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第3話 赤銅色の荒野 上

「――――目標地点到達ハ一時間二十五分後、12:00(ヒトフタマルマル)トナリマス。周囲ニ敵機及ビ脅威トナリエルモノハアリマセン。コノママ予定通リノルートデヨロシイデショウカ?」

「ああ、それで頼む。俺はひと眠りするから着いたら起こしてくれ」

「了解シマシタ。当機ハコノママ自動運行モードヲ継続シマス」


 果てしなく続く荒野。ひび割れた大地に枯れた草木、ごつごつとした赤銅色の岩場が点在する場所を、一機の戦闘機の様な、黒い機体が砂埃を巻き上げながら低空飛行で何処かへとひた走っていた。

 その機体の内部、一人用のリクライニングシートに座る中年男性は背もたれを倒して目を閉じた。すると、それに合わせるようにこれまで光を放っていたモニターが暗くなり、非常灯の青い光だけが暗闇で小さく輝く。

 ひと一人がゆったりとくつろげる空間、そこにはレバーやスイッチなどは無く、アクセルペダルも無い。あるのは背を預けられるシートと腕を置く肘かけ、両手にそれぞれ握る事が出来るグリップハンドル、そして伸ばした足を置ける台といくつかのモニターだった。

 簡素であるが近未来的な操縦席、それに対して男は不釣り合いな中世の平民の様な衣服を纏っている。

 ぼさぼさっとしたダークグレーの長髪を後ろで束ね、顎に無精髭を生やした彼は女性の機械音声ナビゲーターと会話を終えると眠りについた。

 目蓋を閉じて数分後、深い眠りに着く前にそれは起こる。

 鳴り響く緊急アラート。まだ到着には早い、何事だと慌てて男は上半身を起こした。


「緊急事態発生、前方ニ想定範囲外ノ時空空間圧縮ポイントヲ発見、緊急回避シマス」

「なっ……! この星で空間転移だと? んな事はありえないだろう」


 信じられないと疑った男だったが、目の前の光景にその考えはすぐに改めざるを得なかった。

 眩い光が彼の視界を奪う。

 どうにか接触を免れた機体は岩場に直撃寸前の所で停まった。


「損害箇所はあるか?」

「問題アリマセン、ルート修正モ完了シマシタ」

「そうか……良かった。で、一体なんだったんだアレは」

「生体反応ヲ確認、種族ハ人間デス」

「ヒトが生身で転移だと? 馬鹿な、そんな訳あるか」


 男はモニターを操作して画面に映る人物を拡大表示にして確認した。

 彼はその姿に半信半疑だったがすぐさま態度を改める。

 ナビゲーターの言う通り、それは人であり、女の子のようであった。

 少女はこちらの機体に近づこうとせず、辺りをキョロキョロと見まわしている。

 その様子から敵意や悪意などは感じられない。となるとこれは何か事故にでも巻き込まれたクチだろう。そう踏んだ男は機体から出て大地に降り立つ。


「(とりあえず身元を確認するか)」


 腰のホルスターに仕舞ってあるハンドガンを握り、少女に照準を合わせながら歩み寄った。






「あ、怪しい者じゃありません!! その、私はただの通りすがりの女子高生で……」


 銃口を向けられて気が動転してしまったのか、鳴鳥はしどろもどろになりながら無害である事をアピールする。しかし相手には言葉が通じないようで、その出鱈目な言い訳は全く伝わっていないようだった。

 男は銃を構えたまま、聞いた事のない言葉で話しかける。


「(そ、そうだ。外国人に日本語じゃ伝わらないよね……! よし、ここは英語で――――)あー……アイアムノットアダウトフルパーソン。 ウェアーイズディス?」


 今度は落ち着いて、片言だが自分は敵意など無い、ここが何処であるか分からなくて困っていると述べた。だが、それも伝わらなかったらしい。男はそれに応える事は無く黙りこんだ。

 意思疎通が上手くできなくて鳴鳥が困っていると、男は何を考えているのか、スッと銃を下ろした。

 彼は空いている左手でジャケットの胸ポケットから何かを取り出し、握った物を鳴鳥の前へと放り投げて寄越した。

 彼女の足元、地面に落ちているのは銀色に輝く小さなケース。戸惑う鳴鳥に、男はそれを拾うように顎を上げて促した。

 考えていてもしょうがない、逆らったらまだ仕舞われていない右手の銃で撃たれてしまうかもしれない。そう思った彼女は大人しく指示に従いケースを拾い上げる。

 手のひらサイズのケース、その中に入っていた物はシルバーの筒状イヤーカフスだった。

 なぜ突然見ず知らずの者にこのようなアクセサリーをくれるのだろうか? 混迷を極める男の行動に鳴鳥は目をパチクリさせる。

 そういった彼女の動揺を意に介さず、男は顔を横にそむけて耳の周りの髪を掻きわけて露わにする。

 隠れていた耳に光るのは鳴鳥が今手にしている物と同じイヤーカフスだった。

 それをトントンと人差指で叩き、自分と同じように装着しろという指示をジェスチャーで示す。

 コクリと頷くと鳴鳥は両耳にイヤーカフスをはめる。すると予期せぬ事が起きた。


「……ようやく会話が成立するな」

「え? これはどういう事なんですか?」


 イヤーカフスを耳に着けた途端、これまで聞き取れなかった、理解できなかった男の言葉がハッキリと分かるようになった。

 摩訶不思議な現象にますます混乱する鳴鳥。そんな彼女の質問に答える事はなく、男は淡々と問いかけた。


「お前はどこの星からどうやって来た? その身なりから察するにこの星の人間ではないのだろう?」

「『ほし』? ……わ、私は日本の東京――――」

「『ニホン』? 『トーキョー』? 聞いた事がないな。で、転移はどうやって行った?」

「えっと……、気がついたらここに居たので……。どうやってここに来たのか分からないんです」

「……となると転移事故に巻き込まれたクチか。どうやら俺は厄介な拾いモノをしたみたいだな」


 やれやれと肩を落としてため息をつく男は警戒を解いたのか、右手に握っていた銃を腰のベルトに着けているホルスターに仕舞い、くるりと踵を返して歩き出した。

 そして彼はそのまま数歩進んだ所で振り返ると怪訝な表情を浮かべる。


「こんな所に居てもどうしようもないだろう? 付いてこい、近くの町まで……いや、この星に難民を預けられる機関は無いか。……まぁとにかく任せろ」

「あ、はい。その……、ありがとうございます」


 言い方や態度はそっけないが、どうやら助けてくれるらしい。

 色々と尋ねたい事はあるが、鳴鳥は素直に従い男の後を追うように歩き出した。

 このまま悩んでいてもどうにかなる訳でもない、それに彼は武器を所持している。

 ここは大人しく言う通りにしておいた方が身のため。そう、彼女は判断したようだ。

 彼の行く先には黒い金属で出来た戦闘機がある。

 コックピットの横で男が手をかざすとハッチが開く。

 彼は手慣れた様子で座席に座るとモニターに触れた。


「星の名称検索『ニホン』『トーキョー』で頼む」

「了解シマシタ」


 男が問いかけると女性の機械音声が応えた。しかしその質問は見当外れであると鳴鳥は気づき、途中で割り入る。


「あ、あの!日本と東京って言うのは国名と首都の名前であって……――――って、え? 『ほし』って惑星とかの『星』の事ですか?! という事は今居る此処は――――」

「おい、それを早く言え。ちなみに此処は『フェルスボウデン』って名の星だ」

「星……? ここは外国じゃなくて違う星……そんなまさか……」


 目を見開き視界を彷徨わせていた鳴鳥は崩れる形でへたり込んだ。

 さらりと当たり前のように告げられた男の言葉に強烈な衝撃を受けたのだろう。

 今在る事実を否定するように、頭を抱えて首を横に振る。

 その様子に男はしまったと罰の悪そうな顔をした。


「お前、その様子だと後進惑星の人間か?」

「……こうしん……惑星……?」

「あー……。そうだな、質問を変える。お前の母星は他の惑星へ行き来する方法が無かったのか?」

「他の星……。月に行ったって話は昔にありましたけど、確か一度きりでその後は無人探査だとか」

「つまり他の星の住人とコミュニケーション、接点は無かった訳だな」

「異星人ですか? そんなの居る訳――――」

「……俺はその異星人な訳だが」

「!?」


 追い打ちをかけるような男の言葉に鳴鳥の頭は情報を処理しきれずに真っ白になった。






 鳴鳥が目を覚ました場所、それは先程男が座っていた機体の座席の後ろ、補助席の様な小さな椅子だった。

 開いていたハッチは今では閉じられ、ガラスみたいな透明な板越しに景色が横へと流れている。

 前の座席、操縦席には男が気を失う前と同様に座っている。


「ようやく目が覚めたか」

「あ……やっぱり夢じゃないんですね」


 男は鳴鳥が意識を取り戻したのを確認すると眉根を潜めながら訊ねた。


「お前の暮らしていた星では魔物……人間に害をなす生物が居たのか?」

「魔物? いいえ、地方では熊に襲われたり海で鮫に襲われたりとか、あるにはありましたけど。どちらも気を付けていれば滅多に遭遇しないかと」

「日常生活で脅威は無い、と言う事か」

「はい」

「治安はどうだ? 護身用に武器を携帯していないと表は歩けないか?」

「私の住んでいた国では法律でナイフや銃の所持が認められていませんでしたから、治安は良い方だと思います。あ、海外では銃社会な国もあります」

「そうか……お前が住んでいた国は随分と暮らしやすそうだな」


 自分の住んでいた国を褒められて内心喜びを感じた鳴鳥であったが、彼女は男の言葉に同調することなく否定しようとした。

 治安が良いからといって暮らしやすい訳ではない。全く問題の無い国や社会などある筈もないからだ。

 他の国からは良く見えても、その国の国民は現状に満足している訳ではない。――そう、返答しようとした言葉は男の問いかけで遮られた。


「で、これはなんだ」

「え? それは……ナイフですか?」


 男が手にしているのは折り畳み式のナイフ。それを見せつけられ、鳴鳥は戸惑いながら答えた。

 何故こんな事をこの人は聞くのだろうか、疑問符を頭の上に浮かべて小首をかしげる彼女に対し、男は疑惑の眼差しを向ける。


「しらばっくれるつもりか? これはお前の懐に入っていたモノだ」

「へ? な……なんで!?」

「何でかはこっちが聞きたい。お前がなかなか起きないから所持品に手掛かりがないか勝手に調べさせて貰った。で、これが出てきた訳だが、護身用では無いとすると商売道具か?」

「商売道具ってどういう意味ですか?」

「無害で無防備な振りをして、近づいてきた親切な人をグサリと刺して金目の物を奪う。追剥の手口だ」

「そんなことしません!」

「だったらこれは何だ?」

「そ、それは……その」


 だんだんと疑惑の色が深まっていくのが見て取れる。しかし鳴鳥には全く心当たりがなかった。

 疑いの視線から逃れるように男の手にするナイフをまじまじと凝視する。すると、ある事を思い出す。

 そのナイフには見覚えがあった。

 遡る事数時間前、彼女はそれを突き付けられていたのだった。


「それはこのジャケットの持ち主の久城センパイの物です! これ、男物のジャケットですよ! 私の持ち物ではないんです。そうだ、あの時不良から取り上げたのを仕舞ってそのまま――――」


 そこではたと気が付く。このジャケットを貸して貰った理由を。

 そして目の前の男は懐にナイフがあったと言った事を。つまりは――――


「――――見たんですか」

「は? 何をだ?」

「決まっているじゃないですか! このジャケットの下!」

「ああ、確かに見たが、お前の居た星では引き裂いた服を着るのが流行っているのか?」

「見たんですね!!」


 鬼気迫る鳴鳥の表情に気圧され、男はたじろぎながらもコクリと頷いて肯定した。すると彼女はガクッと肩の力を失ってうなだれる。

 ここまでショックを受けるとは想定していなかった男はさすがに気の毒に感じたのか、素直に謝罪の言葉を述べた。


「勝手に調べたのは悪かった」

「……いえ、いいんです。助けていただいているのに気を失ってお手間を取らせた私が悪いんです」

「まぁ見られて減るようなものではないしな。気にする事はない。」

「…………は?」


 男のフォローに鳴鳥の眉がピクリと動く。

 彼なりの気休めの言葉だったようだが、それは逆効果だったようだ。

 鳴鳥はショックを受けて自暴自棄になっていたが、彼女の中でふつふつと怒りの感情が芽生え始めた。


「確かに、見られて減る物ではないですけど。こういった事柄をそういう言葉で片付けるのは如何なものかと?」

「は? いや、お前。さっきは自分が悪いって言っていただろう」

「言いました。でも私だけが悪いとは言っていませんから」


 遠まわしにあなたが悪いと言われたような気がした男は口端をヒクつかせる。

 彼にとっては至極どうでもいいつまらない事、しかしそれは彼女にとってはさらりと流す事の出来ない重大な事。

 価値観の違いに二人の間柄はどんどんと険悪なムードへと変わる。

 売り言葉に買い言葉。ついに男は言ってはならない一言を口にした。


「……そもそも見る価値のある身体ではないだろうが」

「なっ……!」


 事実を言われた鳴鳥であったが、怒りは抑えられなかったようだ。

 気にしているところを指摘された彼女は顔を真っ赤にしながら喚く。


「なななななんて事を……! 失礼ですっ! デリカシーってものが貴方には無いのですか!?」

「事実を言って何が悪い」

「そういう発言で傷つく人もいるんです!」

「現実に目を背けてどうなる。虚しいだけだろ」

「だから! こういった事はデリケートな問題なんですよ。それに対してその言葉は最低です!」


 そんなこんなで口喧嘩をしている内に二人が乗っている機体が目的地に着いたのだろう。

 いつの間にか流れていた景色が止まっていた。

 くだらない話はここまでだと言わんばかりに、男はやれやれと肩を竦めながら言った。


「お前、自分の立場を分かっているのか?」

「そ、それは」

「この先どうする? 一人で何とかできるのか」

「ぐぬぬぬ」


 まさにぐうの音も出ない状態。

 鳴鳥は不満げな、何か言いたげな表情で黙りこくる。

 しかしこのまま関係を悪化させるのは得策ではない、そう考えに至った彼女はこれまでの非礼を詫びた。


「……感情的になってすみませんでした」

「ま、俺も言いすぎた。済まなかったな」


 あっさりとした幕切れ。

 少々拍子抜けする所だが、元々彼は鳴鳥の小言などそれほど意に介していなかったのだろう。

 寧ろからかって遊ばれていた節もある。

 見知らぬ土地に居る不安、それが彼との会話によって幾分か和らいでいる事に鳴鳥自身は気が付いていなかった。




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