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第21話 無色透明な未来 上

 鳴鳥が何故この場、ニーヴァレインの休憩室に居たのかというと、それは遡る事30分くらい前の話。

 彼女はここ数日の内に充分身体を休め、艦内を歩けるまでに体調を回復させていた。

 宛がわれた個室で休んでいる間、毎日ジルベルトが様子を見に来てもいたが、その時に伝えたい事を伝えようとするも、どうしても上手くいかないようである。

 ニーヴァレインがアストリアに到着すれば彼とは離れ離れになってしまう。

 後一日しか話せる機会は無いと考えた彼女は、思い切って自分から会いに行って話をしようとしたのであった。

 思い立ったは良いが、彼にもプライベートな時間がある。

 とりあえず小型端末で連絡を入れてからと思っていたが、タイミングが悪く彼が応答する事は無かった。

 折角の折り返しの連絡には心構えがなくてこれまた上手く気持ちを伝えれずにいた。

 意を決してジルベルトに宛がわれた部屋へと行くがそこにも彼は居ない。

 どうしたものかと悩んでいると、通りがかりの親切な兵士が休憩室に居た事を教えてくれた。

 広い休憩室、オープンフロアには目当てのその姿は無い。

 となると個室ブースかと思い歩いていると聞き覚えのある声を耳にした。

 すぐに声を掛けようかと思ったが、会話をしている相手が女性のようなので、反射的に口をつぐみ、隣の個室に入って悪い事だと思いつつも聞き耳を立てた。


「(この声、ジルベルトさんだよね。もう一人は……、あの医務室へ案内してくれた美人の女性……、名前はなんだっけ?)」


 隣から聞こえてくる会話は互いの近況を伝えるものであるようだ。

 ぶっきらぼうな喋り口である筈のジルベルトはいつになく穏やかに会話をしている。

 アリーチェが相手の時とは天と地ほどの差であり、鳴鳥と言葉を交わす時よりも会話が弾んでいるように思えた。

 そのせいか、恋人との逢瀬を邪魔する訳でもないのに間に割って入ろうという気が起らなかったようだ。

 出るタイミングを見失い、鳴鳥は隣の個室で聞き耳を立てつつ話が終わるのを待っていた。

 盗み聞きという行為は褒められたものではないが、いつもと違うジルベルトに興味が湧き、その気持ちの方が勝っていたのである。

 けれどもその行為で彼女は思いがけない事実を突き付けられることとなる。


「(……どうして教えてくれないの?)」


 暗い顔で自分に宛がわれた部屋に戻った鳴鳥はベッドに身を投げる。

 全て話してくれたと思っていたジルベルトは重大な事を隠していた。

 一緒に居た女性は不確定事項だと言っていたが、わずかな可能性でもそう言う事があるなら知っておきたかったようで、ましてや記憶に関わる事であるならなおの事覚悟を決める為に前もって知っておきたかったようだ。

 教えてくれなかった事を咎める事も出来るが、その事は考えている内に彼なりの気遣いだという結論に行きついた。

 思い返せばフェルスボウデンでグレゴリオ達の記憶が消されてしまうかもという事を鳴鳥は当人達に伝えられずにいた。

 それは彼らの事を思っての判断だ。

 ならば今回のジルベルトの判断も間違ってはいない。

 彼への不信感は徐々に無くなるが、鳴鳥の中では別の不安要素が生まれ渦巻いていた。

 何よりも今、彼女の思考を支配しているのは記憶が無くなるという事だ。


「(記憶が無くなる……、全部忘れちゃうって事? 家族の事も……、友達の事も……、久城センパイの事も……。地球の人達だけじゃない、ジルベルトさん達の事も……、全部忘れちゃうのかな……)」


 いざ自分の身にそういった事が起こりうると知り、感じたのは絶望である。

 多少不安であった先行きには更に不安が増し、この場から今すぐ逃げ出したいという気持ちに駆られた。


「(久城センパイ……。こんな事になるなら、気持ちを伝えておけば……、よかったのかなぁ)」


 アルヴァルディから飛び出した時に持ってきた荷物。

 その中の久城から借りたジャケットを取り出そうとした時、ベッドの上に一冊の装丁された日記帳が一緒に出てきた。

 その日記は地球を離れてからの出来事を綴ったもので、アルヴァルディを飛び出してからは書くのを止めていたが、昨日からまた記録をしていた。

 しかしその日記帳も無駄になる。

 まだ数ページしか綴られていない日記には地球ではありえない事がたくさん書かれており、中にはジルベルトへの罵詈雑言もあった。

 さして遠い過去でも無い最近の事柄が記されているのだが、読み返して行くとぽたりぽたりと涙が落ちた。


「(私……、忘れたくない……)」






 ニーヴァレインは航行予定通り、星団連合軍本部がある惑星アストリアに辿り着いた。

 エーデル・シュタインとは違い、都市の風景は華やかさがなく、洗練されたスタイリッシュな、機能美を追求した構造の建物ばかりであった。

 ドックに入港し、鳴鳥はジルベルトと共に用意された車両に乗り込み連合軍本部へ向かう。

 彼も行き先は同じなのでまだ同行する形である。

 また、休憩室の個室でジルベルトと会話をしていた女性、ソフィーリヤも行き先は同じらしく、同じ車両に乗っている。

 ジルベルトと鳴鳥は向かい合って座り、ソフィーリヤは彼の隣に居る。

 あまり接点のなかったソフィーリヤは顔を合わせると鳴鳥の不遇な境遇を憂い、優しい言葉を掛けてきた。

 彼女の姿と立ち振る舞いは素敵な女性であり、ジルベルトと並んでいても違和感がない、というよりジルベルトには勿体ないと思えるほどの女性であった。

 そんな彼女がいるせいか、鳴鳥は記憶消去の事を切り出せずにいた。


「ここが連合軍本部……」


 そこは円状の堅牢な壁に上空のバリアフィールドを備え、入り口には何重ものゲートが用意された難攻不落の要塞であった。

 三人は同じ通路を通っていたがソフィーリヤは途中で足を止めた。

 どうやら彼女とはここでお別れのようだ。

 彼女は別れの挨拶と共に鳴鳥に声を掛けた。


「もし今度互いの時間が空いていたら一緒に食事にでも行きましょう」

「あ、はい! 是非ご一緒したいです」

「それじゃあ、さようなら。……ジルもまたね」

「おう」


 ツカツカとヒールの音を鳴らしてソフィーリヤはわかれ道を行く。

 鳴鳥はぼうっとその背中を見送っていたが、ジルベルトに声を掛けられて彼の後に続いて歩き出した。

 二人はやがてある一室に辿り着く。

 そこが鳴鳥の身柄を引き渡す先であるようで、ジルベルトは彼女に向き直り、別れの挨拶を切り出した。


「これから惑星消滅事件の重要参考人としての取り調べがあるだろう。色々と辛いかもしれないが、亡くなるべき星では無かったと証明できれば報いる事が出来る筈だ」

「そう……、ですね」

「なんだ? ……具合が悪いのか?」


 心配そうに顔色を窺うジルベルトにハッと気が付き慌てて鳴鳥は伏せっていた顔を上げ、笑顔を取り繕う。

 その様子に先行きが不安で気持ちが沈んでいるのだろうと察したジルベルトは「心配する事は無い」と声を掛けて落ち着かせようとした。


「ジルベルトさん、今までありがとうございました」

「いや、礼を言われるまでもない。難民の救助は連合軍人の務めであるからな」

「それでも、ここまで良くしてくれて……。私は自分勝手に行動ばかりしていたのに……。その節はすみませんでした」

「そう言えばそうだったな。まぁ気にするな。ただの学生が巻き込まれれば馴染めないのもやり方を間違うのも致し方ない」

「……なんだかジルベルトさん、出会った時より優しくなりましたね」


 鳴鳥に優しいと言われたジルベルトは心外であったのか、眉根を寄せて仏頂面になる。

 彼としてはこれから彼女に起こりうる辛い現実に対して憐れむ部分もあったが、その詳細は話せずじまいであった。

 首の後ろを掻きながら、一呼吸置くと鳴鳥の言葉を否定する。


「俺はいつでも優しいぞ」

「それはひょっとしてギャグで言っているんですか?」

「……別れの時まで憎まれ口を叩く気か?」

「うっ、……ごめんなさい」


 湿っぽい空気が一言二言交わした事によりいつも通りに戻った。

 鳴鳥は別れる前にカバンから借りていたタブレット端末と通信用小型端末を返却する。

 するとジルベルトは小型端末の方を返した。


「これ……?」

「何かあったら連絡をくれ。出来る限り力になるつもりだ」

「この端末、高くないんですか?」

「値段は気にするな。……言っとくが俺はそこまで金に固執していないからな」

「……はい。ありがとうございます……!」


 そこで別れの挨拶も済んだかと思いきや、鳴鳥はもう一つ、ジルベルトに手渡した。

 それは装丁のされた日記帳。

 アランから貰ったものだが、この先使い道は無いだろうとペンと共に返却するよう頼んだ。


「最初の数ページしか使っていないので、破いていただければまだ使えると思います」

「このくらいの物ならわざわざ返さなくていいと思うがな」

「……持っていたくなかったので。アランさんにありがとうございましたと伝えておいて下さい。すみませんが、よろしくお願いします」

「そこまで言うなら仕方がないな。分かった、これはアランに渡しておこう」

「ありがとうございます。あ、それからマリアンさんにコンラードさん、あまり話せなかったんですけどスティングさんにもお世話になった事を感謝していたと伝えて貰えますか?」

「ああ、皆にも伝えておく」

「あとアリーチェさんにも。エーデル・シュタインでの事は楽しかったですと言っておいて貰えますか?」

「……アイツには会いたくないが、やむを得ず遭遇した時に伝えておこう」

「色々とすみません。ありがとうございます……!」


 丁寧に頭を下げて礼を言うと鳴鳥は笑顔を浮かべて別れの挨拶を終らせた。

 その後はジルベルトが簡単な引き継ぎを済ませ、彼は部屋を後にした。






「ジルベルト・ジャンディーニ特務隊長、ただ今帰投しました」

「ご苦労だったね」


 星団連合軍本部、特務部。

 ジルベルトは団長ヘニング・ヘルツォークが居る執務室に居た。

 椅子に浅く座り、モニターとにらめっこをしていた彼はジルベルトが姿を現すと顔を上げて笑顔を浮かべる。

 キーボードを叩く手を止め立ち上がり、デスクの前の応接用のソファーに座ると、控えていた秘書官に茶を用意するように言った。

 彼の主な職務は特務部の部隊長に上からの任務を指示する事と、部隊編成と任務にあたっての大まかな作戦指示も出す事である。

 そして任務の報告を纏めて上層部に情報を上げるのも彼の仕事である。

 基本はデスクワークであるせいか、彼の身体は前線に出る者より逞しくなく、その表情も軍人らしからぬ穏やかなものであった。

 しかし上層部とひと癖もふた癖もある特務部の面々を動かす立場、板挟み状態であるせいか、年の割には老けて見え、M字ハゲは年々進行していた。


「とりあえず座りたまえ。丁度良い茶菓子が手に入ったんだよ」

「失礼します。ですが自分は辛党ですので、菓子は遠慮しておきます」

「そうかい?じゃあ君の分も僕が頂こうかな~」


 ジルベルトは自分の前に差し出された小皿に乗ったフィナンシェを皿ごとヘニングの前に差し出した。

 彼は嬉しそうに手を付けて今回の任務について語った。


「報告書は目を通しておいたよ。ARKHED(アルケード)が契約済みに、それも一般人のお嬢さんがと知った時にはどうしようかと思ったけれど、彼女はあのテレンティアに滅ぼされた星の生き残りだったという話じゃないか」

「そう、ですが。それがどうかしましたか?」

「いやぁ、いいね。良い事だよ。生き残った者が起ち上がり、母星の仇を討つ。大義名分じゃないか。戦闘では役に立たないだろうけど、世間一般の支持を集めるには丁度良い。写真も拝見したが可愛らしいお嬢さんだしね。そんな子が勇ましく立ち向かう姿、ビジュアル的にも良いねぇ」

「……左様ですか」


 ヘニングの見識にジルベルトは膝に乗せた握り拳の力を強めた。

 ヘニングは大局を見据えての発言をしており、そこに鳴鳥への配慮や彼女の心情は考慮されていない。

 鳴鳥自身は仇討を望むかもしれないが、テレンティアと交戦する事になったとしてもそれは彼女が思い描くような内容にはならなく、傀儡、お飾りとされるのが関の山だろう。

 半月も満たない程の期間であったが、ジルベルトは鳴鳥と共に過ごした。

 彼女がそのような扱いを受けて納得するだろうか? 彼女にとって良い事なのだろうか? 軍人としては個の意志や尊厳よりも大局を見据えるべきなのだが、ジルベルトにはそれが出来なかった。

 しかし自分はいち兵士、目の前に居る人物に意見をぶつけた所でどうにもならないと自覚している。

 ジルベルトはやりきれない気持ちを、悔しさを潰すように拳を握っていた。


「まぁとにかくお疲れ様と言っておこう。次の任務だが、上がテレンティアの件で追われているから急ぎの案件はないんだ。今回の任務は大変だったから二、三日休養を取ると良いよ」

「ありがとうございます」

「と、言っても君は副業に精を出すんだろうけどね。程々にしときなよ、近いうちにテレンティアとやり合うかもしれないんだからさ」

「はは、……善処します」


 ヘニングに行動を見抜かれていてジルベルトは苦笑いを浮かべた。

 星団連合軍の軍人は副業が認められていない。

 スポーツや芸事をする事は認められているが、商売をする事や他の職業と掛け持つ事は禁止されている。

 但し特務部は特例として任務が無い期間には自由に行動できるようになっていた。

 と、言うのも諜報任務や潜入捜査がある彼らは一般社会に溶け込む必要がある為、副業の方もこなしておいた方が仕事をやりやすいという訳だ。

 ジルベルトは一礼をすると、ヘニングの執務室を後にする。

 彼は部屋を出た後、小型端末で連絡を取った。

 相手はアストリアのドックに収容されているアルヴァルディのブリッジに居るアランだ。


「休暇を頂いたのにもう副業の方を請け負うんですか? 僕達は早く着いたので休みが取れましたが」

「ああ、あまり休んでいる気にはなれなくてな。仕事をしていたい気分だ」

「そうですか、分かりました。テレンティアとの事も視野に入れて軽めの依頼をピックアップしておきますね」

「助かる。頼んだぞ」

「了解です」


 鳴鳥に対して思う所はあるようだが、自分にはどうしようも出来ないとジルベルトは決め込んでいる。

 身体を動かしたり、何かしら仕事をしていないと彼女の事が思い浮かぶ為、ジルベルトは足早に軍本部を後にしようとした。




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