生にお願いしたいのはですね、この町から少し離れた所にある採掘場なのですが――――」


 この町の成り立ち。それはグレゴリオが若かりし頃、鉱脈を発見したことから始まった。

 彼はこの星で主な燃料とされている鉱石で富を築き、そして鉱山町を作り、初代町長となったそうだ。

 全てが順調なように思われたが、そこで問題が起きた。

 グレゴリオが発見した鉱脈は30年程で掘り尽くされてしまったのだ。

 彼はこの町から離れた場所で再び鉱脈を探すように指示を出したが、そこで採掘されたのは燃料ではなくて別の鉱石。

 それはただ妙な模様が出ているだけの使いようのない石ころである。

 それだけであるなら他の場所を再び探せばよいのだが、妙な鉱石と共にある物が発掘されたのだった。

 

「詳しい話は現場に赴いてからにしましょうか。ゴンザ、馬車の手配を頼む」

「畏まりました」


 馬車の準備が整い、鳴鳥達は玄関ホールへと向かう。そこではウェーブがかった金髪の少女とメイドが言い争い……と言うより、少女が一方的に何やら喚いていた。


「どうしたんだリリアン。客人の前でそんな大きな声を出して」

「お爺様……!」


 『リリアン』とグレゴリオに呼ばれた少女は彼の顔を見た途端、ぱぁっと笑顔に花を咲かせた。

 嬉しそうに彼の元へと近寄るが、そのスピードはゆっくりだった。と言うのも彼女は木製の車椅子に座っている為、素早く駆け寄る事が出来ないのだ。

 グレゴリオは鳴鳥とジルベルトに少しばかり時間をと断りを入れ、リリアンに近づいて彼女の目線に合うように腰を低くした。


「お爺様、その方々は中央の学者先生なのでしょう? わたくしもお話がしてみたいですわ」

「済まないリリアン。儂と客人はこれから採掘場に行かねばならん」

「むぅ。またお仕事なのですか?」


 不満そうにむくれる孫娘に対してお爺様はたじたじのようだ。それを見かねたのか、ジルベルトが二人の元に歩み寄って提案をした。


「差し支えなければですが、この時間帯だと今日は下見程度に終わると思います。だとしたら夕食時かその後にならお孫様の話し相手になれますよ」

「本当!? それならわたくし楽しみに待っておりますわ」

「先生、気を遣わせてしまったようですみませんなぁ」

「いえいえ、お気になさらずに。私の話でお孫様が楽しんでいただけるか分かりませんが」


「(意外だなぁ。ジルベルトさんは子どもに優しいんだ)」


 少し離れた所から三人のやり取りを見ていた鳴鳥は、ジルベルトの対応に驚いたと同時に感心した。

 これまでの彼はどこか斜めに構えたような態度で接していたように感じたが、こういった気遣いもできるのだと知る。

 人当たりのいい感じ、以前との変わりように驚きつつも一つの疑問が生まれた。

 自分の時は銃を突きつけられたり身体的特徴を馬鹿にされたりしたのに今回はあまりにも違いすぎると。


「(もしかしてロr……)」

「言っておくが、俺にそういった趣味はない。さっきのは仕事を円滑に進める為だ」


 用意された馬車まで歩いている途中、ジルベルトは鳴鳥だけに聞こえるようにぼそっと呟いた。

 なぜ考えている事が分かってしまったのかと彼女は眼を見開いて口をぽかんと開けて驚く。

 口に出していたのかと慌てて手で塞ぐがそうではない。

 本人は感情を隠しているつもりだが、思っている事がわかりやすく顔に出てしまう事を彼女自身は気が付いていなかった。




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