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第158話 白いテーブルを染めるブラックコーヒー 下

 大切な者を失ったエルンストはタガが外れたようで、高位な魔術師の集団である者達を相手にその力を振るい、彼らを追い詰めるまでに至った。

 仮初めの肉体を破壊され、魂のみとなった上層部の者達。

 復讐を果たして燃え尽きたエルンストはセリアの後を追おうと自害を試みるが、上層部の者達によって阻止された。

 彼は学者である以前に高名な術師であり、それならば使い道があるだろうと、目を付けられていたようだ。


「上層部……マギイストでは賢者と呼ばれる者達は、命乞いをしながらエルンストに計画を持ち出したのです。それは魂を……心を作り出す方法で、その為の実験場はこの世界、ソルダントを指定しました」


 エルンストはセリアを蘇らす為にARKHED(アルケード)を使い人の感情をデータとして収集し、賢者達は収集したデータを基に結晶化の治療法を探る。

 次元を渡る為の巨大な精神結晶(ゼーレクリスタル)を用いた転移装置が据えられた小惑星型の要塞、アドミニストラードは賢者達でないと操作を受け付けないようで、それらの権限を譲渡する代わりにエルンストはこちらの世界の調査を請け負う。

 こうしてエルンストは次元を渡りこちらの世界へ、観測装置オブザーベイションシステム……強い意志を持つ者に近づきARKHED(アルケード)を与え、観測をするホムンクルスを用い、この世界で研究を続けていたのであった。

 セリアは賢者達の思惑に気づき、魂を破壊される前に自ら肉体を捨ててARKHED(アルケード)へと魂を封じ込め、エルンストがこちらの世界に渡ったのに乗じてこの世界に降り立ったのだそうだ。


ARKHED(アルケード)はこちらの世界で活動する為に作られていた機体で、私はそのうちの一機を奪い、エルンストの動向を見守りつつ、どうすべきかを模索していました」


 たった一人の力ではどうにも出来はしない。

 けれどもエルンストの元に戻ればこの世界がマギイストの賢者達によって支配されてしまう。

 この世界で結晶化の治療方法を探すとしていた賢者達も、治療方法よりこの世界を乗っ取る方が合理的であると結論を出していて、その為の研究、こちらでは結晶化が起きない事も確認していた。

 ソルダントにとっては巻き込まれた形だが、見て見ぬふりは出来ない。

 火の粉が振りかかるどころか、いずれ戦火に巻き込まれるだろうと知らしめられ、誰もが言葉を失った。

 皆がどうすべきか思い悩み、言葉を失う中、これまで一言も口に出さなかったミリアムが立ちあがって、声を上げる。

 それは彼女の正体を明かすもので、議会室は再び騒めき出した。


「私は、彼女の話の中にあった観測装置オブザーベイションシステムの内の一体です。当初はセリアさんの器として作られていた身で、彼女の魂が失われたと思われた為、培養途中で観測装置オブザーベイションシステムに転用されました」


 別次元からの脅威に、この星々を束ねる立場に居た者の正体が侵略者の手先であった事、相次ぐ驚愕の事実に事態は混迷を極める。

 この場に居る者全てがミリアムを慕っていた訳ではない。

 どちらかというと日和見な彼女に対し、強硬派の者達は忌々しく思っており、正体を明かした今では鬼の首を取ったかのように、これを機にと彼女を糾弾しようとした。

 針の筵に立たされるミリアムだが、それは覚悟の上なのだろう。

 非難の怒号を一身に浴びていたが、そこで中央のモニター映像が切り替わり、議会室に男の怒鳴り声が響いた。

 場を鎮めさせる程の声。それはこの場に居ることが出来ない者、アストリアの主要国、ガルレシアの王であるディノスであった。


「寄ってたかって罵声を浴びせるなんざ、スマートじゃねぇな」

「あ、貴方は……っ、ディノス陛下!」

「さっきから黙って聞いてりゃ、うだうだと文句を言いやがって……! ミリアムやセリア嬢ちゃんがどれだけ――――」

「ディノス……! 良いのです……っ。私は非難されて然るべきの存在です。皆が言う事は全て正論であって、私にそれを否定する資格はありません」


 あくまでも、自分は断罪されるべきであるという態度を崩さないミリアム。

 気丈に振る舞っているように見えても、罰せられるのはやはり覚悟が足りなかったようで。

 何時もの凛とした雰囲気は失われており、震える身体を必死に抑えようとしていた。

 枷の影響でその場に居る事が叶わないディノスは、映像越しのミリアムの姿を見て己の無力さを痛感していた。

 傍に居たとしても弁が立つわけなく、皆を説き伏せる自信など無い。

 それでも今、たった一人で責を負おうとしている彼女を支える事ならば出来ると、枷さえなければと何度も悔しく思った気持ちが再び蘇る。

 ディノスが声を上げた所で事態は良い方に転ばない。

 それどころかミリアムを推挙した者である彼にも任命責任を問われ、更には彼女の正体についても知っていて隠ぺいしていたのだと糾弾される。

 収拾のつかない事態を見守っていた鳴鳥は不安そうにしていたが、隣に座るジルベルトは問題ないと小声で言う。


「……ミリアム議長には優秀な部下であり、旧友が居る。何も心配は要らないさ」

「……そう、なのですか?」

「ああ、見てみろ」


 ジルベルトが目線で示す方、そこにはグェンダルが居り、彼は立ち上がって咳払いをする。

 それと同時に立ち上がったバジーリオも机を強く叩きつけて場を静まり返らせた。

 連合軍でも高い階級であるグェンダルと、エーデルシュタインで五本の指に入るバルニエール商会の会長であるバジーリオ。

 その二人が物申すならば、黙らざるを得ない者は多く、反ミリアムの一派は勢いが無くなり始めた。

 ざわざわと、小声で不満を口にする者達を一喝するよう、鋭い視線を向けたグェンダルは訴えかけた。


「貴公らは今まで何を見てきたのだ。彼女は誰よりもこの星々の民の事を想い、身骨を砕いてきたではないか」

「だがそれは、我々の動向を監視する為であって、民の為では――――」

「お前さんはミリアムがそれだけの為に今まで戦ってきたと思っているのか!? 自ら戦場にも立って、幾つもの戦を終結に導いたのは彼女のお蔭でもあると分からんのか!」

「だ、だが、先の戦、ディノス陛下と巻き起こした件は言い逃れできまい。結局は己が身を優先とし、我々の事など――――」

「あの戦も、彼女がここを発たなければ、敵の攻撃はアストリアに及んでいただろう」

「いや、そもそもマギイストという得体の知れん奴らのせいで我々の平穏が脅かされていて、その一端を担う者が議長の座になど相応しくは無い……!」


 グェンダルとバジーリオがミリアムを擁護するが、彼女を快く思っていない者達も退かない。

 口論はますます激しくなり、火に油を注ぐ結果に。

 収拾がつかない状態に当事者であるセリアやミリアムも困惑しているようで、彼女達でもこの場を鎮める事は出来そうにない。

 おろおろと、どうすればよいのかまた慌て出す鳴鳥の傍の席。

 ジルベルトの右隣に座っていて、これまで静観していたヘニングは重い腰をゆっくりと上げてパンパンと手のひらを叩いて注目を集めた。

 ヘニングの階級は大佐クラスで、この中ではさほど高くない位であり、本来なら意見をするのも憚られる。

 けれども彼の名はある意味で知れ渡っていて、忌々しそうにだが騒ぎ立てていた者達は押し黙った。


「皆さん、ここはひとつ深呼吸でもして落ち着いて下さい。今回はセリアさんのお話を聞くという名目であって、責任の所在を探る場ではありません」

「だが、このまま彼女が連合議会の議長を名乗るなど――――」

「それに、こうも落ち着きが無いのは時間を忘れているからではありませんか?」

「何を言い出す! 今はそれどころでは――――」

「腹が減っていては良い考えも浮かびはしません。と言う訳で一旦ここまでとし、昼食後に議論を交わしましょう。ああ、その際は私の部下達やバルニエール嬢、普段議会に列席しない方々には席を外していただきましょう」


 ヘニングの指摘通り、時刻はとっくに昼を過ぎていた。

 ミリアムを糾弾したい者達は少数で、擁護をする者達は全体の三分の一。

 残りはまだどうしてよいか整理のつかぬ者達であり、多くの者はヘニングの提案に異を唱えず、一先ず幕は下された。


「なんだか凄い話、でしたね……」


 星団連合本部のラウンジにて昼食後のお茶を飲んでいた鳴鳥はポツリと呟く。

 実に気の抜けたような顔で、他人事のように感想を述べているがそれも無理は無い。

 話が大きすぎて今の鳴鳥にはとても受け止めきれるものでは無い。

 同じテーブルに着いていた久城も何時も通りの所作に見えるが、動揺していない訳ではなさそうだ。

 彼は押し黙ったまま、じっとティーカップに注がれた紅茶に浮かぶ波紋を見つめて考え事をしている。


「……ミリアム議長は大丈夫でしょうか?」

「彼女を引きずり降ろしたい連中はごく僅かだ。ヘニング団長も彼女の側に付くなら問題ないだろう」

「そう……ですか。あの……、セリアさんの言う事は……。これからエルンストさんと戦う事になるんですよね」

「ナトリ、あんな野郎にさん付けは要らないぞ。それから、連合としてはこのまま知らぬ素振は出来ない筈だ。自分達の世界を守る為なら、エルンストもその後ろに居る奴らも倒さなくてはならない」


 場数を踏んでいるせいか、ジルベルトはもう整理がついているようで冷静に行く先の予想を述べていた。

 彼は今回の話に関しては差ほど動じていないようだが、何か別に考える事があるのだろう。

 口を開かぬ時はどこか上の空であるようだった。


「そう言えば、アリーチェさんは……」

「アイツなら連合が用意した宿泊施設に戻ったようだぞ」

「そうなんですか……。直接お話をしたかったのですが……」

「その事なら気にするな。もう話は付けてある」


 ジルベルトにそう言われてしまえばそれ以上は踏み込むことが出来ない。

 会いに行きたいとも思った鳴鳥だが、昨日の今日ではまだ落ち着いて話が出来ないかもと思い至り、そこでアリーチェについての話を終わらせることにした。

 今現在、議会室ではミリアムの処遇と今後についてを議題に話が進められている。

 鳴鳥とゆっくり茶が飲めない事を惜しんでいたヘニングも、心配は要らないと言いながら議会室へと向かった。

 それでもまだ不安が残る鳴鳥だが、自分にできる事は少ないのだという現状から悩んでいても仕方がないと踏ん切りをつけた。


「えっと、この後は待機という事ですよね」

「そうだね。そろそろ戻るとしようか」


 アルヴァルディに戻る前に夕食の買い出しをしたいと願い出る鳴鳥に久城は笑顔で頷き、二人は席を立つ。

 だがジルベルトは一人席を立たずに座ったままであり、彼は二人に先に戻るようにと言った。


「ジルベルトさん? どうかされたんですか」

「用事がある。帰りは遅くなるかもしれないから先に休んでいてくれ」

「……分かりました」


 見るからに落胆した様子の鳴鳥だが、余計な心配を掛けさせたくないのだろう。

 すぐに気を取り直して一応晩御飯は作り置きしておくと伝えてラウンジを去った。

 ジルベルトの様子が昨晩からおかしいと思いつつも聞けずにいる鳴鳥。

 そんな彼女の横を歩き、彼女を心配していた久城はふと足を止めてエントランスで待っていて欲しいと言った。


「あの、久城センパイ、何処へ……」

「えーっと……その、お手洗いにね」

「あ! そ、その、すみません!」

「いや、良いよ。待たせるようでゴメンね。直ぐに戻るから」


 そう言って鳴鳥と別れた久城は勿論手洗い場にではなく、ラウンジへ向かう。

 先程と変わらぬ窓際近くの席にジルベルトは居て、彼は外の景色を眺めながら茫然としていた。

 普段のジルベルトなら気配を察知して直ぐに振り向くだろう。

 だが今の彼は注意力が散漫で、久城が近づいても全く気が付いていないようである。

 この様な不甲斐ない様を見せつけて、その上鳴鳥に心配を掛けさせている男に負けたのだと思い知らされて、久城は盛大な溜息を吐いた。


「ん……。戻ったんじゃなかったのか?」

「少しばかり貴方とお話がしたくて戻りました」

「……俺はお前と話す事なんざ無いがな」

「……アリーチェさんから聞かされたんですね」

「……! お前……っ」


 目を見開いたジルベルトは急に立ち上がり、手元にあったコーヒーの注がれたカップを倒してしまう。

 幸いにして中身は少なかったようだが、白いテーブルには黒い液体が広がりを見せる。

 溢したコーヒーに気を取られることは無く、ジルベルトは久城に詰め寄り知っていたのかと確認を取り、頷いて肯定されたことにより乾いた笑い声を上げた。


「以前……セルべリアから色々と聞いていたので」

「良い気味だったろうな。……楽しかったか? 俺がぬか喜びをする姿が」

「いえ。決してそのような訳では――――」

「これでお前の満足のいく結果になる。良かったな。……まぁお前の方がアイツを幸せにできるだろうから、これで良かったんだろうな」


 段々と語気は弱まり、ジルベルトは力なく椅子に座る。

 久城としては決して追い込もうとしたわけではない。

 ただ鳴鳥の前では平常心を保つようにと一言だけ言いたかった訳だが、真実を知った彼は想像以上に打ちのめされているようだった。


「……随分と諦めが良いんですね」

「この年になると彼是見切りを付けやすくなる。若いお前とは違うさ」

「鳴鳥に対する想いがその程度だったとは、心底失望しました」

「仕方ない……。これは仕方がないことだ。どちらを選んでもアイツは喜ばない。俺に選択肢は端から無い」

「貴方という人は……っ」


 苛立ちをぶつけたいとも思ったが、ここは人目があり、カップを倒した時点で僅かにだが注目を浴びつつある。

 大声を張り上げそうになった久城は一旦息を吐き、苛立つ心を落ち着かせて最後に一言残して立ち去る。


「諦めるにはまだ早いと思いますがね。貴方がそういった態度を取るならば、僕にも考えがありますから」

「……好きにしろ」


 立ち去る久城を見送った後、ジルベルトは転がったカップを戻してテーブルを拭く。

 何もかも諦めていて自暴自棄に陥ったように久城は見えたようだが、ジルベルトの瞳はまだ曇っておらず、一縷の望みを抱いている。


「――――そう簡単に諦められる訳ないだろう」


 呟きは小さなものであったが、その言葉には強い意志が込められていた。




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